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軋轢

シリウスが精霊達との契約に成功してから、更に数日が過ぎた。穏やかな日常が戻り、アーシェはアンネリーの元、一層修行に邁進する日々だった。ジーク達も時折ふらりと店に顔を出すようになり、取り留めも無い話をして帰って行く。四人はまた定期的に迷宮に潜っているようで、時折迷宮で拾った素材等を持ち込んでくれることもあり、アーシェの知識欲を大いに刺激した。


ギルドの新区画調査のための調査員選定は、中々に難航しているようだった。どうも教会から睨まれる事に皆二の足を踏んでいるようで、辞退する者が多いとジークがぼやいていた。また教会も失った研究者の確保に奔走しており、迷宮の中でも深度の浅い神殿区画の方が、新規の研究者達にとっても好まれているようだ。


そうこうしている内にアーシェ達が見つけた新区画は、『力ある者しか足を踏み入れる事の出来ない、隠された区画』としてまことしやかに囁かれる様になった。人の口には戸は立てられない。しかしこれは、いたずらに教会との軋轢を深めるだけに終わった。巨人討伐と神殿区画の発見に勢いづく教会と、謎に包まれた新区画を信じる冒険者。騎士団と冒険者の不仲は加速度的に増され、その弊害は迷宮内には飽き足らず、ナルバの街にも及ぶようになった。


そんなある日。アーシェはアンネリーに頼まれた日用品の買い付けに、ナルバの大通りまで足を運んでいた。出不精なアンネリーに代わり、アーシェはこういった細々とした用も申し受ける。馴染の八百屋で野菜を仕入れ、さて次の店へと足を向けるその時。大通りに軒を連ねる『ヤマネコ亭』の前を通る時だった。


「親父っ!!大変だ!!!」


忙しない往来を掻き分けて、一人の冒険者の若者が宿に飛び込んで行った。その血相に、思わずアーシェも足を止める。ここはジーク達の常宿で、彼らと知り合う様になってからは、何度となく足を運んでいる。そこに物凄い勢いで飛び込んで行った冒険者に眉を潜め、思わずアーシェは足を止めた。そして聞こえてくる次の言葉に、アーシェは全身から血の気が引いた。


「エマちゃんが、騎士団に攫われた!!」


どよめく店内からは怒号と女性の金切り声が聞こえる。断片的に聞こえる会話から、どうもエマは騎士団と冒険者の喧嘩に巻き込まれたらしい。程なくして宿屋の親父が蒼白な顔をして飛び出してくると、アーシェも思わず駆け出していた。


(エマさんが…!!)


エマとは、アーシェが『ヤマネコ亭』に通う様になってから知り合った、店の看板娘だ。リーザより少し年下の彼女は、愛くるしい表情ときびきびとした態度で、宿屋に訪れる誰からも慕われている。年の割に大人びているエマは、何かにつけて年下のアーシェの事を気にかけてくれていた。その彼女が、面倒事に巻き込まれていると言う。アーシェはとっさに、後を追う様に駆け出していた。


往来の激しい通りを駆け抜け、『ヤマネコ亭』の親父達から少し遅れて辿り着いた先は、始源の祭壇――『門』のある広間だった。


見知らぬ若者たちが、『門』を挟んで睨み合っている。いきり立つばらばらの風体の彼らは、冒険者達の様だ。対する青年たちは教会騎士団の制服を纏った、見るからに家柄の良さそうな青年たち。しかしその表情は酷薄に歪められ、しかも中心に居る青年の腕の中には、身動きの出来ないエマが捕らわれていた。


「――っふざけんなてめぇらっ!!エマちゃんを放しやがれっ!!」


今にも剣を抜きそうな程張りつめた冒険者の青年に対し、騎士団の制服を纏った男はくすりと嗤うと、一層エマを囲う腕を抱き寄せた。


「放せとは人聞きの悪い…。僕たちはただ、彼女とお話をしているだけですよ。先の無い冒険者何かよりも、僕たち教会騎士団の方が余程、将来性がありますよ、と――」


視線は冒険者達に注ぎつつも、これ見よがしにエマの耳元で囁く教会騎士。エマは全身全霊で顔を背けようとするものの、腰と顎を固定されて身動きが出来ない。


「――ねぇ、御嬢さん。こんな弱腰の冒険者何かよりも、僕たち教会騎士団の方が余程将来は有望ではありませんか?今はいい機会です。隠された区画などと世迷いごとを抜かす奴らなんかよりも、僕たち騎士団の方が――」


