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アーシェの物語2

「俺の故郷は大森林の奥深く…。迷いの森と言われる先にある、隠れ里なんだ。小さな集落だけど、結構裕福な暮らしをしてたと、今にしては思う」

「迷いの森の隠れ里で、裕福…?」


意味が分からずジークが首を傾げていると、アーシェがこくりと頷いた。


「森の中でも食うに困る事は無かった。――魔法使いの村だったんだよ、そこ」

「………お、おい、それってまさか……っ!!」


アーシェが困った様に笑い、ジークを振り仰いだ。


「そう…。今じゃ伝説の、精霊使いの隠れ里。…俺はその一人だよ」


ジークの目が驚きに大きく見開かれた。


卓越した魔導技術を持った、精霊使いと呼ばれた者たちがいた。彼らは一様に魔導に対する素養が高く、常人には捉えられない魔力の流れを読んだと言う。またその多くが精霊と契約を交わし大きな力を振るっていた為、彼らは『精霊使い』と呼ばれ崇められていた。しかしそんな彼らが歴史の表舞台に名を連ねていたのは何百年も昔の話だ。ある日を境に、精霊使い達はその姿を消した。以後一切消息が絶たれた彼らは、既におとぎ話の中の存在と言っても過言では無い。


「…と言っても、俺自身は魔素は見えても魔法は全然使えない。村の皆は息をするように魔法を使っていた。俺は、できそこない、なんだ…」


自嘲気味に嗤いながら、その表情には諦めの境地が色濃く表れていた。アーシェはがむしゃらに足掻いた子どもの頃を思い出しながら、茫洋と暗い森を見つめた。


「沢山勉強した。村にある古文書も漁った。それでも何度挑戦しても、魔力が練れなくて術式にすらならない。どんなに優秀な先生に師事しても、結局初級魔法すらできなかった。全てが魔法で賄われているあの村で魔法が使えないって事は、いつまでも経っても赤ん坊と一緒って事なんだ…」


無力感に打ちひしがれた幼いころの自分が目に浮かぶ。大人達からは奇異の目で見られ、同年代の子ども達からは苛められ。幼い頃のアーシェはいつも一人ぼっちだった。それでも、いつか魔法が使える様にと精一杯頑張り続け、ひたすら魔導の勉強に励んだ。


「でも、それも十歳まで…。思えば、魔法が使えないくらい大した事じゃ無かったんだ。村では外との交流が一切無いわけでは無い。父様と母様は魔法が使えない俺が村に居ては生きずらいだろうって、外の世界で生きていける様に、ずっと昔から色々働きかけてくれてたんだ」


父と母だけは、アーシェが魔法を使えなくとも変わらず愛情を注いでくれた。あの二人の支えが無ければ、幼いアーシェの心など、とっくに折れていただろう。父はよくアーシェを、外の世界へと連れ出していた。それは、自分たちが死んだ後の事も考えて、アーシェを外の世界に慣らさせるための事だったのだと、外界にでてやっとわかった。


「俺が十歳を過ぎたころかな。体の成長が止まり始めたんだ。最初は誰も気が付かなかったけど、段々に同年代の子達と差が大きくなって…。十二歳になる頃には完全に止まった。…俺の体は、六年間ずっと十二歳のままなんだ…」

「ろ、ろく…?!」

「そう。だから俺、こう見えても十八。確かジークの一つ下だよ」


流石のジークもぽかんと口を開け、驚愕に目を見開いた。予想通りの反応にアーシェは弱弱しく苦笑すると、また視線を城壁の外へと外し、小さくため息をついた。


「流石に、二年も体が成長しないって言うのは、ごまかせる物じゃない。ただでさえ子どもの成長は早いんだ。いつまで経っても変わらない姿の俺に、村の人たちが不信感を持ち始めたのもその頃だった」


そう語るアーシェの口調は、重く昏かった。


「今までは疎外感はあっても、親身になってくれる人たちも中には居た。村には少数だけど外の世界からやってきた人も居たし、表だって迫害されるような事は無かったんだ。でも、俺の体が成長しなくなって…。それで、誰かが言い始めたんだ。――魔物じゃないかって」


