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~閑話~ シュゼット

最近間が空きすぎだと思うので、今回は2日連続投稿とさせていただきました!

シュゼットは、冒険者ギルド内に宛がわれた自室で、一人書類を手繰っていた。シュゼットはここナルバの冒険者ギルドにて、ギルド長であるヴィルに次ぐ自由を与えられている。しかしその実それは、非公式なものだ。シュゼット自身は厳密に言えば冒険者ではなく、ナルバの冒険者ギルドに身を寄せる客人だ。表向きには何も権限は無く、ギルド内の運営に口を出せる身分ではない。しかしヴィルは王都から派遣されてきた彼女を邪険に扱うことはせず、可能な限りの便宜を図った。この個室も、その内の一つだ。


元々空き部屋だった所を急遽改装しただけの簡素な個室ではあったが、南向きの窓のある、日当たりのよい部屋だ。その上ギルド長の部屋とも近い。シュゼットはふと、ナルバの冒険者ギルドに初めて足を踏み入れた時の事を思い出した。


(あの時、ヴィル殿は酷いお顔だったわ)


シュゼットは一人、くすりと笑う。


予め王都の冒険者ギルドから、ナルバの迷宮を調査する魔術師が一人派遣される事は伝えられていた。しかし、肝心の誰が来ると言う事までは触れられていなかった様で、まずギルド長の部屋に通されたシュゼットは、年端も行かない小娘に驚くギルド長と対面する事になった。挙句の果てにまだ正式では無いまでも、名門貴族に名を連ねる身と知って、何とも言い難い奇妙な面持ちになったのだ。困ったような、驚いたような、苦々しいような。シュゼットはそのあまりに素直な百面相に驚き、そして初対面で失礼ながらも笑いを抑えることが出来なかった。


それが功を奏したのか、その後の話し合いはシュゼットが予想していた以上に順調に進んだ。恥ずかしそうに片頬をかくヴィルに席を進められ、派遣された目的を伝える。建前としては迷宮の研究ではあるが、その実教会とギルド双方に対するけん制も兼ねている。ヴィルもその辺りの事は理解しており、にも拘らずなぜか迷宮絡みの事案については必ずシュゼットを通すように計らってくれた。当初はもっと抵抗されるかと身構えていたのだが、あまりにすんなりと許可が下りてしまい、シュゼットは戸惑った。その上、その指示が実際にその通りになったときは、心底面食らった。


(普通はこんな小娘が王都からのお目付け役の様に現れても、もっと抵抗するか邪魔するかするものなのに…)


ナルバの冒険者ギルドは、迷宮が現れてからずっとその探索を行ってきている。それまでには膨大な時間と、労力と、そして実際に冒険者たちの命が費やされてきている。それをどこの馬の骨とも分からない小娘が、貴族と言う権力を使って上前を撥ねようと言うのだ。気分が良いはずはない。

しかし実際には、ヴィルは嫌な顔一つせずに、ナルバの迷宮に関する資料を全てシュゼットへ開示した。それどころか迷宮に関する会議や事柄などについては、決して彼女を蔑ろにするような事は無かった。


『ヴィル殿。こう言っては難なのですが…なぜここまでしてくださるのですか?』


一度シュゼットは、面と向かってヴィルに問いただしたことがある。あまりの手際の良さに、シュゼットは何か裏があるのではないか。そう疑ってかかった所、しかし返ってきたヴィルの答えは意外な物だった。


『シュゼット嬢。冒険者じゃないあんたからは分からないかもしれないが…ナルバの迷宮は異常だ。あれは、決して普通じゃない。俺はこの世のものだとは思えなくて、正直とっとと消えて無くなってくれれば良いと思ってる』


いつもは少し茶目っ気のある表情がその時は真剣な面持ちで、ギルド長本来の威圧感が漂っていた。


『だが現実にそこにある以上、そんな事は決してできない。その上あんな魅力的な迷宮だ。後先考えない冒険者やつらはこぞって集まってくる』


ヴィルは小さくため息をついた。


『俺はな、ナルバの俺の仲間たちが、人の理が通じない世界で死んでいくのが、腹立たしいんだよ。冒険者は常に死と隣り合わせだ。だがそれでも、訳の分からん迷宮に殺されるのだけは、浮かばれない』

『人の…理?』

『そうだ。だから俺はあんたを利用させてもらう。あそこは既存の法則が全く通用しない。恐らく一番近いのが、魔導の理だ。だからあんたを、あんたのその知識を、使わせて貰おうと思ったんだよ』


シュゼットには、何となくヴィルの言わんとしていることが分かった。彼女も先日初めて迷宮に潜った際に、何とも言えない違和感を覚えたのだ。それは魔術師の勘と言っても良いのだが、それは魔素の無い迷宮で思うには異常な事だった。


しかしシュゼットは敢えて噛みついた。


『ヴィル殿。ですがそれでは私を信用する、説明になっていません』


毅然とした態度で睨みあげるシュゼットに、ヴィルは一瞬目を見開いた。そして困ったように笑うと、片頬をかいた。


『ああ、――まぁ、そうだな。勘だ』

『勘…ですか?』

『俺は人を見る目はあると思ってる。あんたは貴族だし俺の半分も生きてないだろうが――それでも良い目をしている』


真っすぐに見つめてくる灰色の瞳が、とても深く澄んでいることを、シュゼットは初めて知った。


『迷宮を調べると言った時のあんたの目に、私利私欲は無かったよ。だが純粋な研究の徒でもなく、あんたは迷宮がもたらす可能性に危機感を持っていた。だから、俺はあんたを信用する事にしたんだよ』


何故それを持ってして、ヴィルがシュゼットを信用しようと思ったかは、正直シュゼットには分からなかった。ただヴィルが、シュゼットを信頼してくれているのは分かった。だからシュゼットも、それに最大限答えることにしたのだ。


シュゼットの個室の扉は、常に開かれている。誰もが訪れやすいように。またシュゼットが一人ギルドにあだなす事をしていないと伝えるために。


(思えば不思議なものね。ナルバに来る前は、こんなこと、少しも思いもしなかった)


王立魔術学院を卒業し、シュゼットは直ぐにナルバ行きを希望した。既にその頃には迷宮の話は学院の中でもささやかれ、その利用価値は未知数だった。ヴィルの言う通り、最初にシュゼットが感じたのは危機感だった。今ここで正確にかの地を抑えなければ、また国土が荒れることになりかねない。その不安は日に日に増していき、シュゼットはナルバへの派遣を、兄たちに申し出たのだ。当初は渋っていた兄たちも、『ロア』の継承を持ち出せば否やは言えない。多少強引にもぎ取った感は否めなかったものの、しかしそれでもシュゼットはナルバへ訪れてよかったと思っている。


「シュゼット嬢!アンネリー殿からの報告だ!急いできてくれ!」

「分かりました!」


シュゼットは急いで机の上の書類をまとめると、宛がわれた個室を飛び出した。


シュゼットの個室の扉は常に開いている。それはシュゼットがナルバの冒険者ギルドに示せる、信頼の証だった。

ここまでお読みくださった方、本当にどうもありがとうございました!

また来年も、ゆっくりペースではありますが完結に向けて執筆したいと思います。

応援の程、どうぞよろしくお願いいたします!

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