巨人
ゴーレムから十分に離れたところで、アーシェ達は実験を見守ることとなった。研究員達はゴーレムの腕や肩、額などの各部署に配置され、何やら呪文の詠唱を行っている。不測の事態に備えて周りに教会騎士団も待機しており、その一番後ろにランドルフが陣取っていた。
アーシェは不安な面持ちで佇んだ。あの魔石はまだ生きていて、術式群も機能している。今は強制的に休眠状態に落とされているものの、何がきっかけで復活するか分かったものではない。何より気になるのが、あの絡みあった魔術文字。あれが正式な起動キーだったのではなかろうか。
ゴーレムやガーゴイルなどは通常の魔物とは違い、人間が作りだした『魔道具』であると考えられている。その為予め組み込まれていた術式によって動くのだが、決まった起動手順を踏まないと暴走する場合も多い。魔石の中を調べた時、そういった類の危険な術式は見つからなかった。しかし、アーシェも全てを読み解いたわけでもないし、他にも術式が隠されている可能性だって否定できない。拭えない不安を抱えているうちに、研究員達の詠唱が完了して大々的な魔術展開が開始された。
「ほぅ…。流石教会お抱えの方々。一糸乱れぬ術式展開ですね」
シリウスが感嘆しながらつぶやいた。
魔術師達から練り上げられた魔力が、放物線を描きながらゴーレムに吸い込まれていく。そして吸い込まれた箇所から白い光りが、ゴーレムの体を這って広がっていく。魔力の線が光の筋となって縦横無尽に広がっていくさまは、神秘的な雰囲気すら醸し出しており、薄暗い広間の中が神聖な聖域にでもなったかのような、そんな錯覚を見るものに与えた。確かに、それはアーシェの目から見ても統制のとれた綺麗な連携魔術だった。
「綺麗ねぇ…。これ何の魔法なの?」
光に包まれるゴーレムを見ながら、うっとりとした表情でリーザが訪ねた。
「これは探査系の魔法ですよ。対象の隠された術式や属性等を調べることを目的としています。ああやって見える光の筋が、魔力の流れとして見えるんです」
「よくダンジョンで拾った魔道具を鑑定してもらう時に見る、あれか?」
「そうですね、それと同種と思って頂いて良いですよ。ただこちらの方がもっと緻密で、得られる情報も正確なようですが…」
光の筋はどんどん広がっていき、ゴーレムの随所に配置されている様々な術式も暴いていった。線と線を結ぶ術式は、ゴーレムの肩や腕、額、背中などに現れ、その全貌を現していく。
「アーシェには不要でしょうが、私たち普通の魔術師たちは魔素や魔力を見ることが出来ません。ですからこうやって光として視覚化させるのです。そうすると込められた術式の意味や魔道具の用途がわかるでしょう?」
シリウスの丁寧な説明を前に、やはり、とアーシェは身震いをした。明かされてきた術式のほとんどが、魔力を末端まで伝達させる駆動系の物ばかり。しかし随所随所には攻撃や防御を主体としたものが見て取れた。やはりこのゴーレムは戦闘用…。知らず知らずのうちに唇を噛みしめ、震える体を抱きしめていた。
「アーシェ、どうしたんだ?」
アーシェの只ならぬ様子に気がついがジークは、不思議そうに覗き込んできた。
「…何か嫌な予感がするんだ…」
「嫌な予感?」
訝しげに眉間に皺を寄せて、ジークは続きを促した。
「なんていうか…。『やっちゃいけない事』をしている気がするんだ。上手く言えないけど…」
