そして長い一日の終わりに
未成年(?)の飲酒シーンが出てきます。
設定の都合上、この世界(時代)では未成年の飲酒は特に咎められないと言う風にしていますが、
現代日本ではもちろんダメですからね。
太陽がとうに地平線の彼方へと沈み、月にその役割を受け渡してから大分時間が経つ。暗闇の中、シリウスは風に吹かれながら街の明かりを眺めていた。しかし明かりと言っても街の北側には大したものは無い。始源の祭壇の明かりがうっすらと丘の頂上に見えるものの、それ以外はほぼ完全な闇だった。
「――シリウス!ここに居たのね!」
唐突に降ってきた声は、シリウスにも耳馴染のあるものだった。振り返らずとも分かる。だから声だけ返した。
「リーザ。やはりあなたでしたか」
先程までの強い口調はなりを潜め、いつもの静かな声だった。しかし聞くものが聞けば、不気味な程凪いでいる事が分かる。しかしリーザは努めて明るい声で話しかけた。
「宿に荷物があったから、安心したわ。きっとここに居るんじゃないかと思ってきてみたんだけど、当たりね。精霊達との契約の時、ついてきておいて正解だったわ」
魔法が使えないリーザは、目くらましの術を解けない。その為人目を避けて、城壁の上を伝って来たのだろう。優秀なスカウトならではの技だった。
シリウスに寄り添うように立つと、リーザも無言で風に当たった。穏やかな夜だ。さわさわと揺れる梢の音を、穏やかな月明かりが時折照らしていた。
「私が、狭量なのでしょうか…」
ぽつり、とシリウスが口を開いた。
「ジークの言わんとしている事も分かります。ですが、あまりにも危険な賭けをしているとしか、思えません」
真っ直ぐに前を見つめる瞳は、漆黒の闇しか映していなかった。リーザはゆっくりと右手を彼の頬へと伸ばし、その瞳に向き合った。
「シリウス、貴方は何も間違っては居ないわ。でも同じくらい、ジークも正しいの。貴方が私たちの為に、危険を遠ざけようとしてくれているのは分かる。でもジークはあの子を信じて、受け入れると決めた。だからこれは、信念のぶつかり合い。正しい、間違っているの話では無いのよ」
悲しそうに眉根を降ろしながら、リーザはそっと目を伏せた。
「確かに、アーシェちゃんは普通じゃないわ。それにあの子自身、まだ分からない事も多いのだと思う。自分が得体の知れないって事は、あの子が一番分かっているわ」
リーザにとっても、アーシェの話は俄かには信じがたい物だった。だが、逆に妙に納得してしまった自分が居るのも、また事実だった。どこにでもいる子どもの様に振る舞っては居るが、その割に良く気の付く子どもだと、リーザは思っていた。それは恐らく、常に大人の顔色をうかがい、周囲に耳をそばだて、弱い自分を守る為の事だったのではないかと、今は思う。
十四年と言う月日は、決して短くはない。それがしかも、多感な幼少期だとすれば尚更だ。考える事を放棄し全てを諦めるか、或いは世界を呪う方がずっと楽だっただろう。しかしリーザの目には、アーシェからそう言った負の感情は感じられなかった。居るのは明るく、好奇心旺盛で、ちょっと危なっかしい所のある、一人の子ども。それは何よりも、彼女の芯の強さを表していると思う。
見上げればシリウスは依然険しい顔をして彼方を睨んでいる。この実直すぎる青年には、アーシェと言う異分子を測る尺度が無い。故に得体の知れない者を遠ざけようとするのは、人の本能として当然だ。ましてや『仕事』に関わるのであれば、自身の生命を脅かす事になり兼ねない。リーザには、シリウスの疑念も痛い程よく分かった。
だからこそ、リーザはふわりと笑った。
「だから信じてみない?残念ながら根拠のある話では無いわ。でも私は、その価値があるとおもうの」
「また非論理的な…そんなものに、貴方は自分の命を託すのですか?」
柳眉をしかめるシリウスの言い分は最もだ。しかしリーザも諦めはしなかった。
「シリウス、貴方が言っているのは、危険かもしれない、と言う疑念だけよ。それこそそんなものは魔物でも人でも一緒だわ。それに考えても見て。貴方、一人で迷宮に潜るつもり?」
「…痛い所をついてきますね。そして次は、迷宮の秘密に触れたくないのか、ですか?」
悪戯っぽくリーザは笑うとシリウスを見上げた。
アンネリーの護衛となると言う事は、いち早く宮殿区画の、ひいてはナルバの迷宮の秘密に迫れると言う事だ。それは魔術師と言う知識欲の固まりからすれば、願ってもいない好機。しかし、ここでソロに戻るようなことがあれば、シリウスは秘密の一端に触れるどころか、ナルバの迷宮に潜る事すら危うくなる。
リーザは問いかけているのだ。シリウスにとって、迷宮の秘密は命を賭ける程の物では無いのか、と――。
