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交錯する思い2

翌日は一転して、天気は晴天となった。二つの魔石の精霊たちは大分回復したとはいえ、まだ起きる気配は無い。


アンネリーは朝からギルドへと向かった。いつものよれよれの格好に、不機嫌を版で押したかの様な顔をして、のっそりと戸口を潜った。


あの後、いつものように接してくるアンネリーに、アーシェはアンネリーの頑なな意思について、聞く機会を逃してしまった。あまりにもいつも通りの師匠の態度に安堵しつつも、形容しがたい疑問と不安がしこりの様に胸につかえる。しかしそんな思いも、師匠の唐突な『宿題』に意識の外に追いやられた。


夕刻まで『レメルナの小石』の採取。最低15個。


「…っとにもう!!なんで師匠はいっつもこう、唐突なんだ?!」


そしてアーシェは今、ナルバの城壁を東に抜けた更に郊外――。大森林に程近い、草原の只中に居た。

草原と一口に言っても、大人の腰丈程まで草が生い茂っている、半ば森と化した手つかずの自然だ。必然子どもの背丈であるアーシェとしては、視界が悪い事この上ない。そもそもこれだけ人気の無い草原だ。いついかなる時、茂みの間から魔物や野生動物が襲いかかってくるとも分からない。…のだが、アーシェは盛大に悪態をつきながら、ずんずんと草原を突き進んでいった。


『レメルナの小石』とは石とは名ばかりの、低木の根っこだ。煮込んで煎じると民間薬としても重宝される薬草の一つだが、魔素との親和性から木属性の魔道具を扱う際には、必需品ともなっている。それ以外にも使い道は多数ある為、頻繁に採取に行かなくてはいけない物ではあるが、まさか大雨の後に採取を命じられるとは思わなかった。アーシェの背丈ほどもある草たちは水気を含んでおり、擦れる度に外套に水滴をつけていく。その上草木も湿って重たくなっている為、動きを取るのも面倒だ。更にはいつもなら少ない水の魔素が充満している事もあり、アーシェは痛む頭を押さえることになった。


「あーーーーっもう!!レメルナはどこにある~~~!!」


目を凝らしても凝らしても、目的の低木が見つからない。

いつもなら魔素の流れを辿るか精霊に案内してもらう所だが、大雨の後のせいか精霊達がいつもより多い。その上皆お祭り騒ぎの様相を呈していて、全く人の言う事を聞かない。アーシェは途方に超えるを通り越して、癇癪を起していた。


その時、ふっと辺りから精霊達が消えた。あれだけ騒がしく遊びまわっていた彼らが急に逃げ出し、辺りは不気味な静寂に包まれた。アーシェはピリリとした感覚に覚えがあり、ふっと息を詰めた。


(――近くに魔物がいるっ!!)


アーシェは息を潜めてじっとその場で動きを止めると、辺りの気配に意識を凝らした。


風の運ぶ香り、草木の擦れる音、頭上にある陽の影――。


アーシェはそういった細かい事に集中していると、自分の左後ろにもう一つの息遣いを感じた。そっと距離を計ろうと、そうっと足を進める。二歩進んだところで、相手が一歩詰めたことを感じた。


――その瞬間に、アーシェは走り出した。


背後に居た魔物はアーシェが突然に逃げ出したことに驚きつつも、直ぐにアーシェを追ってきた。重たげな音を立ててはいるものの、随分とアーシェよりも足が速い。


(――まずいっ!!このままだと追いつかれる…っ!!)


アーシェは意を決して後ろを振り返ると、振り向きざま腰ポケットから小さな袋を投げつけた。袋は弾けて中から大量の細かい粒子を振りかけると、草木に付いている水と反応して、一気に無数の細かい糸へと変化していく。


「――っぉおお?!」

「!!!」


かかったのは魔物でも動物でもなく――見知った顔――ジークだった。


*************************


「ふっざけんなてめえ!!人を何だと思ってやがる!!」


盛大に悪態をつきながら、ジークは体中に着いた粘着性の高い糸を一本一本剥がしていった。


アーシェが投げつけたのは『斑蜘蛛の糸』と言われる、粘着性の高い糸の粉末だった。この粉末は水分を吸うを一気に膨張して、粘着性のある糸へと変化する。それで時間を稼ごうと思った所、見知った顔が突っ込んできたためアーシェは驚いて逃げるタイミングを逸したのだ。

我ながら不甲斐ないとは思いつつも、その横でジークが盛大にまくし立てていた。


「そもそもっ!!てめぇ俺に何か恨みでもあるのか?!」


べりっと足に絡みついた糸を剥がしながら、ジークが盛大に不平を漏らした。


「な、な、何だよ!!声くらいかけてくれてもよかったじゃんか!!」


流石に腹が立ってきたのか、アーシェも言い返した。


「馬鹿野郎!かけたわ!!でもお前が気が付かなかったんだろうが!!」

「…な!!言う事書いてそれか?!」

「あったりまえだ!!こんなもん喰らった俺の身にもなれ!!とれねぇじゃんかよっ!!」

「そ、そんなの自業自得だろう!?」


子どもの様な言い争いをしている内に、段々と息が切れてきた。体力が尽きると同時に馬鹿らしくなった二人は、無言でジークに着いた粘着性の糸を取る事に専念した。


「――ふぅ…。やっととれたぜ…」


疲労困憊と顔中に張り付けて、ジークは空を見上げた。時間としてはさして立っていないのかもしれないが、精神的には随分と削られた気がする。


「粘着力は強いけど、持続時間が短いのが『斑蜘蛛の糸』の特徴。だからもし残っていたとしても今日一日我慢すれば、糸の効力は無くなるはずなんだけど…」

「ふざけるな、ボケ。街からどんだけ離れていると思ってるんだ。さっきの状態で魔物に襲われたら、一たまりも無かったぞ」

「うう…。ごめんなさい…」


先ほどまでの剣幕はどこへやら。流石に正論だと思いアーシェはしゅんと項垂れると、弱弱しく謝罪した。全く持ってその通りだからだ。


目に見えて縮こまり反省の態度が見て取れると、ジークはそれ以上怒鳴り散らしはしなかった。しかし追及する事は忘れない。


「だがなぁ…。お前一体何やってたんだ?一人でぶつくさ言いながらこんな所徘徊して。声かけてもすごい形相で聞く耳もたねぇし。挙句の果て急に走り出したから何かと思って追いかけたらこれだ。一体雨上がりの草原なんかで、何やってんだ??」


