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魔術師と魔道具師

「――アンネリー殿っ!!お待ちくださいっ!!」


アンネリーの後を追い『門』へと飛び込んだシュゼットだったが、思いの外アンネリーに追いつくのは至難の技だった。遥か先を駆けるアンネリー。懸命に追うものの、一向にその距離は縮まらなかった。


(あれはきっと何か魔法を使っている…!)


シュゼットは走りながら術式を組むと、練り上げた魔力をそれに乗せた。


『風よ、我を守り運べ、彼方までっ!』


傍から聞けば平易な詠唱。しかし次の瞬間、シュゼットの周りを風が渦巻き、彼女の体が宙に浮いた。宙に浮いた体はそのまま真っ直ぐにアンネリーの元まで飛んでいき、やっとアンネリーと肩を並べるまでの距離へと至った。


「シュゼット嬢か。飛行と防御を併用した魔術とは、中々高度な。流石ファムニールを名乗られるだけある」


横に並んだシュゼットにさして驚きもせず、ちらりとアンネリーは一瞥をくれただけだった。そして減速する気配も無く、アンネリーは変わらず迷宮の奥へと進んでいく。足元を見やると、どうも靴に細工がなされているらしい。一歩地面を蹴るごとに、あり得ない距離を進んでいく。しかしシュゼットにとって、そんな事はどうでも良かった。


「アンネリー殿!!単身迷宮に乗り込むなど、危険すぎます!!然るべき装備と準備が無ければ、命を落とすかも知れないと言うのに…!」

「ああ、分かっている」

「分かっていません!!そんな軽装で迷宮に潜るなど言語道断!今すぐ引き返して…!」

「シュゼット嬢、前方にも注意を向けた方がよろしいかと」

「…?」


目線を前方にやれば、そこには変わらず薄暗い通路が続くのみ。しかしアンネリーは訝しむシュゼットを気にもかけず、よれた白衣の内ポケットから小さな赤い石を取り出した。そして急に速度を上げシュゼットを引き離すと、おもむろに高く跳躍した。


「…なっ!!」


その瞬間、地面が急にぶくぶくと泡立ち盛り上がったかと思うと、中から巨大な口を開けた魔物が飛び出してきた。しかしアンネリーは天井近くまで跳躍している。その為難なく魔物の奇襲攻撃を避けると、先ほどの赤い石を魔物の口に向かって放りこんだ。

驚くシュゼットを尻目に、アンネリーは振り返りもせずに天井に蹴りを入れると、一息に沼地の反対側へと飛び越えてしまった。


突然の敵の出現に、杖を構えて戦闘態勢に移行してしまったシュゼットは、その為大きく減速してしまっている。しかしアンネリーはそんなシュゼットなどお構いなしに、尚も駆け続ける。ここでアンネリーを見失えばきっと追いつくのは至難の技だろう。意を決して再度速度を上げたシュゼットは、実入りの少ない獲物に訝しむ魔物の上を、同じように飛び越えた。


飛び越える瞬間、地面から唐突に表れた魔物を良く見てみると、沼地で良く見かけるトラップ・フロッグの様だ。ただし、その体は規格外な程に大きい。


(何故沼地でも無いのにトラップ・フロッグが…?!)


トラップ・フロッグは目が見えない分、音に敏感だ。アンネリーの忠告を聞かずにあのまま上を通り抜けていれば、その餌食になっていたのは自分であったであろう。その恐ろしさに血の気が引く思いでいると、更に後ろから爆音とともに苦痛に満ちた魔物の絶叫が響き渡った。


「な、何事ですか?!」


驚きに目を見開いていると、アンネリーは事もなげにのたまった。


「トラップ・フロッグはどこまでも獲物を追いかける習性があるからな。だがあそこまで痛手を喰らわせれば、そうそう追いかけては来ないだろう」

「い、痛手?!し、しかし一体どうやって?!魔力の流れなど少しも無かったと言うのに…!!」


シュゼットも魔導の世界ではエリートだ。何らかの魔術が作動すれば、直ぐにそれを見破るくらいの事は出来る。恐らくからくりはあの小さな赤い石。しかし今の爆発から、何もその片鱗が見えなかった。術式も魔力の流れも発生しない魔術など、一般常識としてあり得なかった。


