友達
「良かったらこちらに腰かけてくださいな」
アーシェが通されたのはギルドの二階。細長い小さな部屋ではあったが、南向きの気持ちの良い部屋だった。両脇にはずらりと本棚が並べてあり、大量の書物が収められている。しかし風通しが良いのか、ほこりっぽさは感じさせない。シュゼットの人となりが現れているかのような、部屋だった。
「アーシェさんは紅茶はお好きですか?」
にこりと微笑んで机の引き出しから取り出したのは、綺麗な装飾の施された箱だった。薬草茶であれば一般にも出回っているが、嗜好品として栽培されているお茶は高級品だ。シュゼットの気やすい雰囲気に流されていたが、彼女が王都の貴族らしいという事を遅ればせながらアーシェは思い出した。
「そ、そんな高価な物…!」
「大丈夫です。兄が送ってきてくれたのですが、一人でいただくのが味気なくて。良かったらご一緒していただけませんか?」
こうまで言われてしまえば、アーシェとしても嫌とは言えない。おずおずと頷くと嬉しそうにシュゼットが微笑み、手際よくお茶の用意を始めた。
「実は私、アーシェさんとは前々からお話したいなって思っていたのです」
「俺と…?」
可愛らしい模様が描いてあるコップとポットを取り出すと、シュゼットは風と火の魔法を使って温めだした。
「ええ。だってアーシェさんって私と殆ど年が変わらないでしょう?大人ばかりに囲まれていましたので、ちょっと嬉しくて」
眉根を下げて困ったように微笑むシュゼットは、まさに年ごろの女の子だ。実年齢で言えばアーシェの方が少し上のはずだが、それでもアーシェからすると少し意外に思えた。
「シュゼットさんでもそう思う事、あるんですね…」
「勿論です!王都に居た時は少ないながらも年の近い友人たちに囲まれていましたが、ナルバではまだ日が浅くて…。そんな中、私と年の近いアーシェさんが頑張っているのを見て、すごく興味をもっていたんです」
嬉しそうに話しながらシュゼットは水差しを持ち上げると、手のひらの上に注ぎ始めた。しかし水はこぼれることなくシュゼットの手の上で球状に集まり、こちらも火魔法で温め始める。手際よく行っているが、実は高度な風の制御技術と温度調整技術が求められる魔法で、アーシェは内心舌を巻いた。
(すごい…しかも、同時に違う魔法を無詠唱…)
アーシェの驚きなどつゆ知らず、シュゼットはうきうきした風で話続けた。
「しかもアーシェさんはあのアンネリー殿のお弟子さん。迷宮の工房に通うようになって、その技術の高さにいつも驚かされていました。アーシェさんはすらすらとアンネリー殿の要求に応えられていますが、その知見の深さは王都の魔術師とも遜色無いでしょう」
水球がブクブクと言い出し、良い温度になったようだ。シュゼットは紅茶の茶葉をポットにいれ、そこに丁寧にお湯を注ぎこんだ。
「ですから、こうしてお茶をご一緒できるのがすごく嬉しくて。だって迷宮だとこんなゆっくりした雰囲気にはならないでしょ?」
こぽこぽとお茶をコップに注ぎ始めると、部屋中にいい香りが漂い始めた。上品なお花の香りを漂わせながら、シュゼットがコップを勧めてくれた。
「わぁ…すごい、いい香り。これ…もしかして少し、メルバの花が入ってますか?」
「まぁ!流石アーシェさん!そうなのです、なので微弱ながら体内の魔素を整える効果があるのです」
ニコニコと語るシュゼットは、本当に嬉しそうに見えた。そしてふとシュゼットの方に目をやると、彼女の回りに火や風の精霊が、楽しそうに飛び回っていたのだ。
(この人…本当に嬉しいんだ…)
精霊たちは人の悪意に敏感だ。こうしてわざわざ現れるという事は、本当に二心無くアーシェとのお茶を楽しみたいと思ってくれたのだろう。だからこそ、こんな街中にもかかわらず、精霊が顕現したのだ。勿論、シュゼットが精霊に好かれる質という事もあるのだろうが。
「ふふ…ふふふっ」
「アーシェさん?」
そう思うと、不思議と笑いが込み上げてきた。自分の悩みが、本当に小さくどうでも良い事の様に思えてきたのだ。シュゼットの周りを嬉しそうに飛び回る精霊たちが、何よりの気持ちの表れだった。
「いえ…だってシュゼットさん、あんな高度な魔法を無詠唱で行使するのに、使い道がお茶を入れる、なんだもん」
精霊が見えることはシュゼットにも伝えてはいない。当たり障り無い事を言って、アーシェはごまかした。
「いいえ、そんな事ございません。だって水魔法が使えたら、この水差しだって必要ないのですよ?そうしたら、いつでも好きな時にお茶を入れられるのに…」
真剣に不服そうに言うシュゼットが、年相応の少女の様に見えて、アーシェは今度こそ本当に笑った。こんな高度な魔法をお茶を入れるために使うだなんて、技術の乱用だ。
