交錯する思い5
ユニーク1000pv突破…!
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嬉しくて一話投下。
…あぁ、でもストックが…。
やっと嗚咽が引っ込むと、そろそろとアーシェは顔を上げた。久しぶりに豪快に泣いた気がする。そのせいか瞼は腫れて重く、しかし幾らか気持ちは軽くなったようだった。
「…ジークに格好悪い所、見せちゃったな…」
誰ともなしに自嘲すると、未だ少し濡れている顔を乱暴に擦った。意を決してアーシェは立ち上がり、空を見上げると大分陽が傾いている。まだまだ十分時間はありそうだが、あまりゆっくりはしていられない。
「…師匠からの依頼もあるし…。取りあえず、街が見えるところまで動いて、それから採集だ」
太陽を見上げて大雑把に街への方角の当たりをつけると、アーシェは一歩ずつ前へと進みだした。
「…ジーク、探してるかな…」
ぼそり、とこぼした自身の声は、思った以上に力が無かった。ジークにとっては会話の途中で急に走り出した、不審者だと思っているだろう。そんな奴、探す云われも無いのだが、何となくアーシェはジークが自分の事を探してくれているような気がした。だがそうであれば、余計アーシェにとっては居たたまれない。何しに来ていたかは分からないが、ジークにとっては完全にとばっちりだ。アーシェはまた気分が沈んでいくのを自覚しつつ、しかしどうする事も出来ず深くため息をついた。
「今度会ったら、取りあえず謝らないと…。うぅ…気が重い…」
項垂れながら歩いていると、さっきまで密集していた草が、疎らになっている場所に出た。依然背丈の高い草のせいで視界は悪いものの、疎らになったことにより辺りが良く見渡せる。そして隙間の空いた草の間には、ぽつぽつとレメルナが自生していた。
「やった!レメルナの群生地帯!」
思いがけない嬉しい発見に、アーシェは声を上げた。見渡す限り一帯、大小様々なレメルナが群生していた。
大きくても三十センチ程度の低木は、硬い幹をくねらせながら濃い緑色の葉をつける。そして今回探していた『レメルナの小石』は、そんな低木の根っこ部分に出来る瘤状の硬い部分だ。アーシェは嬉々としてそこそこの大きさのレメルナを見繕うと、小さなシャベルを取り出し丁寧に周りの土をかき分けた。
「…あった!『レメルナの小石』!!」
比較的浅い所に出来る不思議な瘤は、幹を取り囲むように大小出来る。一本のレメルナから三個から五個程度採れるのが普通で、アーシェはその中から丁度よく育った瘤を切り取った。レメルナ自体はさほど固くは無いのだが、この地中浅い部分に出来る瘤は石かと思うほどの硬度になる。しかし幹と繋がっている部分は比較的柔らかいため、アーシェは必要以上に幹を傷つけないよう、慎重にナイフを進めた。
「…ふぅ。取りあえず、これで三個」
泥を拭い、丁寧に採集袋に仕舞い込むと、アーシェは次のレメルナに足を向けた。これだけ群生していれば、直ぐに目標の十五個にはなるだろう。何とか師匠からの依頼は達成できそうだとホクホクしながら、アーシェは次のレメルナを見繕った。
ある程度の大きさのレメルナなら、良質な根が手に入る。しかし育ちすぎた物や古木になると、小さな小石しか実らない。その為選ぶ木は慎重だ。そうやって夢中になって根を掘っていると、ふっと急に視界が陰った。
「…え?」
訝しみ、暗くなった手元に驚いて顔を見上げると、太陽を背に立つ人物が目に入った。
「――アーシェェェェェェェェッ!!」
「……!ジ、ジークッ!!」
目があったのは、憤怒の形相で仁王立ちしているジークだった。驚きのあまり後ろに倒れると、ゆっくりとジークが歩を進める。心なしか、うっすらと全身が光っている様に見えるのは、ジークの怒気に呼応して魔素がうねっているようだ。アーシェは急いで謝罪の言葉を口にしようにも、驚きと恐怖でカラカラに乾いた口は、無駄に動くだけだった。
「――っこんっのクソガキッ!!いい加減にしやがれっ!!」
「~~~~!!」
ガツンッ!っと良い音を立てながら、ジークのげんこつがアーシェの頭上に炸裂した。痛みで頭を抱えてのた打ち回る。しかしそれで許してくれるジークでは無かった。
「どんだけこっちが心配したと思ってんだっ!!急に走り出すから追いかけようにも、またてめぇの糸が絡みつきやがるしっ!呼びかけても応えねぇしっ!!しかもお前、折角俺がレッドボアが出るって教えてやってんのに、何だその警戒感の無さはっ!!こんだけ近ずくまで気が付かないだなんて、お前これが魔物だったらどうするんだっ?!」
正論過ぎてぐうの音も出ないとはこの事だ。あれだけ先ほど説教されたと言うのに、学習効果が無いとは正にこの事だ。アーシェは自分の不甲斐なさを恥じるとともに、しゅんと項垂れてため息をついた。涙目になっているのは、痛みのせいだけではない。
「うぅ…。本当にごめんなさい…」
しかし更に怒声が降ってきて、アーシェは首をすくめた。
「バカヤロウ!!そんなのは何事も無かったから言える事だっ!!てめぇはどうしてそう危機感が無いんだっ!そんなんじゃ命が幾つあっても足りやしねぇ!!!」
