交錯する思い1
「――で?どうやって契約を結ぶんだ??」
ジークは興味津々といった風に魔石を覗き込んだ。しかし魔力を感じる事の出来ないジークにとっては、卵型の綺麗な魔石が二個、お盆の上に置いてあるのみだ。
「――大分弱っている様ですので、もう少し回復してからの方が良さそうですね」
「うん、今日はこれだけ雨が降ってるし、恐らく明後日くらいになれば契約を結べるほどには元気になると思うよ」
「わかりました。――アーシェ、悪いですがそれまでこの魔石を預かっていただけますか?私の所だと、どうしても騒がしくなってしまいますので…」
アーシェはシリウスの申し出を快諾すると、また丁寧にお盆をカウンターの中に仕舞った。
「――それで、私に用があると言う事だが?」
会話を遮ったのは、アンネリーの鋭い一声だった。
腕を組み、壁にもたれて問うてくるアンネリーは、心なしか視線が険しい。疑うような、探るような厳しい視線にさらされて、ジークは内心首をひねった。周到に隠してはいるが、どうも押し隠した敵意を感じる。初対面のはずだがと思いつつも、ジークは勤めて冷静にアンネリーに向き合った。
「あぁ、すまない。俺はジーク、知っての通り冒険者だ。実は折り入ってあんたに頼みがあるんだ」
「ほう?それは個人的な依頼か?」
しかしジークは首を横に振ると、簡潔に告げた。
「あんたに新区画の調査を頼みたい。――これは正式なギルドからの依頼なんだ」
アーシェは驚きに目を見開き、ジークを見上げた。
アンネリーは一瞬表情を険しくすると、しかしさして驚いた風もなくジークを睨み返した。
「あんたも聞いての通り、アーシェが飛ばされた新区画は、まだギルドも教会も手つかずの状態なんだ。だがこのまま放置するわけにも行かない。教会は今神殿区画の調査で手いっぱいだから、ギルドは独自に新区画の調査・研究が出来るグループを見繕っている」
「調査団の人数は、取りあえずまずは五名程度を考えています。もちろん、五名全員が迷宮に潜れる訳では無いでしょうから、その保険も含めての五名です。『門』に拒まれた研究員の方は、迷宮内からの指示に従い、外で必要な調査・研究を行います」
「……え?それって…」
シリウスの説明に、思わずアーシェが声を上げた。ジークは真剣な面持ちで頷くと、アンネリーを真っ直ぐに見据えながら伝えた。
「そうなんだ。『門』を潜れた研究員には、基本的には新区画に長期で滞在してもらいたい。もちろん、それに伴った護衛や生活の保障はギルドが負担する。しかし本腰を入れてあそこの区画を調査しようと思ったら、一々往復するには遠すぎるんだ」
今までは比較的浅い階層でしか、実地の調査は行われていなかった。だがしかし、確かにあそこまで深く遠い区画を調査しようと思ったら、一々通っていては時間がかかりすぎる。そもそも無事にたどり着けるかどうかも怪しい危険な道のりを、何度も往復する事の方が危険である。幸いにもこの新区画は魔物が発生しないらしい。これは滞在型の調査を行うには持って来いの条件だった。
「もちろん、危険だと判断されれば直ぐに引き返してもらって構わない。何度も言うが最大限の便宜はギルドが図る。ただ命の保証が出来ない事と、当たり前だが『門』を潜れなければ待遇は変わってくる」
ここまで正直に『命の保証はない』と言う依頼も珍しい。だがしかし、ナルバの迷宮とはそういった所だ。むしろ、『保障』は出来ないが『目途』は立っていると言った所を、評価すべきなのかもしれない。
「…一つ聞いても良いか。――どうして私なんだ?」
アンネリーのもっともな質問にジークは頷いた。
「この前持ち帰った新区画の品々の、鑑定結果が出たんだ。新区画は大陸南部、カルローナ地方、ジュブイエールの物である可能性が高い」
ひゅっ、とアーシェは息を飲んだ。もしやと思っていたものの、やはりこうして改めて言われると、嬉しさと誇らしさが胸にこみ上げてくる。
しかし当のアンネリーの顔色は優れない。大きくため息をつくと、じろり、とアーシェを見下ろした。
「お前…。あまり口が軽すぎるのは良くないぞ」
「え、ええ?!あ…う…ご、ごめんなさい…?」
何故怒られているのか微妙に釈然としないものの、アーシェはしゅんと項垂れた。そんな二人に苦笑しつつも、ジークは更に話を進めた。
「今回の鑑定はかなり時間がかかった方なんだが、その中でこの短時間でジュブイエールだと推測したのはあんただけだった。それで無名であってもその知識を見込んで――」
「断る」
「…え、えええええええええええええっ?!」
師匠の想定外の返事に、思わず絶叫したのはアーシェだった。そしてそのままの勢いで齧りつくと、信じられないと喚きだした。
「し、師匠っ!!こんなチャンス、滅多に無いんですよ?!一介の魔道具屋が迷宮に入れるかもしれないなんて…!!しかもこんな好条件!!どうして断ったりなんかするんですか?!」
アンネリーの表情は、どう贔屓目に見ても望外のチャンスを喜ぶものでは無かった。むしろ、厄介ごとが舞い込んで来たくらいの顔をしている。自分であれば真っ先に飛びつきそうな申し出なのに、アンネリーの眉間の皺はどんどんと深くなっていく。そんな師匠の不機嫌さが、アーシェには全く理解できなかった。