シリウスは深々とため息をついた。彼としても、それは分かっていた。今更、他のパーティに移ったとしても、迷宮の秘密からは遠ざかる。優秀な魔術師の性として、それは耐えられるものでは無かった。
「それにしても分からない…。何故、こうも貴女もジークも、彼女を擁護するのですか?」
「ジークの心は彼にしかわからないわ。でも私に関してははっきりと言える。あの子が一生懸命、前を向いて生きようとしているからよ」
リーザはシリウスを真っ直ぐに見上げた。自分の心が、シリウスに伝わる様に。そして幾許かの時間が流れ、ふぅ、と小さなため息が降ってきた。
「――いいでしょう、厄介ごとには既に巻き込まれています。それに見張るなら近くに居た方が良い。毒を食らわば皿まで、と言う事ですね」
「シリウス!」
「ですが、あくまでも帯同を認めると言うだけで、私の中で依然疑いは残っています。少しでもおかしな動きをするようであれば、私はそれ相応の対処を行います」
毅然とした物言いではあったが、これがシリウスの許せるギリギリなのだろう。それでも彼が譲歩してくれたことが嬉しくて、リーザはシリウスの懐に飛び込んだ。
「ありがとう、シリウス!」
リーザは嬉しそうに微笑むと、ゆっくりと彼の唇に口づけた。
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目を開けると、見慣れた天井が薄明かりの中浮かび上がってきた。ぼうっとする頭を振り目をこすると、ぱさり、と敷布がベッドから滑り落ちた。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
(…あれ?俺、いつの間に部屋に…?)
アーシェは再度目をごしごしと擦ると、住み慣れた部屋を出て階下へと降りた。
「――ああ、起きたか。悪いが勝手に食糧庫、漁らせてもらったぜ」
アーシェの足音を聞きつけたジークが、顔を上げた。店のカウンターで寛いだ風の彼は、小さな明かりを灯しながらブドウ酒を呑んでいる。アーシェは構わないと頭を振ると、部屋の中を見渡した。
「…リーザは?」
ブドウ酒のコップは一つしかない。店内にはリーザの気配も無く、アーシェは首を傾げた。
「ああ、リーザはシリウスを探しに行った。そろそろ頭も冷める頃だろう、ってさ」
シリウスと聞いて、アーシェの心に痛みが走った。自分の身勝手さが、ジーク達全員を傷つけている。もしも本当にこれでシリウスが抜ける様な事になれば、その原因はアーシェだ。罪悪感にさいなまれていると、ジークがいつもの明るい調子で気にするな、と声をかけた。
「お前が気に病むことはない。どうするかはあいつの判断だ」
そう言ってガタガタともう一脚椅子を持ってくると、カウンターを挟んでアーシェに座るよう促した。
「でも、シリウスは有能な魔術師で、パーティを組んで長いんだろう?魔術師の居ないパーティは、迷宮では苦戦するって聞いたけど…」
こぽこぽと注がれるブドウ酒。覗き込めば不安そうな瞳の自分が揺らめいていた。戦力の低下は即、死に繋がるのがナルバの迷宮だ。居たたまれなさにアーシェはため息を抑えられなかった。
「そう落ち込んだ顔するな。部屋にもあいつの荷物はまだあったようだし、あいつの事はリーザに任せておけば大丈夫だ」
そう言いながらブドウ酒を煽ると、更にもう一杯注ぎ足した。
「――ジークは落ち着いているね。不安…じゃないの?」
思わず漏れた言葉に、ジークが一瞬目を丸くする。しかしすぐに表情を緩めると、困った様に笑った。
「そりゃあ不安じゃないっつったら嘘になるさ。シリウスの腕は、中級と言っても上位に位置する物だし、しかも戦闘慣れしている。多少堅苦しい所はあるが、それも本人の性格と言っちまえば割り切れるもんだ。人間的にもやりやすい奴だったから、抜けられると辛い、ってのは俺の心からの本心だよ」
ごくり、とブドウ酒を一口飲むと、ジークは更に続けた。
「だがなぁ…。人ってやつはいつか居なくなる。ずっと同じでいたいってのは、虫のいい話なんだよ。もしあいつが出ていくって言うのなら、俺達にそれを止める権利は無い。そういうもんさ」
「…何だか達観しているね」
「おうよ。伊達に傭兵稼業長くねぇんだ。死ななくったって人は居なくなる。変わらず同じ何てこと、有り得ねぇんだよ」
そう言ってジークは、固くなったチーズを齧った。
アーシェは頭の中で、今ジークが言ったことを反芻した。六年間変わらぬ姿だった自分でも、変わった事は何かあるのだろうか。覗き込むブドウ酒は、何も答えてはくれない。もう一度小さくため息をつくと、一口だけブドウ酒をすすった。
まさかサブカップルの方が先に出て来るとは…。少々びっくり。
さて、別枠になりますが中編を書きます。同じ世界の、ちょっと昔の話です。
もちろんそちらを読まなくても話は繋がりますが、読んでいただけると風羽が喜びますv




