参戦
『光陣閃!』
ジークの放った光の刃は、狙いたがわずボーンナイトキングの胴体に炸裂した。しかし魔物はその巨体をわずかに身じろぎしただけにすぎず、傍目にも然したるダメージを与えたようには見えない。欠けた胴体を更に破壊すべくデュークが追撃を繰り出すも、それは無数の腕に阻まれ致命傷を与えるには至らなかった。
「くっそう…!埒があかねぇ…っ!」
ジークが悪態つくのも無理は無かった。ボーンナイトキングは忌々しい事に、ボーンナイトが持っている再生能力を引き継いでいた。しかも通常よりも更に早い再生速度で、切った端から修復してしまう。光属性で攻撃すればそう容易く再生はしないようだが、それも時間の問題だろう。ジークとて、何度も魔法が使える訳では無い。決め手に欠けるまま、ずるずると消耗戦へと引きずり込まれていた。
「シリウスっ!何とかこいつの動きを止められないか?!」
「無茶です!この巨体ですよ?!」
その間も、絶えずボーンナイトキングからの攻撃は続いていた。唯一の救いはその巨体故、攻撃が単調である事だ。無数にある腕も、幸いにも一度に全ては仕掛けてこない。しかしだからと言って、虚をついて横を通り抜けるなど、そんな甘い事はさせてはくれそうにも無い。
「ここを抜けなきゃならねぇってのに…っ!」
ぎりりと奥歯を噛みしめるジークを、ボーンナイトキングが嘲笑うかのように見下ろしている。あたかも先に進ませまいとしているような、そんな悪意を思わず感じてしまう。一度撤退して体制を整える選択肢も浮かび始めた時、後方から思わぬ声が聞こえてきた。
「ジークさん!皆さん!やっと追いつきました!!」
「その声はシュゼットか?!」
凛とした少女の声に、驚きの声を上げたのはジークだった。
「ボーンナイトキングか…。随分と大物を釣り上げたな」
「えぇっ!ア、アンネリーさんまで?!」
突如現れた二人に、目を見開くリーザ。シュゼットはにこりと微笑み返すと、杖を突出しボーンナイトキングを睨みあげた。
「説明は後程!今はこいつを始末してしまいましょう!」
「魔素切れは心配するな。最大火力をお見舞いしてやれ」
「そいつは助かるっ!デューク!シリウス!」
「ああ、行くぞ!」
「援護しますよ!」
心強い援軍に、ジーク達の士気も自然と沸き立つ。駆け出したジークとデュークを追う様に、シリウスが放った補助魔法が二人を包む。そして間を置かず無数の風の刃がボーンナイトキングを襲った。
「初級とは言え二重詠唱ですか…!では私も…!」
シュゼットは左手の杖を前に突出し、体内の魔素を練りながら宙に術式を描いていった。アーシェが『視れば』、そこには高速で構築されていく巨大術式が視えたであろう。危うげなく詠唱と共にシュゼットはそれらを描いていくと、濃密な炎の魔力が辺り一帯に溢れはじめた。
「――っこれは凄い。これだけの魔力を一人で扱われるとは…!」
押し寄せる炎の魔力に踏みとどまりながらも、シリウスは驚嘆の声を上げた。合同魔術に匹敵するほどの魔力を扱う少女。それは正しく『ファムニール』の実力を体現しており、そして彼女の存在が自分たちの命運を握っているとシリウスは判断した。
「リーザ、シュゼット嬢の守りを。奴が不穏な気配に気づいたようです…!」
詠唱中の魔術師ほど、無防備なものは無い。シュゼットの詠唱が完了するまでまだ時間がいる以上、今それを中断させるわけには行かなかった。ボーンナイトキングの無数の腕には、厄介なことに弓矢も交じっている。今、彼女が討たれる訳にはいかなかった。
「でもシリウス、貴方は?!」
「私が任されよう」
いつの間にか隣には、鞭を携えたアンネリーが佇んでいた。
「シュゼット嬢を頼む。私には後方も含めた守りは出来ない」
「アンネリーさん!…分かりました、シリウスをお願いします!」
リーザは一瞬戸惑いを見せたものの、直ぐに踵を返して後方のシュゼットの元へと駆けて行った。
「――やれやれ。女性陣に守られるしかない魔術師と言うのも、嫌なものですね」
まさかアンネリーに守られるとは思っても見なかった。困った様にため息をつくシリウスを、アンネリーはニヤリと見やると一歩前に足を踏み出し、鞭を構えた。
「では男らしくしっかり囮になるのだな。派手に引っ掻き回してやれ」
アンネリーの容赦のない良いように苦笑を漏らすと、シリウスはボーンナイトキングに向かって両手を突き出した。杖を持つ左手は先端を真っ直ぐ胴体に向け、そして右手はボーンナイトキングの頭部を指差す。短く簡潔に詠唱を唱えると沢山の風の渦が、それぞれ別々にボーンナイトキング目がけて殺到した。
杖から放たれた風はかまいたちとなって、無数にあるボーンナイトキングが握る武器を打ち抜いていく。そして指先から放たれた風はぐるぐるとボーンナイトキングの頭部にまとわりついた。
「成程…。直ぐに再生してしまう骨では無く、その武器を狙ったのか。そして同時に目くらましの術で、攻撃を当たりづらくさせる、と―――っ」
アンネリーはそう言うや鞭を一閃させ、こちらに飛来してきた矢を叩き落とした。
