表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/68

閉ざされた宮殿

「―――っいったーーーーぁい!!」


強かに背面を打って、エマは思わず声を上げた。よく分からないが一瞬体が宙に浮いたと思ったら、どうもどこかへ体ごと吹き飛ばされてしまったようだ。その次に来たのは予期せぬ痛み。エマは思い切り顔をしかめ、その状況に不平を上げた。


しかし。


眩しい日差しに目を細めながら瞬くと、視界に入るのは一面の青空。しかしそれは、自分が知っているナルバの空では無い事に、エマはすぐに気が付いた。


(ナルバの空はこんなに濃く青くない…。…え、ここ…は…?)


エマは自分の目にする物が信じられなくて、思わず何度も目を瞬いてしまった。


「…う…っ」

「…!!!!!」


目に入る青を信じられずに見つめていると、直ぐ近くから人の声が聞こえてくる。エマは思わず飛び起きると、声のする方向に目を向けて驚きの声を上げた。


「――!!アーシェちゃん!!!」


そこにはまだあどけなさが残る、見知った少年が横たわっていた。

エマは思わず駆け寄ると、アーシェは再度小さくうめき声をあげた。


「…あ、エマ…さん…?」


うすぼんやりとした瞳に段々と光が戻ってくると、アーシェはエマを認めてゆっくりと微笑んだ。


「――っ!!」

「!!アーシェちゃんっ!大丈夫?!」


起き上がろうとしてアーシェがうめき声をあげ、エマは慌てて手を差し出した。痛みに顔をしかめるアーシェ。そして向ける視線の先――アーシェの右腕は不自然に垂れ下がった状態だった。


「…ア、アーシェちゃん…。もしかして、その右腕…」


エマは蒼白になった。うっすらと、アーシェが自分を抱き留めてくれたのは覚えている。目の前に迫ってきた魔法の固まりに恐怖した時、アーシェが寸での所でエマを庇ってくれたのだ。しかしその結果、アーシェの右腕が動かない…。アーシェもゆっくりと腕を動かそうとして――そして苦痛に悲鳴をあげた。


「…!!アーシェちゃん!!!」


良く見ると、むき出しの二の腕は赤く腫れ上がり、傍目にもじくじくと熱を持っているのが分かる。しかし慌てるエマを大丈夫だと制すると、アーシェは痛みをこらえながらゆっくりと腕を動かした。


「骨やられたみたい。指先は動くから、心配しないで」

「…っ!!ごめんねっごめんねアーシェちゃん…!私を庇ってくれたばっかりに…!!」

「わわわっ!エ、エマさん泣かないでっ!!」


えぐえぐと泣きはじめたエマに、逆にアーシェは酷く慌てた。しかし大粒の涙をこぼしながら、中々エマは泣き止まない。オドオドしながらやっとの思いで宥めすかすと、エマが泣きはらした目を擦りながら、恥ずかしそうにはにかんだ。


「えへへへ…これじゃどっちが年上か分かんないね…」


照れたように微笑むエマ。ほんのりと頬が赤いのは、泣いたせいだけではないだろう。やっと落ち着きを取り戻したエマに安堵すると、アーシェはゆっくりと立ち上がり辺りを見回した。


――そこには数週間前、アーシェが初めて足を踏み入れた迷宮と、同じ情景が広がっていた。


「ここ…どこなのかな?ナルバ…じゃないよね?」


アーシェに釣られて辺りをキョロキョロと見回すエマ。しかしその動作はどこか怯えていて落ち着きが無い。急に見知らぬ場所に放り出されたら、そうなるのも無理はない。しかしアーシェは最悪の事態は免れたことに、心の底から安堵した。


「良かった…。ここなら大丈夫。魔物は出ないよ」

「魔物?!…じゃ、じゃあ、ここってもしかして…!」

「うん、ここは『ナルバの迷宮』。そして最近冒険者達が話している、『隠された区画』だよ」

「―――――ええええええええええええ?!」


エマの盛大な悲鳴が、静かな迷宮に響き渡った。突然の大音量に首を竦めるアーシェ。そんなアーシェを見て、エマは急いで自分の口を両手で塞いだ。ここが迷宮なのであれば、魔物が至る所に隠れているはずだ。瞬間青くなったエマは、きょろきょろと辺りを見回し始めた。


そんなエマの仕草に苦笑しながら、アーシェも再度辺りを見回してみた。その目に映る光景は、前回来た時とほとんど変わりが無いように見える。空は依然明るさを損なわず、また周囲には生き物の気配が感じられない。後ろの大きな扉が閉ざされている事を確認すると、アーシェは一先ずほっと息を洩らした。


