『力ある者しか足を踏み入れる事の出来ない、隠された区画』
「それで、新区画までは後どれくらいなんだ?」
火属性の魔石をシュゼットに手渡しながら、アンネリーが聞いてきた。元々魔素の保有量が多いシュゼットとシリウスは、当初魔素の補給を辞退した。シリウスにはまだ水属性の魔素が十分残っていたし、シュゼットにしても火属性以外にも使える属性がある。しかしこの先何があるか分からないと言う理由で、強引にアンネリーに魔石を握らされたのだ。渡されたのは中級クラスの炎の魔石。子どもの拳大程度の大きさではあるが、良く磨かれており、無駄なく魔素が充てんされていた。同じようにシリウスにも魔石を手渡すと、アンネリーは要件は終わったとばかりに、さっさとジーク達に目を向けた。既に彼女の関心は、二人から離れてしまっている。シュゼットはシリウスと目配せし合うと小さくため息をつき、渡された魔石からゆっくりと魔素を抜き出していった。
「ここからなら大した距離では無いから、魔物と遭遇さえしなければ早くにつけるはずだ」
魔術師二人が大人しく魔素を補充するのを目の端で捉えながら、ジークがアンネリーに答えた。
「ただ、大分今の戦闘で騒いだからな。ここはなるべく早くに移動した方が良い」
引き継いだデュークがリーザに目を向けると、リーザは心得たとばかりに頷いた。二人の補給が終わるまでは、この場は動けない。それまでの間、リーザの感知能力が頼りとなる。リーザが広域警戒に入るのを確認すると、ジークは険しい顔でアンネリーに向き直った。
「――アンネリー殿、ここから先は一緒に行動する事になる。魔道具師であるあんたに頼るような状況は避けたいが、迷宮では何が起こるか分からない。シュゼットの助けがあったとはいえ、ここまで来れたんだ。それなりの戦闘経験があると見ても良いか?」
パーティの戦力把握は、リーダーにとって重要事案だ。魔術師としてある程度名の知れているシュゼットとは違い、アンネリーは単なる魔道具屋だ。それが思いがけない力を発揮しているようだが、彼女の力をどこまで頼ってしまって良いのかは、ジークにとっては未知数だ。今後の戦局を有利に切り抜けるためにも、パーティを預かるリーダーとしては必須確認事項だった。
アンネリーとしてもジークの意図を正確に理解したのだろう。嫌な顔せずにこくりと頷くと、ジークに向き直った。
「戦闘経験は冒険者であるお前達には劣るが、こういった遺跡や洞窟であれば何度か潜った事がある。近接戦闘は向かないから、基本的には中・遠距離からの攻撃が殆どだ。一番近くてこの鞭が届く範囲と思ってくれていい」
そう言って腰から取り出したのは、使い込まれた様に見える茶色の鞭だった。そして良く見ると、全体に魔術文字が穿たれている。どうやらこれ自体も、魔道具の一種の様だ。
「他には投擲型の爆弾が残り五個と、素早さを上げるブーツ。流石にボーンナイトキングは勘弁してほしいが、中級クラスの魔物程度であれば、後衛として組み込んでくれてよい」
「はは…驚いたぜ。成程、単身迷宮に挑もうとするだけの事はある」
思った以上に戦闘慣れしている様子に、肩をくすめて苦笑するジークだった。言われた事をそのまま信じるのであれば、そん所そこらの新米冒険者よりも頼りになる。もちろん、アンネリーが自身を過大評価している事もありうるが、ジーク達もプロだ。もしもアンネリーが嘘を言っているのであれば、即座に分かるだけの場数を踏んできている。彼女の立ち振る舞いや今までの動きなど、総合的に判断してそれなりに『使える』とジークは判断した。しかし今度は、デュークが訝しそうに眉間に皺を寄せて、アンネリーに問いを発した。
「――アンネリー殿は魔術は使わないのか?」
「ああ、私は所謂魔術は使わない主義なんだ。私は魔道具師だからな」
軽く返されたそれは、しかしそれ以上の追及を拒む口調だった。元来魔術も魔道具も、魔導と言う世界においては同根であり、それぞれ兼任する事が常だった。その為、優れた魔術師は優れた魔道具師になれると考えられており、逆に言えば魔術の知識が無ければ魔道具師にはなれない。アンネリーの弁はその為矛盾を孕んでおり、また共にこの先を行かねばならない冒険者としては、力の出し惜しみは頂けない。しかし元々アンネリーは予想外の戦力でもあり、それ以上問いただすのも不躾と判断したジークは、おどけた様に肩を竦めた。
「まぁ何より、アンネリー殿が思いの外頼りに出来そうで、こちらとしては心強い。新区画まで、よろしく頼む」
差し出された手をアンネリーは握り返すと、力強く頷いた。
「こちらこそだ。それと私はしがない魔道具屋だ。アンネリーで良い」
「助かる。堅苦しいのは苦手だ」
アンネリーの提案にジークは苦笑すると、人付きのする笑みを浮かべた。
