違和感
一先ずアーシェ達は先にアンネリーの魔道具屋へと向かう事にした。まだ契約は正式には成立していないが、アンネリーが恐らく否やをいう事は無いだろう。であれば、研究に必要な物品を携えて行った方が理にかなう。始源の祭壇も当分は騒がしい事も鑑みると、妥当な判断だった。
「アーシェちゃん、浮かない顔ね?」
「えっ?!い、いや、そんな事無いけど…」
急にリーザに話しかけられて、アーシェは狼狽えた。確かに、心ここにあらずであったのは事実だ。アーシェの頭の中では、先ほどのヴィルとの会話が渦巻いていた。
「何だ?ギルド長に言われた事気にしてんのか?」
「…うん、ちょっと…」
「心配すんなって!俺達がしっかり、二人を守る。お前らは研究に専念すればいい」
ガシガシと乱暴に頭を撫でるジークに、しかしアーシェは俯いてばかりだった。
思考に立ち込める靄は、不穏な色を纏ってアーシェの脳裏を覆っていた。見習い魔道具師でしかないアーシェにとって、護衛つきでナルバの迷宮に潜れるなど、千載一遇のチャンスだ。しかしそれに伴うリスクは大きく、アーシェ自身が想像していた以上の物だった。中途半端な思いで迷宮に潜れば、早晩アンネリーの足を引っ張りジーク達の迷惑にもなり兼ねない。
(何より、俺はいつまで師匠の元に居られるんだろう…)
まとまらない思いを胸に抱いている内に、一行は魔道具屋の前まで辿り着いてしまった。ぎぃ、といつもの立てつけの悪い扉を開けると、慣れ親しんだ少し淀んだカビ臭さが鼻につく。
「アーシェ、取りあえず何を持っていけば良い?」
「えっと…」
ジークの声ではたと現実に引き戻されると、アーシェは思わず唸ってしまった。接客する表側はいざ知らず、奥の工房など乱雑の極みでとても人に任せられるものでは無い。荷物を運び出すのは良いものの、どうしたものかと途方に暮れていると、シリウスが助け船を出してくれた。
「アーシェ。取りあえず片づけられるもの片付けましょう。今回持っていかなかったとしても、いずれ持ち出す必要がある。私は魔術書と魔道具であれば、扱う事は可能です」
「そうね、それなら私は生活道具を受け持つわ。流石にこれは男共には任せられないし」
「じゃあ俺は取りあえず買い出しでも行ってくるか。当分向こうから出てこないなら、保存食も必要だろう」
「え!あ、うん。ありがとう。う、あれ、じゃあ俺は…」
テンポよく決めていくプロの冒険者達に、アーシェはおろおろと狼狽えた。しかし即行動の冒険者達は待ってはくれない。
「まずは私に部屋の中でまとめるべきものの場所を教えて。触られたくない物もあるでしょうからその辺も一緒に」
「その後は必要な研究道具の指示を。それまでは魔導書でもまとめています」
「後アーシェ、当分ここには帰らないかもしれないから、金目の物とか帳簿とかは全部持ってった方が良いぞ。ある意味迷宮の中が一番安全だ」
「え…あ…あぁ、うん、そうだよな…?」
「取りあえず台所見させてもらって、その後俺は買い出しに行ってくる。まぁ小一時間でまとめられるものだけまとめて、それで出発ってのでいいな?」
「「了解」」
言うが早いや、ジークとシリウスは部屋の奥へと消えてしまった。アーシェが唖然としていると、リーザがにこやかに手を取る。
「さぁアーシェちゃん。呆けてる時間は無いわよ?」
怒涛の荷造りが始まった。
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「アーシェちゃん~、衣類はあらかたまとめたわよ~」
「ありがとうリーザ!」
大きな旅行用トランクを抱えながら、二階からリーザが降りてきた。
「アンネリーさんもアーシェちゃんも、荷物が片付いていたからまとめるのが簡単だったわ」
そっちはどう?とトランクを置きながら聞いてくるリーザ。アーシェはカウンターの上を書類や魔道具で一杯にしながら、一生懸命トランクに詰めている所だった。
「貴重品と魔道具は、今アーシェがまとめてくれています。後書籍も一通り選別は終わりました。…アーシェ。アンネリー殿は随分と変わった蔵書をお持ちですね」
奥の工房から本の山を抱えながら、シリウスが表へと現れた。大風呂敷の上にそれらを置いていくと、一冊ずつ再度検分していく。その内の一冊を手に取りまじまじと見つめた。
「魔導書が比較的少ない割に、この様な伝記や民俗学の本が多い…。趣味が多様と言うべきか、雑多と言うか…」