「やっと笑ってくださいました」
嬉しそうに微笑むシュゼットに、アーシェはただただ苦笑を返すのみだった。一口頂いた紅茶は、体のこわばりが解けるような、美味しい紅茶だった。アーシェは気分が落ち着つくのを感じ、ぽつぽつと語り出した。
「心配かけちゃって、ごめんなさい。落ち着きました」
「良かったです。何があったか伺っても?」
「恥ずかしいんですが…何ていうか、ジークに子ども扱いされたのが、癪で…」
こんな事をシュゼットに言うのは気恥ずかしかったが、もう十分恥ずかしい所は見せてしまっている。これ以上は無いと思って意を決して言ったら、思いがけない返答が返ってきた。
「わかります!私なんてしょっちゅうですわ!」
「え、えええ?!シュ、シュゼットさん…?」
びっくりして顔を上げると、思いの外食いつき良く身を乗り出してきたシュゼットが居た。綺麗な眉を苛立たし気に寄せ、いつもの落ち着いた上品な雰囲気は、どこにも無かった。
「私、年の離れた兄が二人いるのですが、いつもいつも子ども扱いしてくるのです。しかも私、この容姿でしょう?普通より幼く見えて…」
「は、はあ…」
「確かに私はまだ十六で、去年学院を卒業したばかりです。ですがそれ以前より十分に責任は果たしてきたつもりです。にも拘らず、お兄様方と来たら…!」
ぐっと手に力がこもり、心なしかコップが危ない状況になっている様な気がする。先ほどまで楽しそうに飛び回っていた精霊たちは消え、火の精霊だけ面白そうに煽っていた。
「子どもだから子どもだからと、いつも私をのけ者にするのです。それでも学院を卒業するまでは我慢していました。ですが卒業しても継承の為の試練すら与えられず…!」
「継承…?」
「ファムニールの家に伝わる伝統です。誰もが認める功績か試練を達成せねば、真なるファムニールとして名乗る事能わず、と言うものです。私は、いつかお兄様方のお力添えをできるようにと、技術を磨いてきたのです!試練のための資格は十分にありました!それなのにお兄様方ときたら…!!」
「シュ、シュゼットさん、落ち着いて…!」
目の前にアーシェが居ることも忘れているのかと疑う程、シュゼットの肩は怒りで震えていた。それは彼女の周りを飛び回る日の精霊からも如実で、その数は今では三体まで増えている。このままではまずいとアーシェはとっさに精霊たちに目くばせを送ると、落ち着くよう声をかけた。
アーシェの声にはっと我に帰ったのか、シュゼットが少し罰が悪そうに居住まいを正した。
「すみません、お見苦しい所を…」
「いえ、そんな事…!でも、なんか安心しました。だってシュゼットさん、いつもしっかりされてて、俺なんかよりずっと大人だと思ってました」
「そんな事無いです。私は兄たちに認めてほしくて、背伸びをしてた所はあるかもしれません。ですが実際には内心いつそれが露呈するのか、冷や冷やしていました」
実際、バレちゃいましたけどね、と困ったように笑うシュゼットは、本当に等身大の少女だった。まだまだ自分はシュゼットの様にはふるまえないだろう。しかしそのシュゼットの人となりを知れて、アーシェは少し心が軽くなった気がした。
「いつも冷静なシュゼットさんも、頑張ってたなんて、ちょっと勇気が湧きました」
「やめてください、私はそんな、立派な人間ではありません。アーシェさん。折角年も近いですし、さん付けだなんて堅苦しいです。アーシェさんさえよければ、シュゼットとお呼びください」
出来れば敬語も無しでと言うシュゼットに、一瞬ためらう気持ちもありつつも、アーシェは頷いた。
「俺の事もアーシェと呼んで」
「嬉しい!ナルバに来て初めてのお友達だわ!」
心の底から嬉しそうにはしゃぐシュゼットを見て、アーシェも心が和らぐ思いだった。シュゼットにはまだ自分の体の事は話せない。その事だけが小さな痛みとなって胸を刺すが、しかし新しい同年代の友人に、嬉しさが込み上げた。
「あの、シュゼット、一つ聞いても良い?」
「何かしら?」
「シュゼットって稀有な三属性使いだよね?使いやすいのって一番が火で最後が土じゃない?」
その意味するところを一瞬判じあぐねたシュゼットは、見る見るうちに顔を赤く染め上げた。魔術師には多かれ少なかれ、自分が得意とする属性に引かれる性質がある。シュゼットを冷静沈着だと思っていたアーシェだが、今の気持ちの高ぶりを見てそうではないかと当たりを付けたのだ。
「もう、アーシェっ…!恥ずかしいわっ」
両の手で頬を押さえるシュゼットは、まさにアーシェと変わらなかった。二人は互いの顔を見合わすと、一しきり笑った。




