反撃
アーシェとシリウスが騎士団と合流した時、魔術師部隊は総出で合同魔法の詠唱を行っていた。アーシェの眼には空中に展開された中位水系攻撃魔法の術式が『視える』。しかし魔術師たちも大分疲弊している様で、術式にほころびが見え隠れしている。このままでは本来の威力の半分にも満たないだろう。
「まずいですね…」
それはシリウスにも察せられたようだ。
「アーシェ、私から離れないように」
そう一言残すと、彼は両手を術式に翳し、精神を集中し始めた。ほんのりとシリウスの周りに光が舞い始める。
(…すごいっ!シリウス、あの合同魔法の術式に干渉してる…っ)
アーシェは驚きに息を飲んだ。魔力の視えない一般の魔術師にとって、他人の術式に干渉するというのは至難の業だ。そもそも複数人で合同魔法を行う技術も、とても高度な連携の上に成り立っている。それを叶えた教会魔術師たちの力量もさることながら、それに干渉しほころびを補強するなど、普通の魔術師にできる事ではない。
しかも今、シリウスは水系統の魔力が枯渇して(・・)いる(・・)。別系統の魔力で干渉するなど、まさに神業的な技術だった。
(…でもダメだ、圧倒的に魔力が足りない…っ)
いかに教会魔術師たちの実力が有り、シリウスが神がかり的なサポートを行ったとしても、その魔力の総量は微々たるものだった。このままでは折角ジーク達が防御術式を破壊しても、魔石を壊すまではいかないだろう。
(何か…何か何か何か…っ!!)
必死に頭をめぐらせていると、ふとアーシェは足元に感じる微かな『うねり』を捉えた。
(…そうだ!!巨人がどこかから受けている魔素の供給源!!!それを見つけられれば…!)
アーシェは両手をつき、地中の奥深く、あるであろう魔素の流れを探した。
暗く何もない空間を、ずっと下へ下へと意識を集中させていく。命の欠片すら存在しない底の底。肉体から離れた意識がさまよった先に、果たして『それは』あった
(…!!こ、これ…!!)
アーシェの意識体が『それ』に触れた瞬間、彼女の背に戦慄が走った。地底の奥深く。巨人が供給を受けていた魔素溜まりを、アーシェは見つけたのだ。しかしそのあまりにも大きな規模と、何より――
(この魔素…っ属性が無いっ!!)
無属性の魔素など聞いたことも無かった。全ての魔素には属性がある。その定石を覆すような、あり得ない魔素溜まりだった。
(でもこれならいける…!これを魔術師さん達に繋げば…!!)
アーシェには魔素や魔力が視えても、扱う事は出来ない。だがこの場所を正確にシリウスに伝えられれば、魔術師達との繋ぎは行ってくれるだろう。アーシェはその膨大な魔素溜まりからゆっくりと浮上しようとした時――
(…え?…う、うわっ!!!)
魔素が急にうねりを上げてアーシェの意識に触れようとしてきた。魔力を扱う素養のないアーシェが、意識体だけでこんなものに触れてしまえば、自我を持って行かれてしまう。
(に、逃げなきゃ…っ!)
急いで意識を上へ上へと浮上させる。しかし魔素のうねりは執拗にアーシェを追いかける。
(ま、まずいっ、追いつかれる…!!)
「アーシェ?!」
ドオンッ!!!