「皆さん、お待たせしました。魔素の補給は終了しました」
そう言って声をかけてきたシリウスは、お礼と共にアンネリーに魔石を手渡した。
「アンネリー殿。私も終わりました。――驚きです。見た所中級の魔石なのに、まさかこれ程までに魔素が詰められているだなんて…」
感嘆と共に魔石を手渡すシュゼットの目には、驚きと尊敬の念が見て取れた。日々最高品質の魔石に触れる機会が多々あったからこそ、アンネリーの技術の高さに深く感動したようだ。アンネリーは苦笑と共にそれに応えると、受け取った魔石をそれぞれ白衣の中へと仕舞い込んだ。
「うちの様な弱小工房だと、中々良質な魔石には手が出せない。差が出せるとするならばこういった加工技術だけだ」
「いいえ!それだけではありません!!これ程までに的確に魔石の性質を見抜き、魔素を充填するなど、王都の魔道具師でもそうそういません!是非後日、工房へお伺いしても…!!」
熱を帯びるシュゼットに苦笑していると、リーザが唐突に警戒音を発した。
「皆!後方より魔物の気配!補給が終わったなら早くこの場を離れましょう!」
その一言に、さっとパーティの空気が変わる。戦闘を避けられるならばそれに越したことは無い。ジーク達は素早く目配せをすると、即座に陣形を整え一路迷宮の奥へと駆けだした。
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幸運なことに魔物と出会う事はその後なく、ジーク達は程なくして迷宮と新区画を隔てる扉の前まで到達した。何度見ても異様な風体のその扉は、暗く重苦しい迷宮内であっても、特別な存在感を醸し出していた。
「リーザは後方の警戒を!アンネリーとシュゼットは、リーザの指示に従ってくれ。シリウスは前方の不測に備えろ!」
「「「了解!」」」
扉を視認すると素早くジークが指示を飛ばした。それに伴い阿吽の呼吸でパーティは陣形を変える。その訓練された動きに感嘆の念を覚えずにはいられないシュゼットであったが、瞬時に自身の役割を認識すると、守りと攻撃の術式を瞬く間に練り上げ、後方に向かって展開した。
「――お見事。中々この術式を、同時に扱える方はいらっしゃらない」
シュゼット共に後方に陣取ったアンネリーは、その稀有な才能を素直に賞賛した。魔術文字を介して発動する魔法は、未だ解明されていない点も多い。いっそ気まぐれかとも思われるそれを、しかも攻撃と防御と言う異なる性質の術式を展開した上固定しているシュゼットを見て、アンネリーは素直な賛辞を送った。
「ありがとうございます。しかしそう言うアンネリー殿の術式。…残念ながら私にはなにも見受けられません」
悠然とシュゼットの右側に陣取ったアンネリーは、ただ右手に獲物である魔道具を携えているようにしか見えない。正直殿に対して前衛となるシュゼットとしては、相方となるアンネリーの術式展開が分からないのは、聊か不安であると言わざるを得なかった。魔術はとても繊細だ。相反する術式を隣り合わせで詠唱した挙句、双方自爆と言う話は枚挙に暇がない。
そんなシュゼットの気持ちを知ってか知らずか。アンネリーはゆっくりと口角に笑みを浮かべると、一歩前へと踏み出した。
「シュゼット嬢。何も魔術に頼るだけが、魔導師と言う訳でもない。それに足そうが引こうが、術式は術式だ」
「――え?」
「開いたぞ!」
シュゼットの問いかけは、ジークの声にかき消された。一筋の明るい光を背後に感じ、思わず後方に目を向けそうになったが、シュゼットは寸での所で踏みとどまった。正面には変わらず殿に目を向けるアンネリーの背中。シュゼットは己を恥じ、懸命に殿へと意識を向けた。背後からはゆっくりと重たげな扉が開く音と共に、今まで無かった光が迷宮へと注がれる。シュゼットはリーザの指示でアンネリーと共に歩調を合わせつつ、ゆっくりと迷宮から後退した。
「――っ」
扉を抜け振り返ると、そこは明るい日差しで溢れていた。暗い迷宮を抜けてきたため、眩しさに目を瞬かせる。そうして目が慣れるころ、シュゼットは背後で扉が閉まる音を聞いた。
「これが…。話には聞いていたが、なんと…」
最後に扉を抜け、『隠された区画』に足を踏み入れたアンネリーも、流石に目の前に広がる光景に言葉を失った。所々朽ちてはいるが、明らかに人の手によって作られた建物。それを覆う、緑豊かな植生。そして見上げれば目もくらむような真っ青な空。その全てがあまりにも現実離れして常軌を逸している為、常に悠然と構えるアンネリーですら、目の前の光景に認識が付いていけていないようだった。
「同感だ。ここは何度来ても、不思議な所だ」
低い声が耳朶を打つ。アンネリーが抜けてきたことで、扉がしっかりと閉まった事を確認していたデュークだった。
「ジーク」