「ねぇ…アーシェちゃん…。アーシェちゃんはどうしてここが迷宮だって分かるの…?私が宿屋の冒険者さん達から聞いた話と、随分と違うんだけど…。それに『隠された区画』って…」


未だ辺りを警戒しながら、おずおずとエマが聞いてきた。彼女の疑問は最もだ。アーシェ自身も、初めてここに迷い込んだときには同じことを考えた。


「実は俺、一回ここに迷い込んじゃった事があるんだ。だから間違いない。ここなら迷宮の中だけど魔物は出ないし、上手くしたらジーク達が助けに来てくれる」

「本当?!よ、良かった…!!」


余程不安だったのか、エマはへなへなと地面に座り込んでしまった。うっすらと目尻に涙も溜まっている。アーシェは思わず苦笑してしまった。


(まあそれも、あの扉が開かなければの話なんだけど…)


その事はエマには伝えず、アーシェは勤めて明るい声でエマに呼びかけた。


「でもだからって、ここにずっと蹲っている訳にもいかないよ。もしかしたら調査に来た冒険者の人が、何か使える物を残してくれてるかもしれない。だからあっちの方を調べに行こうよ」

「そ、そうよね!!こんな所にずっと座ってるわけにも行かないものね!」


エマは顔をごしごしと乱暴に拭くとさっと立ち上がり、ぱんっと両手で頬を叩いた。


「私の方が年長者なんだし!!こんな所で怖がってちゃダメだよね!うん!よしっ!一緒に探検しに行こう!!」

「…え、あ…、た、探検…??」

「そうと決まったらまずあっちの廊下が怪しいわ!アーシェちゃん、私の後をついてきて!」

「…あ!エマさん待って!一人で動くのは流石に危険…!!」


エマの切り替えの早さに驚きつつ、アーシェは慌ててエマを追った。


*********************************


「結局、大したものは見つからなかったわねぇ~…」


区画の中を一通り見て回ったものの、残念ながら目新しい発見は何も無かった。

今は二人して木陰になる廊下で、腰をかけ休んでいる。


「でも、エマさんが応急処置のやり方を知ってて良かったよ。お蔭で腕、大分楽になった」


アーシェの右腕には今、真っ直ぐに添え木が巻きつけられていた。小部屋の一つで見つけた板とロープを使って、エマが応急処置をしてくれたのだ。力なく垂れ下がっている事には変わりは無いが、先ほどよりは大分ましだ。


「良かった。ほら、うちって冒険者を主に相手にする宿屋でしょ?だから人の手当てをする事多くって。でもまさか、こんな所で役に立つとは思わなかったけど」


たまには酔っ払いの喧嘩も役にはたつのね。


その後に聞こえてきた言葉は、取りあえずアーシェは聞かなかった事にした。可愛らしい顔の割に、流石荒くれ者が集う宿屋の看板娘。中々肝は据わっているらしい。


「――それにしても、一体どれくらいの時間が経ったのかしらねぇ…」


エマはぼんやりと空を見上げた。

空の明るさは依然変わらず。どれだけの時間が経ったのか分からないのは、助けを待つ身としてはいささか堪える物があった。


(まさか魔時計の重要性を、実感する事になるとはなぁ…)


アーシェも思わずため息を禁じ得ない。一般庶民は、空の運航で時を計る。その為、こうして寸分たがわぬ情景が空に広がり続けると、どうにも体の感覚が狂ってしまうようで落ち着かないのだ。


「こうやって空を眺めている分には、平和そのものなのに…。でもここは、それでも危険なナルバの迷宮なのよね」


雲一つない景色はあいも変わらず、そして鳥のさえずり一つ聞こえてこない。魔物の心配をしなくても済む分、一見安全な空間の様に思えてくるが、しかし不自然なまでに生き物の気配がしないこの空間は、やはり異様な緊張感を居る者に強いた。


「そうだね。でも今回はエマさんが一緒で良かった。またここに一人で放り込まれるかと思うと、やっぱり怖いもん」


アーシェはこの前の事を思いだし、きゅっと体を竦ませた。あの時、ジーク達が現れるまで、どれだけ不安だったか…。今回は二回目だしエマも居る。アーシェとしては、それにどれだけ助けられているか、思わずには居られなかった。


