手立て
惨憺たる状況の広間を、アーシェはひたすらに走った。
広々としていたはずの広間には、無造作に巨石が地面にめり込んでいる。そしてそれらから見える犠牲者達の一部――。巨石の周りには必ず赤黒い液体がにじみ出ていて、粘着質な水たまりを作っていた。
アーシェはその間を縫うようにして走る。目の前の巨人の胸の魔石は、今ではうっすらと光り輝いてすらいる。今はまだ巨人の腕が届く範囲までしか攻撃は無いものの、それも魔石が溜まるまでの溜めのようにしかアーシェには思えない。今の状態でも手立てがないというのに、これで魔法まで打てるようになったら全滅は必須だ。
(早くあの魔方陣を何とかしないと…!!)
焦るアーシェの道筋を、無数の岩が邪魔をする。何度も迂回しながら走り抜けた時、背筋を凍らせる感覚がアーシェを襲った。
「…あ…」
顔を上げると、そこには爛々と光る魔石を胸に湛えた巨人が佇んでいた。そして視えなくとも分かるほどの高濃度の魔力が、魔石の周りに集約される。まさに空気が震え、空間が歪むほどの高濃度の魔力塊が、まばゆい光を放ちながらゆっくりと形作られていた。そしてその視線の延長線上には、異変に未だ気づいていない、ジーク達が居た。
「ジーク!!――伏せて!!!」
反射的にアーシェが叫んだのと、巨人の魔力塊が発射されるのはほぼ同時だった。
ゴォォォォオォォッ!!!
頭上を一条の白い光が、空気を引き裂きながら放たれた。強風が吹き荒れて、小柄なアーシェはそのまま後ろに吹き飛ばされ、近くの巨石に叩き付けられた。
「――っがっ!!――げほっ!げほっ!!」
頭をふり、何とか起き上がるも土煙を吸い込み盛大にむせた。体中がズキズキと痛む。しかし衝撃波に巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いと言う他なかった。
言う事を聞かない体を何とか持ち上げると、アーシェは過ぎ去った衝撃波の先を見やる。するとそこには、崩壊した壁と塞がれた出口、そして先ほどまで出口に殺到していた人たちの上に落ちてきた、大小の岩石があった。
「――!!!」
一瞬で引き潰された無数の命に、アーシェは血の気が引いた。全身が震え、足元が急に無くなるような、気分の悪くなるような浮遊感。つい先ほどまで、自分はあそこに居た。リーザはどうした?他の人達は?
――ミンナ…シン…ダ?
一気に血の気が引いていき、足元ががくがくと震える。目の前が暗くなり、全てが暗闇に飲み込まれそうになったその時――
「アーシェ!!!」
失いそうになった意識をつなぎとめたのは、薄い蒼の瞳だった。
「しっかりしろ!こんなところで呆けるな!!」
力強い瞳に真っ直ぐに見つめられ、見上げれば酷い顔をした自分が、ジークの瞳の中にいた。
「…ぁ…ジーク…」
ジークも先ほどの衝撃で吹き飛ばされたようで、くすんだ金色の髪は散々に乱れ、顔にも土ぼこりがついている。それでも真っ直ぐに見据える瞳には揺るがない信念が宿っているように見えて、アーシェはやっと地面が戻って来たような感じがした。
「アーシェ!なぜ戻って来たのですか?!それにリーザは…!」
はっと我に返ると、デュークとシリウスがこちらに駆けてくるところだった。
「…っジーク!!こいつは無制限の魔素の供給を受けてるっ。このままじゃ消耗戦でこっちが不利だ!あの術式は対魔であって対物術式ではないから、物理攻撃でなら撃破できる!!」
「?!」
ジークの腕をつかむ手は、未だ小刻みに震えている。しかしここで怖気付くわけにはいかなかった。
「あの術式は全ての魔法を無効化する術式だけど、対物に対しては無防備だ。あの術式を壊せさえすれば、魔石は守りが無くなる。そこに合同魔法を叩き込めば…!」
アーシェの必死の訴えに、しかしジークは表情を険しくした。確かに今時点で他に手立てが無い以上、試してみる価値はあるかも知れないがそのリスクは大きい。無暗やたらと突っ込んで行けば、巨人の剛腕の餌食となる。その上合同魔法のタイミングも合わせなくてはいけない。成功する見込みが薄い故、危険な賭けであると言わざるを得なかった。
「ジークやデューク程の攻撃力なら、あの術式は壊せる。後は水系の合同魔法で魔石を狙えば、勝機はあるはずなんだ…!」
「…お前、それは本気だな?」
