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子どもの体と未熟な心

寄り道をしてしまったために予定より少し遅くなってしまったが、二人は程なくして目当ての店へとたどり着いた。


「おじさん!こんにちは!」

「おう、坊主か」


店先に簡単な屋根を設けた小さな露店の隅に、厳つい顔をした中年の男が座っていた。彼の前には鉄細工の細々とした日用品が置かれている。露店の奥を除けば小さな工房になっていて、どうやら彼は仕入れた鉄を日用品に加工する、金属加工技師の様だ。


「頼まれてた品、出来てるぞ。ちょっと待ってろ」


よっこらしょと声を出して奥に引っ込むと、程なくして中くらいサイズの布袋を持って戻ってきた。


「中を見てくれ。いつも通り作ってみたが、どうだ?」

「うん、ありがとう!」


がちゃがちゃと布袋の中身を広げると、中から丸い金属の容器を取り出した。並べてみると多少大小や材質などの違いはあるものの、概ねどれも似たような大きさをしており、蝶番によってかぱりと二つに開く構造になっていた。アーシェはその一つ一つを吟味しながら、丁寧に寄り分けていく。真剣そのものなアーシェを、金属加工技師の男も固唾を飲んで見守っていた。


「--うん。さすがおじさん。いつも良い物作ってくれて、ありがとう!この感じだったらこの三つは問題なく使えそう。後はこの二つ何だけど…」

「かーっ!!また駄目かぁ?!今回は良い線行ったと思ったんだがなぁー!」


金属加工技師の男は悔しそうに天を仰いだ。その悔しがりにアーシェは苦笑する。


「いや、加工品としては申し分ないと思うんだけど、魔道具としてはちょっと難しいんだよ。例えばここ、おじさん伸ばした方が綺麗だって思ったでしょ?」

「なんでわかった?!そうだよ、ここだけ妙な小さな凹凸があって…」

「だからそういうのはそのままで良いって、言ったじゃん」

「かーっ!でもなぁ坊主!俺たちからしてみると―――!」


ジークの前で、職人二人の真剣話が始まってしまった。驚いたことに、熟練と思われる金属加工技師に対し、アーシェは一歩も引かなかった。自分の考えや要望をしっかり伝え、その上で交渉を進めていく。いつもの子どもっぽい様子は鳴りを潜め、そこには一端の魔道具士がいた。


(こいつなりは子どもだが、知識や技術力は結構すげぇんだよなぁ…)


育ちや体のせいなのか、アーシェの自己肯定感は著しく低いとジークは感じている。しかしレッドボアの時のとっさの機転や、巨鳥戦の緻密な魔術。実際にはジークとあまり変わらない年数を生きているとは言え、それでもアーシェ程の魔術師をジークは知らない。魔術の知識のみで言えば、あのシリウスでさえ負けると認めていたのだ。


(こいつが魔術が使えたら、さぞかし凄い魔術師になったんだろうなぁ…)


いくら魔術の知識があり、また魔力の流れが見えるとはいえ、それを行使することが出来なければ宝の持ち腐れだ。しかしアーシェは、それを活かす術を見つけることができた。


「だから、おじさん!ここはそのままにしておいた方が、良いんだってば!」

「だがな坊主!そしたら蓋がうまく閉まらねぇぞ!」

「そこは後で調整するから――!」


未だ終わらない二人の会話に、ジークは思わず苦笑いを漏らした。どんどん熱を帯びるその様は、しかし本人たちは全く気付いていない。特にアーシェは自分の興味のある事が現れると、一切周りが見えなくなる。


(これさえなきゃ……ん?)


一瞬、ふと突き刺さるような視線を、ジークは背中に感じた。警戒していなければ気付かないような、ほんの微かな気配。しかしジークはそれを気のせいとは思わず、一気に警戒の度合いを強めた。


(何だ…?だが…すぐには仕掛けて来なさそうだな)


気付いたことに気取られない様にわざと視線を泳がす。気配の主は分からなかったが、何となく嫌な気配の来る先は感じられた。ジークは内心ため息をつきながらも、ごく自然な素振りで職人二人の会話に割って入った。


