アーシェの処遇
「よし、これで一件落着だな!」
努めて明るく、しかし念を押す様にジークが全員を見回した。不信や不満はとっさの時の判断を鈍らせ、ひいてはパーティ全体の命を脅かすことになる。ジークは一人一人確認していくと、最後にシリウスへと顔を向けた。
シリウスは何も答えない。アーシェにはその沈黙が怖かった。頭では納得していても、心はそう簡単に疑念を払拭してくれるわけはない。シリウスは依然、アーシェの事を疑っているはずだ。その懸念が表情に出ていたのだろう。アーシェの視線を感じると、シリウスは小さなため息をついた。
「…正直、あなたが不確定要素であることは否めず、それは護衛するにあたって好ましくないのも事実です。ですが、アンネリー殿の判断に委ねると言ったのは私です。その約束を、違えるつもりはありませんよ」
ほっと息を継ぐも、アーシェは直ぐにシリウスの険しい視線に晒された。
「しかし、貴方が意図しようがしまいが、何か少しでもおかしな挙動があれば、私は実力行使に出ます。貴方自身が自分の事を把握しきれていない以上、この一点は譲れません」
アーシェはコクコクと首を縦に振った。
完全に信用したわけではない。だが、条件付きで受け入れる。それがシリウスの出した答えだった。
「それに…あなたが本当に精霊使いの一族であるというのなら、その知識に興味が沸いたというのも事実です」
「ふふ、とても魔術師らしいな。だがアーシェの知識については私の許可を取ってからだ」
アンネリーが貪欲に煌くシリウスの思惑を遮る。思いがけない妨害にシリウスは少し驚くと、面白そうに口角を上げた。
「成程。では信頼を勝ち得るよう、誠心誠意護衛の任に付かせていただきましょう」
アンネリーとシリウスの間に見えない火花が弾け、魔術師らしい二人の会話にジーク達は苦笑する。取りあえず、アーシェを受け入れる事は決まったが、まだ決める事はあった。
「アーシェの処遇はこれで良いとして、だが彼女の体の事はどうする?流石に何時まで経っても十歳前後っていうのは、怪しすぎるだろう」
デュークの言う通りだ。既にナルバには二年近くいる。ジーク達が納得してくれたとしても、街の人たちが怪しんでしまっては元も子もない。
「いや、待て…。そもそも、偽る必要があるか?」
「え…?」
思わず呟いたアンネリーに、一同首を傾げた。
「体が成長しない事例なら、呪いでも病気でも過去に例が無いわけでは無い。むしろそれだけで魔物と同一視される事の方がおかしい。アーシェの場合、外との交流が少ない隠れ里だったことと、魔術師の村で魔術が使えないと言う異端性が原因だったのだろう。そうでも無ければ、こんな事にはならないはずだ」
「え、いや…でも…」
「シリウス。お前がアーシェを魔物では無いかと疑った根拠はなんだ?」
突然に話を振られたシリウスはしばし瞠目すると、ゆっくりと語りだした。
「まず、魔術は使えないにも関わらずその流れが見えると言う事。そして、古い知識を持っている事。しかしそれらだけでは特に怪しいとは思いませんでした。一番引っかかったのは、アーシェが高濃度の魔素に晒されても生きていて、かつ傷が治ったと言う事です」
居心地の悪さを感じながら、アーシェはごくりと唾を飲み込んだ。確かに、自分自身でも驚いたのだ。シリウスが怪しく思わないはずはない。
「それなら問題無い。魔素が見える事はここにいる者以外誰も知らない。傷が治った件はシュゼット嬢とエマだけだ。エマは魔導に関しては素人だから良いとして、残るはシュゼット嬢か…」
腕を組み、思案するアンネリーに、ゆっくりとデュークが声をかけた。
「………ギルドが王都に盾突きさえしなければ、恐らく問題無いだろう。彼女の目的は、ナルバの迷宮の調査と、教会への牽制だ」
「ふむ…ファムニール家は現王とは親しかったからな」
顎に手を当てて考える素振りを見せると、少ししてアンネリーが顔を上げた。
「やはり、偽らずこのままで行くのはどうだろうか?体が成長しない事を原因に、人里離れた村から追い出された。その後魔導の道に入る事を決め、私の所に弟子入りした。それだけなら珍しいだけで、特に騒ぐ事でもあるまい。ありもしない嘘をつくよりは、真実を混ぜた方が信ぴょう性も増すからな」
アーシェは目を白黒させた。本当に、それで自分の身の安全は保障出来るのだろうか?ひいては、アンネリー達に迷惑をかけずに済むのだろうか?