ジークはじっとアーシェを見つめた。アーシェを射抜くように――否、アーシェの全てを見極めようとするかのように。全てを見透かされるかのような錯覚に陥りつつも、しかしアーシェは目を逸らさなかった。
「――リスクは大きいです。しかし試してみる価値はあるかもしれませんね」
「…今の一撃で退路がほぼ塞がった。次弾までの溜めがどれだけあるのか分からんが、打てる手は今のうちに打った方が良い」
いつの間にか後ろに控えていたシリウスとデュークに、ジークは更に表情を険しくした。
「お前ら…。こういっちゃぁ何だが、こんながきんちょの与太話に付き合う気か?」
ゆっくりとジークは振り返り、デュークとシリウスを睨み返した。しかし二人はそんなものどこ吹く風と言った様に、にこりと笑って肩をすくめた。
「あの防御術式は悉く魔法を跳ね返してはいますが、確かに弓兵隊の攻撃には多少揺らいでいるようにも見えます。後は赤色魔石であるという観点から、水系魔法は有効であるとは思いますよ」
「…もちろん、既存の法則に乗っ取っていればの話だが、今現在それ以外に俺たちには打つ手なしだ」
唸るジークを横目に、デュークとシリウスが続けた。苦々しい表情で見つつも、最後にジークはため息を一つつき、二人に向き合った。
「仕方がない。正直俺たちの話に賛同してくれるか分からんが…。シリウス、俺とデュークにありったけの加護を。ランドルフ隊長へ話をつけにいくぞ。デュークは悪いが俺の足場になってくれ」
「はは。高く吹き飛ばしてやる」
「そうで無くては冒険者とは言えませんね」
話がまとまりそうな雰囲気に、アーシェはほっと肩の力が抜けていくのを感じた。まだ何も解決はしていないが、話を取り合ってくれた安堵とうれしさで、へなへなとうずくまりそうであった。
「こらがきんちょ。へこたれるのはまだ早いぞ。お前は取りあえずここから離れて――」
「嫌だ!!!!」
アーシェは反射的に叫んでいた。自分でも驚いてしまうほどの声量に、アーシェのみならずジーク達もあっけにとられた。
「お、俺はシリウスと一緒に教会魔術師の所に行く!俺自身は魔法は使えないけど、何かの役には立つかもしれないし…」
「馬鹿言え!これ以上ここにいるのは危険だろうが!そもそもお前なんて足手まといだ!!」
「何さ!!対処法を見つけたのは俺だ!最後まで見届ける義務があるっ!!」
怒鳴りあいの応酬に、最終的に折れたのはジークだった。苛立たしく頭を掻きむしると、きっとシリウスに向き直り同伴を許した。
「~~~っ!!時間の無駄だ!仕方ねぇ、シリウス、すまねぇがこいつも連れて行ってくれっ」
「了解です。――アーシェ、本当に良いですね?自分の身は自分で守らなくてはいけなくなりますよ?」
厳しいシリウスの視線に、アーシェは力強く頷いた。シリウスはやれやれとばかりにため息を一つつき、呪文の詠唱に入った。淡い緑色の魔力が辺りに広がると、ゆっくりと四人を包み込んだ。
「今全員に風の加護を付けました。多少俊敏性は上がりましたが、気休め程度と思ってください。ジーク、貴方には対物用の『風の纏』もかけましたが、流石に巨人の攻撃は正面から受けないでくださいね」
「助かる!よし、行くぞ!」
ジークの号令と共に、四人は駆けだした。
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「第二中隊!被害状況を報告しろ!!」
「歩兵部隊は負傷者の回収を急げ!!手が空いたものは順次出口の瓦礫の撤去に当たれっ」
教会騎士団の陣営は、怒号飛び交う戦場と化していた。こちらの攻撃が殆ど効いていない絶望的な状況の中で、未だ隊列が乱れていないのは見事と言う他は無い。ランドルフ隊長の号令のもと、騎士団はじりじりと後退を続けていた。
「隊長!負傷者の回収は完了、残るは我々だけです!魔術師部隊の残存魔力は五割を切りました。弓兵隊が現在魔力温存の為、前線にて弾幕を張っています!」
ランドルフの元に一人の教会騎士が駆け寄ってきた。帯剣している所から歩兵隊の一人のようだが、まだ年若い。彼の報告を受けて、ランドルフは苦々しく奥歯を噛んだ。
「退路の確保はどうなっている?!」
「はっ!現在通路の半分程度が確保され、順次負傷者から外に避難させています!」