光はどんどんゴーレムを覆っていく。溢れた魔力はそのまま地面へと広がり、そして吸い込まれていった。固唾を飲んで見守っていた正にその時。ゴーレムの巨体を覆っていた光の筋が、急に一点に吸い込まれるかのように消失したのだ。予期せぬ事態に研究員達の方も騒がしい。アーシェは冷たい汗が伝うのを感じた。
ゴゴゴ…ッ
最初の動きはほんの些細なものだった。ゴーレムの伸ばされていた左腕が、ゆっくりと動き始めたのだ。
「な、何?!動いた?!」
徐々に起き上がり始めるゴーレムの体。立っているのもやっとなくらいの揺れを起こしつつ、遠目にも研究員達がパニックに陥っているのが見て取れた。腰を抜かして動けなくなっている研究員の上を、ゴーレムが手をついて起き上がろうとする。明らかな異常事態に、ランドルフの号令が響き渡った。
「総員退避!!研究員を保護しつつ後ろに退け!!」
ゆっくりと、しかし巨大な地響きを立てて完全に起き上がったゴーレムは、背中を壁に預けてまさに巨人と言うにふさわしい威容だった。見上げる程のその巨体は、地面から上半身を真っ直ぐにアーシェ達の眼前に曝している。そしてその中央の胸の部分には、アーシェの背丈程もあるあの赤い魔石。しかしさっきアーシェが見たときに比べて、少し明るさを取り戻しているようだった。
(ななな、何で…?!探査魔法を取り込んだって、あれだけ回復するはずが無いのに…!!)
狼狽するアーシェ達を尻目に、巨人は頭部に穿たれた暗い二つの穴から、ゆっくりと視線を下に落とした。
「第一中隊は研究員及び負傷者の確保!第二、第三中隊は距離を取りつつ右翼と左翼に展開!」
「リーザ!アーシェを連れて逃げろ!あんな奴が暴れたら、この広間一たまりも無い!!」
ランドルフの号令と、ジークの怒号はほぼ同時だった。
「ジーク達は?!」
「騎士団に恩を売る良いチャンスだ!それにもらった回復薬分くらいは働いてやるよ!」
不敵に笑うとジークが剣を構えた。
「あらかた負傷者の回収が出来たら、俺たちも追う!先に行け!」
『ゴォォォォォォォォッ!!』
その時、ゴーレムが辺りを揺るがす咆哮を放った。ワイバーンのそれとは比べ物にならない程の、体に叩き付けられるかのような咆哮だった。
「ぐぅぅっ!一日に二回も咆哮を喰らうとはな!」
「大丈夫です、これには麻痺の効果はありません!援護しますよ!!」
ドオオォォオォォオオオンッ
鈍い音と共に巨人の両腕が、後ろの壁に叩き付けられた。またもや立っていられない程の地響きと共に、無数の巨石が天井から落ちてくる。衝撃で降ってきた巨石は、地面と激突すると運悪く下に居たもの達を押しつぶしていった。
「魔術師部隊、一斉攻撃!」
しかし時を同じくして、騎士団の魔術師たちから魔法が放たれた。狙いたがわず真っ直ぐに魔石へと殺到した攻撃魔法は、しかし然したるダメージを与えられず、魔石を前にしてかき消されてしまった。
「攻撃魔法はダメだ!あいつ、防御術式を展開してる!」
いつの間に展開されたのか、アーシェの眼には魔石の前に展開している強力な無効化術式が見て取れた。あれを破らない限り魔石には傷一つつけられない。その時、お返しとばかりに振り上げられた巨人の右手が、無造作に地面に叩き付けられた。地面を揺るがす更なる地響きに、呆然とするアーシェ。あそこには、まだ避難が終わっていなかった人が居たはず――!!
