『ヤマネコ亭』会議
『ヤマネコ亭』の店内は、ガヤガヤと騒がしく、活気に溢れていた。取り急ぎ荷物を部屋に置いて一階の食堂に降りてきてみれば、お昼の掻き入れ時は過ぎたものの、今日は随分と人が多い。その殆どが冒険者達で、いつもなら迷宮に潜っていそうなパーティが、そこかしこに見受けられた。
「何だか今日は随分と混んでるわね~。あぁぁぁぁ、それにしてもびっくりした~~~。まさか可愛いアーシェちゃんのお師匠様が、あんな感じの人だったなんて…。て言うかアーシェちゃん、あのまま放っておいて大丈夫だったのかな~…」
「まぁ印象深い人であったのは、確かですね。――リーザ、あそこに空きがありますよ。取りあえず、あそこで二人を待ちましょう」
そう広くも無い店内の奥の方を指差して、シリウスはさっさと目当ての席に向かってしまった。はぁ、とため息をつくとリーザも続く。
「シリウス!リーザ!お帰りなさい!あれ、ジークとデュークさんは?」
席に着くと同時に声をかけてきたのは、エプロン姿にお盆と言う出で立ちの、赤毛の少女だった。年の頃は15~16歳くらい。大きな瞳が印象的な、可愛らしい女の子だった。
「エマ!ただ今~~!こんな時間なのに、随分と混んでいるのね?」
リーザに声をかけられエマと呼ばれた少女は、顔に似合わず大人びた態度でぷりぷりと文句を言いだした。
「んもう、そうなのよ!いつもは直ぐに皆いなくなるのに、どうも『門』が教会によって通行不可になっちゃってるみたいで。お蔭で冒険者さん達がお店を占拠よ~~~」
「おやおや、それは大変ですね。ジークとデュークは後から来ますよ。取りあえず、いつものを四つ、お願いします」
はーい、と機嫌よく答えると、くるりと身を翻し厨房に消えて行った。
「さてさて…。取りあえずジーク達を待つとしても…」
「この分だと、ジーク達、ちょっと時間かかるかもねー。きっとギルドも前代未聞って大騒ぎしてるだろうから」
店内のざわめきに耳を傾けていると、至る所で『騎士団』やら『巨人』と言った単語が聞こえてくる。冒険者達は耳が早い。恐らく、既に騎士団が巨人の間で死闘を繰り広げたことは、大凡伝わっているのだろう。
「シリウス!リーザ!お前ら随分とぼろぼろだな。もしかして今まで迷宮に潜ってたのか?」
人ごみの中から一人の青年が進み出てきた。皮の胸当てに長剣と言う所謂戦士の格好をしている彼は、同宿の冒険者だ。恐らく、『門』に潜ろうとして追い返された内の一人だろう。
「ええジン。実はさっきまで潜っていましてね。散々な目に会いましたよ」
「本当か?!俺は今朝一番に行こうとしたら、騎士団の連中が大騒ぎしてやがって。『門』は通行止めの一点張りで、何が起こったか何も教えてくれねぇんだ」
どかっと空いている椅子に腰かけると、ジンと呼ばれた青年は色々と話しだした。
「ギルドも状況把握しきれてないみたいで、ギルド長のおっさんが教会に出向いて事情を聴いてるらしいんだが、一向に帰ってくる気配が無いし…。もし何か知ってたら教えてくれ」
「そうですね…恐らく早晩正式な報告があるかとは思いますが、ありていに言えば巨人の間に新しい部屋が現れました」
「まじか?!それはどんなだったんだ?!」
俄然ジンは興味を示し、更に詳しく聞こうと身を乗り出してきた。
「どういう原理かはわかりませんが、教会騎士団の実験中に、巨人が動き出したのです。死闘の末、騎士団が多大な犠牲の上に巨人を撃破しましたが、その崩壊した壁の後ろから、新しい部屋が見つかったのです」
