表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/68

迷宮の神殿

「こぉんのクソガキ!!てめぇいい加減に………?!」


急に駆けだしたアーシェを追いかけ、ジークはその先に広がる光景に思わず息を飲んだ。そこには教会の礼拝堂を思い起こさせるような、壮麗な細長い空間が広がっていたからだ。


崩落した石塊が積みあがる先――。広間の天井はとても高く作られ、天井部分はアーチ状になっている。それらは両側の壁から真っ直ぐ伸びた細い柱で支えられ、等間隔に配されている。そしてその回廊をずっと行った先にはシンプルな意匠の祭壇が置いてあり、神聖な雰囲気を醸し出していた。そして何より一番目を奪うのが、部屋全体が青白く光っている事であった。


王都の大聖堂であったとしても、ここまでの厳粛な雰囲気は出せないだろう。

美しい――等の言葉では言い表せないような荘厳で、尚且つ神秘的な空間が広がっていた。


「こ、これは…!」


異変を察知して追いかけてきたシリウス達も、その光景に目を奪われた。今までの武骨な洞窟とは似ても似つかない情景。


――そして何よりもそこには、明らかに人の手による意匠が施されていた。


「巨人の後ろにこんな壮麗な空間が広がっていたとは…」

「恐らく巨人はこの部屋を守る守護者か何かだったのでしょう。それが崩れたという事は、ここに踏み込む資格を、私たちが得たという事かと思うのですが…」


それぞれの推測を口にするものの、あまりの雰囲気に誰も一歩を踏み出せない。そもそも、今までも迷宮で小部屋と呼ばれる空間が発見されたことはあるものの、ここまで人の手が入ったものはナルバの迷宮では見つかったことが無かった。しかもこの、大聖堂を思わせるような『明確な意図』があっての部屋は、初めてだ。ここはあまりにも異質――。それがジークを始めランドルフですら抱いた感想であった。


「皆~~!無事~~~?」

「リーザ!!」


その時、明るい声と共に見慣れた金髪の少女が現れ、アーシェは驚きの声を上げた。

『門』への出口付近ではぐれてから、その動向が全く掴めずにいたリーザが、ひょっこりと現れたのだ。


「は~い、アーシェちゃん。良かった、そっちも無事の様ね」


ウインク一つで軽い口調で返してくるものの、アーシェは嬉しくてリーザの腰に抱き着いた。全く姿を現さなかった彼女が、もしや崩落に巻き込まれたのではないかと、ずっと心配していたのだ。その彼女がふいに現れたことにより、アーシェは驚きと喜びで胸がいっぱいになった。


「良かった…!!離れてから巨人の攻撃で出口が壊されて…っ!!も、もしかしてリーザも巻き込まれたのかもって思って…っ!」

「あらららら。アーシェちゃんったらこんなに心配してくれちゃって…。―――ジーク、もしかして、なぁんにもアーシェちゃんに伝えなかったの…?」


涙目になるアーシェの頭を優しく撫でながら、後半はリーザにしては随分とどすの利いた声でじろりと目を向けた。当のジークはと言うと、ふいっと視線を外してあさっての方向を向く。


「――そう言えばそれどころでは無くて、アーシェに伝えていなかったな…」


デュークが右頬を軽く掻きながら、思わずと言った風に漏らす。


「リーザ…?」

「んもう!!これだから家の男共は…っ!――あのね、アーシェちゃん。私は戦闘力はそんなに無いけど、素早さと索敵能力だけなら天下一品なの。だから私の役目は不測の事態に備えての伝令。だからアーシェちゃんと離れた後、私は一人『門』まで走って行ったの」

「お、お前、嘘は大概にしろ!!女の身一つで、『門』まで無事にたどり着けるわけが無いだろうがっ!!」


思わず、と言った風にレムザが怒鳴りつけた。

巨人の間から『門』までは、左程距離は無いとは言え危険が全く無いわけでは無い。駆け出しの冒険者等は、まずパーティで無事に巨人の間まで辿り着けるかどうかが、このナルバの迷宮で一人前とみなされるかどうかの判断基準となるという。そこを単身一人で『門』まで往復してきたというのは、俄かには信じられなかった。