「アーシェちゃん!行くよ!!」
ぎゅっと強く肩を掴まれ、アーシェは我に返った。
「で、でも…!」
「ここに居てもダメ!私たちは足手まといになっちゃう!」
いつもの明るい雰囲気とは一転した、強い口調でリーザが窘めた。そしてそのままアーシェの手を取ると、引きずるように出口へと駆けだした。
広い広間のそこかしこに、大小様々な石が落ちている。それらを避け、出口に向かう研究員達と合流すると、『門』へと続く出口は運悪く通路の半分を巨石で塞がれてしまっていた。
「押し合うな!隊列を崩すと危険だぞ!!」
「し、死にたくない死にたくなぃ!」
出口にはパニックになった研究員達と護衛の騎士団とが殺到し、混沌の様相を呈している。
「あぁ!!これじゃあ余計に危ない…!」
その混沌を見て、リーザは臍をかんだ。我先にと逃げ惑う研究員達を、何とか押し戻そうとする騎士団。確かに丸腰の彼らがここを出たとしても、『門』まで無事にたどり着けるとは到底思えない。しかし混乱が混乱を呼んでいる現状では、どうしようもないというのが実情だった。
振り返ると、騎士団の魔術師たちが再度攻撃魔法を浴びせている所だった。しかしその悉くが魔石の前で霧散して、ダメージを与えられない。物理攻撃も固いらしく、騎士団の攻撃が全く堪えていないようであった。そもそも不用意に近づくと、ゴーレムの腕に叩き潰されてしまう。
(…あれ?魔石の輝きがさっきより明るいような…)
つい先ほどまでは薄ぼんやりとしかしていなかった魔石が、今では『そこそこ』明るいと形容できる程だった。
(こいつ…!どっからか魔素を取り込んでる?!)
アーシェはしっかりと眼を見開き、ゴーレムを『視た』。無数の魔力の流れと精密な術式が絡み合っている中、アーシェは地面の奥深く、どこからか魔石に吸い込まれている魔素の流れを見つけた。そしてそれはどんどん魔石に蓄積されていき、早い勢いで輝きを取り戻そうとしている。
(今はまだ魔素が半分も溜まっていないけど、これが一杯になったら…!!)
魔石の中の術式には、攻撃魔法も含まれていた。今はまだ魔法は撃ってこないが、魔石に魔素が溜まり切る前に何とかしないと、大変な事になる。アーシェはリーザの腕を振り払い、一目散に駆けだした。
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「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びと共にデュークはハルバードを一閃した。それは天井から降ってきた巨石に見事に当たり、落下方向をわずかにずらす。その瞬間にジークが走り込み、へたり込んでしまっている研究員の襟首を引っ掴んだ。見事な早業で巨石の下から救い出し、あわや研究員は一命を取り留めた。
「走れるか?!」
「あ、ああ…!助かった…!」
震える足を叱咤して、助け出された青年は一目散に出口目指して走り出した。
「今ので最後か?!」
見渡せばランドルフも部隊を指揮して、少しずつ撤退を始めている。先ほどまでは見通しの良かった大広間は、辺り一面岩が散乱する、混沌ぶりへと変貌していた。所々見える赤い飛沫は、哀れな犠牲者たちだろう。しかし、今はそれを気にしている余裕はジーク達にもなかった。放たれている攻撃魔法は悉く無力化され、こちらの攻撃を一切受け付けない。剣での攻撃も尋常でない強度を誇り、下手をすると剣が折れる事態を招いていた。
「急いだ方が良さそうだ。一度撤退して部隊を立て直さないと、このままだと全滅だ」
ハルバードを担ぎ上げてデュークがこぼす。彼に指摘されるまでもなく、広間は惨憺たる有様だった。最初の咆哮と落石で、天井に亀裂が入ったようだ。今は初撃以降攻撃らしい攻撃は撃ってこないものの、こうやって偶に巨石が落ちてくる。直接の物理攻撃は尋常でない強度に阻まれ、攻撃魔法も無力化されてしまう。こちらからは打つ手が無いのが現状だった。
「シリウス、もう一度防御と速度の援護魔法を。俺たちもそろそろ、潮時だな」
「わかりました」
シリウスが補助魔法の詠唱を始めようとしたところ、それは唐突に遮られた。
「ジーク!!」
「アーシェ?!」
驚愕に見開かれたジーク達の前に、危なっかしい足取りでアーシェが駆けこんできた。




