悪い知らせ
『門』を抜けて迷宮に戻ると、広間の所にジーク達が集まっていた。皆一様に浮かない顔をして、アーシェが飛ばされた不思議な台座のある部屋へと続く回廊を前に、何事か話し込んでいる。
「ただいまーっと、皆どうしたんだ?こんなところに集まって」
「ああ、アーシェ。実はな…ガントスの親父たちがまだ帰って来ないんだ」
「ええ?!ガントスさんが?!」
眉間に皺を寄せて語るジークの言葉に、アーシェは目を剥いた。
「だ、だって…!ガントスさん、朝俺達と別れて台座の間の調査に行ったんだよね?何ども潜ったことがあるから、心配するなって…!」
「アーシェ、落ち着いて。まだ行方不明と決まった訳ではありません」
「で、でも…っ」
シリウスに窘められても、アーシェは胸がざわつくのを抑えられなかった。ぎゅっと握りしめた拳が、小刻みに震える。
「――アンネリー。ガントス達の魔道具は後どれくらいもつ?」
「…持って後二時間程度と言った所だ…」
苦々し気に吐き捨てるアンネリーに、アーシェはひゅっと息を呑んだ。
台座の向こう側――鏡面世界は、高濃度の光の魔素が溢れている。その為、アンネリーは調査の為に魔素を中和する魔道具を作り上げた。専属の護衛は固辞したが、ガントス達はその魔道具の試験と簡単な調査を兼ねて、既に何度か鏡面世界へと足を運んでくれていたのだ。その彼らが、約束の時間になっても戻らないと言う。
「本来なら数刻前には戻っているはずの所、その気配が無いと言う事は何事かに巻き込まれたのだろう。誰一人戻らないと言う事は…」
アンネリーが苛立たしそうに爪を噛んだ。
「アンネリーさん。予備の魔道具は幾つありますか?」
「初期の試作機が三つだ。しかしこれは、せいぜいもって一時間程度だ。三機揃っていれば、もう少し持つだろうが…」
最早一刻の猶予もない。それぞれが最悪の事態を頭に思い描くのと同時に、ジークが意を決してアンネリーを仰いだ。
「仕方ねぇ。あんたさえ良ければ、俺とシリウスとで、親父たちを探しに行ってくる。――シリウス、良いか?」
「ええ、構いませんよ。今日は一日籠っていましたから、魔力は十分です」
「俺も行かなくて良いのか?試作機は三機あるんだろう?」
最もなデュークの問いかけに、ジークはしかし首を振った。
「いや、デュークはリーザと一緒にここに残ってくれ。何かあった時に、リーザ一人だと二人を守り切れない」
これが罠かもしれないと言う可能性は捨てきれないし、そうでなくてもここは何が起こるかわからない、ナルバの迷宮だ。リーザは戦闘要員とは言っても支援型の為、真っ向からの戦いでは分が悪い。
「分かったわ。それじゃあ一時間経ってもみんなが戻らなければ、私がギルドに報告に行く。それで良いわね?」
「ああ、それで頼む。アンネリー、構わないか?」
重々しく頷くアンネリーに、我慢しきれないと言った風でアーシェが叫んだ。
「師匠、俺も行きます!」
「なっ!アーシェ?!」
思わぬ申し出に目を剥くジーク。しかしアーシェは一歩も引くまいと、真っすぐ見上げた。
「捜索に行くなら俺が一番適任だと思う!魔道具は三つあるんだろう?俺を連れて行ってくれ!」
「バ、バカ野郎!鏡面世界だって安全って決まったわけじゃ無いんだぞ?!親父たちが戻ってこない理由を考えてもみろ!今まで見つからなかった魔物が居る可能性だってあるんだ!」
「分かってる!でも、だったら猶更俺が行く!闇雲に探すより、俺の眼を使った方が効率が良い!」
「だから何だってそう言う話になるんだ?!上位クラスの冒険者が帰って来ないんだぞ!お前、魔素が見えてもどうやって身を守るんだ?!だったらリーザを連れていく!」
「俺の方が魔素耐性はあるし、鏡面世界だって初めてじゃない!」
「初めてじゃないって…お前、単なる迷子だろう?!」
ジークに頭ごなしに否定され、しかしアーシェはぐっと堪えた。自分の申し出が簡単には受け入れられない事は分かっている。しかし捜索には自分の能力が向いているのも事実。自分にも出来る事があるのに、ただ安全な場所でガントス達の安否を待つのは、嫌だった。
「~~~~あーっくそっ!!アンネリー、何とか言ってくれ!!」
ガシガシと頭を掻きむしり、苛立たし気にジークが吠える。アンネリーはしばし黙すると、しかしジークの思いとは正反対の事を言った。
「――危険だぞ?」