驚きに目を見開くアーシェに苦笑しつつ、リーザはじろり、と冷たい視線をレムザに向けた。


「ま、信じる信じないは貴方の自由ですけど。――隊長、勝手だとは思うけどここでの事は『門』の騎士団に伝えておいたわ。冒険者の話とはいえ、その後研究員達の一団が逃げてきたから、直ぐに援軍が来るはずよ」

「なんと…!リーザ殿、感謝する。援軍が来れば負傷者を安全に『門』まで届けられるし、ここの警備もすぐに手配が出来る」

「隊長?!こんな戯言信じるのですか?!一体どれだけ我々がここに来るだけで苦労したか…っ!それを女身一つで往復したなどと…!!」

「ちょっとぉ。さっきから黙って聞いてれば女女って、人を馬鹿にするのもいい加減にしてくれない?こんな大所帯で迷宮進んだら、襲ってくださいって言うようなもんでしょ。あんた達と一緒にしないでくれる?」

「き、貴様…!我らを愚弄する気か…!!」

「レムザ、その位にしろ!」


ランドルフの一喝で、流石のレムザもぐっと押し黙った。しかし納得はしていないようで、依然険しい視線をリーザに向けている。

リーザはリーザでそんなものはどこ吹く風、ふんっとあしらうと早々にレムザを視界から消してしまった。


何とか場が収まったことに、やれやれと言った風にランドルフがため息をついた。ジーク達はその様子を苦笑しながら見つめている。迷宮内での騎士団と冒険者の関係からすれば、むしろ日常茶飯事なのであろう。ランドルフの様な人間の方が、騎士団では少数だ。


「それにしても…何だか不思議な所を見つけたわねぇ…」


ほぅ、とため息をつくと、リーザはゆっくりと首を巡らせた。ここまで立派な聖堂は、中々お目にかかれない。感嘆のため息を漏らすと、しかしリーザはその可愛らしい顔をゆっくりとしかめた。


「―-でも何だかここ、ものすごく威圧感があるわね…。ちょっと入るのを躊躇っちゃう」

「ん?そうか?」


警戒感露わなリーザに対し、ジークは意外とばかりに首を傾げた。


「いや…正直俺も同感だ。ここは拒まれているように感じる」


険しい顔をしながら、デュークもリーザに同意した。


「俺は何も感じぬな。レムザ、お前はどうだ?」

「はい。神聖な空気を感じます。これ程までに清浄な気配は、王都の大聖堂でも中々無いかと…」


(…清浄な空気?)


アーシェはふと思いつき、じっと辺りを見回してみた。するとアーシェの眼には、空間全体を満たす、高濃度な光の魔素が見て取れた。


(なるほど…だからか)


一人納得すると、アーシェはランドルフに声をかけた。


「ねぇ、隊長さん。ちょっと『灯り』の魔法を、この部屋に向かって投げてくれない?最低出力で」

「『灯り』をか?…まぁ構わないが…」


アーシェの不可思議なお願いに首を傾げながらも、ランドルフは素早く詠唱を行うと、『灯り』の魔法を指先から飛ばした。


「きゃあ!!」

「うわぁっ!!!!」


ランドルフの指先に現れた小さな光球は、しかし指先を離れると同時にみるみる肥大化し、最後には大きく爆ぜると宙に消えた。


「な、な、何だ今のはっ!!」


突然の目くらましに身構えるジーク。魔法を放った当のランドルフも呆然として、驚愕を隠せないでいる。


「いや…、俺は小さな『灯り』を灯しただけだったのだが…」


驚きに目を見開いているランドルフに、アーシェはやはりと頷いた。


「多分ここ、高濃度の光の魔素で溢れてるんじゃないかな。だから光属性のある隊長やジークは大丈夫だけど、リーザやデュークは違和感を感じるんだ。シリウスは自分の魔素で体を守ることはできるけど、デュークやリーザにはそれは無理だろ?」


「光の…魔素?」


更に大きく見開かれるランドルフを見上げながら、こくりとアーシェは頷いた。


「そっちのお兄さんが、大聖堂みたいって言うからもしかしたらって思ったんだけど…。俺、魔道具屋見習いだから、魔素の扱いや特性は分かってるつもり。高濃度の魔素が、耐性のない人を弾く事もね」


