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魔石の精霊

「そう言えばその…ジークとデューク、今日は居ないんだな?」


店を出て、三人はナルバの街を東方向に進んでいた。ナルバの街は、始源の祭壇がある丘を中心に、南側に向けて主に栄えている。しかしシリウスの言うとっておきの場所とは、始源の祭壇のほぼ裏手、北側にあると言うのだ。アンネリーの魔道具屋が街の東側に位置していたこともあり、三人は街を東側に迂回する形で、通りを歩いていた。


「ええ、今日は二人とも、ギルドからの依頼で新人の訓練です」

「訓練?」


思わぬ返答に驚き、アーシェはシリウスを見上げた。


「ジークもデュークも、ああ見えて人の面倒見が良いのですよ。その為、今回みたいに新人の適性判断も兼ねた訓練を頼まれることがあるのです」

「二人とも、人に教えるのが上手いのよね。二人で相手の長所短所を指導したり、模擬戦で戦術を学ばせたり。結構評判がいいのよ」

「へー、ちょっと意外。――何となく、デュークが強そうなのは分かるけど…」


先日の事がある為、ジークに対しては少々気恥ずかしい思いがある。しかし二人はそんなアーシェの心の内など露とも知らず、更なる驚きの発言をした。


「私とシリウスはナルバで二人と出会ったんだけど、ジークとデュークは元々同じ傭兵団で育った、兄弟みたいなものなんだって。だから連携も息が合ってるし、色んなタイプの人を見ているから、指導も上手いらしいわよ」

「え…!傭兵団?!しかも四人とも、元々一緒じゃなかったのか?!」


アーシェは驚きに目を見開いた。てっきり、もう長くずっと四人でパーティを組んでいたものだと思い込んでいたのだ。


「そうね。私達が四人でパーティを組み始めたのは、ここ二年位の物よ。私もシリウスも、ナルバからの仲なの」

「かれこれ二年弱と言った所でしょうか。最初はリーザが二人とパーティを組んで、その後魔術師を探していた所、私を誘ってくださったんです」

「ま、二年も一緒にナルバに居れば、そろそろ古参とも言われちゃいそうだけどね~」


何てことないと言った風に笑うリーザとシリウスに、アーシェは驚きに目を見開いていた。あれだけ息の合った連携だ。てっきり四人とも長くパーティを組んでいたのかと思っていたが、自分がナルバに来てからと左程違わない年月しか過ごしていないと言う。冒険者と魔道具師とでは比べるべくも無いが、アーシェは四人との間に横たわる技術の溝に、何故か胸が抉られる思いがした。


「アーシェちゃんは?元々ナルバって訳では無いんでしょう?」


首を傾げて覗き込んでくるリーザに、内心の思いをひた隠し、アーシェは答えた。


「う、うん。恐らく、ナルバに来たのは皆と同じころだよ。俺もまだ、季節を二順はしてない」

「おや、そうだったのですか。てっきりまだ日は浅いのかと思っていました」

「ええ~!じゃあアーシェちゃん、去年と一昨年の夏の大祭とかナルバに居たの?!それから去年の過ぎ越しのお祭りは?!」


それからのリーザの話しっぷりは凄まじかった。リーザは流石に年頃の女の子らしく、街の色々な情報に詳しかった。夏の大祭で花の乙女をやったのは、二番街にある雑貨店の看板娘だと言う話や、最近街外れに出来た美味しいお菓子のお店など、話題は尽きる事を知らないようだ。次から次へと飛び出す話題に、目を白黒させてしまうアーシェ。時折苦笑しきりのシリウスも話題に引き入れながら、気が付けば既に街の反対側、ナルバの北側へと足を踏み入れていた。


そこは賑やかな南側とは全く別種の、静けさが支配する土地だった。


なだらかな南側の斜面とは別に、北側の大地は多少勾配が急になっている。日当たりも左程良いとは言えない北側の側面は、人気も無くただただ過去の残骸かと思わせる巨石や柱が、そこかしこに転がっていた。人の気配の全くしない荒涼とした大地は、ぐるりとナルバを囲む城壁が行く手に見えていなければ、城外と思ってしまっても納得の静けさだった。


「なんて言うか…。不思議な所ね」


辺りを見回しながら、リーザはぽつりとつぶやいた。既に道は無く、三人は草の生い茂るけもの道を歩いている。陽は頂点を過ぎてしまっている為、どうしても北側にある以上、若干の寒さと暗さは否めない。しかし不思議と、恐怖や嫌悪感を催させる雰囲気は無かった。


「…二人はナルバの北側には、来たことがありますか?」


先頭を歩くシリウスは、振り返ることなく問いを発した。


「私はナルバに着いた頃、一度だけ来たことがあるけど…。それ以外は来たことは無いわ」

「俺は初めてだ。てっきり、その…お墓があるだけの場所だと思っていた」


アーシェは辺りをぐるりと見回しながら、不思議そうにあたりに目をやった。シリウスはそんなアーシェをくすりと笑うと、振り向かずに声を発した。


「普通の街であれば、確かに街の北側は墓地となるでしょう。実際に、古代の巨石群に紛れて墓石が立っているのが見えますか?」


シリウスが指を指す方向に目をやると、確かに斜面の中腹より少し上の当たりに、幾つか巨石に紛れて墓石の様な物が見える。しかし無秩序に配されているそれらは、既に巨石の像と一体化しており、遠目からは巨石と墓石の違いは中々見分けられなかった。


