帰還
結局、あの壮麗な空間に入れるのはジークのみで、それも長時間は居られないという事が分かると、アーシェ達は早々に騎士団に合流して一路『門』へと撤退した。魔物による大した襲撃も無く、拍子抜けするほど安全に『門』まで戻れた時には、思わず大きく安堵のため息を漏らしてしまった。護衛が居る安全な状態であったとはいえ、知らず知らずのうちに力んでしまっていたらしい。アーシェが取り込まれてから随分と時間が経っていたようで、始源の祭壇に戻ってきてみると空はすっかり明るくなり、後数刻で太陽が頂点に輝く時間帯だった。
(あーあ。すっかり夜が明けている…。師匠、怒ってるかもなー…)
暗闇を抜けてきたため、外界の眩しさに目を細め、アーシェは小さくため息をついた。不測の事態とはいえ、無断欠勤。またあの他人には厳しいが自分にはルーズな師匠にどやされると思うと、アーシェは頭が痛くなる思いだった。
その横で、それぞれ三者三様の思いを漏らす。
「あーーっ!!やっと外だぜ…!取りあえず風呂入って、うまい酒と飯にありつきてぇ」
ぐぐぐっと伸びをするジーク。その隣で同感とばかりにデュークが頷いた。二人とも疲労の色は濃いものの、安全なナルバに戻れた安心感でその表情は緩んでいる。
「とは言う物の、流石にギルドへ行かないわけには行きませんよ。アーシェを保護したことも含め、今回の発見はあまりにも謎が多すぎます。教会の出方もあるでしょうし、至急ギルド長との面会を希望しませんと…」
やれやれと言った風にぼやくシリウス。
「教会の連中、取りあえず今はそれどころじゃなさそうだな。今の所、俺達はお役御免って所か」
デュークの言うとおり、始源の祭壇は死傷者の対応や報告等で、蜂の巣を突いた騒ぎになっている。その為『門』への挑戦も一時中断されているようで、始源の祭壇はいつになく人でごった返していた。
「アーシェちゃん。アーシェちゃんのお家はどこなの?」
そんな中、アーシェ達は邪魔にならぬよう、隅の方に陣取っていた。
「俺は目抜き通りをずっと下って行って、一本角に入った所なんだ。『踊る仔馬亭』の近くにある、魔道具屋に住まわせてもらってる」
「ああ、あそこの店は良い。飯もうまいし良い奴らが集まっている」
恐らく脳裏に何か思い出しているのだろう。顎に手を当ててデュークが破顔した。
「それなら二手に分かれましょう。『踊る仔馬亭』はギルドからは少し離れています。報告組とアーシェを送り届ける組とに分かれると言うので、いかがでしょう?」
「ああ、そうだな。取りあえず俺とデュークでギルド長との面会を申請してくる。シリウスとリーザで、アーシェを送ってやってくれないか?」
「了解!その後宿で合流ね?」
「妥当だな。装備も新調しなくちゃならないが、それは報酬が入る明日以降だな」
四人はとんとん拍子に話を進めて、その後の段取りを決めてしまった。
思わず慌てたのはアーシェだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!ここまで来たら俺一人で帰れる!わざわざ送ってくれなくても…!」
「いえいえアーシェ。恐らく貴方のお師匠様は、随分と心配されているのでは?私達からも少し口添えをいたしますよ」
「で、でも…!」
わたわたとアーシェは慌てた。迷宮の中では威勢よく啖呵を切ったものの、こんなお荷物をナルバの街まで送り届けてくれただけでも冒険者としては大譲歩。その上店まで連れて行きあまつさえ不機嫌絶好調であろう師匠に口添えをしてくれるなど、恐縮すぎて頭が上がらない。あわあわと手をばたつかせていると、デュークが笑いながら助け船を出した。
「アーシェ、気にするな。どうせ今回の件で、また後から連絡を取る羽目になるはずだ。居場所を特定できた方が良い」
「ほら。ジタバタしてないでとっとと行くぞ」
「うふふ。アーシェちゃん、何かリスみたいで可愛い~~」
こうしてなし崩し的にアーシェは始源の祭壇を後にした。
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「ここが、師匠の店なんだけど…」
結局、あの後ごった返す始源の祭壇を抜けて、ジークとデュークはギルドへ。アーシェは案内をする形でシリウスとリーザを伴って、裏路地の魔道具屋までやってきた。外は燦々と日が差しているのに対し、どこか薄暗い印象が拭えない裏路地。その一角にアーシェの店はあった。
「これはまた、何とも…」
表通りから大して離れていないのにも関わらず、人気のない界隈。そこに今にも取れかかった看板をお愛想程度に架けている魔道具屋。人が住んでいる事すら疑わしい程の、怪しさ満点と言った趣だ。
(ねぇねぇ…何かちょっと…すごくない?)