世界が、揺れた気がした。
アーシェの意識体が体に戻るのとほぼ同時に、魔素のうねりがアーシェに襲いかかった。一気に体を駆け巡る膨大な量の魔素に、視界に火花が散る。体の中を暴力的なまでの魔素の奔流が流れていき、ごうごうと吹きすさぶ音が聞こえてくる。何とか全て外に流そうともがくが、体の許容量を大幅に超えた魔素に耐え切れず神経がすり減っていく。遂に意識が消えそうになったとき、がしり、と右腕を掴まれた。
「…がっ!!」
ぼやける視界で頭をめぐらすと、険しい顔をしたシリウスがアーシェの腕を掴んでいた。その腕から、魔素がシリウスにも勢いよく流れて行った。唐突に高密度の魔素に曝され、苦しそうにシリウスがよろめく。しかしシリウスはそこを何とか踏ん張ると、魔素の流れを合同魔術の術式に全て『流した』。
頭上に展開されていた術式の輝きが、一段と眩くなった。そしてその余波は他の教会魔術師達にも伝播していく。皆一様に驚きに目を見開いているものの、詠唱を止めず当初では想定できない程の高密度な術式を完成させた。
「――今だ!弓兵隊、一斉攻撃!!」
ランドルフの号令一下、大量の矢が巨人の魔石へと殺到していった。
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「デューク!来たぞ合図だ!!」
「おう!」
巨人の腕が襲ってくるギリギリの範囲で待機していたジークとデュークは、後方の騎士団から発射された大量の弓を合図に走り出した。魔力のこもった弓は長距離を物ともせずに、二人の頭上を追い越していく。そして魔石に殺到するものの、振り上げられた巨人の巨腕によって振り払われてしまった。
「見えた!あそこだっ!」
しかし運よくその腕を掻い潜った何本かが、魔石の前に展開されている防御術式に浅く刺さった。すぐに弾かれるか巨人に振り払われてしまうものの、魔力の見えないジーク達にとっては術式の場所が分かることが最重要であった。
「ジークっ!先に回り込むぞっ!」
正面から振り下ろされる巨人の左腕を避けて、デュークは目にもとまらぬ速さで左側面に回り込んだ。丁度巨人からは死角になる箇所で、ぐるりと大きく迂回する。その隙に最短距離をジークは駆け抜け、巨人の真正面に躍り出た。そして最後の直線を全速力で駆け抜けると――
「うおおおおぉぉぉおおっ!!!」
いつの間にか丁度良いポイントに滑り込んだデュークの手に足をかけ、ジークは盛大に飛び上がった。
ガキイィィィイィィイイインッッ!!
上段から振りかぶったジークの剣が、防御術式にめり込む。硬質な、空気を震わすような音を響かせて、確かに術式に亀裂が入るのをアーシェは視た。しかし破壊するまでには至らない。
(後…っあと少しなのに…っ!)
固唾を飲んで見守っていると、異常に気が付いた巨人が右手を振り上げ、剣一本でぶら下がっているジークを、叩き落とそうとする。剣を起点にして振り子のように巨人の攻撃から逃れると、丁度地に手をついていた格好だった巨人の左腕に、そのまま着地した。
「ジーーークッ!!」
下から聞こえる呼び声に振り向くと、デュークが物凄い膂力で自分のハルバードを投げあげてきた。それを受け止めると、そのままの威力を生かしジークは再度防御術式の前に躍り出た。
「うおおおおおおおおおっ!!」
振り回されたハルバードは、綺麗な放物線を横向きに描きながら、防御術式の亀裂にめり込んだ。そして先ほどとは違う、反発ではなく砕ける感触をジークの手に伝えながら、遂に防御術式が砕け散ったのだ。
「―――今だっ!!魔術師部隊!!『激流』っ!!」
ランドルフの号令一下、急速に輝きを増した合同魔法術式は、今まで散々溜め込まれた魔力を脹れあがらせ、水の大奔流となって突き抜けた。激しい水の固まりは、大量の水しぶきを上げながらしかし真っ直ぐに魔石へと殺到する。高水圧の固まりとなった水の奔流に、巨人が初めて痛みに身をよじり絶叫を上げた。
「やった…!!」
「――いえ、まだですっ」
水の奔流が去った後には、大きな亀裂を魔石に湛えた巨人が、こちらを睨みあげていた。魔石は先ほどの様な赤い輝きは既になく、時折明滅しながら辛うじてはまり込んでいると言った風だった。目に見えて魔力残が減ったことにより、巨人の動きはどことなくぎこちない。しかしこちらを見据える眼窩だけの穴は、憎しみに爛々と輝いているようにアーシェには見えた。