「ああ。――アーシェ!エマ!居るか?!」
「アーシェちゃんー!エマーっ!!」
しかしジーク達の声は青い空に吸い込まれていくのみで、一向に返事は帰ってこない。
「…くそっ、ここじゃないのかよ…!」
「まだそう決めつけるのは時期尚早です。取りあえず、全体を見て回りましょう」
落胆しそうな気持ちを押し上げ、ジークはシリウスの提案に頷くと、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「シリウスとデュークは左翼側を。俺とリーザで右翼を回る。シュゼットとアンネリーはここで待機。万が一に備えてくれ」
「分かった」
「分かりました」
二人が頷くのを確認すると、四人は足早にそれぞれ散って行った。
パタパタと、ジーク達が各部屋を回る音が微かに聞こえる。
これ程までに明るく開放的な雰囲気があると言うのに、シュゼットはどうしてもこの新区画が慣れなかった。自分たちが居なければ、この区画は静寂に包まれる。生き物がおらず、また自然の営みも無い。そんな不自然さがどうしても、シュゼットに居心地の悪さを感じさせた。
そんな事をつらつらと思っていると、徐にアンネリーが歩き出した。そして石畳の広場の正面、植生の浸食が激しすぎてまだ未調査である、もう一本の回廊の目の前で立ち止まった。
「アンネリー殿?…ああ、ここはまだ調査を行っていない回廊です。人が通れるようにするためには、大掛かりな撤去作業が必要との判断でしたので」
「ふむ…。しかし屈めば通れそうな隙間はあるぞ?」
「…あら?本当だわ…。どうして前回気が付かなかったのかしら…」
シュゼットは訝しげに眉根を寄せた。この回廊の木々の絡まりは、確かもっと複雑で密だったはず。だが今見てみれば、頑張れば通れるくらいの隙間がある。自分の記憶違いかと首を捻っていると、その横でアンネリーが更に険しい顔をしてその回廊を睨みつけていた。
「――シュゼット嬢、ジュブイエール遺跡が伝説と呼ばれていた理由、ご存知か?」
「あまり詳しくはありませんが…。当初は伝承の中でのみ存在する、幻の古代都市だったと聞いています。或いはカロンガの廃都と同一視されていたとか…。ただその遺跡が近年発見され、その存在が確認されたと聞いています」
その後南部で勃発したカルローナ戦役により、調査は中断されている。情勢が安定した今、再度調査が行われているようだが、調査は難航。今なお謎に包まれた遺跡なのだ。
「その通り。だがもう一つ、ジュブイエール遺跡を長年伝説としてきた理由がある。伝承によれば遺跡がある森は深く、案内が無ければ辿り着く事叶わない、迷いの森だったそうだ」
「そうですね、それが原因で、思う様に調査が出来ないとも効いています。ですがそれが何か?」
シュゼットは首を傾げてアンネリーを見上げた。何故こんな話をするのかが分からない。アンネリーの意図を掴みあぐねていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「待たせたな!そっちはどうだ?!」
「ダメですね、二人は見つかりませんでした…」
シリウスが弱弱しく首を振ると、忌々しげにジークが舌打ちした。アーシェとエマがここに居なければ、状況は一気に悪くなる。急いでナルバまで引き換えし、作戦を練り直さなくてはいけない。
「――待て。後ここが残っている」
「何だって?」
アンネリーが指差した回廊を見て、ジークが声を上げた。
「――ジークさん、この回廊、こんなに隙間だらけでしたでしょうか?」
おずおずと聞いてくるシュゼットに、ジーク達一同は目を見開いた。シュゼットの記憶と照らし合わせても、違和感を覚える程には違いがある。反応からするに、ジーク達も同じようだ。むしろ、これだけ空いていれば、自分たちでも調査を行っていただろう。
「ジュブイエール遺跡を覆う森には、一晩でその姿形を変えると言う、不思議な植物が自生しているらしい。その為遺跡には毎回到達できる訳では無く、それ故に長く幻と考えられていたそうだ。もしもここが真実ジュブイエール遺跡なのだとすれば、この回廊を覆っている木々は、『ガルジャの樹』なのだろう」
「…!!成程!だからか…!」
思わず顔を見合わせる五人だったが、すぐさまシュゼットが異を唱えた。
「でもお待ちください。だからと言って、二人がこの先まで進んだとは、少々考えにくいです。幾らなんでもここはナルバの迷宮。勝手に動き回るなど、軽率すぎます」
その当たり前すぎる正論に、苦虫を噛み潰したような顔をしたのがジークだった。そしてアンネリーも困った様にため息をつく。
「…どちらにせよ、調べる必要はありそうだ。――行くぞ」
盛大なため息を漏らすと、ジークは回廊の先へと足を踏み出した。