「ナルバは特殊な町です。これだけ人口が増えても、その殆どが迷宮で命を落とします。故にナルバの北側の墓地は、迷宮が現れる前の景色が未だ残っているのです」


そう言ってシリウスが目指したのは、ナルバをぐるりと囲む城壁の一角だった。通常であれば、常に自警団が見回りをしている城壁であるが、目を凝らしても人影は見えない。街の正門である南門側と比べると、寂しいまでの朽ち方だった。


「シリウス。ここがお気に入りの場所なの?」


さも不思議そうにリーザが首を傾げると、シリウスはにこりと笑って壁に手を翳した。そして淀みなく魔法を詠唱すると、ぐにゃりと壁が歪み石造りの簡素な階段が現れた。


「――っわ!わわわわわ!目くらましの術?!」

「えっ、ええぇ?!見てなかった!!も、もう一回!!」


驚きの声を上げるリーザの隣で、アーシェも同じく息を呑んだ。目くらましの術自体は、さして珍しい魔術でも無い。しかし、ここまで完璧にその痕跡を隠し、また開くなど、中々出来る芸当では無かった。


シリウスは満足げに頷くと、ちらりと二人を見やり人差し指を口に当てた。


「お二人とも、他言無用ですからね?」


茶目っ気たっぷりに微笑むと、シリウスは慣れた足取りで現れた城壁の階段を上って行った。一瞬顔を突き合わせてしまったアーシェとリーザも、続いて階段を上って行く。石造りの階段は、城壁に沿うようにして上へと続いていた。さして広くは無い階段だったが、どうやら巡回用の回廊へと続く、簡易階段のようだ。左程長くも無い階段を上りきると、人ひとりが歩ける程度の、狭い回廊へと繋がっていた。


「…うわぁ、綺麗!!城壁からの景色って、こんな風になっていたのね~!」


無邪気に感嘆の声を上げるリーザの髪を、風が抜けながらはためかしていった。ナルバの北側は、ほぼ手つかずの状態だ。城壁よりも高い建物が無い事もあり、ナルバの北側を一望できるその景色は、壮観の一言だった。


「ナルバは比較的平和な街ですので、こちら側の警備は手薄になっているのですよ。誰も邪魔をしないこの景色は、私のお気に入りです」


そう言って笑うシリウスは、肩の力が抜けて、寛いでいるように見える。周りに遮るものの無い城壁の上では、風が縦横無尽に抜けていく。しかし見つめる視線の先はどこか茫洋としていて、力強い風の奔流に晒されながら捉えどころが無かった。


アーシェも荒涼とした大地を見つめながら風に身を任せていると、不思議と自然のもつ、抗いようの無い大きな力を感じた。自分が矮小で取るに足らない存在であることを知らしめられたかのような、そんな錯覚に陥りそうになる。諦念と諦めに身を浸しそうになった時、そんな気鬱な雰囲気を打ち壊したのは明るいリーザの声だった。


「うふふふふふっ。ねぇ、見てみて!」


リーザは軽い足取りで、城壁の塀の上に立っていた。否、縦横無尽に吹き抜ける風に身を任せながら、軽やかな足取りで塀の上を進んでいく。空に向かって伸ばされた両手は弧を描き、風と戯れるかの様に舞っていた。


「リ、リーザっ?!」

「わわっ!あ、危ないっ!!」


しかし顔面蒼白とは正にこの事だ。塀は足場と言うにはあまりにも脆くて狭い。いつ落ちてもおかしくない様な危うさで、シリウスもアーシェも、今にも心臓が止まりそうだ。


しかしこちらの気持ちを知ってか知らずか。リーザは笑いながらくるりと回る。


「大丈夫よ、アーシェちゃん。ほら、こんなにも風が気持ちいいの」


一際強く吹いた風に、リーザは体を預けて吹かれるに任せる。そして顔を空へと向けると、真っ直ぐに腕を差し上げた。


「それにねぇ、見て。――海の様な綺麗な青だわ」


青く澄んだ空はどこまでも続き、やがては海へと至るのだろう。リーザはこぼれる様な笑顔を見せながら、両腕で包み込むかのように空へと手を伸ばした。


「きゃっ!」

「――っ!!」


その時、一際大きな風がシリウスから巻き起こると、それはそのままシリウスとリーザを巻き込み、二人の周りをくるくると回り始めた。


「……っ!大丈夫!魔石の精霊だ!」


突然の事に一瞬身構えた二人だが、アーシェの声に安堵する。どうやら魔石の精霊が、外へと飛び出して来たらしい。風は二人を囲うようにくるくると舞い踊ると、気持ちよさそうに飛び回った。