ジークははっと息を呑むと、苦々しく舌打ちをした。ジークも幼少の頃から傭兵団の一員として、各地を転々としてきた。そして人の心が簡単に負に傾く姿も、幾度となく目にしている。こういった負の感情は電波が早い。アーシェが村の中で一気に孤立を深めていったのが、手に取る様に分かった。


「俺は、段々家から外に出れなくなった。父様と母様も困っていた。流石に体が成長しないとなると、外界でも生きては行けない。そうやって隠れる様に暮らして居たある夜、たまたま耳にしちゃったんだ…」


日中は人目を避けて生活をしている分、アーシェはよく、夜になるとこっそり抜け出して森の奥へと遊びに行っていた。夜の森は精霊使いと言えども危険な場所だ。草木も眠る宵闇の時は、精霊達の力も弱まると言う。しかし何故かアーシェは夜の方が魔素の流れも見やすく、夜更かしな精霊達と森の奥でこっそり遊んだ。精霊達が周りに居るため、魔物や獣に襲われる心配も無い。彼らはアーシェのよき遊び相手となり、つかの間の安らぎを与えてくれた。


「村の大人たちが俺を殺そうとしている――。魔物の子は魔へと返し、村に平穏をもたらすべきだ――って」


アーシェの周りでは一番力のある風の精霊が、それをアーシェに伝えてくれた。アーシェと共に一番よく遊んだ彼女は、最近村の青年と契約したばかり。これ以上話せば、彼を裏切る事となると、泣きながらアーシェに伝えてくれた。


「急いで家に戻った所、村の大人たちに捕えられた。本当はすぐにでも殺される所だったんだけど、さっきみたいに精霊達が助けてくれたんだ。精霊使いにとって、精霊の願いは絶対。結局俺は追放処分と言う事で命だけは助かったんだ」


今でもあの日の夜の事は忘れられない。母の泣き叫ぶ声と村の大人たちの怨嗟の声。引きずり倒された地面の匂いすら、鮮明に思い出せる。本来だったら殺されるはずだったあの夜に、アーシェは辛くも命拾いした。しかし、自分は村には帰れない。それこそ、自分が魔物では無いと言う証拠が無い限り、村には戻れなかった。


「それからは、前に話した通りだよ。街を転々としながら何とか食いつないで、魔道具に出会ったんだ。それから色々あったけど師匠の所に落ち着いた。師匠には本当に感謝してる。こんな得体の知れない俺を、引き取ってくれた」


どれだけ魔導の知識を持っていたとしても、魔術として扱えなければ意味が無い。魔道具師であれば半端者である自分でも、生きていく糧になると思った。しかしそんなアーシェに門戸を開いてくれたのは、アンネリーただ一人であった。


「アンネリーは、知ってるのか…?」


ふるふると弱弱しく頭を振ると、アーシェはぽつりと答えた。


「――薄々感づいては居るみたいだけど、面と向かって聞かれた事は無いんだ。そうしている内に、話す勇気が持てなくて…」


それは常に小さなしこりとして、アーシェの胸の内にわだかまっていた。アンネリーを騙していると言う思いと、拒絶された時の恐怖。言い出しあぐねている内に、随分と月日が流れてしまった。


城壁の外へと視線を転ずれば、刻一刻とその景色が変わっていく。宵闇の帳が迫る最後の、最も儚い時間だった。


「――アーシェ。お前はこれからどうしたい?」


ゆっくりと見上げれば、夕日を浴びて赤く染まったジークがアーシェを見つめていた。

ジークの真剣な面持ちに少し驚くと、アーシェはのろのろと視線を大森林へと戻し、そして俯いた。


「――正直、分からない」


ぽつり、と零れた言葉は、重さを孕んでそこに転がるかのようだった。


「魔道具師になったのは、本当に成り行きだった。魔導の事しか知らない俺が、唯一生き延びられる可能性。ただ、魔道具師になれたところで里に帰れる訳じゃない。でも魔道具の仕組みを勉強していると、すごくワクワクしてきたんだ。こんな半端者の俺でも、魔術を使える。――だから現実から目を背けたんだ。俺は一つ所に長く居れないのに…」