一般的に魔導に携わる者には研究肌の物が多く、著名な書籍を保持するだけで一目置かれることも少なくない。その為、どれだけ立派な魔導の蔵書を誇っているかを競う者も多い中、アンネリーの書棚は随分と風変りであった。
「ああ、それは俺も聞いたことがある。何でも、魔導書の類は若いころ読みつくしちゃって、頭に入っているからいらないんだって。ここにあるのは、俺の為に買ってくれたやつや、興味があって買った新版くらい」
「はぁ~~~、すごい自信ね、アンネリーさん」
「ではこれら歴史書の類は?」
手に持った書籍を持ち上げると、そこには『イルバール大陸史』とある。
「師匠、ナルバに来る前はタロンに居たらしいんだけど、そこで師事してた先生の教えなんだって。『魔導の秘跡は人の理の中に眠っている』。それが口癖だったみたい」
そうだ、とアーシェは呟くと、カウンターの奥から分厚い本を引っ張り出した。それをもってシリウスの元へと行くと、一緒に包むよう頼んだ。
「成程、アンネリー殿の独創性の源が少しわかったような気がします。それにしてもタロンですか…。懐かしい。私も一時期訪れたことがあります」
どこか懐かしそうに目を細めて、シリウスがつぶやいた。
「シリウスは本当、国中色々な所に行ってるわね~」
「そうですね、何だかんだで色々な所に行きました。タロンは多種多様な文化が入り乱れる街ですが、中心部の時計塔が印象的でした」
「…あれ?タロンの街の中心広場に、時計塔なんてあったっけ?あそこ、市場が立ち並ぶ広場じゃなかった?」
思わず首を傾げたのはアーシェだった。アーシェの記憶では、多様な民族が色取り取りの物品を売り買いする、賑やかな広場だった。子ども心にも胸が躍り、ワクワクした記憶がある。そこまで思い至るとアーシェははっとなった。
「あ、ちょっと待って!違うかも…!多分別の街とごっちゃになった!」
恥ずかしそうにはにかむと、アーシェはわたわたと手を振った。しかしシリウスはふと押し黙ると、ゆっくりと考えを巡らし、そしてひとりごちた。
「……そうですね、タロンの街の中心広場が、市場だったのは随分と昔…。それこそ今の王政前です。新王を祝して立てられた時計塔ですから、恐らく貴方が生まれて間もないか、下手すると生まれてないかも知れません」
ゆっくりと顔を上げたシリウスの胡乱な雰囲気に、アーシェは思わず狼狽えた。急に向けられたじっとりとした視線に戸惑っていると、一層シリウスの視線は鋭さを増した。
「アーシェ、貴方が見たと言う、色取り取りの市場とは、一体どこの事ですか?」
「え、えっと…」
「……シリウス?アーシェちゃん…?」
急に立ち込めた不穏な空気に、困惑顔でリーザが二人を見返した。しかしピリピリとした空気を纏うシリウスに、心なしかアーシェも顔色が悪いように見える。その気配に思わずアーシェが後ずさり、しかしシリウスは尚も続けた。
「アーシェ。教えてください。私は色々な所を見てきましたが、貴方の言っている市場をどこか知りません。それこそ、新王制樹立前のタロンの広場以外は。さぁアーシェ、貴方はいつの時代の話をしているのですか?」
「!!!」
びくりっと震えるアーシェは、傍目にも分かるほど顔面蒼白になっていた。かたかたと小刻みに震え、落ち着きなく視線を彷徨わせている。その只ならぬ様子にリーザが手を伸ばそうとすると、思いがけず大きな声で止められた。
「リーザ!その子から離れなさいっ!!」
「ちょ、ちょっとシリウス!一体どうしたって…!」
いつものシリウスには似つかわしくない誰何に驚き振り向くと、そこには温和な笑みを消し去った、険しい顔をしたシリウスがアーシェを睨み据えていた。
「――色々とおかしいとは思っていたのです。貴方の知識は、年相応とは言い難い。最初は魔力の流れが見えるからかとも思っていましたが、それでは説明のつかない『知りえない』事を多く知っている。気づいていましたか?貴方が私達の謝罪を迷宮で受け入れてくれた時、そしてシュゼット嬢への返礼。その双方共が今では殆どの者が忘れ去った、古典礼式。先ほどの怪我もそうです。人の体はそんな簡単なものでは無い。高濃度の魔素に晒されたからと言って、そう都合よく怪我が治ったりする訳ありません。それこそ、悠久の時を生きる魔物でもなければ」
びくり、と目に見えてアーシェがすくみ上った。
