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魔石と精霊と契約と

「アーシェちゃんこんにちは!遊びに来ちゃったよ!」


明るく元気な声で扉を開けたのは、溢れんばかりの笑顔を振りまくリーザだった。今日は一般的な町娘の様な、淡い茶色のワンピース姿だ。長いスカートの裾をはためかせながら入ってくると、薄暗い店内が一気に明るくなる様な気がする。リーザとは迷宮から帰ってきて以来の再会となる為、アーシェも驚きつつも笑顔で迎えた。


「リーザ…。少しは静かになさい。先客が居たらどうするつもりだったんですか」


呆れと共に次に現れたのは、いつもの魔術師のローブに身を包んだ、魔術師シリウス。小言を言いつつもしかしそれ以上強く言わないのは、いつもの事と諦めているのだろうか。明るく活動的なリーザと理知的で物静かな雰囲気のあるシリウスでは、正に対極に位置しているような性格の二人。にも関わらず、こうやって並ぶと妙にしっくりくる。


「はーい、気を付けまーす」


笑顔で全く反省の色の見えない返事を返すと、やれやれと言った風にシリウスはため息をついた。するとリーザはこっそりとアーシェの方を振り向くと、シリウスに気付かれないようにウインクを送った。その仕草が可愛くておかしくて、アーシェは思わず笑ってしまう。気が付けば二人そろって釣られる様に笑ってしまい、シリウスは余計に憮然とした表情になった。


「全く…二人して人を見て笑うとは、随分と失礼な方たちですね」

「ごめんごめん、シリウス。今日は魔石の様子を見に来たんだろ?」


目の端に溜まった涙を拭いながら、アーシェはシリウスに声をかけた。依然憮然とした面持ちではあるものの、頷き同意を返してくれる。アーシェはにこりと微笑むと、カウンターの中から木枠のお盆を丁寧に取り出した。


「うわぁ、綺麗!!シリウス、これがその噂の魔石なのね!!」

「これは…。素晴らしい、思った以上です」


顔をキラキラと輝かせながら、リーザが感嘆の声を上げ、シリウスも同意とばかりに息を呑んだ。そんな二人を満足そうに見上げると、アーシェはことりとカウンターの上にお盆を降ろす。


二日前に見た時からは想像もつかない程力強く光る魔石が、そこにはあった。淡い青を宿した二つの魔石は、自ら煌めきながら光り輝いている。今にも消えそうだった儚い煌めきは、今では力強く魔石の中で息づいていた。


「ここまで回復すれば、もう大丈夫。契約にも耐えられるよ」


にこにこと笑うアーシェは、本当にうれしそうだ。心なしか、魔石も嬉しそうに揺らめいているように見える。


「それにしても本当に綺麗。この加工も、アーシェちゃんがやったんでしょ?」


リーザが魔石に顔を寄せ、まじまじと見つめる。無数の細かい面に彩られた、二つの魔石。リーザも仕事柄沢山の魔石を見てきたが、ここまで細かく加工のされている魔石を見るのは、初めてだ。しかも不思議なことに、不規則に研磨されているのにも関わらず、見る者に『かくあるべき』と納得させてしまうような、そんな不思議な魅力を宿していた。


「魔素の流れと石の性質を見ながら削って行ったら、こうなっちゃって…」


気恥ずかしそうに答えるアーシェに、リーザはにっこりと笑いかけた。


「とても綺麗だわ。私、魔石の事はあんまりよく分からないけど、何だかこう…命の煌めきを見ているような気がする」


思わぬ賛辞を、太陽の様な笑顔で真っ直ぐに伝えられ、アーシェは顔を赤くして俯いた。


「それで、契約ってどうやってやるの?」


今度はシリウスを見上げる様に、くるりとリーザは顔を向ける。しかしその先でシリウスは低く唸り、厳しい顔つきで魔石を見やった。


「そうですね…。元々精霊との契約は不規則な物が多いので、これと言った術式があるわけでは無いんですよ。恐らく魔石に私の魔力を込めれば良いのだと思いますが…」


通常精霊との契約は、力のある精霊との対等な契約体系か、魔術師が魔術で精霊に枷を着けてしまう隷属の契約がある。一般的には前者が好まれ、後者を行う魔術師は人間からも精霊からも忌み嫌われるが、残念なことにそう言った外道に手を出す魔術師も少なくは無い。それは自身の力が大きければ確実に使役できるようになると言う事と、そもそも対等な契約を結べるほど力と自我のある精霊が少ない為だ。


