交錯する思い4
「――どう思う?」
最初に口を開いたのは、ギルド長であるヴィルだった。
拒絶の意図を含めて閉められた扉の向こうには、件の彼女は既に居ない。気配からして足早に去って行ってしまったようだ。しかしその不躾な態度に怒ることも無く、むしろその正直な性根に笑いをこらえながら、自身の両隣に座る二人に対して、ヴィルは意見を問いかけた。
「私は…正直それ程までとは思いません…。恐らく腕は良いのでしょうが、本人にやる気が無い。であれば、調査メンバーの一員として迎えるには、費用対効果で言ったら赤字です」
忙しなく資料とヴィルの顔を交互に見ながら、最初に口を開いたのはニールだった。ニールはこのナルバの冒険者ギルドに置いては、一二を争う優秀な事務担当だ。冒険者と言った日銭暮らしが多い世界でも、書類仕事や中長期的な資金のやり繰りは必須となる。多少頭が固く気が弱い所が玉に傷だが、雑事を一手に引き受けてくれるニールが居るからこそ、急激に発展したナルバの冒険者ギルドは支えられているのだ。
「私は――逆に興味を持ちました。とても面白い人物だと思います」
ついで口を開いたのはシュゼットだった。
目線を下にやり、ただただ一点を見つめるその表情は、何の感情も映さない。彼女が頭の中を整理するときの、良くやる癖だった。
「――とても興味深い。それが私の印象です。あの方は色々な物を持っていらっしゃる。できれば味方に引き入れたい、そう思わせる程の技量はおありと見受けました」
「…ほう?シュゼット嬢。では逆に何を根拠にそう思われる?」
面白そうに覗き込むヴィルのそれは、まさに面白いおもちゃを見つけた子どもの様だった。続きを促すと、シュゼットは一呼吸置いて考えをまとめ、二人に向けて顔を上げた。
「色々と理由はあります。まず、彼女はタロンで学んだと言っていますが、恐らくそれが全てでは無いでしょう。彼女の魔道具を幾つか拝見しましたが、どれもしっかりと基礎が出来たものの作りです。その上で、彼女は独自の解釈で、魔道具を作っています。それだけでも、彼女の技術が田舎の魔道具師とは一線を画している事を伺わせます」
「まぁ魔道具師としての腕は呼ぶまでも無く、事前に分かっていた事だ。貴女が彼女の評価を上げる、その最大の理由は何だ?」
ヴィルの最もな問いかけに、シュゼットはこくりと頷くと、淀みなく口を開き始めた。
「やはり彼女の見識の深さでしょう。単なる魔道具師としての技術だけではなく、恐らく魔導全般にも通じる見識がおありと、私は見立てました」
「ほほう。その心は?」
「一つは彼女がジュブイエール遺跡を知っていた事。そしてもう一つは…」
シュゼットが少し、言葉に詰まる。一瞬悔しそうな表情をしたがしかし直ぐに取り繕うと、いつもの調子で言葉をつづけた。
「もう一つの理由は、彼女が私を『シュゼット嬢』と呼んだことです」
流石にヴィルもニールも、怪訝な顔をしてシュゼットを見返した。ただ単に、その呼び方をしていると言うのであれば、自分たちも同じである。シュゼットの言わんとしている事の意図が掴めず、二人は先を促させた。
「まずは彼女がジュブイエール遺跡を知っていた事についてですが、元々ジュブイエールの名を知っているだけで稀有な存在と言えます。彼女は偶々見たと言っていましたが、その偶々が一般の魔道具屋では、まずありえません。何故なら、近年までジュブイエール遺跡は伝説か、或いはもっと有名なカロンガの廃都を指していると思われていたからです」
一息つくと、しかしそのままシュゼットは続けた。
「ですから、彼女の技術力を鑑みても、学術の最先端に身を置いていたか、それに準ずる方に師事していたと思われます。そしてその上で、なのですが――」
「…貴女に対する呼び方、ですか?」
未だ訝しげな表情を改めないニールに対して、シュゼットは小さく頷いた。そしてすっと視線を下にやると、ぽつぽつと語りだした。
「――ヴィル殿が私の事を、正式名で紹介してくださいました。ファムニールは恥ずかしながら名の知れた貴族です。それは魔導に携わる者であれば尚の事。ですから貴族同士であればいざ知らず、苗字を持たない『田舎の魔道具師』が、私を家名では無く私個人の名で呼ぶことは、普通はあり得ません。ただ一つ、その…」
言いよどんだシュゼットに、やっと納得が行ったとばかりにヴィルが大きく頷いた。
「成程。『ロア』の継承か」
その言葉にニールはびくりと体を大きく揺らすと、ばつが悪そうに更に忙しなく視線をさまよわせ始めた。ヴィルも大きく息を吐き、天井を見上げる。シュゼットは漏れ出そうになるため息を堪えながら、毅然と顔を上げた。
「…ご存じのとおり、ファムニール家は魔導をもってして時の王家を助けてきました。故に、一定以上の実力が無ければ、ファムニール姓すら名乗らせません。私はファムニールを名乗る事を許されていますが、まだ正当を意味する『ロア』は名乗れません。故に『ロア』を継承する前のファムニールの人間は、貴族では珍しく公式でも個人名を使います」
