変転する状況
「そっれしにても、デュークとお前のお師匠さんが顔なじみだったとはなー」
自堕落に椅子にもたれながら、ジークが天井を見上げながらつぶやいた。
ここはナルバの街の冒険者ギルドの一部屋。あの後無事ナルバへと帰還したアーシェ達は、我先にと集まる騎士団や野次馬達をガントス達に任せ、何とか冒険者ギルドまで帰り着いた。その後シュゼットは契約内容を詰めると言って奥へと消え、アーシェとエマはギルド専属の医師へと預けられる。二人とも問題ないとお墨付きをもらった所で、アーシェはエマと別れることになった。エマの家族が、診察が終わるのをずっと待っていたからだ。
再会を約束しながらジーク達の所に戻されたアーシェは、簡単な軽食を振る舞われこれ幸いとばかりに齧り付いた。やっと人心地ついたところで振り返ってみれば、今回の件では随分とアンネリーには不可思議な所が多かった。一介の魔道具師にしては過ぎた戦闘力、デュークとの関係。話に聞けば始源の『門』ですら、前代未聞の強行突破を試みたらしい。目立つことを極端に嫌うアンネリーからすれば、考えられない奇行だらけだった。
「うん、俺もびっくりした。迷宮で助けられた時の事は師匠にも全部話してあるんだけど、その時はそんなそぶり、少しも無かったのに…」
心なしか応えるアーシェの語気は弱い。アーシェとしては、どうして教えてくれなかったのか、と言う気持ちがどうしても拭えない。しかしアンネリーの過去に、アーシェが立ち入る義理は無いのも事実。言いようのない無言の隔たりを見せつけられたような気がして、アーシェは心がざわつくのを抑えられなかった。
「それにしてもジーク、貴方はアンネリー殿の事を知らなかったのですか?てっきりデュークとは、ずっと一緒に育った仲かと思っていましたけれど…」
不思議そうにシリウスが問うた。ジークとデュークは子どもの頃に傭兵団に拾われて、それからの付き合いだと聞いているからだ。
「ああ、デュークは俺が産れる前に、親父に拾われてたからな。だが王都の混迷がいよいよって時に、親父は団を幾つかに分けて有事に備えさせたことがある。その時俺はまだガキだったから、本体のデューク達とは別行動だった。アンネリーと会ったってのも、恐らくそん時だろう」
王都の動乱期と言えば、丁度十年程前の事だ。時期的に言ってもつじつまが合う。
「まぁ、十年も前と言ったらかなりの大昔。アンネリーさんだって話を聞いただけじゃ、すぐさま自分の知り合いだとは思わなかったと思うわ。デューク何て、良くある名前だし」
にこり、と笑いながらリーザが小首を傾けた。気を紛らわそうとしてくれる気遣いに感謝しつつ、弱弱しくアーシェは笑みを返す。しかし漏れる溜息は抑えられなかった。
「――皆様、お待たせいたしました」
控えめなノック音と共に入ってきたのは、シュゼットだった。相変わらずの魔術師の杖とローブと言う出で立ちだが、しかし今度は頑健な体をした壮年の男性を従えてきた。
「――ギルド長!」
シュゼットの後ろからのっしりと姿を現したギルド長は、シュゼットが小柄な事もあり益々その巨体を際立たせている。その体躯の為近寄りがたい雰囲気を醸し出してはいるものの、その目に宿る少年の様な好奇心が、不思議と柔和な印象をアーシェは与えた。
「君が、アンネリー殿の一番弟子か」
目が合うとにかっと笑い、低く響く声は思いの外しっとりと耳に馴染んだ。
「は、はい!アーシェと言います!」
反射で思わず応えると、ギルド長は笑みを崩さず労った。
「今回はとんだ災難だったが、無事で本当に良かった。先程、エマはヒッグス――彼女のご両親達と帰ったよ。――二人とも、本当に無事で良かった」
その声と眼差しに、本心からアーシェ達の身を案じてくれたことを感じ、アーシェは心がじんわりと暖かくなった。