シリウスの魔石に宿った精霊二体は、残念ながら元々確たる自我があるほどの精霊では無い。その為シリウス自身にその気が無くとも、一歩間違えれば隷属の契約になり兼ねない。その為それを望まないシリウスとしては注意が必要となる。が、シリウスなりにも過去の契約の詳細については調べてはいるものの、やはり逡巡してしまうのは否めなかった。


「難しく考えなくても、友達になれるか聞いてみれば良いんじゃないかな?」

「…え?」


首を傾げて見上げてくるアーシェに、シリウスは一瞬何を言われたか分からず、思わず見返してしまった。


「友達が困っていれば、普通助けてあげるだろ?それと同じだよ。契約なんて難しく考えないで、困ったときは力を貸してくれ。それじゃダメなのか?」


アーシェはシリウスが何を悩んでいるのか分からないと言った風に、不思議そうに見上げてきた。


「だってどっちにしろ、この子達は難しい事なんて言っても分かんないよ。人間で言ったら、子どもみたいなもんだもん。でも契約が成立すれば、意思の疎通はある程度出来る。だから困ったときに声かけて、力を貸してもらえるようになれれば良いんじゃないかな?」


それじゃダメ?と聞いてくるアーシェに、シリウスは思わず目を見開いて見返してしまった。そしてその意味が咀嚼できるにつれ、何とも言えない笑いが込み上げてきた。


「ふふふ…。あははははははっ」

「――え?!ちょ、ちょっとシリウス!一体急にどうしたのさ?!」


唐突に笑いだすシリウスに驚き、アーシェはあたふたと慌てだした。しかしシリウスとしては、こんな愉快なことは無かった。自分の魔術師としての常識がまた一つ、いとも簡単にアーシェによって覆されたようだ。


「ふふふ…。いえ、すみません…。ですがあまりにも愉快だったので…」


目じりに溜まった涙を拭いながら、お腹に手を当てながらシリウスはアーシェを見た。急に笑い出したシリウスに困惑仕切りのアーシェとしては、何がおかしいのか分からない。しかしシリウスは先ほどとは一転して、和やかな表情で魔石に視線をやると、愛おしげに眼を細めた。


「普通、私達魔術師からしてみれば、精霊とは契約して初めてその力を行使できる存在です。そんな友達などと言う、あいまいな関係では決してないのです」


ですが――と、つなげるシリウスは、しかし先ほどまでとは一転して、肩の力が取れた柔らかい表情でその先を続けた。


「アーシェ。あなたに言われて、確かにと思いました。この子たちは人間で言えば、まだ子ども。契約などと小難しい事は考えずに、気軽な気持ちで思いを掛けろ、と――」


こくり、と頷くアーシェに、シリウスは穏やかな笑みを浮かべてそれに返した。


(ふふふ。こんな事、普通の魔術師が言えば、単なる世迷い事と切って捨てられるでしょうが…)


精霊との『契約』とは即ち、魔術文字や言葉を用いて互いを縛る、一種の儀式の様な物だ。その拘束力は契約の内容にもよりけりで、強く固い契約であればあるほど精霊を意のままに操れる、高位の魔術師であるとされている。


(しかしそれがそもそもの間違い…。精霊と人とは本質的に別種のもの。しかし共通する所もある――。私は一歩違えば、本質を見誤る所だったかもしれない)


『魔導に携わる者、魔と人の本質は異なる事を忘れず、その差異違うべからず』


その事は重々承知していたつもりだ。しかし自分は『契約』と言う概念に囚われすぎて、事の本質を見極めていなかった。そう思うと背筋を寒いものが通り抜け、シリウスは胃の腑に冷たく重い重石を飲み込んだような気分になった。しかし見つめる先の魔石は、未だ変わらず柔らかい光を湛えながら、揺らめいている。その魔石を見ていると、冷たいしこりが溶かされるような思いに浸っていると、思わずポロリと言葉が漏れ出た。


「――アーシェ。もしあなたさえ良ければ、契約はここではなく別の場所で行っても良いでしょうか?」

「え…?うん、俺はそれでも良いけど…」

「シリウス、ここではできないの?」


さも不思議そうに問いかけるアーシェとリーザに、シリウス自身が内心驚きつつも、にこりと笑みを返した。


「折角お友達になるのでしたら、私のとっておきの場所があるんです。契約を結ぶなら、そこが良いと思いまして」


そう言いながら笑うシリウスに、二つの魔石が微かに揺らいだように見えた。


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