「うーーーーん、俺にはどれも似たようなもんに見えんだが…」

「「はぁ?!」」


二人分の怒声が重なって、ジークの鼓膜を直撃した。


「何考えてんだ坊主!全部一緒ってのはどういう事だっ!!」

「ジーク!お前バカだバカだと思ってたけど、目まで節穴なのかっ?!」


二人の剣幕に流石に言葉を間違えたかと一瞬後悔しつつも、もう後には引けない。ジークは頬が引きつるのを感じながらも、荒ぶる二人を宥めに入った。


「ま、まぁまぁ、二人とも。取り合えず落ち着いてくれ。アーシェ、お前今日これからこれを加工するんだろ?」

「…え、あ、まぁそうだけど…」

「で、これら五つ、全部結局貰ってけるのか?」

「う…。うーーーん、この三つは大丈夫だけど、残る二つは…」

「よし、親父。この二つ、代わりのもんはできるのか?」

「べらぼうめ!そう簡単に言ってくれるがなぁ!こう言った特注の品は、そう簡単に作れるもんじゃねえんだぞ!」

「じゃあ出来ねぇのか?見たところあんた、アーシェとの付き合いは長げぇんだろ?それなのに不良品か?」

「ジ、ジーク!!別に不良品ってわけじゃ…!」


ジークの暴言に、アーシェが思わず目を剥いた。しかし金属加工師の頭はみるみる間に茹で上がっていく。彼の怒声が道具街に響くのも、さして時間を置かなかった。


「てめぇ!!俺様の仕事にケチつけるたぁ、いい度胸だっ!!!」


びりびりと鼓膜に響く大音声に、道具街の全ての者が振り向いた。あるものは驚きに目を見張り、あるものは首をすくみ上らせ。そしてその中にジークは目当ての人物を見つけた。


(――この怒鳴り声にも微動だにしなかった奴は…あいつか)


誰にも気取られない様にその主を視界に収めると、顔を真っ赤にしてがなり立てる親父に、さっと代金を握らせた。


「すまんな親父!アーシェ、行くぞっ!!」

「え、ええええええ?!ちょ、ちょっと!ジークっ!!」


手早く容器を袋に詰めなおすと、アーシェの手を取り一目散に道具街を走り抜けた。人は多かったが今の怒声で辺りの注意がジーク達に向いており、勢いよく駆け込んでくれば気迫に押されて皆道を開ける。思いの外簡単に道を抜けられた所で、露店の陰から裏路地へと飛び込んだ。


「ジ、ジーク…!急にどうしたの?!流石にあれじゃ…!」

「しっ!尾行されてた。相手の狙いが分からんから、取り合えず身を隠しながら戻るぞ」

「…!」


先ほどのお道化た様子とは違い、いつになく真剣な面持ちにアーシェはひゅっと息を飲む。周囲を警戒するジークの後ろにつきながら、アーシェも可能な限り足音を忍ばせつつ小走りに裏路地を走り抜けた。


アーシェ達を狙うであろう人物たちの筆頭は、教会の関係者だと考えられていた。しかし曲がりなりにも協力関係が出来上がった今、このタイミングで教会が手出ししてくるとも思えない。しかし単なる監視にしては殺気立っていたあの視線に嫌な予感が拭えず、ジークは取り合えず撤退を選択した。


(フードのせいで顔が分からなったが…。ともかく、相手の狙いが分からねぇ以上、逃げるっきゃねえ!)


ナルバの裏路地は主に住宅街だ。特に整備された表通りとは違って、増設に増設が重なってできた一種の古い都市迷宮の様相を呈している。ジークはその辻々を迷いなく進む。適当に角を曲がりながら走っていくと、気づけば追手の気配は消え去っていた。


「よし…もう追ってきては居ないようだな」

「ぜぇ…っ、よ、良かった、あきらめて、くれたのかな?」


息を切らすアーシェに、しかしジークはそれは無いだろうと眉をしかめた。あのちりちりとした痛みにも似た殺気は、そう簡単に諦めてくれるほど生易しい物では無い。しかしアーシェにそれを伝えるのも悪戯に脅えさせるだけと思い、取り合えずギルドに戻ることを伝えた。