それは個々人の名前は親しい間柄にのみ許すと言う、貴族の風潮からは大きくかけ離れたしきたりであった。
「ロアを継承するまではファムニール姓を使わない呼び方は、あまり一般には知られていません。ですので、敢えてお二人には私を名前で呼ぶようにお願いしておりました。ただ、中々皆様抵抗があるようでして…」
困った様にシュゼットが微笑むと、ニールは大きく頷いた。ヴィルも、心なしか苦笑をにじましている。それ程一般庶民からすれば、貴族を個人名で呼ぶことは抵抗があり長年培われてきた常識は、そうそう覆されるものでもない。
厳密にはシュゼットは未だ貴族では無い。末席の貴族と同等の権利は与えられているが、彼女が真実ファムニールとなれるのは、彼女が名にロアを冠する様になってからだ。未だその資格を持ちえないシュゼットの立場を瞬時に理解し、あえて『ファムニール様』ではなく『シュゼット嬢』と呼んだ――。それがシュゼットがアンネリーに下した見解だった。
「ですので前述の件とも合わせまして、恐らく彼女は王都でも最高峰の教育を受け、またその内情に精通しているかと思われます」
きっぱりと言い切るシュゼットに、ヴィルは低く唸ると顎に手を当てた。迷宮の調査隊員として、幅広い知識は必須事項だ。それが最高学府のある王都仕込みであると言うのなら、それ以上望むべくもない。しかしどうにも釈然としない。思案顔のヴィルを横目で見ながら、ニールは依然視線を忙しなくさまよわせ、最もな疑問を口にした。
「しかし、それだけの知識と伝手があるなら、何故タロンで学んだ等と?それに店だってあんな寂れた所で、しかも顧客の大半は実入りの少ない日用品の修理依頼です。ギルドの冒険者達ももっと自分たちの扱いを増やしてほしいと言っている位なのに、なぜ顧客を増やざずあの様なギリギリの営業形態にしているのか…」
首を傾げながらも、視線は忙しなく書類とシュゼット達との間を行き来している。傍から見れば目を回しそうな芸当にも関わらず、この落ち着きのない男にとってはいつもの事だ。シュゼットからすれば異様な風体なのだが、しかし左程嫌悪感を抱かないのがこの男の不思議な所だった。
「…或いは本当に、何かから逃げてるのかもな」
ぼそりと呟いたヴィルに、ニールが更に甲高い声を出した。
「そんな…お尋ね者は嫌ですよっ。唯でさえ教会と更に関係が悪化しそうな案件なんです。厄介ごとは勘弁してください!」
ニールがしきりにそわそわしながら、ヴィルとシュゼットを見やる。ニールの懸念も最もだ。王都から追われている危険人物であった場合、雇えばギルドに監督責任が押し付けられる可能性もある。現状、新区画の調査を独断で行うだけでも教会との衝突は避けられない。その上余計な火種は抱えたくないと言うのが、彼の本音だった。
「しかしニール殿。まだお尋ね者と決まったわけではありません。ただ単に野に下った技術者かも知れませんし、魔道具師にはそう言った方々が多いのも事実です。そう考えれば彼女を引き入れる事に問題は無いでしょう。彼女の知識は、それだけで私たちにとっては得難い力です」
シュゼットの言い分を聞き、ふぅ、と息を吐きながらヴィルは椅子に深く腰掛けた。正直に言えば、唯でさえ微妙なかじ取りを強いられると言うのに、更なる厄介ごとはごめんだ。しかしナルバの迷宮を相手にする以上、裏付けのある知識と技術力はこれ以上ない武器になる。
はぁ、と大きくため息をつくと、ヴィルは腕を組んで二人に向き合った。
「ニール、取りあえず分かる範囲で良い。アンネリー殿の足跡を辿ってくれ。シュゼット嬢は王都方面を頼む。あまり騒ぎ立てるのは得策じゃないから、極秘で頼む。期限は二日。彼女自身調査には消極的だが、取りあえず情報は多いに越したことはない。それでいいな?」
二人はこくりと頷くと、それぞれ足早に部屋を後にした。
ヴィルとしては、多少扱いづらそうではあったが話の通る人間であると言うのが、アンネリーに対しての印象だった。恐らく迷宮に及び腰と言うのも、ヴィルの見立てでいうならば嘘だろう。あれは自分の力量を正確に分かったうえで、恐れるに足らずと思っている人間の目だ。故にヴィルとしては引き入れられるのであれば、調査隊の一員として迎えたいと言った所が本音だった。しかしニールの言う通り、厄介ごとの類は頂けない。
取りあえず、自分に出来る事は二人の報告を待つだけだ。そしてその後、彼女の扱いをどうするかは考えればいい。
ヴィルは思案顔になると天井を見上げた。最近はこうして指示を出し、ただ待つだけの時間が増えているような気がする。ただただ、剣を振り回すだけだった若いころが懐かしい。
「全く…ギルド長なんざ俺のガラじゃねぇな…」
溜息と共に漏れ出た声が、ひとりむなしく部屋に響いた。
な、難産でした…。