「外に避難させた者たちには、必ず1小隊は護衛に着かせろ!外に出たところで別の魔物にやられたのでは目も当てられんっ」
「はっ!了解いたしました!」
ランドルフは忌々しげに巨人を見上げた。すでに連れてきた騎士団の内、三分の一が失われている。研究員の犠牲も含めればその数は更に増え、またこの後も状況次第では増加の一途だろう。効果的な対策も無いまま敗走するのは癪だが、騎士団をまとめる者としてこの場は撤退するより他は無い。しかしそれも可能であるかどうか…。あと少しで出口付近と言う所にまで後退してきたが、先ほどの様な衝撃波を喰らったら一たまりも無い。
思わずきつく拳を握りしめたところで、反対側から別の声が聞こえてきた。
「――ランドルフ隊長!」
見ればジーク達冒険者たちがこちらに駆けてくる。報告から負傷者の回収に尽力してくれていたことは聞き及んでいたが、保護したはずの少女が一緒にいる事に、違和感を覚えた。
「ジークっ!負傷者の回収ご苦労!!我々は撤退する!お前たちも急ぎここから逃れるのだ!!」
「待ってくれ!あの魔方陣を突破する手がある!!」
「何?!」
ランドルフは目を見開いた。
「弓兵隊の攻撃は、あの魔方陣に一定の効果を与えている!つまり物理攻撃は有効!俺達が魔方陣を壊すから、その後水系魔法で魔石を狙えば行ける!!」
「…お前、正気か?!巨人の腕に当たれば一たまりも無いぞ?!」
「勝算はあります!何よりこのままでは全滅するっ」
ぐっとランドルフは奥歯を噛んだ。部隊を指揮する者にとって、これ以上の屈辱は無い。
「――貴様、冒険者風情がっ!!隊長を侮辱する気かっ!!」
「レムザ、やめろっ!!」
レムザと呼ばれたランドルフの横に控えていた青年は、剣に手を添えて今にも抜刀する勢いだった。ランドルフの一言で何とか踏みとどまったものの、依然右手は剣の柄にあり、敵意を持ってジークを睨みつけていた。
ジークはちらりとレムザを見やると、ランドルフに向き直った。
「隊長、時間が無い。最悪これが失敗しても、冒険者が欠けるだけで騎士団に影響は無いはずだ。合同魔法も魔方陣が壊れて(・・・)から(・・)放って(・・・)くれれば(・・・・)良い(・・)」
ランドルフは眉間に皺を寄せ、唸った。確かにジーク達が表だって動いてくれるなら、人的被害は騎士団にとっては最少かもしれない。巨人の注意も引き、魔方陣を攻略。消失が確認されたと同時に合同魔法を放つという事は、逆に言えば魔方陣が攻略できなかった時には詠唱を止めれば魔力の消費は抑えられ、迷宮を抜けるには有利になる。魔力の無い魔術師など、烏合の衆だ。流石に魔力が枯渇した魔術師たちを抱えて脱出が出来ると思える程、ナルバの迷宮は易しくは無い。
「……勝算は何だ?あの魔方陣に対物が有効だとどうして言える?弓兵隊の攻撃だって、『当たっているように見える』だけかも知れないぞ?」
ランドルフの指摘は最もだ。しかしここで、アーシェには術式が視えることを伝えるわけにはいかなかった。
「既に全属性、魔術師部隊が試されたようですが、その全てが無効化されていますよね。それに比べて弓兵隊の攻撃は致命傷までは行きませんが、刺さる瞬間に魔力の揺らぎは感知できました。やはり、対物は有効であるかと思います」
シリウスが後ろから解説する。確かにその事については、魔術師部隊から報告は上がってきている。しかしだからといって、歩兵部隊を突撃させればみすみす巨人の巨腕の餌食となる。
「……勝算はあるんだろうな?この状況、お前たちもじり貧は変わりない。見返りはそうそう期待できないぞ」
眼光鋭くランドルフは迫るが、ジークはニッと笑って見返した。
「隊長には世話になっているからな。冒険者にだって仁義はある。…とは言え、多少色が付いたって俺たちも文句は言わないがね」
にまっと笑って右手を突き出すと、これ見よがしにジークは親指と人差し指で円を作った。
タダでは動かない。冒険者にとっては当たり前の事だ。
「――貴様っ!!!先ほどから黙っていれば調子に乗って…!!!」
遂に我慢しきれなくなったか、横に控えていた青年――レムザが、今にも飛び掛からんと前に出てきた。右手はしっかりと柄におかれ、返答しだいによっては今にも抜く気配である。それを見て、先ほどからハラハラしながら成り行きを見守っていたアーシェだが、遂にたまらなくなり―――ジークの背中に体当たりをした。
