魔石に閉じ込められて
「最初はここまで炎も強くは無かったんだ」
外に出るように促され、険しい顔をしてガントスが空を見上げた。
「俺たちがここに吸い込まれたとき…いや、転送球を通って鏡面世界に入った時は、特段いつもと変わったことは無かった。俺たちは何時もの様に魔道具の動作確認をして引き上げる予定だった所、このでかいガラス石を見つけたんだ」
「ほんに綺麗なものでねぇ。大きなガラス石の中に炎の海が広がっておっての。その上に火山のような大きな島が浮かんでおるのよ。炎が燃え盛ってさえなければ、精巧な模型かと見紛うほどであったわ」
ほう、とネルが顔に手を添えてため息をつく。しかしアーシェたちは首を傾げた。
「島ってのは今俺たちがいるここの事だろう?俺たちがこのガラス石を見つけたときは、ガラス石の中全体を炎が覆っていて、殆ど中なんて見えなかったぜ?」
「ああ、そうだろうな。巨大なガラス石はそれ自体が引力を持っているようでな。周りにある小さな光る石を、どんどん手当たり次第に取り込んでいったんだ」
「するとどんどん炎の勢いが大きくなってのぉ。妾達はその力から逃れられず、引きずり込まれてしまったのよ」
成程、とジーク達は頷いた。確かに、自分たちもこの燃え盛るガラス石に吸い込まれて来たのだ。そして静寂が支配する鏡面世界にも納得がいった。全てこのガラス石に、取り込まれてしまったのだ。
「ここに落ちてきたとき、出口が無いか隈なく探し回ったのだが、それらしいものは見つからなかった。それどころか、さっきの巨鳥ですら、ガラス石の壁を突破できないらしい」
「さしずめ妾達は、小鳥の卵に閉じ込められてしまったようなものかのぉ」
全く笑えない冗談だ。アーシェは険しい顔をして空を見上げると、巨鳥の姿は見えなくなっていた。どこかに消えたらしい。
「あいつは、何度もガラス石の壁に挑戦するんだが、疲れると炎の海に戻っていくんだ。そうしてまた、力を蓄えてから舞い上がる」
そしてこの渓谷が、巨鳥の通り道となっているようだ。
「それにしてもお前らよく、あの燃え盛る炎の中を無事につっきって来れたなぁ」
一転、不思議そうな声音でガントスが聞いてきた。
「ああ、シリウスが咄嗟に魔法をかけてくれたんだ。それで俺とシリウスは大丈夫だったんだけど…」
「俺はこの鎧のお陰だな。ランドルフ隊長に、巨人討伐の礼としてこの鎧を貰ったんだが、こいつが優れものでな。対魔の効果があるお陰で、丸焦げにならずに済んだ」
「ははっ。それは九死に一生を得たな!」
ガントスが何時もの様に豪快に笑い飛ばすが、アーシェは眩暈を覚えた。九死に一生とは言うものの、針の穴ほどの奇跡的な運の良さだ。一歩間違えれば消し炭になっていたか、良くてトレルと同じ道を辿っていたかもしれないのだ。それはシリウスも同じであったようで、すぐ隣から重たいため息が聞こえる。
『――――ピィィィィィィィィィッ!!』
「!!」
その時、巨鳥の鳴き声が遥か彼方から聞こえてきた。アーシェ達は示し合わせたかのように一目散に洞窟内へと駆け戻る。大きな扇をネルが構えると、巨鳥が横切る瞬間に大きく空を扇いだ。ゴウッと風が巻き起こり、熱風が肌を焦がす。しかし先ほど感じたものよりかは、幾分柔くなっていた。こんな洞窟の中、逃げ場のない熱風を浴びれば一たまりもない。ネルの風が、洞窟に入り込む熱風を相殺したようだった。
「…おい!見てみろ!!」
巨鳥が飛び過ぎると同時に、ジークは外に飛び出し巨鳥を見上げた。巨鳥は今度は無為に体当たりをするのではなく、空の中ほどで停止している。何事かと見ていると、どんどん腹を膨らませていき、激しい業火を吐き出した。
「ファイヤーブレス…!!これではまるで、ドラゴン種ですね!」
傍らに佇むシリウスが驚きの声を上げた。しかし巨鳥の渾身の一撃にもガラス石の空はびくともせず、ひび一つついた様には見えなかった。巨鳥はファイヤーブレスで力尽きたのか、か細い鳴き声を残して炎の海へと落ちて行った。
「…驚いた。あれは俺達も初めて見たぜ」
「それにあの鳥、また更に大きくなったようじゃのう」
「…大きく?」
アーシェが見上げると、ガントスはこくりと頷いた。
「ああ。多分失敗するごとに、力を蓄えて強くなっていってるんだろう。ブレスもその結果だろうな」
「じゃあその内あの鳥がガラス石の空を破れば…!!」
しかしガントスは苦々しく首を振った。
「ダメだ。あいつが空を破るまで、悠長には待っていられない。俺たちの魔道具が、限界を迎えちまう」
ガントスが忌々し気に舌打ちをした。確かにその通りなのだ。アーシェ達に残された時間は多くは無い。手をこまねいて見ているわけにはいかないのだ。
「それから親父、さっきアーシェ達を探しに行ったときに気が付いたんだが…」
「何だ?何か見つけたのか?」
「いや…。恐らくこの『島』も、長くは持ちそうにない」
「何だって?!」
ジークの言葉に目を剥いた。この島が無くなれば、炎の海へと投げ出されてしまう。
「渓谷の奥の方で、島が崩壊を始めていた。今すぐどうって感じには見えなかったが、少しずつ島は炎の海に浸食されている。まぁ俺たちの魔道具のタイムリミットまでは持つとは思うが…」
「あの巨鳥に焼かれるか、炎の海に飲み込まれるか、はたまた魔素酔いで廃人となるか…。どれもあまり愉快ではないですね」
シリウスが柳眉を顰めてため息をついた。まさに八方塞がりとはこの事だった。
(そんな、折角ここまで来れたのに…!)