リーザがシリウスの裾を引っ張りながら、小声で問うた。
(…趣がある…と言いましょうか…)
流石のシリウスも若干頬が引きつった。失礼を承知で言うならば、ここが魔道具屋であると知らなければ絶対に入らない――否、知っていても入ることを躊躇してしまうような、そんな雰囲気を醸し出していた。
しかしそんなシリウス達の内心の憶測を余所に、アーシェは躊躇いもせず立てつけの悪い扉をぎぃぃぃっと開けた。
「師匠―っ!ただ今戻りました!」
大きな声でアーシェが呼びかけると、しかし店内からは何の反応も返ってこない。ガラクタ置き場と化している店内は、更に薄暗く人の気配を感じさせなかった。
「アーシェちゃん、もしかしてお留守かしら?」
「いや…滅多に外出何てしない人だから、居ない事は無いと思うんだけど…。師匠―っ!」
そう叫ぶともう一歩、店内に足を踏み入れたその時。
ガンッ!
「――んぎゃっ?!?!」
「ア、アーシェちゃん?!」
薄暗い店内から何かが放たれ、アーシェの額を直撃した。よくよく見てみると工具か何かのようだ。額を抑えて蹲るアーシェにおたおたとしていると、店の奥の方からガラガラと音がして、のっそりと白衣を着た美人が現れた。
「アーーーーシェーーーーーッ。お前今までどこほっつき歩いていた~~~!!」
しかし美女が台無しである。三白眼の恐ろしい形相でのたまうと、ひっ、とリーザが息を飲む音がした。
「うわぁっぁああ!!師匠っ!!それ売り物っ!!それ以上投げないでぇ~~っ!!」
既に師匠と呼ばれた女の手には、赤い煌めきを宿した石が握られている。今にも振りかぶりそうな動作の彼女を慌てて止めようと駆け出すと――
「ふんぎゃ?!」
何かに足を引っ掻けて盛大にすっころんだかと思うと、そのままアーシェは天井から逆さまに宙づりになっていた。
「ふっふっふっ、引っかかったな。アンネリー様特製トラップだ」
先ほどまでの剣幕はどこへやら。満足げにアンネリーが見上げると、アーシェはジタバタと宙で暴れた。
「し、し、師匠~~~っ!!な、何これ?!?!ていうか下ろして~~~!!」
「無断欠勤した罰だ。降りたければ自分で降りろ」
「そ、そんな~~~!!」
空中に逆さまに吊り上げられ、何とか見えない拘束から逃れようとアーシェはジタバタともがくいた。しかし不思議なことに、ロープなどでぶら下げられているわけでは無いのにも関わらず、依然アーシェは空中に漂っている。恐らく何かの魔法が発動しているのだろうが、シリウスとリーザは唖然として、吊り下げられたアーシェと件の美女を凝視した。
「――何だ、アーシェ。朝帰りかと思えば随分と綺麗どころを連れてきたな。――で、どっちが本命だ?」
「し、し、師匠っ!もう、話を聞いてください!!この二人は冒険者で、俺を助けてくれたんです!」
「…何だ、無断外泊だけじゃ飽き足らず、厄介ごとの類か?」
女は今更ながら二人の存在に気が付いたようで、後ろに控えるシリウスとリーザを、怪訝そうにじと目で睨んだ。若干威圧感は無くなったものの、未だにとげとげしい雰囲気は否めない。及び腰なリーザを脇にどけると、シリウスが一歩踏み出した。
「初めまして。私は魔術師のシリウスで、彼女は同じパーティのリーザ。今回は迷宮に迷い込んでいたアーシェさんを、保護してこちらまで送り届けた次第です」