「え…?どうしてギルドに?祭壇に向かった方が、早くない?」

「一応ギルドにも今日の事は報告した方が良いと思ってな。後うまくすれば、誰か帰りに同行を頼めるかもしれない」


不安げな視線を投げかけながらも、アーシェはこくりと頷いて、ギルドへと足を急いだ。


**************************************************


程なくして到着したギルドの中は、昼過ぎという事もあり閑散としていた。ギルドが混みあうのは朝一番と夕方が基本だ。こんな時間帯にギルドに訪れるのは、依頼主かまだナルバに到着したばかりのパーティ位だ。追跡者も、人気が無いとはいえ冒険者達の本拠地であるギルドを、襲うようなことは無いだろう。ほっとつかぬ間緊張を緩めていると、奥の修練所からの声がしっかり響いてきた。


「肘を閉めろっ!脇がガラ空きだぞ!」

「なんだそのへなちょこな剣は!打ち込みが足りねぇ!」

「へばるなっ!もう一回っ!」

「「「はいっ!!」」」

「お?誰か新人がしごかれてんな」

「…あれ?この声って…」


カウンターの受付係に軽く会釈すると、ジークとアーシェは奥の修練所へと足を向けた。


ギルドの敷地はどこもそれなりに広い。冒険者たちが持ち込む魔物の素材の一時保管を行ったり、新人の育成や鍛錬に使う広場が必要だったりするからだ。また特に辺境になればなるほど自衛の術が求められる。近隣の子ども達に簡単な剣の使い方や魔物の対処法など、出来うる範囲で教え込むというのも、ギルドの業務範囲の一部だった。


「トレル!調子はどうだ!」

「ジーク!それにアーシェじゃねぇか!」


修練所に居たのは先日の巨鳥騒ぎの後、重度の魔素酔いで体調を崩していたトレルと、彼にしごかれる子ども達だった。


「あーーー!ジークだーーーっ!!」


子ども達はジークの姿を認めるや、一目散に駆けつけてくる。突然十歳前後の子ども達に取り囲まれても、ジークは慣れた様子で子ども達を受け止めた。


「ジーク!!俺またあの体裁きやりたいっ!」

「俺も俺も!盾の使い方も教えてっ!」

「俺、魔物の狩り方聞きたいっ!」

「「「ねぇジーク!次いつ来るの?!」」」


その熱量にアーシェが唖然としていると、子ども達の変わり身の早さに苦笑しながら、後を追う様にトレルが寄ってきた。


「ジークは本当にガキどもに懐かれてんなぁ」

「おうトレル。体の調子はどうだ?」

「まだ三分の二って所かな。ただ飯喰らいじゃ格好がつかねぇから、こうやってガキどもの相手を買ってるんだが…」


苦笑しながらちらりと子ども達に目線を寄こすと、一様にバツが悪そうではあるが不満げな声が返ってきた。


「別にトレル兄ちゃんが嫌いなわけじゃないけどさ~…」

「何ていうか形ばっかっていうか…」

「ていうか、地味?」


散々な評価に、流石のトレルの額に青筋が立つ。だがまだ遊び盛りの年の子からすれば、遊びの要素が無いトレルの授業は、いささか詰まらなかった様だ。


「お前らなー、基本は大事なんだぞ?一回ここでトレルにみっちり基礎を叩き込んでおいてもらえ。そうしたら、俺が教えた体裁き、もっと身軽にできるようになるぞ?」

「本当?!そうなの?!」

「くー!ジークが言うんなら仕方ない…!」

「俺ももうちょっと頑張る!」

「よーし、じゃあ打ち込みの練習!」

「「「はーい!!」」」


コロコロと手のひらの上で子ども達をあしらう様に、アーシェはポカンとしてしまった。トレルも苦笑し切りと言った風で、ガシガシと頭を掻いた。


「いやぁ、本当、あいつらからの信頼、絶大だなー」

「まぁ傭兵団に居た時からの習いだな。あん時は辺境のガキどもに、似たような事しながら各地を転々としてたから」

「俺はイマイチ教えるのとか苦手なんだよな~」

「はは!慣れだ、慣れ」


子どもの扱いには慣れているというジークに、アーシェは驚きに目を瞬いた。いつものちゃらんぽらんとした印象とはまた別の、違うジークを見た気がしたのだ。


「びっくりした…。ジーク、こんな事もしてたんだね」

「おう。新人冒険者向けの鍛錬なんかは、デュークの方がうまいけどな」

「そう言えば、前にそんな事言ってたよね。あれ?でも今は?」

「今はアーシェ達の専属護衛だからな。こっちの仕事には手を出せなかったから気になってたんだが…。でもトレルが引き継いでくれてたんなら、安心した」

「おう!こっちのガキどもは任せとけ。そっちのガキは、任せたぜ」

「はは!任せろ!ガキの面倒は得意だからな!」


そう言って笑いあう二人に、アーシェはきょとんとした。


(ガキって…?)