握りしめた拳は、ナルバに来たころから少しも変わっていない。それが異常な事だと言う事は、アーシェ自身が最も良く理解していた。


「もうナルバには二年近く居る。これ以上ここに居るのは、どちらにせよ無理な話…。遅かれ早かれ、誰かが不審がる。シリウスに気が付かれたのは、丁度良かったかもしれない。潮時、って事かな…」


束縛の術式を向けられたのは、これで二度目だ。ただ今回は、すぐに殺されるような状況では無かった。そう考えると少しはましな状況だったのかもしれない。そんな事に思い至ると、アーシェは思わず泣き笑いの表情を浮かべた。


「…アーシェ。俺は世界なんてもんは不平等の塊だと思っている」


唐突に振ってきた声は、しっかりと芯が通って思いがけず力強かった。


「金のあるやつ、無いやつ、運がいいやつ、悪いやつ。親が戦争で死んで孤児になるやつもいれば、奴隷となって一生こき使われるやつもいる。そいつらには何一つ落ち度はないかもしれない。でも現実ってのはそんなもんだ」


険しく細められた視線は、真っ直ぐに地平の彼方を睨んでいた。城壁を超え、大森林すらも超えた先を見据えるジークの強い想いに、アーシェは思わず耳を傾けた。


「でもな、『何をしてきたか』、『何を勝ち得たか』って事だけは別なんだ。お前の魔道具の知識や勉強してきたものは、全部お前のもんだ。それはお前自身が勝ち得たものなんだ」


ジークは幼少の頃から戦地を転々としながら、傭兵団の一員として育ってきた。沢山の不条理を見てきたからこそ、ジークの言葉には重みがあった。

「だから俺は、この不平等の世界で生きるっていう事は、どれだけ自分を示せるかって事だと思っている。何をなして、何を勝ち得たか。知識にしろ技能にしろ、仲間にしろ…。諦めたらそれで終わりなんだ。俺はこの世界に負けるつもりは無い」


真っ直ぐに前を見つめるその瞳には、決して折れない不屈の精神が宿っていた。決して負けないと言う強い意思が、ゆっくりとアーシェの心に染み渡る。ぬるま湯の様な心地よさで広がった強い想いが、段々と熱を持ち、アーシェの体を駆け巡った。


「アーシェ、もう一度聞く。お前は本当はどうしたいんだ?」


向けられた視線に、アーシェは釘付けになった。


「お前の魔道具師になりたいって言う気持ちは、その程度だったのか?アンネリーに報いたいって言ってたのは、嘘だったのか?」

「ち、違う…っ!!」


絞り出された声は擦り切れ、そしてか細かった。しかしそこにはアーシェの心の内でせめぎ合う、希望と絶望。正に、彼女の本心があった。


「でも、じゃあ一体どうしろって言うんだ?!俺が普通じゃないのは、俺が一番わかっている!でも、でも…っどうしようも無いんだよ!…どうしろって言うんだよ…!!」


アーシェの絶望は深くて暗い。暗闇に一人取り残された恐怖を絞り出すと、しかし闇を切り裂くかのような強い切っ先が、向けられた。


「戦え」


それは目もくらむまばゆさを持って、酷薄にもアーシェをえぐった。


「今のお前は、昔のお前じゃない。村を追い出されてもなお生き抜いて、魔道具の知識も人一倍ある。もうお前は、逃げるしかできないガキじゃないんだ。それに、今は俺達も居る。諦めるのはいつだって出来る。戦って、お前の居場所を勝ち得ろ。お前の強さは、お前だけのもんだ」


最後の夕日を浴びながら、ジークの眼差しはどこまでも強くアーシェを射抜いていた。呆然とする頭の片隅で、宵の鐘が鳴るのを遠くで感じた。



夕暮れ時にアーシェとジークが話すこのシーンは、実は鏡面世界のイメージと共に、プロットの初期からあったシーンです。あの頃は、まさかここまで来るまでにこんなに時間がかかるとは思わなかった…。

物語もこれでやっと折り返し地点。完結できるように頑張ります!


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