救援部隊
「皆さん、揃われましたね」
リーザが消えて程なくして…。シュゼットの目の前にはジーク達四人が、早くも揃っていた。皆緊急の召集であったのにも関わらず、迷宮に潜るに足る完璧な装備だ。流石中堅クラスと名高い冒険者達と言った所か。
「あの後、迷宮に入られた方々には、可能な範囲での捜索と保護をお願いしてあります。また、教会騎士団の方でも、早急に探索隊が組まれるとの事です。ですが…」
ジーク達は厳しい顔をして、こくりと頷いた。
『門』に取り込まれた直後に迷宮内に居ないとするならば、恐らくあの『隠された区画』に飛ばされた可能性が濃厚だ。もちろん、全く未知の区画に飛ばされた事も考えられるが、そうなってしまえば今のジーク達に打てる手は無い。ともかく、『隠された区画』にまで急行し、二人の安否を確認する。それが今取れる、最優先事項であった。
「取りあえず、まずはあの区画まで行ってくる。二人が居ようと居まいと、状況を確認してから、またナルバまで戻ってくる」
「はい、ジークさん。それでお願いいたします。それでは皆さん、気を付けて――」
シュゼットが道を開けるとジーク達はこくりと頷き、そして飛び込むように『門』へと消えて行った。
これが今打てる、最善の手――。シュゼットが祈るような気持ちで『門』を見つめていると、街の方から聞きなれた鳴き声と共に、階下より慌ただしい足音が聞こえてきた。
「――っ!シュゼット嬢…!」
息を切らせて駆け上がってきたのは、アンネリーその人だった。その頭上をイリノスがゆっくりと旋回すると、一声鳴いて街の方へと戻って行った。
「アンネリー殿!来てくださったんですね!」
膝に手をつき息を落ち着かせているアンネリーを認めると、シュゼットが駆け寄る。余程急いで来たのだろう。大きく二、三度息を喘ぐと、黒縁眼鏡越しにシュゼットに問いかけた。
「シュゼット嬢、使いをありがとう。それで、アーシェ達は…?」
「今、ジークさん達が迷宮へと潜られました。状況からして恐らく新区画に飛ばされたのではと言う事で、ジークさん達には新区画まで可能な限りの速さで到達していただき、二人の安否確認をお願いしてあります」
アンネリーにはアーシェとエマが、迷宮に迷い込んでしまった事のみを伝えている。その為シュゼットが手短に状況を伝えると、アンネリーは険しい顔をして『門』を見やった。探索隊を組織するために慌ただしかった先ほどとは異なり、今は始源の祭壇全体が静寂に包まれていた。そしてそこには、いつもと変わらず揺れ動いている虹色の靄。それを見つめていると、思わずぽつりと、アンネリーから素朴な疑問が漏れた。
「…今回の件は、騎士団も絡んでいるのだろう?何故冒険者であるジーク達が、依頼も無く動いているのだ…?」
教会騎士団の勤めには、信徒たちの保護が含まれている。その為今回の様な事態であれば、率先して彼らがその任に就くはずだ。しかし新区画までの道のりは、冒険者ギルドの方が一日の長がある。であれば保護者たるアンネリー自身の所に、ギルドから救出依頼の要請を出すよう、働きかけがあって然るべきだ。しかしアンネリーは救出依頼は出しておらず、またその様な話はシュゼットの伝言にも含まれていなかった。だからこそ、急いで始源の祭壇まで駆け付けてきたのだ。
アンネリーの最もな疑問を耳にすると、シュゼットは困った様に笑い、自分も先ほど同じ気持であったと述べた。
「リーザさんに怒られてしまいました。ナルバの冒険者は、仲間の為には命も惜しまない。そしてエマさんとアーシェさんは、既に大事な仲間である、と…」
その言葉に、アンネリーは大きく目を見開いた。
ナルバの冒険者の結束が固い事は有名だ。それは他の街では考えられない程で、故に国内の冒険者ギルド内でも異質と言っても良い。しかしそれはナルバと言う近年稀に見る高難度の迷宮がある為で、それ故、同じく迷宮を潜る者同士の相互補助の精神だとアンネリーは思っていた。
しかし、エマとアーシェは厳密に言えば迷宮とは何ら関わり合いは無い。エマはジーク達の常宿の看板娘であるが、言うなればその程度。アーシェに至ってはつい数週間前に出会ったばかりだ。
ジーク達はその程度の繋がりでしかないエマとアーシェを、『仲間』として扱っているのだ。その為には、自身の危険も顧みない、と――。
その献身的なまでの精神に、だがアンネリーの脳裏に瞬時に浮かんだのはジーク達に対する感謝でも感動でも無く、ましてや弟子の身の心配でもなかった。そのすこぶる身勝手で自分本位な思いに気が付き、一瞬目の前が暗くなる。アンネリーはアーシェとエマの救出を口実に、ギルドとのしがらみなく自由に迷宮へ潜れると、瞬間考えたのだ。
乾いた嘲笑が思わず漏れる。どこまでも自分は下種な人間だと、無感動に自身に絶望し――しかし躊躇は一瞬だった。
