表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/68

魔術と魔素と骨と肉

「アーシェ!」

「アーシェちゃん!」


ジークが転送球に触れると、辺りは一瞬にして白い光に包まれた。そして眩しげに目を開けると、懐かしい顔ぶれがアーシェ目指して駆け寄ってきた。


「みんな…!」


伸ばされた手の温かさを感じながら、アーシェの視界は涙で滲んだ。最初にリーザに抱きすくめられ、その後エマが抱き着く。異空間に飛ばされたといっても、時間にすれば大したことは無い。しかし心許せる顔ぶれに囲まれて、アーシェは思いの外心が解れて行くのを感じた。ぎゅうぎゅうと込められる力に幸せな息苦しさを覚えながら、アーシェは涙を湛えながら笑顔を作った。


「リーザ、エマさん…ただいまっ」

「うわーーんっ!!アーシェちゃんごめんなさい!私が不用意なことしちゃったから~!」

「本当に良かった…!アーシェちゃんが取り込まれた時、本当に、心臓が止まるかと思ったわ…!」


そこに居る事を確認するかの様に、リーザとエマはアーシェへの抱擁を緩めない。アーシェも見知った顔と再会出来た事にほっと安堵し、同じく力いっぱい抱き返した。


「それより、アーシェちゃん、魔素酔いは大丈夫?ジークが随分と高濃度な魔素だまりだって言ってたけど…」


心配そうに覗き込んでくるリーザに、アーシェは苦笑で返すしかない。何故自分が無事だったのか、自分自身でも分からないのだ。取りあえず問題ない事を告げると、目に見えてリーザが安堵に顔を緩めた。


「――ともかく、無事で何よりだ」

「…!師匠…!」


弾かれる様に顔を上げると、そこにはアーシェの良く知る人物が佇んでいた。ここがナルバの迷宮であるにもかかわらず、いつもと変わらぬ雰囲気を纏い、アンネリーはそこに佇んでいた。確かにこの不思議な台座に飛ばされるとき、一瞬彼女を視界の端で捉えたような気はする。またジークも、アンネリーが一緒に迷宮の奥深くまで同行してきたと言っていた。しかしこうして実際にその目にするまでは俄かには信じられず、そしてこうやって顔を合わせると、何とも言い難い安堵感に胸がいっぱいになった。


「この馬鹿弟子。どうしていつも、お前は騒ぎを起こすんだ」


口調はそっけないが、その視線は優しかった。アンネリーの不器用な優しさに、アーシェは鼻の奥がつんとする。泣き笑いのような顔になりながら、アーシェは一生懸命笑顔を作った。


「……!アーシェ、お前その腕…!」


更に一歩近づいたアンネリーの目に飛び込んできたのは、エマによって補強がされた右腕だった。しかしここに至るまでの間で、補強用の板も布も、大分ほどけてしまっている。傍から見て、辛うじてそれが医療を意図したものだと言う事が分かる程度だ。


しかしアンネリーにとっては、それで十分であった。


精緻な道具を作成する魔道具師にとって、利き手が使えなくなると言うのは致命的だ。ほんの少しの感覚の違いであっても、重大な事故につながりかねないからだ。アンネリーは一瞬最悪の想像をし、顔から血の気が引いていった。


しかし、対するアーシェの反応は対照的だった。


「…あれ?痛く…無い?」

「アーシェちゃん、手、動くの?」


解けかかっていたのを幸いにとばかりに、アーシェは軽く腕の曲げ伸ばしをしてみた。指先にあった痺れも今は無く、そもそもじくじくと痛んで腫れていた患部も、今ではどこかすら分からない。異常事態が立て続けに起こったためあまり気にもしていなかったが、確かにいつからか痛みを全く感じなくなっていた。


「――アーシェさん。それはもしや、始源の祭壇で吹き飛ばされた際に出来た傷でしょうか?」


輪の外れから落ち着いた声音で問いかけてきたのは、ピンク色の髪を一まとめに結わいている、まだあどけなさの残る少女だった。年の頃はアーシェよりも少し上くらい。しかし年に見合わない落ち着いた物腰と気品が、少女を一層大人びさせていた。


「はい、そうです。――ええっと…」


戸惑うアーシェにシュゼットは微笑むと、左手の杖を少し後ろに倒しながら、軽く膝を曲げて会釈した。


「シュゼットと申します。最近、王都より派遣された冒険者ギルドの魔術師です」


人好きする柔らかい笑顔につられる様に笑い返すと、アーシェも両手を胸の前で軽く交差させ、返す様に膝を曲げた。


「アーシェです。――ご丁寧にどうも」


思いがけず返ってきた丁寧な礼に、シュゼットは一瞬呆けたような表情を見せた。しかし直ぐに居住まいを正すとアーシェの右腕を取る様に手を伸ばして来た。


「右腕に痛みは無いと言うのは本当の様ですね。本職には遠く及びませんが、医術の心得なら多少はあります。――アーシェさん、痛むところや不快感が伴う所はありませんか?」


