炎の噂
街に戻ると、辺りは宵闇広がる時間だった。昼夜の別が無い宮殿区画から戻ると、一瞬頭がくらりとする。アーシェが目を擦っていると、他のメンバーもそれぞれ目を瞬かせていた。
「こっちはもう夜ですね」
細い目を更に細めて、シリウスが空を見上げる。本格的な夜までまだ時間はあるが、既にうっすらと星々が瞬き始めている。家々の窓から明かりが漏れ始めるのも、時間の問題だろう。
「取り合えず、先にギルドに寄るか。トレルを見舞いたいし、俺たちも念のため魔素酔いを診てもらったほうが良いからな」
「そうじゃの。ジーク、シリウス、アーシェ。今回は本に世話になったぞぇ。この恩は、いつか必ずや返させていただこうぞ」
「気にするな。ここはナルバ。冒険者同士、助け合うのが筋ってもんだ」
「それより早くギルドに向かいましょう。遅くなりすぎると、医師が居ない可能性があります」
それぞれこくりと頷くと、街へと続く階段を下り始めた。
この時間帯、時の流れがあやふやになる迷宮とはいえ、挑戦者の数はぐっと減る。どちらかと言うと帰還者が多いのがこの時間帯の特徴で、街へと続く階段を下る一団に、ジークは見知った顔を見つけた。
「ジン!お前も今帰りか!」
「おお、ジークじゃねぇか!」
親し気に声をかけた相手は、ジーク達と同宿だったジンだった。迷宮からの帰りで、大きな袋を肩に担いでいる。傍らには同じパーティの小人族の男と、ジンのパートナーでもある魔術師の少女がいた。
「どうやら大漁そうだな」
「ああ、今日は運よくグリーンスパローの群れに遭遇したんだ」
語るジンの顔は心の底から嬉しそうだ。
グリーンスパローは緑羽燕とも呼ばれる、魔鳥の一種だ。真っ赤な嘴と緑色の羽が美しい鳥だが、縄張り意識が強く気性が荒いのが特徴だ。しかしその羽は装飾品として重宝され、嘴は工芸品として引き取ってもらえる。体が小さくすばしっこい所が難点ではあるが、余すところなく処理できる為冒険者の中では人気の魔鳥だ。
「うちには『歌い手』が居るからな。グリーンスパローは殆どペルルの歌で仕留めたようなもんさ。俺とシャイリーンはせっせと下で解体作業さ」
「そ、そんなこと、無いよ…」
今にも消え失せそうな小さな声で、歌い手と呼ばれた小人族の男が身を縮めた。
このおどおどとした小人族の男を、誰もが最初稀有な歌い手だとは信じなかった。歌は扱いが難しい。対象を明確に絞って歌える歌い手は、希少な存在と言える。特に荒くれ者が多い夜の酒場の中で、的確に対象を絞って昏睡させた話は、ペルルの語り草だ。並み程度の歌い手なら歌が聞こえる全員を、昏睡させてもおかしくないからだ。
「ジーク、お前の方はどうだ?…あぁ、そうか。今は雇い主の護衛が主な仕事か」
若干ジンの言葉に混じった落胆を、ジークは努めて気付かないふりをした。ナルバの迷宮に潜る冒険者は、多かれ少なかれ自分が迷宮に『選ばれた』と言う思いを胸に持つ。選ばれし資格を誇りとし、迷宮の謎へと挑む権利。故にその権利を放棄したものや金儲け目当ての挑戦は、表立って非難されることは無いものの冒険者の中でも蔑みの対象となっていた。
そのため護衛の選任契約を結んだジーク達を、冒険者の中には金で安全を買ったと、暗になじる人間がいるのも事実だった。
しかしアーシェとしては納得がいかない。迷宮に潜る仕事で、上も下もないのだ。事実、今回の事を鑑みれば並みの冒険者では務まらない任務をこなしている。思わず声を上げようとしたところ、寸でのところでジークに頭を押さえつけられた。
「むぐぐっ!」
「所でジン、そういえばここ最近、派手な討伐の話は聞いてないか?」
「派手な討伐…?」
「ああ、何か大物の話だ。最近、めっきり外の情報に疎くなっちまってな」
「そうだなぁ…。派手な…と言えば、パラサイトインセクトに糸を繋がれちまった騎士の話か?そいつはドアホにも、糸に気付かずに巨人の間まで戻ってきちまったんだ。おかげで巨人の間はパラサイトインセクトの襲撃で大騒ぎ。挙句の果てにクイーンまで出て来たらしく、広間は大混乱。知っての通り、ランドルフ隊長の謹慎以降、騎士団の戦闘能力はがた落ちだ。そこに偶々偶然にも居合わせたのが、我らがシュゼットちゃんよ」
「シュゼット…あの、王都から来た魔術師の?」
「そうそう!彼女が広域魔術で一気に焼き払ってくれたお陰で、巨人の間は辛くも人の手に守られたって話さ。教会としても王都のお貴族様を蔑ろにするわけにもいかず、苦虫つぶした顔で、俺たちのところに御礼の使者を寄こしたらしい」
自慢げに語るジンの傍ら、アーシェたちはぴくりと耳をそばだてた。「焼き払った」という事は、炎の上級魔法を使ったのだろう。
「へーー!すげぇな、あの嬢ちゃんは!それはいつ頃の話だ?」
「そうだなぁ…。つい三日くらい前の話じゃないか?」
アーシェたちは一瞬目を合わせた。アンネリーが何を考えているのか分からないが、迷宮内での魔法と赤い魔石の間に、何か繋がりを感じているようだ。これはやはりシュゼット本人を問いただした方が早そうだ。アーシェ達はジン達に別れを告げて、足早にギルドへと向かった。