アンネリーにはシュゼットの驚きが理解できたのだろう。にやりと笑うと、不敵にシュゼットを見下ろした。


「シュゼット嬢、私は魔道具師ですよ?」


一瞬きょとんとした表情をしたシュゼットだったが、見る見るうちに顔を朱に染めて、悔しげにその表情を歪ませた。


「――アンネリー殿に実力がある事はわかりましたっ。ですが私も魔導師の端くれっ!ご一緒させていただきます!」

「戦力は多い事に越したことはない。助かる」


シュゼットの年相応の反応を微笑ましく思いながら、アンネリーはからからと笑った。



**************************


アンネリーとシュゼットは、順調に迷宮を進んで行った。アンネリーは初めて迷宮に潜ると言うのにも関わらず気負った所が無く、むしろ悠然としていてシュゼットを混乱させた。しかもそれが実力に裏付けされているから性質が悪い。シュゼットは一度新区画までの調査に同行した事があったものの、これ程手慣れた風には振る舞える自身が無かった。何度か魔物と遭遇し戦闘になった事もあったが、アンネリーは難なくそれらをいなし、沈黙させていった。


(本当に不思議な人…。魔素の使用を最小限に留めて、効率よく捌いている。戦闘慣れしている所を見ても、どう考えても普通の魔道具師には見えない)


迷宮に入るに足る装備には到底見えない恰好にもかかわらず、アンネリーはその体に色々な魔道具を隠し持っていた。その上悔しい事にアンネリーが使う魔道具の、その半分が術式不明の物だった。同じ魔導の世界に身を置いているシュゼットとしては、悔しい以上の何物でもない。


(それにしても何故、彼女は魔術を使わないのかしら?これだけの技術と知識があれば、魔術師として大成してもおかしく無いでしょうに…)


「…?どうした、シュゼット嬢?ため息などつかれて、お疲れか?」


並走するシュゼットの異変に気が付き、アンネリーが声をかけてきた。シュゼットはずっと風の守りと浮遊の魔術を使っている。流石に疲れが出て来たかと、その事を気にしての事だった。


「…!!い、いいえ!私は大丈夫です!えっと……先ほどの会話を思い出しただけですっ」


憮然とした表情のシュゼットを見ながら、アンネリーは小さく笑った。


「シュゼット嬢が新区画までの道筋を知っていて助かった」

「もう、信じられません!!まさか魔物の少ない方を選んで進めば、ジークさん達の所に合流できると思っていただなんて…!無計画にも程があります!!」


ぷりぷりと怒るシュゼットとは対照的に、アンネリーは至って平穏そのものだった。


「しかし…それにしてもおかしいな。ジーク達と私達とでは左程時間に開きは無かったのだろう?」


アンネリー達は既に『巨人の間』を通り過ぎ、随分と迷宮の奥深くまで進んできている。途中出会った冒険者達にジーク達を見かけたか尋ねてみても見たが、有意義な情報はさして得られなかった。


「そうですね…むしろ直ぐに合流できると私も踏んでいたのですが…。もしかしたら、何かしらの魔術を使ったのか、或いは別の抜け道があるのか…。ジークさん達の事ですので、万が一と言う事は考えられないのですけれど…」


不安げに眉根を寄せるシュゼットだが、しかしアンネリーはからりと笑った。


「まぁ、最終的には新区画に到達できれば良い。先ずはうちの馬鹿弟子ともう一人の救出が先だ。もしもジーク達より――」

「アンネリー殿!!あれはもしかして…!」


アンネリーの声を遮って、シュゼットが前方を指差した。そこにはまだ随分と先だが、大きな魔物と、それと戦う冒険者の一団が見える。


「――やっと追いついたようだな」

「はい!!助太刀いたしましょう!!」


アンネリーとシュゼットは、更に速度を加速させた。



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