『レメルナの小石』を探すことに熱中しすぎて、どうやら傍から見れば随分とアブナイ人に見られていたようだ。アーシェはみるみる内に顔を赤くして、わたわたと狼狽えた。


「べ、別にそんなつもりじゃ…!て言うかレメルナ!レメルナを探してたんだよっ」

「あぁあの硬い根っこか。確かに魔道具屋じゃ必需品だもんな。俺もガキの頃、よく採りに行かされたぜ」


ふんふんとジークが腕を組み、懐かしそうに眼を瞑る。簡単な採取なら確かに駆け出しの冒険者や、子どもが小遣い稼ぎに行う事もまま有る。特にレメルナ自体はありふれた低木だ。普段であればそう難しい課題でも無いのだが――


「にしてもお前、城壁の外に出るときにちゃんと掲示板見なかっただろ。最近この近辺でレッドボアが目撃されてるぞ」

「えええええっ?!」


アーシェは驚きにのけ反った。

レッドボアはその名の通り、赤茶けた剛毛が特徴的な猪だ。普段は森の奥に生息しているのだが、稀にこうして人里近くに現れる事がある。大人になると大きいものだと子どもの背丈ほどにまでなり、また凶暴な性格の為、体当たりされると大の大人でも吹き飛ばされて死ぬこともある森の動物だ。


そんなものがこの草原で目撃されていたと言うのであれば、まず間違いなく草原には来なかっただろう。しかし確かに、アーシェは城壁を潜る時に掲示板を見なかった。急いでいたと言う言い訳は、やはり言い訳にしかならないだろう。


「お前折角読み書きができるんだから、ちゃんと掲示板見てから出ろよ…。野盗の類が出てるなんて情報だったら、どうすんだよ…」

「う…ごめんなさい…」


呆れかえったジークは再度空を仰いだ。


掲示板はそこそこの規模以上の町には、必ずと言ってよい程設置されている市外情報交換の場だ。ナルバの様に城壁のある街であれば、自警団などが管理している為信憑性も高い。周辺の治安情報が主な内容の為、市外へと出ていく旅人は必ずと言ってよい程確認する物だ。しかしアーシェは、今日に限って掲示板を見てこなかった。日が暮れる前にと急いでいた事と、勝手知ったる地元と言う驕りがあったのだろう。


まさかレッドボアがうろつく草原を、ほぼ丸腰の状態で徘徊していたとは――。


その事を思うと、アーシェは背筋が冷えるのを感じた。


「大体なぁ!お前は考えなし過ぎる!!迷宮でもそうだったが、どうしてすぐに突っ込むんだ?!そんなんだと命が幾つあったって足りねぇぞ?!」

「ご、ごめんなさい…」


力なく、しゅんと項垂れるのはジークの言っていることが正論だからだ。ジークは苛立たしげに前髪をかき上げると、アーシェを見ずに言い放った。


「これだからガキはっ!世話焼かすんじゃねぇ!」


頭から浴びせられたその言葉に、アーシェは心臓を鷲掴まれる思いだった。息が止まり、自分の鼓動が煩い程耳に鳴り響く。口の中が干上がり、血の気が引いていくのをアーシェは感じた。


「…アーシェ?」


急に静かになったアーシェを訝しみ、ジークは彼女を見やった。するとジークが顔面蒼白にしたアーシェにぎょっとするよりも早く、目が合った瞬間アーシェは踵を返して走り出した。


「――お、おい?!アーシェ!!」


後ろからジークの呼ぶ声が聞こえるが、アーシェは脇目も振らずに走り出した。自分がどこに向かっているか分からない。しかし、一刻も早く、あの場所から逃れたかった。


『――いつまで経っても――』

『魔法も使えない――…不気味な――』

『こんな役立たず、どうして――』

『まるで――』

『――まるで――』


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいーーーっ!!」


頭の中でガンガン鳴り響くのは、一体誰の声だったか。いつ誰が言ったかすら覚えていないのに、その記憶は沢山の声となってアーシェを襲う。その声から逃れる様に、アーシェはただひたすらに駆けた。


「――っはぁっ…!はぁっ…!」


気が付けば、見知らぬ草原の只中にいた。自分の背丈と同じくらいの草木に埋もれ、すっかり方向感覚を失ったアーシェは、しかし荒い息をつきながらその場にうずくまった。両ひざに顔を埋めて息を整えていると、止めどなく涙があふれてきた。


「――うっ!ひっく――っ!」


一度意識した涙は、更に嗚咽となって喉の奥からあふれ出てくる。自分の意思で止める事が出来ない事に苛立ちつつ、アーシェは更に蹲った。


(――つ、強くなるって…!決めたのに…っ!!)


思いは弱弱しく、更にしゃくりあげる声となって湧き出した。心と体と精神が、全く噛みあってくれない。あの頃から何一つ変わっていない自分と、何一つ『変われない』自分を心の底から嫌悪しながら、アーシェは更に一人泣きじゃくった。



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