巨大な魔道具
「…できた!!」
最期の一文字を完成させて、アーシェは額に落ちる汗を拭いながら上を見上げた。岩壁の上では、シリウスが術式の全体を監督している。魔術師であるシリウスにとって、魔道具の作成に関わるのは初めてだ。だが多少の違いはあれど魔術師も同じ魔術文字を扱う。一文字でも違えば、望んだ効果が発動しないのが魔術の術式である事には変わりはない。アーシェは問題ないかとシリウスを見ると、こくりと頷かれて安堵のため息をこぼした。
「アーシェ!!完成か?!」
「うん!ジーク、離れて!行くよっ!」
最早猶予は無い。アーシェは先ほど空にした魔石を取り出すと、炎の海に向かって張り出している術式の上に、慎重に置いた。
すると途端に、魔石とその周りの術式がじんわりと輝きだす。アーシェは動作を認めると、一目散にジークの居る術式外まで退去した。
青白い光を放ちながら、魔石とその周辺の術式が光り輝く。そして段々とその光は隣接する術式へと広がっていき、そしてその色は赤へと変化していった。
「後少し、これで上手く行けば…!」
アーシェが呟くのとほぼ同時に、眩い光は術式全体を覆い紅蓮の炎が噴出した。最初は自分の背丈程度だった炎はとどまる事を知らず、一気に火柱となって空高く吹き上がった。
「…やった!!うまく行ったよ!!」
思わず快哉を叫ぶアーシェの傍ら、突如現れた火柱に度肝を抜かれ、ジークはあっけにとられてそれを見上げた。天高く聳え立つ業火の巨柱は、ごうごうと熱量を伴って炎を空へと巻き上げている。これなら巨鳥にとっても、良い目印だ。アーシェは嘗てないほど自分の心が高揚しているのを感じた。
「すげぇもんだな…。本当に、即席で魔道具作りやがった…」
「普通はここまで複雑なものは無理だけどね。今回は環境が味方したんだ」
複数の属性がひしめき合っている環境であれば、この作戦は使えなかった。炎の魔素だけが大量に存在するという、自然界ではあり得ない状況だったからこそ、取れた手段だった。
「よし!兎に角撤退だ!」
作戦の成功を見届けると、ジークはアーシェの手を引いて一気に走り出した。しかしシリウス達がいるのとは、反対の岸壁だった。
「ジーク!そっちで良いの?!」
「ああ!巨鳥に感づかれる前に、とっとと逃げるぞ!」
ガントス達がおとり役を引き受けてくれているようで、ひっきりなしに爆音が渓谷内にこだましている。それであれば、護衛対象でもあるアーシェを、ガントス達の近くに連れて行くわけには行かない。ジークは岩壁の裏手にある小道へとアーシェを連れ込むと、ひょいと背中に背負い岩壁をよじ登り始めた。
「わわわっ!ジ、ジーク!自分で登るから…!」
突然背負い込まれてアーシェは狼狽した。しかしジークは捕まっていろ!と一喝すると、するすると器用に登って行ってしまった。
「お前が上まで登るのを、悠長に待ってなんていられねぇんだ!暴れるなよ!?」
ジークの言う通り、アーシェ一人ではこの岩壁など、到底登れるわけも無い。アーシェは大人しく負ぶさると、ごうごうと音すら聞こえてくる火柱に目を向けた。
空になった魔石は、自ずと空気中の魔素を取り込もうとする。それがその魔石の属性とは違ったとしても、一定の引き寄せ効果がある事をアンネリーは教えてくれた。アーシェはわざと空にした魔道具の魔石を使って辺りの魔素を集めさせ、それを術式に流し込むことで巨大な火柱を出現させたのだ。後は巨鳥がこの炎を喰らって空の壁を突破してくれれば、脱出の可能性が見えてくる。
「…あれ?」
「どうした?」
火柱はどんどん辺りの炎を飲み込み、太く高く聳えていく。気が付けばアーシェが描いた紋様よりも、大きくなっていた。
「…!しまった!!大きさに制限つけるの忘れてた…っ!!」
「は?!ちょっと待て!それってつまり…!」
「ジーク!急いで逃げてぇぇぇっ!!」
加速度的に大きくなる火柱の熱が、段々と近づいてきている。ようやく岩壁の上にたどり着いたころには、渓谷の一部を焼き尽くそうとしていた。恐らく、炎の魔素が引き寄せられるまでもなく、火柱自体が飲み込んでいっているのだろう。熱風に当てられているにも関わらず、アーシェは寒気を覚えた。
「馬鹿っ!ぼさっとしてんな!走るぞ!!」
ジークはアーシェの手を強引につかむと、渓谷の奥へと走り出した。隣の岸壁を見れば、シリウスもいち早く危険を察知して、後退したらしい。
「巨鳥は…!あいつはまだ気付かねぇのかっ?!」
前を見れば、ガントス達は未だ巨鳥の攻撃を受けていた。流石上位クラスのパーティなだけあって、見事な連携だ。しかし、攻撃を加える訳にも行かずただただ避け続けると言うのは、想像以上の負荷をガントス達に強いる。現に動きから精細さが欠けてきていた。
「随分奥まで戻っちゃってる…!あいつの注意をこっちに向けないと…!」
ドォォォォォォンッ!!