このままでは全員、生きて帰れることが叶わない。近づいてくる死の足音に怖気ながらも、アーシェは懸命に頭を働かせた。何か、何か方法はあるはずだ。その時ふと、アーシェはアンネリーから貰った魔石を思い出した。
「アーシェ?どうしたんだ?」
ジークが不思議そうに聞いてくる。アーシェが引っ張り出したのは、布に包まれた赤い魔石だった。
「それは…アンネリーがくれたやつか?」
こくりとアーシェは頷いた。
アーシェの掌にあるのは、小さな炎の魔石が四つ。どれも小ぶりな大きさではあるが、みっちりと凝縮された炎の魔素が見て取れた。
(魔石…炎…力…)
険しい表情でじっと魔石を見つめていると、ふとある考えが脳裏を過ぎった。アーシェがはっとして地面にしゃがみ込み、徐に手近な小石を砕いた。
「アーシェ?どうしたんだ?」
突然の奇行にジークが顔を覗かしてくる。アーシェは心臓が早鐘の様に打ち始めるのを感じた。この案が旨くいけば、或いはここから脱出できるかもしれない。しかしチャンスは一度きり。それどころか成功するかどうかも怪しい、危険な賭けだ。アーシェはバクバクと嫌な音を立てる心臓を感じながら、急いで頭の中で脱出方法を組み立てた。
「…ガントスさん、光る小石が取り込まれると、炎の勢いが強くなって巨鳥も大きくなるんだよね?」
「ああ、そんな感じだ。小石が取り込まれると中の魔素が放出されて、ガラス石全体がびりびりする」
「人の身である妾には分からぬがえ、確かに直後に炎の勢いが強くなり、巨鳥も大きくなる様じゃのぉ」
アーシェは再度地面に手を当て、その表面をなぞった。さらさらとした手触りの奥に、固い土の感触が伝わる。しかし強く力を籠めれば、簡単に凹みが出来る材質だ。じっとりとした汗がアーシェの頬を伝った。条件は揃っている。後は、やり切れるかどうかだ。
「…アーシェ?」
「…あの巨鳥は恐らく、炎の魔素から直接力を取り込めないんだ」
アーシェの『眼』には眩しいほどの炎の魔素が、ひしめき合っているのが見える。これだけの高濃度の魔素が周りに充満しているのに、巨鳥は一向にそれを取り入れる素振りが見えない。恐らく、取り込めない(・・・・・・)のだ。
「なら、これを実体のある炎に還元して、餌として与えれば良いと思ったんだ」
「実体のある…?しかし我々の中には、炎の魔術師は居ませんよ?」
訝し気に問いかけるシリウスに、アーシェはこくりと頷いた。
「でもこの魔素を炎に還元して、巨鳥がそれを取り込んでくれたら…。光る小石を待たなくとも、一気に巨鳥は大きくなる」
「うーーん、言わんとしている事は分かるが、巨鳥だって素直に食ってくれるかぁ?」
「俺達だけじゃあの空の壁は壊せない。なら巨鳥に壊して貰うしかない。その為に、餌を与えようと思うんだ。…確かに、素直に巨鳥が食べてくれるかなんて、わかんないけど…」
か細い仮定の上にしゃべっているのは分かる。尻すぼみになったアーシェに、ガントスが今度は別の事を聞いた。
「アーシェ。それでどうやってその『餌』を用意しようってんだ?」
「うん。それなんだけど、ガントスさん。この辺りに巨鳥が通りそうな、だだっ広い場所は無いかな?」
「ああ、それならこの先だ。巨鳥が空に舞い上がる、渓谷の終わりに広い空間がある」
「本当?!」
これで、最後の条件がそろった。これなら、うまく行くかもしれない。
「皆。聞いてくれ。実は――」
アーシェはごくりと、唾を飲み込んだ。