「そっか…。アーシェちゃんが初めて来たときは、ここに一人で飛ばされちゃったの…?」


不安げに聞いてくるエマに、アーシェはこくりと頷いた。


「夜中に始源の祭壇まで登ってきたら、見張りの人が誰も居なくって…。それで興味本位で『門』に近づいたら、ここに飛ばされちゃったんだ。最初は聞いてた迷宮の感じと全然違うから、全く関係ない所に飛ばされたんだと思って…。それに人気も無くて外に出る出口も無い。あの時はジーク達が偶々助けてくれたけど、それが無かったら…」


今にして思えば、自分は本当に幸運であったと思わざるを得ない。もしもあのまま誰にも気が付かれずに、時間だけが過ぎていたら…。その事を思うと今更ながら、アーシェは身震いする思いだった。


「…アーシェちゃん…」

「あ!でも今回は大丈夫!あれだけ派手に騒いだんだ。ジーク達がきっと助けに来てくれる。それに今はエマさんが居るし、そんなに怖くないよ?」


精一杯の感謝をこめて、アーシェはエマに微笑んだ。エマの持ち前の明るさは、こんな時でも変わらない。アーシェとしては、それに感謝をしたかった。


しかしエマは何を勘違いしたのやら、感極まって何故かアーシェに抱き着いてきた。


「やーーん!!アーシェちゃんっ!健気~~!!可愛い~~!!」

「え?!ええ?!?!ちょ、ちょっとエマさん?!?!」


ジタバタと暴れようにも、しっかりと抱きつかれた挙句に、アーシェの右手は動かない。わたふたと慌てていると、エマは更なる爆弾発言を投下した。


「よし!!決めたわ!アーシェちゃん、良かったら家に婿入りしない?!」

「…え、ええええええ?!」


意味が分からず絶句するアーシェに、しかし恐ろしい事にエマの眼差しは真剣だった。


「アーシェちゃんが魔道具師を目指しているのはよく分かってるわ!でも良かったら宿屋の経営も考えてもらいたいの!いや、むしろ専属魔道具師がいる宿屋って、冒険者的にはかなりお得じゃないかしら?!宿泊者には割引で鑑定してあげるとか、そういうサービスを一緒に出来たら、これってかなりの美味しい差別化よね!その上アーシェちゃんとしても色んな依頼が入ってくるわけだし、一石二鳥じゃないかしら!私としてもアーシェちゃんがお婿さんに来てくれたら、すっごく嬉しいし、私達、上手くやっていけると思うの!!」


あまりの展開についていけずアーシェが目を白黒させていると、エマはなおも滔々と語り続けた。しかしそうこうしている内に、エマの中では既にアーシェが婿入りする事が決定事項となり、明るい家族計画にまで話が及んだ時、思わず素で叫び声をあげていた。


「…ま、待ってエマさん!!俺男じゃないからっ!!」

「………………………………………………………………………え?」


たっぷり10秒は経っただろうか。今度はエマが目を白黒させる方だった。アーシェとしてはこれ以上なく疲れた気がする。がっくりと項垂れると、どこでこうなったと痛む頭を思わず抑えた。


「…え、アーシェちゃん…。男じゃないって…。え、お、女の子…?」

「て言うかエマさん…。てっきりリーザと一緒の呼び方で呼ぶから、ジーク達から聞いてたんだと思ってたよ…」

「いやいやいやいや、私がアーシェちゃんって呼ぶのは、どっちかっていうと可愛いからその方がしっくりくるなって思ってて…」


はぁ、とアーシェは深々とため息をついた。まさかこんな所でこんなややこしい話になろうとは…。再度アーシェはため息をつくと、ゆっくりと重たい口を開いた。


「…まぁ、男の振りしてるのは事実だから仕方がないんだけど…。ジーク達にはこの前迷宮であった時にばれたし、他にも師匠とか少ない人は知ってる。俺、ナルバに来る前は旅暮らしだったから、男の格好してた方が色々と都合が良かったんだよ」


驚きに大きな瞳を更に見開き、エマはじっとアーシェを見つめた。


「だから今も、積極的に女の子だってばれる様なことはしたくないんだ。できれば男扱いの方が、俺も楽だし…」


だからエマさんも、できれば―――


そう続けようとした言葉は、再度エマの猛攻によって押しやられた。


「アーシェちゃんっ!!こんなに小さいのに、実はあなたすっごい苦労人だったのねっ!!わ、私っわたしっ…!」

「ええええええ?!エ、エマさん?!なんでそこでエマさんが泣くの?!?!」


またもやアーシェを混乱の坩堝に叩き込んだエマは、しかしアーシェの思いむなしく中々泣き止むことは無かった。



エマ、こんなに賑やかな子になる予定では無かったのに…(苦笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