突如、後方から大きな音が聞こえてきた。思わず振り返ると、岩壁が炎に焼かれて崩落していく音だった。ついさっきまで自分が居た所が跡形もなく消え去り、アーシェは身震いした。後少しでも遅ければ、自分もジークも暴走する魔防具に飲み込まれていたのだ。しかし、その大音響が幸いした。
「よしっ!こっちを向いたぞ…っ!」
今では炎の柱はその太さを更に増し、炎の壁の様になっている。突如現れた『餌』に、巨鳥が興味深げに振り向いた。しかしじっと睨むだけで、動く気配が無い。
アーシェとジークは手近な岩陰に、身を隠した。炎の勢いはごうごうと音を立て、すぐ間近に迫ってきている。際限なく広がるその猛威に、アーシェは再度身震いした。このままでは、自身が作った魔道具に焼き殺されてしまう。
しかしその時、アーシェははたと気づいた。
(おかしい。あれだけの規模の炎だ。既に術式が描かれている地面は消失しているはず…。にも拘わらず、炎が拡大しているのはどうして…?!)
アーシェは咄嗟に『眼』を凝らした。既に炎は土台となる地面を焼失しており、天と地を結ぶ勢いだ。そしてその燃え盛る炎の中心に、力強く脈打つ術式を見つけた。それはアーシェが描いたはずの術式だ。しかしその内容は変質している。アーシェの術式は不気味な脈動を湛えながら、炎の魔素を飲み込み膨張し続ける、停止機能の無い魔道具となっていた。
アーシェは戦慄した。自分の魔道具が、自身の手を離れて一人でに動いている。術式が一人でに変質するなど、初めての事だった。
このままでは、巨鳥すら分解して取り込みかねない勢いだ。
「ダ、ダメだっ…!」
「…あ!お、おい!!アーシェっ!!」
アーシェは隠れていた岩陰を飛び出すと、一目散に術式へと走り出した。
大量の魔素を得て力強く脈打つ術式は、それ自体が別個の生き物の様にも見えた。貪欲に周りの魔素を取り込み、容赦ない炎として燃え盛る。炎の魔素の塊である巨鳥が炎の柱を睨み据えて動かなかったのは、本能的に自身が分解され、取り込まれてしまうと理解したからだ。このままでは作戦は失敗する。アーシェは腰のポーチからアンネリーから貰った魔石を取り出すと、その全てを術式に向かって投げつけた。
「止まれぇっぇぇぇぇ!!」
バラバラに投げつけられた魔石が、炎の渦に飲み込まれる。そしてカッと光ったかと思うと、巨大な爆発を引き起こした。
「うわぁぁぁっ!!!」
「アーシェっ!!」
炎の内部で発生した凄まじい爆風に、アーシェは木の葉の様に吹き飛ばされた。しかし地面に叩き付けられる寸での所で、力強い腕に抱き止められる。ゴロゴロと転がされるも、思ったほどの痛みは無かった。そろそろと目を開けると、視界に入ったのは痛みに顔を顰めるジークだった。
「ジ、ジークッ!大丈夫?!」
がばりと思わず起き上がりかけると、ぐっと回された腕に力を籠められた。びっくりして顔を上げると、がんっ!!と衝撃が額を直撃した。
「~~~~~っ!!!」
「こんっの、鉄砲玉がぁっ!!一体何度言えばわかるんだ?!」
ジークに不意打ちの頭突きと怒声を浴びせられ、アーシェは目を白黒させながらジークを睨みあげた。痛みのせいで若干涙目になっている気もするが、あえて無視した。キッと睨みあげると、負けじとアーシェも声を張り上げた。
「なんだよっ!術式を壊さないと俺達丸焦げだ!!巨鳥だって警戒してるっ!」
「知るかっ!!お前は動く前に少しは説明しろっ!!これじゃあ命が幾つあっても足りんわっ!!」
「だからって問答無用でどつくなぁっ!!」
ドォォォォォォンッ!!
背後で更なる爆音が響いた。はっと振り返ると、燃え盛る炎の中心から爆発が起こっている。『眼』を凝らせば崩れかかった術式が、懸命にその機能を保とうとしている様だった。制御を離れて荒れ狂う炎はまるでのたうち回る蛇の様で、アーシェは自身が作った魔道具の、声なき声に胸をえぐられた。
『ピィィィィィィィィィッ』
その時、巨鳥が突然に啼いた。ビリビリと大気を震わす巨声を上げると、その煌く炎の翼をはためかせ、一気に燃え盛る炎へと飛びかかった。巨鳥はその鋭いかぎ爪を振り上げて、びりびりと炎の柱を引き裂いていく。そして崩れかけた術式を暴き出すと、カッと広げた嘴でそれを飲み込んでしまった。
「…!そ、そんな…っ」
核を失った炎の柱は、後は巨鳥に蹂躙されるがままだった。無残にも巨鳥に取り込まれていく炎を、アーシェは茫然と見つめることしか出来なかった。巨鳥は炎を取り込み更に巨大化している。今では渓谷よりも遥かに大きくなったその巨体を震わし、巨鳥は勝利の雄たけびを上げた。
『キュェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!!』
アーシェは巨鳥の雄たけびの中に、自身が作り出した魔道具の断末魔を聞いた気がした。