しかしその意味するところがじわじわと理解されると、ふつふつと怒りが湧き上がってくた。どうやらトレルは、アーシェを先ほどの子ども達と同列に見ているようだ。確かに、トレルからすればアーシェもさして変わりはない年に見えるだろう。背格好からすればその通りなのだが、一応自分は年齢の上では十八だ。しかもトレルはまだしも、ジークはその事実を知っている。アーシェは怒りに一瞬眩暈を覚え、次の瞬間思い切りジークの足を蹴りつけた。


「いってぇぇっぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「ジークのバカ!!」

「お、おい!アーシェっ?!」


踵を返すと、アーシェは脱兎のごとく修練所を後にした。


(ジークのバカバカバカ!そりゃ確かに見た目は同じくらいかもしれないけど、あんなあからさまに子ども扱いしなくてもいいじゃんか!俺だって、俺だって本当は…!)


普段なら気にしないのに、今日はジークに子ども扱いされた事が、妙に腹立たしかった。トレルはアーシェの体の事情を知らない。だからこそ、ジークはとっさにトレルに合わせたのだろう。それはアーシェも頭では理解できるが、それでも気持ちは収まらなかった。


「アーシェさんではないですか?」


怒りと苛立ちとでごちゃ混ぜになった思いを抱えていると、ギルドの階段の踊り場から声をかけられた。


「あ…シュゼットさん」


突如現れた桃色の少女は、こてりと首を傾げてこちらを見つめている。小柄なため、実年齢より幼く見えるものの、彼女の落ち着いた雰囲気や物腰は、逆に実年齢よりも大人びた印象を周りに与える。


その時、ふと気が付いた。シュゼットは自分より、更に年が下のはずだ。にも拘らず大人達と対等にやりあい、彼女を子ども扱い等するものは居ないだろう。アーシェは単に、自分が子どもそのものの癇癪を起した事に気が付き、愕然とした。


(これじゃ、本当に、単なるガキじゃんか…!)


アーシェは自分の至らなさに更に惨めさを覚え、ギルドの入り口に向かって走り出した。


「アーシェさん、ダメです!外に一人で行かれるのは危険です!」


その瞬間、ふわりと風がアーシェの回りで踊ったかと思うと、ぎゅっとシュゼットが抱きついてきた。何が起こったのか一瞬判じあぐねたが、シュゼットが風の魔法を使って一気に距離を詰めたのだと、辺りに集まった精霊が教えてくれた。


「急に驚かせてしまってごめんなさい。ですが、一体何があったのですか?私が何か不愉快な思いをさせたというのであれば、謝ります。ですが今は、ちょっと落ち着いてください」


振り向けば、心配そうな顔をしたシュゼットが、こちらを見つめていた。アーシェは居たたまれなさと気恥ずかしさに消え入る思いだったが、ぎゅっと抱きしめるシュゼットを振りほどく事はしなかった。子どもと言われたことに腹を立て、その実その振る舞いが子どもそのもので、こうして実際にはそう年の変わらないシュゼットに心配される等、惨めを通り越して滑稽とも思える。


(成長してないのは体だけじゃない…)


そう思った瞬間に、悔しさに涙があふれ出してきた。


「…!アーシェさん、一先ず私の部屋に行きましょう?」


急に泣き出したアーシェに慌てることも無く、シュゼットがゆっくりとアーシェの手を取った。アーシェは必死に堪えながらもこくこくと頷くと、シュゼットに導かれるまま彼女の部屋へと登って行った。

プライベートが忙しくて、前の投稿から2か月以上も経ってしまった…!

そう思ったら、ちょっと長くなってしまいました^^;

ストーリーの構成は最後まで考えてあるので、亀更新にお付き合いいただけますと幸いですm(__)m

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