ゆっくりと顔をこちらに向けると、巨人が大きく息を吸い込んだ。そしてなけなしの魔力を総動員して、魔力塊を眼前に展開しようとする。
「ま、まずいっ!!またあれが来る…っ!!」
アーシェは戦慄した。再度あの衝撃波を喰らったら、一たまりも無い。しかも今、騎士団は合同魔法の為に一つ所に固まっている。ここであれを喰らえば、全滅は必須だ。
「うぉおおおおぉぉぉぉおおおっ!!」
その時、一陣の風が駆け抜けた。目にもとまらぬ速さで巨人との距離を縮めると、ランドルフは自らの長剣を振り上げ、魔石の亀裂に深々と差し込んだ。
ゴォオオォオワァァァッォォォォッォァアッ
巨人の絶叫が響き渡る。ランドルフの一撃が致命傷となり、目を覆いたくなるようなまばゆい光が、辺りを襲った。そして尚も断末魔を上げる巨人と共に、魔石が粉々に砕け散ったのだ。
巨人の絶叫が収まると、広間には静寂のみが残った。巨人は活動を停止しているようで、残った魔石はただの黒ずんだ石となっている。勝利の事実がじわじわと実感となって湧き上がってくると、広間は勝鬨の雄叫びで埋め尽くされた。
『うぉぉぉぉぉぉっ!!やったぞ!!巨人を倒したっ!!!!』
『隊長っ!!ランドルフ隊長万歳っ!!!』
そこかしこで上がる歓声。遂に巨人が、活動を永久に終了した瞬間だった。
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「……ぁつっ…!」
強かに体を打ちつけられて、全身がばきばきと軋みを上げているかのようだ。何とか起き上がるものの、瞬間視界が少しくらりと揺れる。どうやら頭を少し打ったようだが、それ以外目立った外傷は無し。よくよく辺りを見回してみれば、合同魔法の名残で辺り一面水びだし。そしてその中心には、活動を停止した巨人が項垂れていた。
胸にあった魔石は、既に輝きを失い黒い塊と化している。そもそも、その半分以上がどこかに吹き飛ばされており、原型をとどめていない。光を宿さない暗い両目も同じで、如実にこの巨人が『生きていない』事をジークに伝えた。
「…やったのか…」
見上げる巨人は既に何も語らない。戦いの余韻残る中、しかし勝利の実感は、まだ湧かなかった。
「何とか生き延びたな」
慣れ親しんだ気配が後ろから近づき、ジークはほっと胸をなで下ろした。
「デューク、無事か?」
「何とかな。俺のハルバードは新調しないとダメそうだがな」
「はは、俺のもだ」
正直、ここまで上手く事が運ぶとは思っていなかった。精々巨人の気を引き足止めをして、撤退する騎士団の中に紛れ込む、と言うのが妥当なラインだと思っていた。ジークとデュークの二人なら小回りも効くし突破力もある。それを見越しての作戦だったのだが、巨人を倒してしまうというおまけが着いてくるのは望外だった。――実際、立役者は別に居るのだが。
「そうだ、隊長はどうした?!」
自分たちは合同魔法の瞬間になるべく遠くへと逃げたものの、ランドルフは魔石が壊れる衝撃に巻き込まれたはずだ。下手をすると、体ごと吹き飛ばされたかもしれない。ジークは慌てて辺りを見回した。
「――全く、酷い扱いだな。九死に一生を得た恩人を、普通は真っ先に思い出すところだろうが」
「隊長!!!」
苦笑いを漏らしながら現れたランドルフは、確かに方々傷や汚れは目立つものの、目立った外傷もなく無事であるようだった。
「――さすが『紺碧』を纏うだけのことはある。あの瞬間にここまで駆け抜けてきた瞬発力もさることながら、爆発の中心に居たのにも関わらずほぼ無傷とは」
紺碧とはランドルフの騎士団内での位階を現す、大隊長のみが許されたマントの事を指す。その実力に見合った力量を目の当たりにし、デュークが素直に賛辞を送った。
「なに。若い者にはまだまだ負けん。…まあ最後の爆発は光の神レフトの加護のお蔭だ」
「なるほど、隊長は光の魔術も使えたんだっけか」
ジークは納得と言った風に頷いた。光属性の魔法は、光の神レフトの加護によるものとされている。恐らく、爆発の衝撃を魔法で逸らしたのだろう。それだけでも並大抵のことではない為、流石大隊長の地位は伊達では無いと言った所か。