「…まぁ、確かにアンネリーが言う事には、一理あるがなぁ…」
「うーーん、これはこれで変な奴らに目を付けられないかとは思うけど、でもきっと、それはどんな理由をつけても一緒だし…」
「後はあれだ。小難しい理由をつけても、アーシェが嘘をつきとおせない」
「…え?!お、俺?!」
急に五人の視線を一気に集め、アーシェは狼狽えた。しかしジーク達はそんなアーシェを見て、一様に頷いた。
「そうね。嘘はダメだわ」
「多少不安ではありますが、無理は良くないですね」
「…そもそもこいつに嘘をつけって方が、どだい無理だ」
「な!ななななななっ!!」
アンネリー達の言われない評価に、アーシェは顔を赤くする。しかしそんな様子も、ジーク達の笑いを誘うだけだった。
「まぁそう怒るな。取りあえず、これは保険だ。そう吹聴する話でもない」
「うう~~~、釈然としないーーーっ」
未だ頬を膨らませているアーシェの頭を撫でると、ジークはアンネリーに向き合った。
「よし。この件はこれでまとまったな。それで本題なんだが、これからどうしたい?雇い主はあんただ。基本的には、そちらの指示に従う」
護衛をする以上、ジーク達としてはアンネリーの優先順位を確認しておきたいところだ。探索をメインにするのか、研究になるのか。それによって、パーティの編成も変わる。
「いちいち街と迷宮を行き来するのも面倒だ。可能な限りここに居て、街に戻るのは必要最低限にしたい」
「分かった。ここをベースキャンプにする許可は、ギルド長と取り付けてある。好きに使っていいそうだ」
ジークが頷くと、アンネリーがポケットから紙を引っ張り出してきた。
「アーシェ、店から必要なもののリストはこれだ。幾つか持ってきてくれたものもあるようだから、照らし合わせて足りないものを運び込んでくれ」
「分かりました!」
「デューク、昨日話した物を揃えてくれ。恐らくギルドは大々的にここの発表を行うだろう。そうすれば自ずと騒がしくもなる。そうなる前に、必要最低限の生活用品は揃えたい」
「分かった」
「アンネリーさん、お店はどうしますか?」
リーザが横からちょこんと手を挙げた。本格的にアンネリーが迷宮に滞在するとなると、店の処遇も決めなくてはいけない。
「当面は休業扱いにするつもりだ。どうしても用のある人は、冒険者ギルドを通すようにしてくれ」
「部屋は引き払わなくていいのですか?」
「ああ、そのままにしてくれ。お前たちも、休む時は使ってくれていい」
「お!助かるぜ。それなら俺達は宿屋を引き払える」
アンネリーの魔道具屋を使わせてもらえるのなら、願ったりかなったりだ。アンネリーとしても、空き家にしておくよりかは良い。双方にとって、悪い話では無かった。
「後はアーシェ。ここからが本題なんだが…。当分お前には街やギルドとのパイプ役を頼みたい。ある程度の裁量権はお前に委ねるから、お前の判断で動いてくれていい」
「え…し、師匠、でも…」
思わぬ話にアーシェは狼狽えた。面倒なことを全て押し付けられるのは何時もの事だが、流石にこれは度が過ぎる。
だが流石にアンネリーもそのことは承知していた。シリウスとリーザに振り向くと、アーシェの後見を頼めないかと聞いた。
「後見…ですか?」
「何もそんなかしこまった物でなくていい。ただ、二人は冒険者が長いから向こうの事情にも通じているだろう。適宜助言をしてくれれば、助かる」
「成程!そういう事なら私は構わないわ。シリウスはどう?」
「私は…アーシェが問題ないなら、良いでしょう」
これがアンネリーなりの気遣いなのだと言う事は、すぐにわかった。アーシェは真っすぐシリウスを見上げると、こくりと頷いた。
「――うん、勿論。よろしくお願いします」
アーシェが頭を下げると、場の空気が少し軽くなったような気がした。
正直、シリウスが怖くないと言ったら嘘になる。直接的な攻撃術式では無いものの、束縛の術式はアーシェにとってはトラウマだ。そうでなくとも、人を害する魔術を向けられて心穏やかで居られるはずがない。しかし、アンネリーの元、ジーク達とこれからここでやっていく以上、これは避けては通れない道だ。アーシェは決意を新たに、再度こくりと頷いた。