「随分と手間取ってしまい申し訳ありませんでした。何とかアンネリー殿とアーシェさんの待遇が、決まりました」
緩く笑うシュゼットの表情から、どうやら本当に困窮した風が伺える。懐から紙筒を取り出すと、シュゼットはそっとそれをアーシェに渡した。
「ギルドが提示できる契約の詳細は、こちらに記されています。これをアンネリー殿に届けていただき、署名を戴けて初めて契約成立となります」
「あの…その詳細って言うのは…」
「ご安心ください。大凡、アンネリー殿のご希望に添えたかと思います」
「じゃあ…!!」
「はい。アーシェさん。貴方の迷宮内での安全も、最大限尽くさせていただきます」
それはつまり、アーシェがアンネリーと共に自由にナルバと迷宮を行き来出来ると言う事だった。少なくとも、これでアーシェはアンネリーから離れなくて済むことになる。その資格が自分にあるのかと言う点に置いて一抹の不安はあるものの、湧き上がる喜びは抑えきれなかった。
「またこれはジークさん達へのお願いになるのですが――」
「ああ、アンネリー殿が先行しちまったんで、護衛の冒険者の手配が出来ていない。そこをお前らに頼みたいんだ」
シュゼットを引き継ぎヴィルがジーク達に向き合った。当のジーク達も大凡察してはいたのかさして驚いた風では無い。特に異論は無さそうだとみると、ヴィルは依頼内容を続けた。
「依頼内容は、アンネリー殿及び付き人のアーシェ君の護衛任務だ。可能であれば迷宮内での二人の調査にも同行してもらいたい。もちろん、命の保証が出来かねる要請であれば、それを止めるのもお前たちの仕事だ。要はギルドとして大事な研究要員の、警護全般を引き受けてもらいたい」
「成程。…因みに護衛期間と場所の指定は?」
険しい顔をしてジークが問い返した。シリウスとリーザも、真剣な面持ちで耳を傾けている。ヴィルも厳つい顔を更に顰めると、重々しく口を開いた。
「期間と場所の指定は無しだ。契約は、双方合意の上か護衛対象が死亡した場合にのみ満了となる。――これは、アンネリー殿とアーシェ君にも理解してもらいたいことだが、迷宮に潜る専属の研究者と言う事は、今まで無かった脅威にさらされることになる。もちろんギルドとして最善は尽くさせてもらうが、そう言った危険も含まれた契約だ。その事は肝に銘じてもらいたい」
「危険…ですか?」
アーシェとしてはあまり実感の湧かない話だ。『今まで無かった脅威』とは、一体何の事を指しているのだろうか?
「まぁ平たく言えば、迷宮に潜りたくても潜れない研究者、俺達の事を快く思わない教会関係者、迷宮の旨みだけ奪おうとする権力者…。言い出したらキリがねぇが、まぁ要するに街中での脅威って事だ」
「えええ?!」
「正直に言いますと敵が明確である迷宮内の方が、護衛自体は楽でしょうね」
「そうよ~。だからアーシェちゃん、基本的には私達から離れないでね?」
驚くアーシェにジーク達が畳み掛ける様に声をかける。ヴィルとシュゼットの表情を伺うに、二人も同意見の様だ。
「今回の件で、教会との亀裂はまた一歩大きくなる。迷宮の利用価値も高まったし、今後は色々な妨害が予想されるだろう。――アーシェ君。今ならまだ引き返せる。もしもアンネリー殿の元を離れると言うのなら、ギルドとしてその後の身の振りは保障しよう。君はその事も考えたうえで、今回の件は決めてほしい」
心の中を見透かす様な鋭い視線に、アーシェは瞬間身がすくんだ。ぐるぐると心渦巻くのは自分にはやり遂げられるのかと言う疑問と、本当に自分で良いのかと言う不安。そして脳裏に浮かぶのは真意の分からないアンネリーの後姿。
アーシェは心許なげに手元の書状に目を落とした。これを返す時には自分の気持ちも決めなくてはいけない。アーシェは波立つ心を押し隠し、分かりました、とだけ小さく答えた。




