『門』
「さて、これでやっと全員無事に揃ったな」
ざっと辺りを見渡して、ジークが満足げに頷いた。奇跡的に負傷者も出さずに、全員無事にこの区画まで辿り着けた。行方不明だったアーシェとエマも救出でき、後はナルバに戻るだけ。実はそれもそれで大変ではあるのだが、今は全員の無事を喜びたい。その気持ちは皆同じで、それぞれ小さく頷くと笑顔を見せた。
「取りあえず広場まで戻ろう。帰る方策はそれからだ」
テキパキとジークが指示を飛ばし、この不思議な空間を後にする。ガルジャの樹が道を塞いでは居ないかと心配ではあったが、幸いにも来た時と変わらず道は開けていた。一人分の幅しかない為、ジークを先頭にそれぞれ列になりながらゆっくりと進む。
「――それにしてもナルバの迷宮で、こんな安全な場所があるとはな。話に聞いていた迷宮と、大分違う」
頭上の樹を潜りながら、アンネリーが呟いた。その前を進むシュゼットが、小柄な体を易々と木々の間に滑り込ませる。
「おっしゃる通り、ここは既存の迷宮の概念を根底から覆す、画期的な発見です。その分影響力も計り知れない為、十分に調査を重ねたうえで発表したかったのですが…」
その表情は心なしか暗い。
「今回の様な事が起こった後です。流石にこのまま隠し通す訳には行かないでしょう」
さらりと言い切るシリウスに、シュゼットは重たいため息をついた。ジークやデュークまでも苦りきった顔をしている。しかしアーシェとエマは事態が飲み込めない。
「そう言えばここって、噂になってた『隠された区画』なんでしょ?皆知ってたみたいだけど、どうして隠してたの?発表すれば、騎士団の連中に一泡吹かせられたのに」
冒険者向けの宿屋の娘な事もあり、元々エマは冒険者寄りだ。そこに今回の様な事があり、どうしても騎士団に対して好感情は持ちえない。そんなエマの気持ちも分かりはするのだが、ジーク達の表情は暗い。そんな中、ため息をつくとアンネリーが仕方なしと口を開いた。
「大発見過ぎるからだ。この区画は、あまりに影響力が大きすぎる。だからギルドは秘密裏に研究者を確保してまで独自の調査を行い、それから公表したかったんだ」
「――その通りです。しかし戦う術も無いお二人が迷宮に取り込まれ、しかもこれだけ長い時間無事であった。その理由は自ずと説明を求められる事になり、それはつまりこの区画を公にすると言う事です」
「そしてそれは、この区画の『所有権』を巡って、本格的にギルドと教会が対立する可能性がある、と言う事に繋がります」
シリウスがとどめとばかりにその可能性を口にすると、シュゼットが弱弱しくため息をついた。
「本来ならば、もっと教会と対等に渡り合えるくらい力をつけてから公表したかったのですが…」
「研究員の確保もままならない事を考えると、ここの探索権諸共、教会に持って行かれかねないな」
頭上で交わされる思わぬ事態に、エマとアーシェは互いに顔を突き合わせた。どうも事は自分たちの想像していた以上に、複雑だったようだ。
「まぁ私たち民間人が気にする事では無い。これはあくまでもギルドと教会の問題だ」
にべも無く言い切るアンネリーに、思わず苦笑を漏らすジーク達。事実ギルドの調査隊としての依頼を断っている以上、アンネリー達は部外者だ。
「まぁその通りだ。取りあえず今は、無事ナルバに帰る事だけ――っ!!」
「…ジーク?!どうかしたの?!」
先頭を歩いていたジークの突然の静止に、一団に緊張が走った。すぐさま臨戦態勢へと移行するものの、足場も悪く分が悪い。今ここで魔物の襲撃に合えばひとたまりも無いと最悪な想像が脳裏を駆けると、ジークと共に先に回廊を抜けたリーザから声がかかった。
「…皆、大丈夫よ。取りあえずゆっくり回廊を進んで広場まで出てきて」
逸る思いを抑えながら広場へと抜けると、目の前には先ほどと変わらない広場の風景。しかし唯一違うとするならば、その広場の中央に、虹色の靄が現れていた。
「!!ジーク、これって…!!」
驚きに目を見開くアーシェ。それはまるで、始源の祭壇に現れた、『門』そのものだった。
「こんな…先ほどまでは、無かったのに…」
呆然と呟くシュゼット達など意にも介さず、虹色の靄はあたかもそれが当然とばかりにゆらゆらとゆらめいている。空間をそこだけ切り取ったかのような不思議な佇まいも含め、それは寸分たがわず始源の祭壇の『門』の様相を呈していた。
「これは…どうして『門』がこんな所に…?」
しきりに首を捻るも当たり前だが答えは出ない。この状況で突如として現れた事にも薄ら寒さを覚えていると、急に『門』の靄が揺らめきだした。
「…!!気をつけろ!何か出てくるぞっ!!」
とっさに陣形を整え剣の切っ先を向けるジーク。アーシェはエマたちと共に最後方のデュークの後ろに隠れた。そして揺らめく『門』から現れたのは――
「…っうぉおおぉ?!ジークじゃねぇか!何物騒なもん向けてやがるっ」
「なっ…!ガントスの親父…!!なんで親父がここに…?!」
『門』の靄から現れたのは、ライオンの獣人である冒険者ガントスだった。
立派な鬣をたなびかせ、黄土色の巨体を最低限の装備で包む。その強靭な肉体その物が武器と言うような、獣人特有の出で立ちだった。
見知った顔に安堵しつつも、ジークは訝しげにガントスを見た。彼の知るガントスは、ナルバでも有名な三人パーティだ。『門』らしき靄からガントスは現れたものの、他の二人は一向に現れる気配が無い。