あくまでも自分が魔素を視えることは隠しつつ、さもあり得るかのようにアーシェは説明した。


「なるほど。だから隊長の光属性の魔法が高濃度の同一属性の魔素に晒されて、暴走したという事ですね」


ふむふむと、納得した風にシリウスが同調した。すると呆然としていたランドルフとレムザは、感無量と言った風にその空間を見やった。


「――素晴らしい…!今まで魔素の無かった迷宮に、まさかこれ程までの聖なる場所が存在したとは…!!」

「まさにです!これこそ、光の神レフトの思し召し…!この呪われた迷宮は、聖域に到達するまでの尊い試練だったのですね…!」


信仰の徒であるランドルフとレムザにとっては、まさに神の奇跡を目の当たりにしているかの感動があるのだろう。教会の信徒として、これ程までの発見は無い。


教会が掲げる光の神レフトは、光を司る神とされる。その為教義の中で光魔法は神聖魔法ともされ、教会の要職に就くためには光魔法の素質は絶対とされる。その為、『全てを等しく包み込む』とされる『神円』の紋章をつける者は、そのまま光魔法の使い手でもあると言う事だ。

そしてそんな光魔法を扱う者が多く集まる以上、教会が建てられる場所も自ずと限られてくる。教会が建てられる場所のほとんどが、大なり小なり光の魔素が他よりも多く集まる場所となる事が多い。そしてその中でも一際光の魔素が優位となる箇所を、大聖堂、或いは神殿と人は呼ぶ。


まさしくここは、王都の大聖堂をも凌駕するほどの光の魔素に溢れている――


新たなる聖域を発見したとなれば、これは教会の信徒にとってこれ以上ない誉となろう。それがしかも、この魔素が無いとされているナルバの迷宮の只中となればなおの事。しかし幾ら耐性があるとはいえ、備えも無くこれだけ高濃度の魔素に晒され続けるのは自殺行為だ。魔素酔いを起こすか、最悪許容量を超えれば廃人になってしまう。どうすべきかと逡巡していると、その時、後方からうすい青色のマントをつけた男性が、駆けてきた。年の頃はランドルフと同じくらいであろうか。口元に湛えた髭と屈強な体躯、そして何より使い込まれた甲冑が馴染んでいる辺り、歴戦の騎士のようだ。


彼は巨人の石塊の上に佇むランドルフたちに、姿に違わない低く落ち着いた声音で呼びかけた。


「ランドルフ大隊長、巨人討伐おめでとうございます。壁ごと崩落したようですが、何か問題でもありましかな?」

「おお、コルナー中隊長!素晴らしい発見だ。壁が崩落した先に新たな部屋が見つかり、しかもレフト神の奇跡の御業の様でな…!――そちらの状況はどうだ?」


興奮に浮き上がった気持ちもつかの間、険しい表情でランドルフは問いただした。


「はっ。負傷者の救護はあらかた終了、第一から第三中隊、合わせて二十名の戦死者。研究員達に至っては、二十名中十四名の死傷者となっております」


もたらされた報告に、ランドルフは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「研究員の被害が大きいな…。思った以上の損害だ」

「えぇ…。出口に殺到した際の混乱と、その後の巨人の一撃で、かなりの人数がやられました。三中隊中一番被害が大きかったのが第一中隊ですが、十五名中八名が戦死、五名が重軽傷です」


コルナーと呼ばれた中隊長の報告に、流石にジーク達も険しい顔をした。避難を誘導した事が仇となり、巨人との戦闘で連れてきた人数の半数以上が失われた事になる。


「惜しいがやはり、この祭壇の調査に人員を割いている余裕は無いな。コルナー中隊長、現状の戦闘能力で『門』まで撤退できそうか?」

「その事についてなのですが、先ほど街に残してきた第二中隊の者たちが、六名ほど援軍として駆け付けてくれました。もう一小隊後程来てくれるようなので、それであれば何とか行けるかと」


コルナー中隊長の報告に、リーザは勝ち誇った笑みを浮かべた。その傍らでレムザがぎりりと奥歯を噛みしめた。よくよく見ると、額には青筋が立っている。


「よし、ではもう一小隊の援軍を待って、我々は『門』まで撤退する。コルナー中隊長、レムザ、撤退の準備に取り掛かるぞ」

「はっ!」


二人は敬礼するとさっと身を翻し、即座に行動に移った。そんな彼らを見送ると、ランドルフはジーク達に向き直り、特にリーザに向けて柔らかく頬笑んだ。


「リーザ殿、重ねてご助力感謝する。これで生き残った者たちを、安全にナルバまで送り届けることが出来そうだ。また私の副官の非礼を許してほしい。ジーク、今回の件については、追って正式に騎士団から礼をさせていただく。助かった」