「アンネリー?!」
「ジークの言う通り、お前は魔道具屋だ。研究者のはしくれだ。素人がこのナルバの迷宮で冒険者のまねごとをする。その危険が本当に分かっているのか?」
アンネリーの視線が、黒縁の眼鏡の奥からアーシェを射抜く。鋭く険しいその視線は、アーシェの覚悟を見定めようとしていた。
アーシェはきっと顔を上げた。アンネリーは自分がガントス達を探しに迷宮に行くことに、能力の点では反対していないのだ。何とか心を鼓舞すると、アンネリーの視線に真っ向から挑んだ。
「師匠。俺は今、俺に出来る事をしたい。俺にはこの眼もあるから、ガントスさん達を探すのは、一番適任だと思う。別に冒険者とか研究者とか、そういう事じゃない。俺に出来る事を、したいんだ」
このナルバに残ると決め、そしてアンネリーに付いて迷宮に潜ると決めたとき。それはアーシェにとって逃げる事を止める事を意味した。だからこそ、自分に出来る事があるのに、のうのうと安全な場所に隠れるつもりは、毛頭なかった。
アーシェの真っすぐな瞳に押し切られ、アンネリーは深々とため息をついた。
「――ジーク、シリウス。すまないがアーシェに同行してくれ」
「師匠!」
「アンネリー?!」
驚く面々を、アンネリーはゆっくりと見回した。
「アーシェの眼は、確かに捜索には向いている。ガントス達を探すなら、早いに越したことは無い」
「ま、待ってくれアンネリー!それならリーザを連れていく!鏡面世界の向こうは、何があるか分からないんだ!そんなところ、素人を連れて行っても守り切れない!」
「分かっている。だから、だ。上位クラスの冒険者三人が行方不明になっているんだ。予測し得ない事が起こっているんだろう。だからアーシェは保険だ。魔素に関しては、この中では一番長けている」
「――っ」
ジークが苦々しく舌打ちをした。暗にアンネリーは、アーシェが(・)二人の保険だと言っているのだ。冒険者では太刀打ちできない、何かがあるのでは無いか、と。屈辱とも受け取れる物言いだけに、ジークの瞳は一瞬怒気を孕んだ。しかし直ぐにそれを抑え込むと、低い声で頷いた。
「――アンネリー、試作機は?」
「ここにある」
「デューク、リーザ。留守の間アンネリーを頼む。一時間で戻らなければ、ギルドに報告に行ってくれ」
「任せて」
「―――アーシェ」
見上げたジークの表情は、今まで見た中で一番険しかった。怒りさえ湛えているその表情から、ジークが本心からアーシェの同道を良く思っていないことが分かる。自分が迷惑を言っているのは分かる。しかしこればかりは譲る気はなかった。ガントス達は宮殿区画に飛ばされた自分たちを、探しに来てくれたのだ。今度は、アーシェが探しに行く番だ。
「ジーク、俺足でまといにはならないから!」
「違う」
「?!」
にべもなくぴしゃりと返されアーシェは狼狽えた。しかし真っすぐに見下ろすジークの視線にはアーシェに対する不快感はなく、ただ生と死の境を見定めようとする、真剣な眼差しがあった。
「生き残る事だけを考えろ。いいか、何かあれば、俺とシリウスは置いて逃げろ。生き残ることが最優先だ。それだけは、約束してくれ」
アーシェははっとした。アーシェはジークほど生死を分けるほどの修羅場は経験してきていない。そのジークが、アーシェに『生き残る』覚悟を問うているのだ。
(――そうだ、ここは『ナルバの迷宮』。何人もの冒険者たちを屠った、未知の迷宮なんだ…!)
急に身近に忍び寄った死の気配に、アーシェは身がすくみそうになる。しかし、自分は逃げないと決めたのだ。アーシェは大きく息を吸うと、こくりと頷いた。
「分かってる。でもジーク、帰ってくるときは六人一緒だ。俺はそれを、諦めるつもりは無い」
「当たり前だ。護衛対象を死なすなんざ、死んでも御免だ」
苛立たし気にジークが毒づくと、アンネリーがすっとアーシェに魔石を手渡した。
「持っていけ。何かの役に立つかもしれない」
「師匠、これは…?」
「炎の魔石だ。少しでも欠ければ、中の魔素が爆発する。扱いには気をつけろ」
「!ありがとうございます!!」
アーシェはしっかりとそれを懐に包むと、鏡面世界に続く道をキッと見据えた。
(絶対…絶対ガントスさん達を見つけるんだ…!)
鬱蒼と生い茂るガルジャの樹は、そよともなびかずただぽっかりと口を開いていた。