うっすらと囁く青年に、エマは懸命に顔を背けようとする。しかしそんな彼女の努力をあざ笑うかのように、ねっとりと耳に舌を這わされた瞬間、エマは嫌悪に悲鳴を上げた。


「――ッエマさん!!」


誰よりも先に駆け出していたのは、アーシェだった。エマの姿に居ても立っても居られなくなり、思わずエマ目がけて走り出すアーシェ。その姿に驚きと共に見開かれたエマの視線が交錯したかと思うと、無造作にエマは放り出された。唐突に解かれた拘束に体が付いていけずに、たたらを踏んでしまうエマ。そんな彼女をあわや抱きとめた瞬間、アーシェは背後から凄まじい衝撃を感じると、エマ諸共吹き飛ばされた。


「―――――っっ!!!!!」


誰かの叫び声が聞こえる――


アーシェはしかし抱き留めた温もりを一層抱きしめると、意識はそのまま虹色の靄へと吸い込まれて行った。


***********************


「――っ!!」

「エマちゃんっ!!」


掛けられた声もむなしく――。アーシェとエマは、始源の祭壇の『門』に吸い込まれるかの様に、既にこの場から掻き消えていた。


「…っ!!エマッ!!!!!」


『ヤマネコ亭』の親父が後を追う様に『門』へと突進するものの、強烈な『門』の拒否に会い派手に吹き飛ばされる。居合わせた者たちが呆然と事の成り行きを見ていると、程無くして忙しない足音と共に、二人の男女が現れた。


「何事だっ!!!」


現れた男は、威厳と風格を漂わせる男性――コルナー中隊長と、ピンク色の髪を靡かせたシュゼットであった。息を切らして現れた姿から、恐らく喧嘩が始まって直ぐに連絡が行ったのだろう。しかし二人の努力の甲斐むなしく、始源の祭壇にはただただ沈痛な静寂が漂うだけだった。


「ドレスナー小隊長!!!」


素早く状況に目を走らせると、コルナー中隊長は落雷の如き怒声を響き渡らせた。


「――ッ!!は、はい!!」


条件反射で反応してしまう青年の姿には、既に先ほどまでの優位者の驕りは一片も見えなかった。しかしコルナー中隊長の詰問は続く。その傍ら、シュゼットが忙しなく目線を走らせていると、『門』の靄よりリーザが泣きそうな顔をして現れた。


「――リーザさん!!」

「…!!シュゼットさん!!」


いち早く声をかけたシュゼットの元に、リーザは今にも泣きだしそうな顔をしながら駆け寄ってきた。


「どうしよう…!!アーシェちゃんとエマちゃんが『門』に引き込まれちゃって…!!私急いで追いかけたんだけど、『門』の先には二人とも居ないの…っ!!」


絶望的な表情で頭を振るリーザに、シュゼットも血の気が引く思いだった。『門』の向こうは所詮弱肉強食の世界だ。リーザが入った先で見つけられなかったとすれば、既に捕食されたか捕らわれた後か…。瞼に涙を溜めて頭を振るリーザを横目に、シュゼットはしかし別の可能性を提示した。


「リーザさん、落ち着いてください。引き込まれたのはアーシェさんとエマさん。間違いは無いですね?」


努めて落ち着いた声音で問いかけるシュゼットに、リーザは目尻に涙をためつつも、大きく頷いた。


「――であれば、二人は無事かもしれません」

「…え?」

「リーザさん。思い出して。アーシェさんが初めて迷宮に入ったときのことを」

「…!!」


思わず手で口元を抑えるリーザに、シュゼットは再度瞳を見つめながら大きく頷いた。もしも二人があの新区画へと飛ばされているのであれば、生き残るチャンスはある。しかし再度リーザは息を呑み、絶望的な表情で凶事を告げた。