冒険者にとって情報は命だ。特に危険な迷宮であるナルバの迷宮を潜るものとしては、少しでも情報を得ようと情報収集に余念が無い。シリウス達もそれに応え、自分たちが見聞きしてきた内容を、かいつまんで説明する。ナルバの迷宮はその難易度のせいか、互いに情報を交換し合う事が一般的だ。嘘の情報を流す悪質な冒険者が少ない理由は、既存の法則が全く通用しない、ナルバの迷宮ならではだろう。他人の足を引っ張る様に嘘の情報を流す輩は、早晩自身も嘘の情報に踊らされて自滅する。迷宮に挑戦する者同士、全員が仲間と言ったような、そんな連帯感があるのがナルバの迷宮だった。
(とはいえ、アーシェを見つけた区画の事は、今はまだ伏せておいた方が良いでしょう)
当たり障りのない情報をジンに伝えていると、店の入り口からジークとデュークが現れた。
「おう、ジンじゃねぇか。そのなりを見るからに、『門』の所で追い返されたな」
「ジーク!今シリウスから話を聞いたぜ!巨人とやりあったんだってな!」
「ああ。今その報告がてら、ギルドに行ってきた所だ。ま、美味しい所は全部ランドルフの隊長に持って行かれちゃったけどな」
苦笑しながらジークが応えると、ジンは席を譲りながらバシバシとジークの肩を叩いた。
「いや、良いことを聞いた。如何せん、まだ情報が錯そうしてるからな。助かるぜ。俺はもう一度、ギルドと教会の方を探ってくるわ」
「おう、何か動きがあったら教えてくれ」
慌ただしく宿を出て行くジンを見送ると、ジークとデュークもどさっと椅子に座り込んだ。
「いやぁ~、それにしてもすごかったぜ。ギルドに行ったら行ったで、建物の中はてんやわんや。ギルド長に面会申し込んだがそもそも教会に抗議しに行ってて不在。取りあえず直ぐに取り合ってもらえるよう言づけは残して来たが、恐らく召集かかるのは明日になりそうだな」
「そうでしたか。なるべく早く伝えた方が良いかと思っていましたが、中々難しそうですね」
「こっちは単なる中堅クラスの冒険者だもんねー」
そうこうしている内に料理が運ばれ、生きて帰れた事に対する祝勝を上げる。各々安いエールで喉を潤すと、デュークがシリウスに問いかけた。
「それで。そっちの方はどうだったんだ?」
シリウスは何事か小声で唱えると、ふわり、と風が四人のテーブルを通り抜けた。風の結界の初歩の魔法で、この風に囲われると、中の音を外に漏らさなくなる。完ぺきではないものの、これだけ五月蠅い店内なら、周りに訝しがられることも無く声を遮断できる。中々使い勝手の良い魔法だ。
「アーシェちゃんのお師匠様っていう女性に会って来たよ。確かに『踊る仔馬亭』の近くの、一本路地に入った所にお店はあったの」
シリウスの魔法が発動したのを確認し、リーザが応えた。
「アンネリーさんっていう、結構若い綺麗な女の人。―-なんだけど、かなり印象的な性格の方だったわ…」
「そうですね。まぁ、怪しい人には見えませんでしたが、中々興味深い。訳ありの様でしたが、かなりの腕前ようですよ」
「そうなのか?」
状況が分からないジークとデュークが首を傾げていると、しかしリーザも驚いた風にシリウスを見返した。
「シリウス?どうしてそんな事がわかるの?」
「アーシェを吊り上げたあの装置ですよ」
シリウスはかいつまんで、アーシェが引っかかったトラップについて説明した。
「あれは高度な魔道具です。絶妙な出力で風の魔力を扱っています。しかも風の特性を使って対象の重さを操り、尚且つ軽度の拘束状態に置くなど、並大抵の魔道具屋に出来る事ではありません」
「ええ?!あれってそんな難しい物だったの?!」
驚きに目を見張るリーザを尻目に、ジークは怪訝な顔をして問いかけた。
「だが魔道具なら、別にそのお師匠さんが作ったものかどうかなんて分からないだろう?」