「す、すみません…」
「大体なぁっ、お前は街の外を甘く見過ぎているっ!!塀の外は魔物も居れば野盗も居るっ!!死んで怪我して身ぐるみ剥がされた後じゃ遅ぇんだよっ!!」
「は、はい…」
見るからに打ちひしがれ項垂れるアーシェに、ジークはやっと一息ついて苛立たしそうに髪をかき上げた。ちっと舌打ちをつき俯くアーシェを見下ろすと、幾分低い声でぼそりとつぶやいた。
「――後、どんだけ残ってる」
「…え?」
質問の意図が分からず見上げると、眉間に盛大に皺を寄せているジークが見下ろしていた。
「『レメルナの小石』、採取の途中だろ。俺が辺りを警戒しといてやるから、さっさと用事を済ませろ」
「――ジーク…」
驚いてアーシェが見上げると、ふいっとばつが悪そうに横を向く。
「か、勘違いすんなよなっ!これでお前に何かあったら、寝覚めが悪いだろうがっ!!」
何だかんだで人が良いジークに、アーシェは鼻の奥がまたつんとなった。一度会っただけの自分など、気にせず捨て置くのが普通だと言うのに…。また込みあがりそうな涙を押し込むと、ありがとう、と小さく呟いた。
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半分程度は既に採取し終えていたので、残りの採取もそう大して時間はかからなかった。傍でジークが警戒してくれているお蔭で、アーシェは安心して残りの採取に勤しんだ。これ以上ジークの迷惑になる訳にはいかない。アーシェは次々にレメルナを掘り返していくと、目ぼしい瘤を採取していった。
そしてやっと最後のレメルナの採取が終わると、ふぅ、と立ち上がり滴る汗をぬぐう。時間で言えば大したことは無かったのかも知れないが、随分と集中していたようだった。
「ジーク、終わったよ!!…ジーク?」
振り返り声をかけると、ジークは険しい顔をして森の方を睨んでいた。そしてゆっくりと右手が剣の柄に移動するのを見て、アーシェは全身から嫌な汗が噴き出るのを覚えた。
「ジ、ジーク…」
「アーシェ。下がってろ。森から何かが来る」
いつものように落ち着いているものの、その声は固く有無を言わさない迫力があった。アーシェはこくりと頷くと、ゆっくりと音を立てない様に後ろに下がる。少なくとも、剣を振り回すジークの近くに居ては邪魔になる。その時、森の方から一斉に鳥が飛び立った。
「…っ!!見えたっ!レッドボアだ!!」
ゆっくりと近づいてくる地響きに、アーシェは体を固くした。ジーク程の背丈なら、草原の草をかき分けて進むレッドボアが見えるのだろう。慣れた動作で剣を柄から引き抜くと、油断なく中断に構えてアーシェに逃げる様に指示した。
「ここはあいつの縄張りだったみたいだな。真っ直ぐこっちに来てやがる。俺があいつの気を引くから、お前はこのまま真っ直ぐ街を目指せっ!」
「でもジークっ!!」
「来るぞっ!!」
地響きとともに現れたレッドボアは、アーシェの背丈よりも更に一回り大きい、巨大なイノシシだった。所々赤の混じる黒い毛並と、口元に生えた二本の牙。こちらを睨む双眸には、縄張りを荒らされたことに対する怒りが見て取れる。
「…やべぇな、思ったよりもでけぇじゃねぇか…」
レッドボアの凶暴性は、一般にその個体の大きさに比例すると言われる。大きな個体はそれだけ広い縄張りを誇り、またそこに入ってくる生き物に容赦しない。レッドボアはぐっと体を縮こませると、ひたり、とジークに目線を合わせた。
「…!!来るぞ!」
ジークの声と同時に、レッドボアはその巨体から考え付かない程の突進を見せた。限界まで溜め込んだ前足をばねにして、文字通り弾丸のようにその巨体を前に押し出した。
「うぉおぉっ!?」
そこそこあった距離を一瞬で詰められ、ジークが慌てて右に避ける。あの巨体に吹き飛ばされたらただでは済まない。思わず冷や汗が流れるが、ジークはにたり、と笑うと再度剣を構えた。
「なるほど、でかい図体にその跳躍力。自警団が騒ぎ出すのも頷けるぜ」
レッドボアは避けられるとは思っていなかった様で、苛立たしげに首を振ると、ギロリ、とジークをねめつけた。そして今度は跳躍せずに、地響きを立てながら真っ直ぐジークに突っ込んで行った。
「…ちっ!」
跳躍程のスピードはない物の、これだけの質量の相手とは正面からはやり合えない。寸での所で右に避けつつ剣を上段から叩き込む。しかしレッドボアの剛毛で弾かれて、然したる傷は負わせられない。そのまま後ろに回り込もうにも、巨体の割のすばしっこさでくるりと反転、ジークに攻撃の隙を作らせなかった。
「…こいつっ!イノシシの癖に…っ!」
レッドボアは雄叫びを上げると鋭い牙を大きく振り上げ、ジークに噛みつかんと襲いかかった。ギリギリの所で躱すものの、硬い自然の装甲に守られ、中々弱点であるわき腹を見せないレッドボア。ジークと一進一退の攻防を繰り広げる傍らで、アーシェは固唾を飲んで見守っていた。
あれ程までに巨大化したレッドボアは、そうは居る物ではない。魔法を使ってくる魔物と違って、危険度はそこまで無いとは言われるものの、一瞬の気の緩みが命取りとなる。そもそも、長期戦に持ち込まれればこちらの方が不利だ。
(…!!そうだ!!)