「でもシュゼットさん…!恐らくアーシェちゃんかエマちゃん、酷い怪我を負っているかも…!!」

「!!」


息を呑むシュゼットに対し、リーザは掻い摘んで二人が『門』に飲み込まれた時の事を説明する。騎士団と冒険者がいがみ合っていた事。エマを助けようとアーシェが飛び出した事。そして冒険者の一人が放った魔法を躱すために、騎士がエマを突き飛ばし、タイミング悪くアーシェ共々魔法と共に『門』へと消えて行った事――。


流石のシュゼットも、状況の悪さに歯噛みした。怪我をしている可能性があるのであれば、いかに魔物の出ない新区画であったとしても、長く放っておけるわけが無い。そしてもしも二人が飛ばされた区画が新区画以外であったら…。シュゼット達に二人を無事見つけられる可能性は、万に一つも無くなる事になる。


しかし最悪の可能性を頭から追い出し、シュゼットは毅然とした態度でリーザを見上げた。


「――リーザさん、ジークさん達をお呼びする事は出来ますか?」


瞳を未だ不安に揺らめかせるリーザは、しかし訝しげにシュゼットの言葉に耳を傾けた。


「現状、私たちに出来る事は少ないです。まずは最速で新区画へ到達し、二人の捜索を。それが出来るのはジークさん達だけです」


本当は新区画への道筋を知っている物は他にも居るのだが、経験値と言う意味ではジーク達が一番だ。


「まずはリーザさん達に新区画へと潜っていただきます。私はここで、これから迷宮に出入りする方々に対し、捜索の依頼を行います。分かる範囲で捜索を――。今できる事は、今やりましょう」


明確な指示がなされ、リーザはやっと落ち着きを取り戻してきた。自身の役割を理解するとリーザは未だ蒼白な顔をしつつも、強い眼差しで頷き返した。


「――二人の捜索の依頼は私が出しましょう。アンネリー殿への報告も、私から行います。問題は報酬ですが――」


そこまで言うと、リーザはふいにシュゼットを遮った。そしてゆっくりと頭を振ると、強い口調でシュゼットへと向き合った。


「見損なわないでシュゼットさん。私たちは普通の冒険者じゃない。『ナルバ』の冒険者よ。エマもアーシェちゃんも、私たちの大事な仲間。助けるのに理由はいらないわ」


通常報酬が絡まなければ動かない冒険者としては、あり得ない発言だった。しかしリーザは、二人を身内と捉える発言をしている。仲間の為であれば、命も惜しまない――。それがナルバに生きる冒険者としての、暗黙の了解であった。


「…申し訳ありません、リーザさん。まだまだ私はナルバの流儀に不慣れですね」


困った様に笑うシュゼットに対し、リーザはにこりと軽く微笑んだ。


「それではリーザさんはジークさん達と合流し、速やかにあの区画へと向かってください。私はここに残り、これから迷宮へと潜る方々に、お二人を見かけた際の保護を呼びかけます」

「うん、お願い!」


言うや否や、リーザの姿がシュゼットの目の前から掻き消えた。リーザの得意とする『俊足』の技。シュゼットは初めて間近に見て、思わず感嘆の声を漏らした。


(いえいえ、こうはしていられません)


気持ちをキリリと正すと、シュゼットは何事か宙に唱え魔力を飛ばす。すると程なくして一羽の白銀の鷹が、シュゼットの元へと舞い降りた。シュゼットは何事かつぶやくと、鷹は心得たとばかりに一声鳴き、また空の彼方へと飛び立っていった。


(これでアンネリー殿への連絡は済みました。後は――)


未だ説教を続けている教会騎士団へと意識を向ける。捜索に、人の手は多いに越したことはない。ましてや今回の件は、教会側にも非があると見てしかるべき。シュゼットは騎士団の中でもランドルフ大隊長に次いで穏健派と言われるコルナー中隊長が、駆け付けた人間であったのが不幸中の幸いであると思った。


(コルナー中隊長…。話せば分かる方と聞いていますが――)


とは言え、油断は禁物。未だ一触即発な雰囲気を漂わせている騎士団を前に、シュゼットは威嚇しすぎず、それでいてへりくだり過ぎても居ない語調で、二人の捜索の依頼を切り出した。


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