「ああ、報酬は期待してるぜ」


おどけた風に返すジークだが、それが本心ではない事は皆に分かった。ランドルフはにやり、と笑ってみせると、


「我々が撤退するとき一緒に街まで戻るのなら、同行すると良い。今回は本当に助かった」


そう言い残し、足早にその場を立ち去って行った。


「――さてと」

「あだだだだだだだ!!!ななな、何するんだっ!!」


唐突にジークに頭を鷲掴みにされ、アーシェは盛大に講義を上げた。が、しかし、押さえつけられた手はびくともしない。


「ふざけんじゃねえ、この鉄砲玉が!俺達の寿命縮める気かっ!ああいう事をするときは、一言断りやがれっ!!」

「痛い痛いっ!!首がもげるっ」

「まぁまぁジーク、暴力はその位で。――でもアーシェ。分かっていますよね?」


ゆっくりとシリウスがアーシェに視線を合わせると、アーシェは思わず固まってしまった。声は穏やかなはずなのに、何故か背筋を冷たいものが流れていく。ぎぎぎ、と首を傾けてみると、柔和な笑みを浮かべたシリウスが見下ろしていた。


「貴方が色々と規格外なのは、この短い時間でよく分かりました。が、少し考えなしの所があるようですね。今日はこれ以上私たちを驚かせる必要はありません。少し行動する前に、結果を想像する努力をした方が良いでしょう」


声も口調もとても穏やかなのにひしひしと冷気が迫ってくる、この感じは何なのだろうか。しかしなまじシリウスが言わんとしていることに身に覚えがある為、アーシェも反論できない。アーシェが蛇に睨まれた蛙よろしくすくみ上っていると、不思議そうにリーザが首を傾げた。


「シリウス?何をそんなに怒っているの?」

「そう言えば酷い目に会ったと言ってたな。どうした?」


デュークの簡潔な問いに、シリウスは一層笑みを深めたが、アーシェにとっては何故か気温が更に低くなったように感じた。心なしか、彼の周りを魔力がうねっている。アーシェは本格的に命の危険を感じたが、がっしりとジークに頭を掴まれているせいで、身動きができない。


「いえね、大人しくしていなさいと言ったのにも関わらず、アーシェはどこかからか魔素の固まりを引っ張ってきましてね。お蔭で術式に大量の魔素が供給され、合同魔法は成功したわけですが、その方法が頂けません。あれだけの高濃度の魔素をその身に受けるなど。下手をしたら廃人です。後先考えないにも程があります」


シリウスの周りを、一層魔力が渦巻き始めた。彼を中心に寒風吹きすさんでいるような気がする。いつもと変わらない柔和な笑顔にもかかわらず、その圧倒的な威圧感にタジタジとし、アーシェは全身から嫌な汗がダラダラと吹き出した。


「―-アーシェ、返事は?」

「っ!!す、すみませんでしたーーっ!!」


いつもはほとんど閉じられている双眸が、うっすらと開いてアーシェを射抜くと、反射的に言葉が口をついた。なまじ魔力が『視える』だけあって、シリウスの怒りが尋常でないことが分かってしまうアーシェとしては、居たたまれなさで一杯だった。不測の事態ではあったとはいえ、下手をすれば二人そろって廃人だったわけで、とっさの機転で魔素のうねりを流してくれたシリウスは、むしろ命の恩人ともいえる。


「――なるほど。幾ら騎士団の魔術師部隊とは言え、稀にみる高出力の合同魔法だと思ったが、そういうからくりがあったんだな」


今にも泣き出しそうなほど怯えているアーシェを見かねたのか、デュークが話を振ってきた。


「アーシェ…。お前あれだけ大人しくしろと言ったのに…」

「すごいわね~、アーシェちゃん!シリウスをここまで怒らせるだなんて~~」


それぞれが思い思いの感想をつぶやくと、シリウスはじっとアーシェに視線を合わせた。


「良いですかアーシェ。この先『門』に戻るまで、決して私やジークから離れないでください。少しでも貴方が妙なことをするようであれば、魔法で縛り付けて貴方の自由を奪います。お蔭様で魔素の補充は十分ですしね」


その言葉の本気具合にアーシェはすくみ上り、ただただ激しく首を縦に振るだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