魔道具
教会との交渉は、その後つつがなく進んだようだった。多少教会からも難色は示されはしたが、結局神殿区画の立ち入り調査への動向は、三回までに限定して許可が下りた。アーシェとしては随分すんなり話がまとまったなと思っていたが、実際には裏でギルドと教会との駆け引きがあった様だ。シュゼットは宮殿区画の調査結果を暗にちらつかせ、教会側から譲歩を引き出したらしい。その辺りについてはアンネリーですら全てシュゼット達ギルド側に一任してしまっていたので、アーシェも詳しい話は聞いていない。しかしほくほく顔のシュゼットを見れば、ギルドとしては大した痛手では無かったようだった。
そうとなれば、次はアーシェの出番だ。引き渡し日が正式に決まった今、悠長に構えているわけにはいかない。アーシェは必要な材料を揃えるため、ジークと共にナルバの道具街へと足を運んでいた。
「結局のところ五機の遮蔽機、本当に作れんのか?お前まだ見習いだよな?」
ナルバの道具街は小さな商店が軒を連ねた小道の総称で、日々の細々とした細工物から迷宮探索用の装備など、幅広い品々が売買されている。迷宮が出来たことにより小さな田舎町のわりに内容が充実していて、大概のものはここで揃う。その為日中はそこそこいつも混みあっており、ジークとアーシェは人混みを避けながら目当ての店へと足を運んでいた。
「む…。腹の立つ言い方だけど、言いたいことは分かるさ。あの魔道具の術式自体は、そんなに難しい物では無いんだ。問題は、それを物に転写する技術」
「要は道具に術式を書きつけるって事だよな?」
「そう。ただ魔術の術式って繊細だから、書きつける物の特性を正しく理解していないと、上手く魔道具が動作しないんだ。そこが魔道具士の腕の見せ所なんだけど…」
すると判じあぐねたかのように、ジークが低く呻いた。
「そこんとこなんだが…。結局のところ、術式はもうわかっているんだろう?じゃあなんでそれが難しいか、今一ピンと来ねえんだよな。こんな便利なもん、どうしてもっと普及しないのか不思議だったんだ」
びっくりして見上げると、魔術師たちが自分たちの価値を守るために、敢えて作らないようにしてるなんて話があるくらいなんだと、ジークが言った。確かにそういった面が無いわけでは無いのだが、アーシェは嫌な予感がして恐る恐る聞いてみた。
「…もしかしてジーク…。魔道具の作成って、写本か何かみたいな作業だって、思ってたりする…?」
「違うのか?」
ジークのびっくりした表情を見て、アーシェは思わず天を仰いだ。
「全然違う。むしろそんな簡単な物なら、もっと世間一般に魔道具が浸透しているよ」
アーシェは思わずため息をついた。しかしジークを一方的に責めることも出来なかった。ジークの認識は、どちらかと言えば世間一般のそれに近い。しかし、実際に魔道具を扱えば、事はそんな簡単ではないと分かる。長くジーク達と共に過ごしていたためその認識があるかと思ってしまっていたのだが、どうやらそれはアーシェの勘違いだった様だ。
「いや、だってなぁ?レッドボアの時だって、お前無造作に地面に書き込んでたし、お前を初めて鏡面世界に助けに行った時だって、アンネリーが書いて寄こした魔道具なんて、板切れに術式らしきもの書きなぐっただけだったぞ?」
「あう…それを言われちゃうと返す言葉が無いんだけど、あれはどちらかと言えば変則技。あれを魔道具と言っちゃ…」
「おや!あんたアーシェ君じゃ無いかい?!魔道具屋の!!」
アーシェたちの会話は、突然の誰何に遮られた。声の方を見やれば、恰幅の良い中年女性が手を挙げていた。
「あ…八百屋のおばさん」
「ちょうど良い所に居たよ!この前あんたの所で見てもらったやつ、調子が悪くってねぇ!ちょっと見てってくれないかい?!」
人の波を強引にかき分けて、満面の笑みの女性が、ずいと現れた。
「この前のって…井戸の滑車?」
「そうそう!それだよ!どうにもこうにも動かなくなっちまってねぇ!でもほら、別に今まで通り手で動かせば良いんだけど、やっぱりあれがあるだけで随分と楽させてもらえるからねぇ!見てってもらえるだろう?」
人当たりの良い笑みを浮かべて否やとは言えない雰囲気を醸し出す女性に、アーシェは引きつった笑みを浮かべた。いつもこの女性の迫力には気圧される。
「丁度良いや。ジーク、ちょっと奥の井戸に寄って行っても良い?」
「ああ、構わねぇぞ。まだ時間はあるからな」
女性は更に相好を崩すと、二人を道具街から一本離れた小道へと案内した。程なくして小さな広場が現れ、その中心には小さな屋根付きの井戸が置かれていた。
見ると既に先客がおり、何人かの女性達が井戸に桶を落として水くみをしていた。
「皆ぁ!魔道具屋の子、連れて来たよー!」
「わー!助かるー!これなんだけど、縄を巻き上げてくれなくなっちゃったのよー」
一人の女性が指さした先は、井戸の滑車部分だった。見上げると、滑車部分に木の板が取り付けられている。どうやらそれが、アンネリーの魔道具らしい。アーシェは見上げると、ふっと安堵の声を出した。
「あー…成程。分かった。これならすぐに直せると思う」
「本当かい!?そりゃあ助かるよ!!」
「ジーク、ちょっと悪いけど肩車してもらえる?」