アーシェはぱっと茂みから飛び出すと、先ほどの跳躍で無残にも折られたレメルナの枝を拾い、手じかな地面にがりがりと魔術文字を書き始めた。
(ここならレメルナが群生してるっ!!略式だけど何とかなるはず…!!)
まだ折られて間もないレメルナの枝からは、薄っすらと樹液が漏れ出ている。それをこすり付ける様に中心になる術式を書きつけ、そこから四方へと文字を連ねる。
(…よしっ!できた!!後はジークに合図して、ここまでアイツを誘導してもらえれば…!)
最後に採取した『レメルナの小石』を術式にぶちまけると、アーシェはジークとレッドボアの方向に顔を向けた。すると丁度レッドボアから体当たりを喰らい、後方に吹き飛ばされるジークが見えた。
「ジ、ジークッ?!」
後から話を聞けば、レッドボアから距離を取る為にわざと後ろに飛びずさっただけだったようだ。しかしアーシェは運悪くそれを吹き飛ばされたと勘違いし、思わず大声で叫んでしまった。
「…なっ!!アーシェ!!お前何やって…っ!!」
驚くジークの傍ら、もう一人の得物に気が付いたレッドボアは、ちらりとアーシェに目を向けた。その体は所々血が出ており、恐らくジークの剣によるものだろう。中々倒せない人間に痺れを切らしたのか、レッドボアはくるりと反転すると、新たな得物に向かって駆け出した。
「ちぃっ!!この野郎、待ちやがれっ!!」
慌てて追いすがるも下手に距離を取ってしまっていた分、ジークの方が不利だった。しかし一直線に自分に向かってくるレッドボアを見据えながら、アーシェは硬直しそうな体を叱咤し、ゆっくりとその距離を測った。
(早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ…!)
自分の鼓動が早鐘の様に打ち付けているのが分かる。迫りくる巨体に怖気づきそうになりながらも、アーシェはゆっくりと数を数え――
「今だ!!」
後一歩という所で、アーシェは手に持っていた折れた枝を、書きつけた術式の中心に放り込んだ。すると地面に書かれた術式が光ったかと思うと、ぶちまけられた『レメルナの小石』を飲み込み、そしてそれらが光と共に大きく爆ぜた。
レッドボアは、突如自分の真下から突き上げる痛みに驚き、しかしはじけ飛んだ硬い瘤の攻撃を全て受けた。思わぬ衝撃に絶叫を上げ、のた打ち回るレッドボア。
「観念しやがれ…!!」
その隙を逸することなく、駆け付けたジークが首元めがけて剣を突き入れた。狙いたがわず真っ直ぐに突き入れられた剣は、そのまま一閃させ首元を掻き切る。くぐもった咆哮を上げたレッドボアだがそれも長くは続かず、口と喉元から血を吐き出しながら事切れた。
どうっと鈍い地響きを立てて横倒しになるレッドボア。アーシェはその場にへたり込み、自分よりも大きな動物の目から、ゆっくりと光が消えていくのを見つめた。あれ程怒りをまき散らしていた瞳が、単なるくすんだ黒いガラス玉と成り果てる――。
後ほんの少し、タイミングがずれていれば、そうなっていたのは自分であろう。今更ながら自分がやらかした事の危険性に身震いし、アーシェは体から血の気が引いていくのを感じた。
「お、おいっ!!アーシェ!!!大丈夫かっ?!」
動かなくなったアーシェに驚き、ジークが急いで駆け付けてきた。ゆるゆると顔を向けると、全身ほこりまみれになったジークが居る。
「ジーク…」
「おいっ!どっか怪我したのか?!大丈夫か?!」
慌てて覗き込んでくるジークの顔こそ、今にも泣きだしそうな程だった。ただ、アーシェの肩に力強く置かれている両手の温かさが、ゆっくりとアーシェに生きている実感を湧き起こさせた。
「おいっ!しっかり…!」
「…ジーク…っ。こ、怖かったよぉっ…!!」
一度安堵した心は素直だった。溢れる涙を止める事も忘れて、アーシェはただただ泣きじゃくった。