「ガントスの親父…トレルとネルはどうした?」
「あぁ?!…っかしいな、一緒に『門』を潜ったはずなんだが…」
後ろを振り返るも他の二人が現れる気配は一向に無い。どうやら一人ここに飛ばされてしまったようだと、大きな掌で頬をかいた。
「ガントス、思いがけない所で会ったな」
「その声は姐さん?!どうしてここに?!」
後方に隠れていたアンネリーが、ゆっくりと前へ進み出た。危険は無さそうだと言う事で、アーシェとエマもアンネリーに続いた。
「坊主!嬢ちゃん!良かった、二人とも無事だったか!」
二人の無事を認めると、いかつい顔を緩ませガントスが破顔した。鋭い牙を見せながら笑う様は、耐性の無い人には恐怖を呼び起こさせるが、アーシェにとっては見慣れた物だ。近くまで寄って行くと、巨体を見上げてお礼を言った。
「もしかして俺達の事探しに潜ろうとしてた?ガントスさん、ありがとう」
「なーに気にするな!一足遅かったようだが、無事で良かった。本当に、お前は運が良い!」
嬉しそうにアーシェを抱きすくめると、ガシガシと大きな肉球で頭を撫でまわした。巨体のガントスと比べると、正に子猫の様なアーシェ。しかし流石に今回は痛い痛いと喚きつつも、その表情は笑っていた。
「それにしてもガントス殿。どうして貴方だけがここに?それにこの場所を見ても驚いていないようですが…」
一しきり手荒な抱擁が終わると、最もな疑問をシリウスが投げかけた。確かに、一人『門』に飛ばされた事を除けば、左程ガントスは驚いている様には見えなかった。
「ああ、そりゃあ俺はここに来たことがあるからな」
「!!」
正確には俺達三人はだが、と訂正を入れつつガントスは辺りを見回した。曰く、ジーク達がここを発見する少し前に、ガントス達もこの空間に迷い込んで居たようだ。ただあまりの異質さにそうそう口にするのもはばかられていた所、巨人の間の事件が起きる。そうこうしている内にどうもギルドでもこの区画の事を気が付いたようだったから、成り行きを見守っていたと言う事だった。
「…もしかして、何も見つからなかった部屋って…!!」
「ああ、あれはトレルが口を滑らしちまってな。しょうがないから多少捻じ曲げた」
弾かれた様にアーシェが見上げると、ガントスは困った様に苦笑を漏らした。
「お前が迷宮で行方不明だって聞いたときに、ここに居てくれと願ったんだ。ここなら取りあえず魔物はでねぇ。でなきゃ今頃あの世行きだ」
言い方は物騒だがその言葉には労りが溢れていた。その気持ちが伝わってくるようで、ガントスの大きな掌で頭を撫でられると、アーシェは鼻の奥がつんとした。
「――それにしても驚きました。この区画の事はジークさん達と一部のギルドメンバーしか知らないと思っていたのですが…」
「おお?!ピンクの嬢ちゃんも一緒か!豪勢なメンバーだなぁ!」
ピンクの嬢ちゃんと呼ばれてシュゼットは驚きに目を白黒させた。流石に、その様に呼ばれた事はついぞ無い。
「俺もこの『宮殿区画』に来たのは、これで二回目だ。最初に来た直後から、随分と騒がしくなってたからな。当分は避けようって事にしてたんだ」
「『宮殿区画』…?」
「ああ、俺達はそう呼んでる。何かどっかのお城っぽいだろう?」
にやり、と笑うガントスに、一同思わず納得する。確かにこの空間は、どこかのお城や貴族の住まう離宮を連想させる。
「――それにしても、どうしてガントス殿だけがここに飛ばされてきたのでしょう…?」
一向にトレルとネルが現れる気配は無い。シリウスは額に皺を寄せて『門』の靄を睨んだ。
「これはお前たちが何かしたんじゃないのか?」
「いえ、突如ここに現れたと言った感じでした」
顎に手を当てて『門』を見やると、ぽつりとガントスが小さく漏らした。
「…もしかしたら、思い、かもしれんな」
「思い?」
訝しげに聞き返すジークに、ガントスは語り出した。
「始源の祭壇の『門』を潜る時、俺は坊主たちがここに居てくれればいいと強く願った。特にその事をトレル達には話してなかったから、そう思いながら潜ったのはもしかしたら俺だけかもしれねぇ。だから俺だけここに飛ばされて、トレル達は普通に迷宮の入り口に行ったのかもしれん」
そうすっと、あいつら今頃ナルバに引き返して大騒ぎしてるかもしれねぇな。
ひょい、と肩を竦めるガントスに、シリウスは渋面を作った。流石にそんな簡単なカラクリとは信じられず、一人唸る。しかし今時点では検証のしようが無い為、反論する材料も無い。
「…と言う事は、この『門』はナルバにつながっていて、ナルバの『門』からは念じればここに来ることが出来るって事なのかしら?」
「まだ何とも言えませんが、検証の価値はありそうですね」
一同互いに頷き合う。上手くすれば、迷宮を抜けなくともナルバに帰れる。それだけでなく、自由にここと街を行き来できるようになれば、それは大きな収穫だ。
「――よし、取りあえず俺が一度ナルバに戻る。それで直ぐに戻ってくるってのでどうだ?」
「親父、良いのか?」
「ああ、どうせ俺一人だ。何とかなる」
一見恐ろしげだが人の好い笑みを浮かべると、再度ぽんぽんとアーシェの頭を叩いた。そして猫の身のこなしでするりと『門』へと身を躍らせると、その姿は直ぐに掻き消えた。