「ああ、お安い御用だ」
しゃがんでくれたジークの肩に足をかけ、しっかりと座ると軽くジークの頭を叩いた。すると軽々とアーシェの体が持ち上がり、一気に視界が高くなった。
「うわわっ!さ、流石だね。ちょっとびっくりした」
「当たり前だ。現役の冒険者、嘗めんなよ」
にやりと笑うジークに、アーシェは笑って礼を言う。ジークのお陰で、滑車部分がほぼ目の前だ。よいしょ、と少し背を伸ばし、アーシェは腰のポーチから小刀を取り出した。
「ここを…削って…後は…」
カリカリと木片を削る音が聞こえる。そして左程の時間をおかずに、アーシェが作業が終わったことを告げた。
「ジーク、ちょっと試運転するから、下ろしてくれる?」
ジークの肩から降りると、空の桶を井戸に放り投げた。そして手近にあった細長い棒で、先ほどの木の板を軽く叩いた。すると不思議なことにするすると水をたたえた桶を、滑車が一人でに巻き上げたのだ。
「うわぁ~!直ったわ~!」
辺りで見守っていた女性陣から、喜びの声が上がった。
「板に書かれていた術式の一部が、不自然に削れてたんだ。恐らく誰かが、間違えて術式の所を叩いちゃったんじゃ無いかな。取り合えず、応急処置はしておきました」
「いやぁ、助かったよー!それにしても、一体どうして…」
「おばさん!これ絶対、悪戯坊主達の仕業に違いないよ!私この前あいつらが叩いて遊んでるの、見たもん!」
「あ~、あいつらのやりそうな事だねぇ!」
「今度こそキツク言ってやらないと!!」
犯人に心当たりがあるのか、口々にその子どもについて話し始めた。
「この魔道具…どうやって動いてんだ?」
「うん?ああこれは、風の魔法だよ」
姦しく話す女性陣をしり目に、ジークが訝し気に木の板を見上げて聞いてきた。
「こんな外に魔石付きの魔道具何て置いたら、すぐに取られちゃう。幸いここは風通しが良いから、辺りの風の魔素を使って魔道具を動かしてるんだ」
「はー!成程!すげぇな。魔道具ってそんな使い方があるんだな!」
「うーん。でもこれはこの場所だから出来るんだ。風が豊富にあって、必要な力は滑車を回すことだけ。しかも日々使うものとは言え、生活道具だからそこまで耐久性は必要ない。さっきの話だけど、魔道具が中々広まらない一つの原因は、これ」
二人は女性達と別れると、道具街へと足を戻した。
「ただ術式を組むだけじゃなくて使う場所の環境や、選ぶ素材の特性。そう言った事を考慮しながら術式を組んでいかないと、魔道具って発動しないんだ。ジークも分かると思うけど、同じ素材一つとっても、特性って微妙に違うだろ?」
「うーん、そうだな。確かに同じ魔物から取れる素材でも、物の良し悪しはあるな」
「素材を加工するときって、その良し悪しを見て加工の具合を変えるだろ?魔道具も同じ。ただ魔道具の場合、手を加えなきゃいけないのが術式それ自体って言うのが、難しいんだ」
「うん?でも術式が同じじゃないと、そもそも魔法は発動しないだろ?」
「それはそうなんだけど…。微妙に文字を入れる位置をずらしたりとか、必要な魔力量を変えるとか…。そう言った細かな作業が必要なんだ。だから魔道具士で一番大切なのは、素材の特性を理解する事。それが出来なきゃ、始まらないんだ」
「はー…。なんだか面倒な話だな」
「そう。面倒なんだよ。師匠曰く、魔術師も術式組む時はそれを無意識にやってるらしいんだ。だからどんな魔術師も、二つとして同じ術式ってあり得ないらしい。でも魔道具の場合、それを一度だけではなく繰り返し同じ効果も出さなきゃいけないから…」
「なんだか面倒なだけじゃなくて、頭痛くなりそうだなー…」
あんまりなジークの物言いに、しかしアーシェは思わず噴き出した。
「あはは、そうだね。だから魔術師たちも魔道具には中々手を出さないんだ。面倒くさすぎて」
「そういう意味だと、レッドボアの時にお前が出して見せた魔法は…」
「あれはほとんど魔道具と言うより魔術だね。その場限りの一回こっきり。あの状況下でのみ使えた術式だよ。巨鳥の時のもそう」
「ふーん…。じゃあアンネリーが書いて寄こしたあれも…」
初めてアーシェを鏡面世界に助けに行った時の事を出すと、途端にアーシェの顔が曇った。
「いや、あれは…。うーん、あれは一応魔道具と言えば魔道具なんだけど…」
「なんだ?歯切れが悪いな?」
「確かにあの時師匠が書き付けた木には魔封じの効果があったし、素材の特性を一瞬で判断した師匠の審美眼は凄いんだ。ただ、術式によっては置かれている環境が変われば意味を成さない物もあるんだ。例えばさっきの井戸の魔道具。今くらいの風なら問題ないけど、もっと強い嵐の時なんかは動かないんだ。環境が変わりすぎて術式が対応できない」
「…おい、待て。という事は…」
「冒険者向けの魔道具は、基本使用環境が劇的に変わることもあるから、それらを考慮して作らないとダメなんだ。耐久性にも気を配らなきゃいけないし、どんな環境下でも動くよう、一個ずつ調整が必要なんだ。それが生活用との大きな違い」
「てことは何だ?あの時アンネリーに渡された奴ってのは…」
「…正直、ぶっつけ本番でよくもまぁ持ったと思うよ…」
思いがけない事の真相に、思わずジークは天を仰いだ。