「シ、シリウス?!何を言っているの?!」
「ち、違う…!俺は…俺は…!」
『我願うは堅牢なる檻っ!!』
「う、うわっ!」
その瞬間、アーシェの足元に青白い光が現れた。それは肉眼でも視認できる程の高濃度の魔力で練られた、束縛の術式だった。
「一歩でも動けば今すぐこの魔法を発動します。さぁ答えなさい。貴方は、一体、何なのですか?」
「シリウス!!」
悲鳴めいたリーザの叫びも、アーシェの耳には届かなかった。足元に広がる自分に向けられた束縛の術式。頭の中に響き渡るシリウスの問い。それは何度となく過去アーシェに浴びせられた言葉だった。
『こいつは一体――』
『気味が悪い』
『一族の面汚しが――』
『――まさか』
『もしかしたら――』
『――もしかしたら』
「――違うっ!俺は化け物なんかじゃないっ!!」
「!!」
「きゃあっ!」
ごぅっと風が辺りに満ちると、一気に術式が消し飛び宙へと消えた。その瞬間アーシェは後ろへと駆けだすと、開け放たれた扉から外へと逃げ出した。
「ま、待って、アーシェちゃんっ!」
「…っち、やられました。まさか魔石の精霊達が彼女に味方するとは…!」
「シリウス?!あなた何て事を言うの?!」
立ち上がったシリウスは自身の魔術を返されて、魔術師のローブがずたずたに切り裂かれていた。しかしそんな惨状にも目もくれず、リーザは猛然と掴みかかった。
「あんな子どもを魔物呼ばわりだなんて…!一体何を考えているの?!」
「落ち着きなさいリーザ!あれは危険です!得体が知れない!」
「お、おい!今アーシェが物凄い勢いで飛び出して来たぞ…?!」
「ジーク!!」
室内の惨状にジークは目を剥いた。台風でも過ぎたかのような有様に、同じくズタボロなシリウスに掴みかかるリーザ。ただ事では無いとは分かりつつも、状況が分からず目を白黒させていると、リーザが今にも泣きそうな顔でジークを振り返った。
「ジーク…!シリウスが急に、アーシェちゃんの事を魔物だって…!」
「何だって?!」
「ジーク、彼女は怪しすぎる!あの見た目に騙されてはいけません、彼女は知りえない物を多く知り過ぎている!!」
「そんなシリウス、乱暴だわ!」
「いいですか、彼女が魔物であるならば、そんなものがアンネリー殿の近くに居るのは危険です。私たちの主たる護衛対象はアンネリー殿。アーシェではないのですよ?!」
「だからって、あんなやり方…!!」
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、リーザは振り絞る様に叫んだ。事実、リーザ達の護衛対象の主は、アンネリーだ。もしもアーシェと二人、同時に危機にさらされたなら優先すべきはアンネリーとなる。だからこそ、アンネリーの周りにいる不安要素は排除すべしと言うシリウスの思惑も分かるのだが、リーザにはどうしても納得できる話では無かった。
追いかけようと掴みかかっていたローブを手放すと、しかしすかさずシリウスがリーザの腕を掴んだ。
「放して、シリウス!アーシェちゃんを追いかけなきゃ…!」
「ダメですリーザ、危険です!!」
腕を掴まれていれば得意の『俊足』も使えない。振りほどこうともがくリーザに、行かせまいとシリウスは更に力を込めた。
「…分かった、俺がアーシェを追いかける」
「ジーク!」
「二人はここに居ろ。後、確かにあいつは怪しい。だが心配するな、あいつは魔物なんかじゃない」
そう言い残し駆け出したジークの後を追う様に、シリウスの魔石から精霊が一人飛び出した。一陣の風になって飛んでいく精霊は、直ぐに姿をかき消してジークを追い雑踏の中へと消え去った。
「精霊が…。ジークを案内してくれるんだわ」
思いがけない精霊の出現に驚いていると、流石のシリウスも呆然となり懐の魔石を取り出した。魔石の一つの輝きが鈍くなっている。恐らく、この精霊が飛び出していったのだろう。
「まさか…精霊すらも得体の知れない彼女を守ると言うのか…?」
鈍く輝く魔石は、しかし何も語らない。
「シリウス、いい加減目を覚まして!精霊ですら彼女を愛している!彼女が魔物であるはず無いわ!」
「そんな…いやしかし、もしかしたら私が彼らと契約する前に、アーシェが何か精霊達と契約を結んでいたのかも…」
「シリウス!!」
リーザの左手が飛ぶのと、もう一つの魔石の精霊が飛び出し水魔法を放ったのは、ほぼ同時だった。