「まだまだです、腕は無数にありますからね…!!」
連続して打ち出される風の刃は、狙いたがわずボーンナイトキングの武器を減らしていった。更には視界が悪くなり、中々攻撃がジーク達に当たらない。状況の不利を悟り標的をシリウスに切り替えようにも、足元を駆けるジーク達に動きを阻まれ前に出られない。更には弓矢も弾かれ、ボーンナイトキングは苛立たしげに体を闇雲に振り回し始めた。
「――皆さん、下がってください!」
そんな中、シュゼットの合図が後方から響き渡った。一瞬で距離を開けるジークとデューク。全員が下がった事を確認すると、シュゼットは杖を構えて真っ直ぐにボーンナイトキングを睨みあげた。
「地獄にお帰りなさい!――『ファイアートルネード』っ!!」
その瞬間、一気に魔力が膨れ上がると、赤く燃えたぎった炎が一気にボーンナイトキングの足元から吹き上がった。湧き上がる業火に身を焼かれ、ボーンナイトキングは声なき絶叫を上げる。逃げようと悶えるものの、しかし炎はボーンナイトキングの体にまとわりつき、決して逃さまいと渦を巻く。高温で燃え盛る炎は、容赦なくボーンナイトキングの体を消し炭へと変えていった。
「やった!凄いわシュゼットさん!」
「…!いや、まだだっ!」
ごうごうと燃え盛る炎が落ち着くと、そこには体の半分以上を失ったボーンナイトキングが蹲っていた。その身は未だ高温の炎の残滓が残っており、赤く熱を持っている。しかしカラカラと骨の崩れる嫌な音を立てながら、ボーンナイトキングはゆっくりとその顔をジーク達に向けた。何も無いはずの眼窩の空洞は、しかし真っ直ぐにジーク達を射抜く。ちろちろと揺れる青白い鬼火は、今は怒りと憎しみに溢れ、ボーンナイトキングは最後のあがきとばかりに、ジーク達目がけて襲いかかってきた。
「いい加減くたばれっ!この死にぞこないがぁぁぁっ!!!」
ジークは雄叫びと共に剣を上段に振りかぶると、一気にそれを振り下ろした。剣圧はそのまま巨大な光の刃となり、真っ二つにボーンナイトキングを両断した。
『グゥオオオオォォオオオオッ!!!』
ボーンナイトキングが、存在を震わす絶叫を放つ。空間を揺るがし、そして砕け散る自らの頭蓋をも震わすそれも長くは続かず、勢いを失った巨体は地面へと倒れ伏した。そして今度こそ端からさらさらと風化していき、ボーンナイトキングは見る影も無く、辺り一面細かい骨片が残るだけとなった。
「…終わった…のか」
後にはただ、迷宮を包む静けさだけが辺りに満ちるばかり。しかし倒した実感がわかず油断なく辺りを見回していると、リーザが敵の気配は辺りにはもう無い事を告げた。
「魔力の流れにも、不自然な所はありません。…流石ナルバの迷宮ですね。私の最大火力でも倒れないだなんて…」
ざりっと乾いた骨粉を踏みしめながら、シュゼットが一歩前へと踏み出した。
「全くだ。あんな出鱈目な強さのボーンナイトキングなど、聞いたことも無い」
「シュゼット!アンネリー殿!」
ジークが剣を腰に仕舞い振り返ると、アンネリーとシュゼットが連れ立って近づいてきた。
「助かった。二人がいなけりゃ、退却していた可能性もあった。改めて礼を言う」
ジークの素直な感謝に、アンネリーとシュゼットは大したことでは無いと首を振った。幸運にも全員が無事だ。その事にほっとすると、シュゼットは心から安堵の笑みを浮かべた。
「あのぅ…それにしてもどうしてお二人がここに…?シュゼットさんはともかく、アンネリーさんまで…」
リーザの疑問は最もだった。毅然と歩く姿からはたった二人で迷宮を走破し、しかも上位魔法まで放った直後の様には見えない。それどころかアンネリーに至っては、いつも魔道具屋で見かける格好そのものだ。正直、そんな装備で迷宮に潜るなど、自殺行為も良い所だ。
「お前たちを探していた。うちの不肖の弟子が迷惑をかけている。ひっぱたいて連れ戻すのが、師匠の役目だ」
アンネリーの簡潔な答えに、その横から盛大なため息が漏れる。年の割にも小柄なシュゼットは、長身のアンネリーの隣に立つと酷く幼く見える。しかしその表情に現れているのは、まぎれも無く諦めと老成した疲弊感だった。
「私の静止も聞かず、単身迷宮に乗り込まれたんです…。それで急いで私も後を追ってきたのですが、中々ジークさん達に合流できなくて。ですが、間に合って良かったです」
「ま、待て!一人でだって?!」
再度深々とため息をつくシュゼットに、一同声が出ないとは正にこの事だ。熟練の冒険者でもあるジーク達ですら、単身迷宮に挑もうとは思わない。唯一リーザだけは単独行動を可能にしているが、それは生来の危機管理能力と『俊足』の技があるからだ。
「本当は直ぐに連れ戻すつもりだったのですが、ここまで来てしまいました。足手まといにはなりませんので、私たちも新区画までご一緒させてください」
「魔素の補給はいるか?こいつのせいで時間を喰ってしまった。急ぐぞ」
話が噛みあわないとは正にこの事だ。
思わず顔を見合わせてしまうジーク達であった。