「ふふ。呼ばれなくとも飛び出して来たって事は、よっぽどこの子達ここが気に入ったんだね」


アーシェの眼には気持ちよさそうに風と遊ぶ、二体の精霊が見える。最初は驚いていたシリウスとリーザも、それを聞いて胸を撫で下ろした。そしてリーザに至ってはじゃれついてくる風と楽しそうに舞い踊り、笑い声を上げながら戯れた。


「リーザ、すごい。まるで精霊が見えてるみたい…」


驚きに声を漏らすと、直ぐ近くでシリウスの苦笑が聞こえた。


「彼女は元々子どもや動物に懐かれ易い性質ではありましたが、私もまさか精霊まで手なずけるとは、驚きです」


やれやれと言った風に語るシリウスは、しかし悔しがる風も無く、穏やかな瞳でリーザ達を眺めた。


「さて…リーザ。そろそろこちらに。陽が暮れる前に本題を済ませませんとね」

「…あ、忘れてた!」


シリウスはやれやれと言った風に微苦笑を漏らすと、ローブの中から魔石を二つ取り出した。それは件の精霊達が新しい棲家として決めた、あの魔石だ。精霊達が外に出ているせいか、魔石は先ほどまでの輝きは無い。しかしそれでも純度の高い魔素に晒されていたお蔭で、薄っすらと青みを帯びていた。


「精霊さん。シリウスの話を聞いてあげて!」


リーザは自身の周りを吹き抜ける風に声をかけると、真っ直ぐに両手をシリウスへと差し出した。シリウスはこくりと頷くと魔石を両手の上に乗せ、受けとめるかの様にリーザの両手をその上に乗せた。


するとリーザの周りで吹いていた風は徐々に小さくなり、代わりに魔石を中心に新たな風が渦巻く。風が魔石へと移った事を確認すると、リーザはとんっと一歩遠のき、アーシェと一緒に固唾を飲んで見守った。


シリウスは風が吹きすさぶ両手の魔石を捧げ持つと、ゆっくりと魔力を練り上げ口に乗せ、精霊達へと語り始めた。


それは低い旋律に彩られた、古い魔導の言葉だった。歌う様に紡ぎだされる言葉には、意味は分からずとも意識を向けさせたくなる力がこもっている。魔力を込められた古の言葉は、二つの魔石へと捧げられた。


「…あ!アーシェちゃん!!」


シリウスの詠唱にじっと耳を傾けていると、リーザはその一瞬の変化を見逃さなかった。小さく感嘆の声を漏らすリーザの隣で、アーシェもまた目を見開いた。驚いたことに小さな精霊が魔石の上に、薄っすらと姿を現したからだ。


透き通った体は、足元の青から段々と緑色へと変わる綺麗なグラデーションを見せている。さらさらと流れる様な長い髪を後ろへとたなびかせながら、人型をした瓜二つの精霊は、しかししっかりとシリウスを見上げていた。


「素敵…。まさかこの目で精霊を見ることが出来るなんて…」


うっとりとリーザが呟いた。魔導の世界に身を置いていても、具現化した精霊を見る事などそうそう無い。アーシェですら、数えるほどだ。魔導師ですらないリーザにとっては正に、夢物語の一幕を見ているのと同じと言える。


長いシリウスの口上が終わると、三人は固唾を飲んで見守った。後は精霊達が決めるだけ。シリウスの顔も、若干緊張の色が見て取れた。すると精霊達はそれぞれ手を取り合うと、おもむろに浮かび上がり、三人を見下ろす高さまで登って行った。そして三人が緊張した面持ちで見つめていると、くるりと身を翻し宙に掻き消え、今度は大きな水球が現れそして爆ぜた。


「きゃあ!」

「うわぁっ」


思いもしなかった精霊達の悪戯に、三人とも思わず声を上げる。しかし水は霧雨の様に小さく弾け、キラキラと宙を舞い三人に優しく降り注いだ。


「び、びっくりしたぁ…」


思わずへなへなと座り込むアーシェの上にも、光り輝く雨粒は降り注いだ。太陽の光を浴びたそれは、三人の周りに静かに舞い降りてきた。


「ふふ、この子たちにしてやられましたね」


苦笑を漏らすシリウスも、表情は穏やかだった。


「あ!シリウス、その魔石…!」


アーシェが指差すその先には、また先ほどの様に光り輝く魔石が二つ、シリウスの手の内に握られていた。シリウスはアーシェの視線ににこりと応えると、ゆっくりと告げた。


「何とか契約は出来たようですよ。と言っても、そこまで強制力の無い、緩い関係ではありますが…」

「わぁ、やったわアーシェちゃん!凄いわシリウス!!」

「わわわっリ、リーザっ」


喜びのあまり思わず抱き着いてくるリーザに、アーシェは驚き後ずさった。しかし難なく捕まえられると、ぎゅうっと抱きしめてくる。そんな二人のやり取りを微笑みながらシリウスが見つめる。きらりと、二つの魔石が柔らかく揺らめいた。


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