「うぉえ?!」
予想外からの攻撃に、思わず奇声を上げるジーク。その腰にはがっしりとアーシェが掴みかかっていた。
「バカジークっ!!時間が無いのは分かってるだろうが!!急がないと手遅れになる!!」
「フザケンナがきんちょ!!てめぇは少し黙ってろっ!!」
「また言ったな…?!黙るのはお前だ…!!!」
今にも始まりそうな盛大な応酬に、呆気にとられたレムザは抜刀する機を逃してしまった。
「…ふふふっ、ふははははっ!!分かった、魔術師部隊の総攻撃を許可しよう!!」
「た、隊長?!」
呵呵と大笑したランドルフに、レムザは驚きに声を上げてしまった。
「お前たちも無事に帰らなくてはいけない理由は同じだ。先ほど貸し付けた回復薬と、無事帰還した際の口利き、ついでに新区画の探査の最大限の便宜も図ってやる。ただしチャンスは一回きりだ。騎士団は成功・不成功の様を問わず、一撃離脱を計る」
ギラリとした眼光で凄まれ、しかしジークは不敵に笑った。
「上等だ。ついでにうちの魔術師とがきんちょも預ける。合同魔法の準備が出来たら、弓兵隊で弾幕を張ってくれ。それが合図だ」
「やれやれ。騎士団を顎で使うとは、注文が多い冒険者共だ」
軽口で返しつつ、ランドルフは肩をすくませた。おどけた様に返しつつも、しかし内心ランドルフは忸怩たる思いでこの提案を飲んだ。
――実質的に、囮になるとジーク達は言っているのだ。失敗したとしても、騎士団が脱出する程度の時間は稼ぐ、と。その申し出は騎士団をまとめる者としては、とてつもなく魅力的なものだ。しかしそれは多大なリスクを、彼らに負わせる事になる。そもそも、冒険者である彼らに騎士団を助けなくてはいけない理由は無い。少人数で動き回れる彼らなのだから、むしろ騎士団を囮にして隙をついて逃げる方が得策だ。わざわざ犬猿の仲である騎士団のために、命を張る必要はないのだ。だがそれでもこうやって危険な助力を申し出てくれる。
(――すまん、生きて戻れよ…!)
今はそれぞれやれることをやるだけ――。
「魔術師部隊!全員で中位水系合同魔法の準備!弓兵隊、矢の残存数に配慮しながら魔術師を支援しろ!巨人の防御術式が崩壊した所で総攻撃をかける!!」
ランドルフは踵を返し、部隊に号令をかけた。
そんなランドルフを見送りながら、アーシェは口の中が干上がっていくのを感じた。自分から言い出したとはいえ、今更ながらその危険性の高さに身震いしてしまう。巨人は遠くに離れていればさして問題は無いが、近づくものには容赦なく剛腕が振るわれた。あの結界を解くという事は、その射程距離内に肉薄しなくてはいけないという事だ。
「話はまとまった!俺とデュークで前にでる。シリウス、子守は任せたぞ」
「やれやれアーシェ。子守とは酷い言われ様ですね?――デューク、よろしくお願いしますよ。この馬鹿は考えなしに突っ込んでいきますので」
「大丈夫だ、任せておけ」
「おい?!」
アーシェをしり目に、和やかに掛け合うジーク達。だが気が気でないアーシェは、ハラハラしながら三人を見上げた。
「アーシェ、そんな顔をするものではないですよ」
よほど酷い顔をしていたのか、やんわりとシリウスが声をかけた。
「大丈夫だ、ジークは馬鹿だが死に急ぐほどでは無い。冒険者は勝ち目のない依頼は受けないものだ」
「で、でも…!」
するとぽん、とジークがアーシェの頭に手を置いた。
「お前は保険だ。冒険者でもない民間人。教会騎士団はお前を保護する義務がある。隊長は信頼できるが騎士団全体がそうとは限らない。お前が隊長たちと一緒にいる事が、俺達が安心して動き回れる保険なんだ」
アーシェははっとした。確かに、ランドルフたちはジーク達を『捨て駒』として、巨人の注意を引き付けるだけの捨て石にする事も可能なのだ。その時、民間人であるアーシェが証人として証言すれば、騎士団への糾弾は避けられない。
「だからしっかり生き残れ。それがお前の役目だ」
そういうとジークはデュークと共に、駆けだしてしまった。
「――ジーク!!俺が依頼をした冒険者はお前達だ!!」
――だから無事に戻って、俺を『門』まで送り届けてくれ!
果たしてアーシェの思いはジーク達に届いたか…。巨石の向こうに消えた二人に、アーシェは無事を祈らずにはいられなかった。