「迷宮~~~?!」
流石にそれは想定していなかったのか、形の良い眉を更に吊り上げて、アンネリーは驚きに声を張り上げた。
「実は昨夜ガントスさん達の所から帰る途中、偶々『門』に触ったら潜れちゃって…。でもそしたら迷子になっちゃった所を、ジーク達に保護してもらったんだ」
アーシェは今までの成り行きを、かいつまんで説明した。保護され帰る途中、巨人の間に立ち寄った事。そこで教会騎士団と共に巨人討伐に巻き込まれた事――。腕を組み、険しい表情で話に聞き入る女は、全てが終わると更に渋面を作って盛大なため息を吐いた。
「――なるほど。大体の事情は分かった。それにしても随分と面白い場面に居合わせたものだな。――巨人が動いただと?」
「それについてですが、もしかすると今後教会騎士団から事情を聴かれるかもしれません。騎士団で討伐の担当に当たっていたのがランドルフ大隊長ですので、滅多な事にはならないとは思いますが、念のためです」
今度こそやれやれとため息を吐くと、腰に手を当ててアーシェを見やった。
「何だ。やはり厄介ごとじゃないか。帰ってこないと思えばとんだ拾い物をしてきたな」
「う…ごめんなさい…」
「勘違いするな。自分で蒔いた種だ。自分で始末をつけろ」
しゅんと項垂れるアーシェに、アンネリーは無情にもきっぱりと言い放った。しかし未だ宙吊りになっている為、何とも微妙な光景だ。シリウスとリーザが対応に困っていると、アンネリーはシリウス達に向き合った。
「自己紹介がまだだったな。私はアンネリー。見ての通り魔道具屋をやっている。今回はうちの不肖の弟子が世話になった。礼を言う」
「――あ、い、いえ!気にしないでください!私たちもアーシェちゃんには助けていただきましたから。迷宮内で魔時計直してもらえるなんて、本当、助かっちゃった」
急に話を振られてリーザが慌てて取り繕うと、アンネリーが鷹揚に頷いた。
「こんななりだがうちは非合法以外の物なら何でも扱う。困ったことがあれば、声をかけてくれ。色は付けさせてもらうよ」
「えぇっと…ありがとうございます。それでその…アーシェちゃんなんですが、そろそろ降ろしてあげても…」
上目づかいにおずおずとリーザが問いかけると、ふんっと鼻息荒くアンネリーは腕を組んだ。
「それとこれとは話が別だ。罰は罰。魔道具屋ならこの程度、自分で解除してみろ」
「そ、そんな~~~!師匠ーっ!!」
「うるさい。むしろこの程度で済ませる事、有り難く思え」
師匠に弄られ半泣きになるアーシェ。未だジタバタと暴れるものの、一向に拘束が緩まることは無かった。
「――ではアーシェを無事に送り届けましたことですし、私たちはそろそろ…」
「シ、シリウス?!」
「ああ。いつでも遊びに来い。歓迎するぞ」
「さぁリーザ。行きますよ」
この状態のアーシェを放置することに抵抗があるのか、ぎょっとするリーザ。しかしその彼女の手を掴むと、シリウスはずるずると引っ張って行ってしまった。
「アーシェちゃん!私たちは『ヤマネコ亭』にいるから!!」
最後にそう叫ぶと、シリウスとリーザは戸口に消えた。
「―-さて、私ももう一眠りしてくるか」
「し、師匠~~~?!」
大きな欠伸を一つ。アンネリーはそのまま奥の部屋に消え、店内には逆さまに吊られたアーシェだけが取り残された。