アンネリーは意を決してすっくと立ち上がると、ゆっくりと『門』へと歩いていく。
「…?アンネリー殿?」
訝しげに見上げるシュゼットを横目に、挑むように睨みつけるその先にはいつもと変わらずたゆとう『門』。美しいその佇まいとは裏腹に、その先は生死が隣り合わせの世界が広がっている。
「…冒険者であるジーク達が動いてくれているのだ。師匠である私が、手を拱いていてよいはずがない」
「…なっ!アンネリー殿?!」
驚くシュゼットの声を無視し、すっと左手を翳すとアンネリーは『門』へと突き出した。
「開け!異界の『門』よ!!我が弟子、取り返させてもらう!!」
「ア、アンネリー殿っ!!」
しかし突き入れられた左手は『門』に弾かれた。が、アンネリーは怯まず押し返す。バチバチと不快な音を立てながら、虹色の靄が荒々しく波立った。
「通せ!お前に私を拒む権利は無い!!」
更に一歩前へと踏み出すと、依然『門』は波立っているものの、突き出した手のひらは『門』の中に押し込まれた。アンネリーの周りではバチバチと不快な音と、突風が吹き荒れている。
「アンネリー殿!!危険です!下がってください!!」
今では始源の祭壇全体をごうごうと風が渦巻き、この『異物』に対して唸りを上げている。しかしシュゼットの必死の呼びかけもむなしく、アンネリーはにやりと笑うと、一歩ずつ自身を『門』へと押し込んで行った。
そして遂には、アンネリーの体は『門』の彼方へと消え去った。
後には先ほどまでの嵐が嘘の様な、静寂に包まれた始源の祭壇が残されるだけだった。
「…な、な、な、何てこと…」
呆気に取られたのは、それを見ていたシュゼット達だった。通常、『門』を押しとおると言う事は不可能だ。以前同じような事をした力自慢の冒険者は、手ひどく『門』に拒絶され、その巨体を吹き飛ばされたと言う。しかし呆然と見守る中、アンネリーの姿は確かに『門』の向こうへと消え去り、あれ程まで拒絶し荒れ狂っていた『門』も、平穏そのものとなった。
「…!!大変!こうしては居られない…!」
はっとその衝撃から目覚めると、シュゼットは辺りを見回して手じかな冒険者へと指示を飛ばした。
「そこの貴方は急いでギルド長へと報告をお願いいたします!そちらの方はこの場を受け持ってください!私はアンネリー殿を追いかけます!!」
そう言い残すと、シュゼットもまた『門』へとその身を躍らせた。
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ジーク達は足早に迷宮を突き進んでいた。最大限の警戒は維持しながらも、しかし今までにない速度で迷宮をひた走った。目指すはアーシェと出会った新区画。しかし状況からして二人の内どちらかは酷い怪我を負っていると言う。自然と、皆歩調が速くなった。
すると突然、先頭を走っていたリーザが歩を止め、停止の合図を送ってきた。ジーク達の目と耳では捉えられない何かを、リーザが感知したようだ。幸いにもリーザの感知能力のお蔭で、ここまで戦闘らしい戦闘は避けられてきた。今回もそう願いながら彼女の周りに集まると、しかし一心に暗闇に目を凝らすリーザの表情は険しかった。
「…最悪。ボーンナイトが最低でも三体、こっちに向かってくるわ」
小声で告げるリーザに、思わずそれぞれ舌打ちした。ボーンナイトは、その名の通り人型の骨ゾンビだ。迷宮で死んだ冒険者のなれの果てとも言われ、生前愛用していたと思われる武器を巧みに使う。基本集団で行動を行い、しかも多少の破損程度では活動を停止しない。出会えば下手をすると長期戦・消耗戦を強いられるうえ、得られる素材も無いと言う事で、迷宮内でも出会いたくない魔物の代表格だ。
「三体…と言う事は斥候と見るべきだな。その後ろに、恐らく本隊がいる」
「がーっ!くっそう!!急いでいるときに何でこんな奴らとカチ当たるんだ!リーザ、他に道は無いのか?!」
「残念。ここ、一本道なのよ…」
困った風に眉根を寄せて、ふぅ、とため息をつくリーザ。それを見て、やれやれと首を振ると、シリウスが杖を左手に持ち替えた。
「仕方がないですね…。これは突き進むしかないのでは?」
「ジーク、どうする?」
問いかけてくるシリウスとリーザに、一瞬険しい表情を浮かべるジーク。本音を言えば、こんな所で時間をかけていたくない。しかし後ろに戻ろうにも、隠れる場所などこの近くには無い。
「…三体の斥候は、俺とデュークで相手をする。リーザとシリウスは後ろに控えててくれ。はぐれ部隊ならそれでよし。もしも後ろに本隊が居るようなら、シリウス、今回は積極的にかましてやってくれ」
「了解です。今日は魔石の精霊達も連れてきました。彼女たちにも力を振るってもらいましょう」
「時間をかけたくない。最大出力で蹴散らして、先を急ぐぞ!」
「「「おうっ!」」」
そして四人はボーンナイト目がけて走り出した。