「しっかしまさか本当に動きだしちまうとはなぁー…。今まで全く無反応だったのに。何が原因だったんだ?」
首を傾げるジークに、苦々しくランドルフも舌打ちした。
「全くだ。今回の件は追加の調査が必要だ。しかしこれだけの研究員を集めるのにも苦労したのだ。再度集めなおすとなると…」
「そう簡単には真相は明かされそうに無いな」
頷くデュークに、忌々しげにランドルフは巨人を見上げた。
「この迷宮には未だ我々の人智が及ばない、不可思議なものが沢山ある。この分だとお前たちが見つけたという――」
その時、大きな地響きが広間に響き渡った。
「な、ななな何だ?!今度は一体?!」
「ジーク離れろ!!巨人が崩壊するっ!!」
立っているのも困難な程の揺れの中、今までつなぎ目一つ無かった巨人の腕や頭が、ばらばらと結合力を失い降ってきた。更には巨人が背にしていた壁も同時に崩れ始め、広間全体が再度激しい揺れに襲われた。
「気をつけろ!!また天井が崩落してくるかもしれんっ!」
「ジーク!取りあえず退避だ!」
「ああわかってる!」
もうもうと立ち込める土煙を避け、ジーク達三人は広間の中程辺りまで駆けだした。揺れる中、何とか安全と思えるだけの距離を走った所で振り返ってみると、そこには地面に半分以上めり込んだ巨人のなれの果てと、壁が崩落して開いた、巨大な暗い空間が広がっていた。
「な…何と言う事だ…」
「隊長ーっ!!」
「――ジーーク!!」
呆然として今起こった事に目を見開いていると、レムザ、アーシェ、シリウスが駆け付けてきた。
「シリウス、アーシェ!無事なようだな」
「全然無事なんかじゃありませんよ。全く…アーシェのお蔭で酷い目にあいました」
「う…ご、ごめんなさい…」
駆け付けてきたアーシェ達にデュークが声をかけると、何故か青白く憮然とした面持ちのシリウスと、びくびくと恐縮しきっているアーシェが居た。デュークたちが首を傾げていると、その横で同じく一緒についてきたレムザが、きびきびとした態度でランドルフに敬礼をした。
「隊長!!巨人討伐おめでとうございますっ!!騎士団一同、隊長のご活躍には胸を打たれるものがありました!!」
「いや、レムザ。俺一人の功績と言う物ではないぞ。ここにいるジーク達が奮闘してくれたからこそ――」
「何をおっしゃいますか隊長!!あの強力な合同魔法でも完全に破壊する事が出来なかった巨人の心臓部を一太刀で終わらせ、尚も無傷でいらっしゃるとは…!これが偉業ではないのであれば何なのでしょうか!!正に栄えある教会騎士団を率いられる、お方であるかと!」
目を輝かせんばかりに熱く語るレムザには、最早ジーク達は眼中にない。その盲信ぶりにランドルフは頭を抱えるのだが、ジーク達はただただ苦笑するだけだった。流石にアーシェが眉を潜めて一言言い返そうとすると、デュークが無言で首を振る。取り合うな、と言う事らしい。
煮え切らない思いを持て余していると、シリウスがゆっくりと穴を見上げた。
「それにしても壁も一緒に崩落してしまうとは…。この暗い横穴はどこに繋がっているんでしょうかね?」
「やれやれ、またこれで魔物どもが現れたら、流石に一たまりも無いぞ」
「隊長はどうするんだ?一度このまま引き返すのか?」
「流石にこの穴を放置するわけにも行かん。安全が確認でき次第、最低限の警備を残して一度立て直しだな」
今後の事を話し始めるジーク達を横目に、アーシェは暗い横穴に目を向けた。めり込んでいるとはいえ、地面にうず高く積みあがっている巨人のなれの果て。その奥には真っ暗な暗闇が広がっている。しかし――
(…あれ?何かこの感じ…)
じっと神経を集中してみると、暗闇から漂う微かな気配を、アーシェは感じた。
「――っあ!!こら、アーシェっ!!」
ジークに呼び止められたときには、既にアーシェは駆けだしていた。
一気に巨人の石塊まで駆け寄ると、アーシェは躊躇うことなくそこをよじ登った。何とか足場を見つけて登り切り、そして巨人の頭を超えて反対側を覗き込んだとき――
(…やっぱり!!)
アーシェの目の前には荘厳な広間が広がっていた。