アーシェの腕を曲げ伸ばしさせながら、シュゼットは丁寧に診察してくれた。しかし普段と変わらない動きを見せる右腕に、驚きを禁じ得ないのはむしろアーシェの方であった。


「――魔素酔いの件もありますのでちゃんとした専門医にお見せしないといけませんが、素人目にはどこにも異常は見当たりません。魔素的にも流れに不自然な点は見受けられません」


幾つかの問診を経て、そうシュゼットは結論を下した。安堵に肩の緊張を降ろすアンネリーに対し、しかし訝しげに首を傾げるのはエマだった。


「おっかしぃわねぇ。あれだけ腫れてて骨も折れてたはずなのに…。そんな簡単に治るような傷じゃ無かったわ」

「――これはあくまでも仮説ですが、恐らく高濃度の魔素に晒された事が原因かと」

「魔素?」

「はい。医療と魔導は別個の技術ではありますが、その実深く関連し合っています。医療の本質は、人体に及ぼす魔素の影響無しには語れません」

「…成程。高濃度の魔素に晒されてアーシェの精神が平気だったわけが、これ、と言う訳ですか」

「あくまでも仮説です。多少乱暴である事も否めません」


シュゼットの推論を引き継いだのはシリウスだった。険しい顔をしながらアーシェを見つめるその横で、アンネリーもまた眉間に皺を寄せながら難しい顔をしている。しかし異論を挟まない所から、大筋は納得しているのだろう。三者三様の厳しい視線にさらされて、慌てたのはアーシェだった。


「…えっと…、あの…え?」


傍目にもおろおろと落ち着かないアーシェ。するとくすり、と意地悪な笑みが頭上から零れた。


「アーシェ、この馬鹿弟子め。あれ程言ったのに基礎を怠ったな」

「えええええ?!い、いえいえ、いいえぇえぇぇっ!!ちゃ、ちゃんと勉強はしています…!」

「ほぅ、そうか。では聞く。何故高濃度の魔素に晒されて、お前は自我を保ったまま生還した?しかも酷い傷まで治して」

「え、え、、え、、、っとですね…」


完全に固まってしまったアーシェを見下ろしながら、アンネリーはこれ見よがしに嘆息した。ゆっくりと組んでいた腕を解き腰に手を当てると、鋭い眼光でアーシェを見下ろした。


「――人を構成する基本は?」

「に、肉体と魂と魔素です!」

「ではその中で魔素の役割は?」

「物質体である肉体と、非物質体である魂を繋ぎ融和させる物です!」

「では人体にとって成長とは?」

「―――へ?」

「人体にとって老いるとは?」

「………」

「…………アーシェ、お前酷くお腹が空いているだろう?」

「…!!!は、はい!!」


弾かれる様に応えるアーシェに苦笑すると、アンネリーは苦笑を漏らして踵を返した。


「…ぅえっ?!え?!し、師匠っ!!こ、答えは?!」

「馬鹿者。そこまで分かるなら自分で考えろ。その首から上は飾りか」

「ええええ?!し、師匠~~~っ」


二人の会話を呆気に取られていたシュゼットだったが、パタパタと追いすがるアーシェを見送るとひとりでに笑いが込み上げてきた。


「ふ、ふふふふふっ」

「ええ~!シュゼットさん達だけずるい~!一体全体どういう事―!」


可愛らしく頬を膨らませるリーザに、今度はシリウスが苦笑する。魔導の素養のない者には、理解しがたいだろう。流石に哀れと思い、ゆっくりと説明をし始めた。


「――要は肉体と魔素のバランスが、丁度良かったと言う事でしょう。人間、負傷すればそれを一生懸命治そうとするのが自然の摂理です。その際、大量の肉体エネルギーと体内を循環する魔素を消費されると言われています。今回、アーシェは強制的に高濃度の魔素に晒されて魔素の補給は万全。後は人体から肉体エネルギーさえ確保できれば、怪我の治りも早いでしょう」

「なるほど~!!」


納得するリーザとエマにいつもの笑みを返すと、しかしシリウスは内心では別の事を考えていた。


(だがしかし、それは人体が許容できる程度の濃度であれば…)


険しく細められたシリウスの目線の先には、いつもと変わらぬアーシェの後ろ姿があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