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「最近、私が迷宮で炎の魔法を使ったか、ですか?」
ギルドに戻ると、ちょうどシュゼットに出くわした。帰宅するところだった様だが要件を伝えると、嫌な顔一つせずに応接間へと通してくれた。既にガントスから事の次第は聞いている様ではあったが、アーシェ達が今日ナルバに戻ってくるとは思っていなかったらしい。直ぐに医務室に連絡して待機するよう命じるあたり、アーシェはこの自分と左程背丈の変わらない少女に感嘆した。明らかに自分のほうが長く生きているはずなのに、彼女の方がとても大人びている。また自分たち平民に対しても分け隔て無い態度は、アーシェの持っている貴族のイメージから、随分とかけ離れたものだった。
「私が迷宮に潜ったのは、アーシェさん達の救出以外では三回です。一度は下見段階で伺った際で、もう二回は通常の調査です」
シュゼットは少し考えるしぐさを見せつつも、淀みなく答えた。
「おっしゃる通り、その内の一回は確かに巨人の間でのパラサイトインセクトの大群と相対した時です。使用したのは中級クラスの魔法ではありましたが、範囲が広かったので多少使用した魔力は通常より多かったと思います」
「そうですか。シュゼットさん、他の探索の時はどうでしたか?」
問いかけるアーシェに少し困った風に柳眉を下げ、シュゼットは答えた。
「大きな討伐と言うほどのものはありませんでした。ただご存知の通り、炎の魔術は攻撃に特化したものが多い。私の扱える属性の中で、どうしても使用頻度が多くなる傾向があります」
そもそも、二つの属性を扱えるだけでも珍しいのに、シュゼットは何てこと無いといった風に、さらりと告げた。確かシュゼットが扱える属性は炎のほかに風と土。その上上級魔術まで扱える、魔導一家のエリートだ。にもかかわらず嫌みのない彼女の物腰に、アーシェは出来が違うと内心うなだれた。
「そうか…。いや、助かった。変なこと聞いてすまなかった」
「いえ、構いません。…これは今回の事と何か関係が?」
これ以上情報は得られないと踏んで、ジークは早々に話を切り上げようとした。しかしガントスから事の経緯を聞いているシュゼットとしては、彼らからも情報を聞き出したい。案の定引き留めてきた。
「それがよく分からないんだ。アンネリーに最近あった、派手な討伐情報なんかを探して来いと頼まれたんだ」
「派手な…ですか?」
「ああ。なんでも、迷宮内の魔術が魔素として鏡面世界に還元されているんじゃないか?って言ってた」
「還元…?」
言葉の意味を飲み込めず、シュゼットも一瞬問いただすような顔をした。しかしすぐに思案顔になると段々と顔が強張っていく。この魔術の申し子には何か思うところがあったらしい。眉間に皺を寄せて、険しい顔になってしまった。
「――わかりました。今後、何か大掛かりな魔術の噂を聞きましたら、すぐさまアンネリーさんに伝わるよう、手配いたしましょう」
「ああ、助かる。だがまだ仮説の域を出ないと言っていた。だから――」
「わかっています。表立って目立つようなことは、しないようにいたします」
ジークは助かると礼を言うと、今度こそは席を立った。
「そうだ皆様、一つお伝えしたいことが」
「はい?」
「ランドルフ大隊長ですが、巨人の間での失態について、最終処分が決まりました」
「え?!しょ、処分ってどうして?!だって隊長のお陰で、無事に巨人を討伐できたんじゃないか!!」
思いがけない話に、アーシェは目を丸くした。ジーク達も思わずざわりと浮足立つ。謹慎中であるとは聞いていたが、まさか更なる処分が待っているとは、思わなかったからだ。しかしシュゼットは困ったように眉根を寄せると、力なくふるふると首を振った。
「私も、今回の事はランドルフ大隊長でなければ更なる被害が出ていたかと思います。しかし、それでも教会の人員が多大なる損失を被ったのも事実…。教会はその為、ランドルフ大隊長を王都への一時送還処分とし、代わりの大隊長を派遣する事になりました」
「…ひでぇ話だ」
「ええ。そして代わりに派遣されるのは、ベルナール大隊長。教会の中でも生粋の貴族派だと聞きます」
「貴族派…?」
アーシェは首をかしげた。一般市民でしかない彼女にとって、教会内の派閥は良く分からない。そんなアーシェに、シリウスが掻い摘んで説明した。
「教会騎士団は元々貴族の子弟が多く集まる傾向にありますが、近年は平民出身の騎士も増えてきています。その為、貴族達の派閥と平民出身の騎士たちによる派閥とで、平たく言えばいがみ合っている様な状況なのですよ」
「ランドルフ大隊長はどちらかと言えば平民出身の騎士達から支持がありましたので、今回はその真逆です。おそらく、教会騎士団内でも一悶着あるでしょう」
それは冒険者との間にも、新たな火種を抱えることになるという事だった。いち早くその事を教えてくれたシュゼットに礼を言うと、今度こそジークたちは部屋を後にした。