「アーシェ、少しは落ち着け。大体期間も細かい条件も分からないのに、どうして即決なんかできる?それに考えても見ろ。この店と、お前はどうするんだ」
「……あ」
全く考えていなかったらしい。アーシェはポカンと口を開けて、今しがたアンネリーに指摘されたことを反芻した。
長期の仕事となれば、流石に店は閉めるか少なくとも休業中にしなくてはいけないだろう。アーシェはまだまだ見習いの域を出ない。残念ながら店を一人で任せてもらえるほどの、技量が無いのが実情だ。そうなったとき、自分はどうなるのだろう。店を畳むのであれば、アーシェは別の仕事先を見つけなくてはならない。それはつまり、アンネリーの元を離れると言う事だ。
口と態度はお世辞にも上品とは言い難いが、何だかんだとアーシェの事を慮ってくれるアンネリーを、アーシェは慕っていた。その上魔道具師としての腕も知識もかなりの物で、教えを乞う相手としては申し分ない。そんなアンネリーの元を離れるかも知れないと思うと、アーシェは途端に不安と寂しさで息が詰まる。しかし同時に、自分が師匠の重荷にもなりたくないと、強く思う。アーシェは意を決して頭を振ると、しっかりとアンネリーを見上げた。
「いやいやでもっ!!こんなチャンス滅多に無いし、店と迷宮とを天秤に掛けたら、普通は迷宮でしょう!店はまだあずかれないけど、俺の事はどうとでもなるし!!今まではお零れしか回ってこなかった迷宮の品々を、直に扱えるんですよ?!」
「そんなものには興味が無いな」
「でも師匠だって、新しい発明とか研究、大好きじゃないですかっ!迷宮の古代遺物はまだまだ解明されていない物もあるし、迷宮の魔物の素材だって研究すれば隠された効用だって一杯あるかもしれないし…!」
「興味の対象は私が決める」
「――っでも!だったらどうしてナルバ何かに店を出しているんですか!!」
「っ!!」
一瞬アンネリーが言葉に詰まる。しかしゆっくりとアーシェに視線を合わすと、感情のこもらない目で見降ろした。
「――それも、私が決める事だ」
思いがけない師匠の拒絶に、アーシェは一気に血の気が引いた。それはどんなに厳しい時でも、決して蔑んだり突っぱねたりしなかったアンネリーの、初めての拒絶だった。
掴んでいた手がかたかたと震え、力なく垂れる。アンネリーはジーク達に向き合うと、簡潔に再度断りを入れた。
「――こういう事だ。私は迷宮には興味が無い。だから今回のこの申し出も、受けるつもりは無い」
「そうか…。だが話だけでも聞いてみないか?詳細を聞かなければ決められないと言ったのは、あんただ。調査隊の概要を聞けば興味も湧くかもしれないし――」
しかしアンネリーはじと目を瞑り、頭を振った。
「結構だ。断ると決めた以上、わざわざギルドに足を運ぶ必要は無いだろう」
取りつく島も無いとは正にこの事だ。どう説得しようか考えあぐねていると、横でシリウスがため息をつき、申し訳なさそうに話し始めた。
「実はですね…。正直な所、貴女がどうやってあの結論に辿り着いたのか、ギルドは大変興味を持っています。それから貴女が以前、アーシェを捕獲していた魔道具。あれも並の魔道具師に、扱える物ではないでしょう。ギルドとしては、優秀な人材は何としてでも確保したい。ですから今回申し出を断られたとしても、恐らく早晩またギルドから接触があるかと思われます。であれば貴女にとっても余計な手間にもなりますし、一度ギルドに立ち寄られるのはいかがでしょうか?」
もちろん、貴女がお嫌でなければ――。そう最後に付け加え、困った様にアンネリーに微笑んだ。傍から見れば相手のご機嫌を宥めすかしている様に見える光景だが、アンネリーは苛立たしく舌打ちすると、今度こそ敵意の籠った眼差しで、シリウスをねめつけた。しかし当のシリウスはと言うといつもの人好きする笑みを浮かべたまま、にこにことしている。
――下手に関心を買うのは、得策ではないでしょう?
アンネリーには言外にそう、シリウスが囁く声が聞こえた。
シリウスは忠告しているのだ。アンネリーが訳ありではないかと見越しての、賭けだった。
「ふざけた真似を…。良いだろう、ギルドには明日の朝、顔を出してやる。精々お偉方の貴重な時間、無駄に使わせてやろうじゃないか」
表面上は冷静を装いつつも、今にも視線で相手を射殺しそうなまでの殺意をばらまきつつ、アンネリーはシリウスを睨みつけた。しかしシリウスはどこ吹く風。ジークは手短にギルド長との面会を取り付けることを約束すると、シリウスを引きずりながら逃げる様に店を後にした。残されたのは不機嫌絶好調のアンネリーとアーシェのみ。しかしアンネリーは店番を言いつけると、足音荒く早々に二階へと上がってしまった。
――アーシェには、師匠があれ程まで迷宮を拒絶する理由が分からなかった。何故、研究好きの師匠が、格好の材料でもある迷宮の品々に興味を見せないのか。何故ナルバにいるのか。何故あれ程までに怒りを湛えていたのか――。そしてアーシェは、あまりに自分がアンネリーの事を知らないと言う事に、気が付き愕然とした。
言葉に出来ない不安と困惑を抱えたまま、アーシェは一人暗い店内に立ちすくんだ。