「ええ、その通りです。ですが二つの異なった用途に使われる魔力を、微妙な力加減で魔道具に込めると言うのもそれなり以上の技術が必要なのも事実。あの魔道具を扱えるというだけでも優れた魔道具師である証になりますし、もしもあの魔道具自体が彼女の作であるというのなら、王城にいるお抱え魔道具師は揃って廃業するしかないでしょうね」
「ほう…シリウスにそこまで言わせるとは、中々だな」
デュークが面白そうに口をはさむと、ため息と共にシリウスがパンに手を伸ばした。
「全くです。あんなレベルの魔道具を、易々と作り扱われでもしたら、私達魔術師の存在意義がありません。そもそも対象の重さを操る魔術自体が、上位魔法に分類されます。それをあんな事に使うだなんて…」
眉間に皺を寄せ唸るシリウスに苦笑しながら、ジークはなるほどと頷いた。
「だからか。『訳あり』ってのは」
そんな技術のある人間がナルバの、しかもうらびれた一角に店を構えているなど、普通はあり得ない。それであれば訳ありと考えるのが、妥当な線だ。
「はぁぁぁぁ…。それにしても、すごい師弟ねぇ…。一人は魔力が『視え』て、もう一人は凄腕の魔道具師だなんて」
はふはふと、未だ熱い揚げジャガイモに手を伸ばすリーザ。野菜と肉汁のソースに絡めて食べると、絶妙な美味しさで、自然と顔の表情が綻んだ。
「ええ。アーシェがあの区画に現れたことといい、どうにも『できすぎ』と言う感触は否めませんね」
「まぁアーシェに関しては、言い出したらキリがないだろ。幾らナルバの迷宮が普通と違うって言っても、あいつの言ってることは異常過ぎる。恐らく俺達に言ってない秘密はまだあるだろうが、あそこまで怪しさ満点だと、逆に疑うポイントがわからねぇ」
「はは。まぁそう言う捉え方もあるな」
香ばしく焼きあがった鶏肉に齧り付きながら、デュークもうなずき同意した。アーシェが嘘をついている訳では無いだろうが、自分たちに全てを話しているわけでもないだろう。ただそれが問題かと問われれば、正直さして気になるようなものでもない、と言うのがジーク達の本音だ。人に言いたくない秘密の一つや二つ、そう言ったものを抱えているのが、冒険者と言った奴らだ。他人の秘密をとやかく言い始めれば、キリがない。
ふぅ、とシリウスはため息をつくと、困ったように表情を緩めた。
「そうですね。まぁ二人とも訳ありと言った感じではありましたが、特に問題があるようには見受けられませんでした。アーシェの証言通り店もちゃんとあったわけですから、特に問題になるようなことは無いでしょう」
そう言ってテーブルの上に供された、薄味のスープに手を伸ばした。まだ温かいそれに体が和む。決して特別うまいわけでは無いのだが、日常を感じさせてくれるこの味に、緊張していた心が解れる瞬間だ。
「ま、ともかく今日はこのままゆっくり休んで、明日に備えよう。素材の換金は取りあえず明日だな。恐らくギルド長の呼び出しもあるだろうから、その時にやってもらおう」
「そうね。それで当分はお休みっていうので良いかしら?ちょっと装備、流石に一新しないと色々まずいわ」
肩を竦めるリーザに、他の面々も大きく頷いた。
「俺もだ。取りあえず今回はワイバーンの奴に散々やられたからな。…畜生。ゾンビ化しなければ良い素材が一杯手に入ったってのに…」
悔しそうに顔をゆがめると、ジークは一気にエールを煽った。
「全くです。あれだけ苦戦を強いられたのに、出費の方が多そうですね」
やれやれと言った風にシリウスもため息をついた。
「まぁでも、アーシェちゃんのお蔭でワーキャットの素材は丸々手に入ったんだし、ランドルフ隊長からの報奨金をあてにしましょ」
にこやかにリーザがエールの入ったジョッキを掲げると、それぞれ四人そろって再度ジョッキを打ち鳴らした。




