表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/68

か弱き存在

「それでお前、今度は一体何をやらかしたんだ?」


店のどこかからか脚長椅子を引っ張ってくると、ジークは腰かけカウンターに肘をついた。アーシェはジークの言いざまにむっとしつつも仕方がないと思いつつ、ふるふると横に頭を振った。


「今回のこれについては、半分は本当に偶然なんだ」


そう言って魔石を手に取ると、愛おしそうに優しく撫でた。


「シリウスから魔石をもらった時、勉強用に加工しようと思っていたのは本当。ただ加工が終わってから放置したら、精霊が棲みついてた」

「精霊?!」


がたりっと音を立てて立ち上がると、ジークはこれでもかと言うほど魔石に顔を近づけた。しかし魔石は依然として、ゆらゆらと柔らかな光を湛えるのみ。魔術師でもないジークの目には、普通の魔石との違い等、分かりようも無かった。


「ジーク、そんなに顔を近づけないでください」

「あはは。まぁ今は眠っているから多分大丈夫だとは思うけど…」


思わず魔石をお盆ごと遠くへ避難させると、ジークが盛大に不平を漏らした。


「おいおい!折角なんだから俺にも見せてくれよ。精霊なんてそうそう、拝めるもんじゃねぇし」

「どうせ貴方は魔力が扱えないのですから、見るだけ無駄です」

「ひでぇな!!」


二人のやり取りをくすくすと見守っていると、シリウスは神妙な面持ちになり、再度アーシェに問うた。


「しかしアーシェ。今回のこれは一体どうやって…?そもそも一度石になった魔石が復活するなど、聞いたこともありません。しかも精霊が棲みつくなど…」


長年愛用してきた魔石が、形は変わってもこうしてまた生まれ変わってくれたことは、素直に喜ぶべき事だろう。しかしそれは余りにも異常な事で、困惑の方が正直勝っているというのが、偽らざるシリウスの本音だ。


そもそも、魔石はそうそう壊れる様なものではない。長い年月をかけて魔素を溜めこむ性質を身につけた魔石は、割るか壊すかなどしない限り、基本的には半永久的に使い続けることが出来る。しかし例外として、魔素を極限まで搾り取ってしまったり、今回の様に何年も激しい使用に晒すなどすると、魔石自体が持っている回復能力を上回ってしまい、魔素を溜めこむ性質が無くなってしまうのだ。そうなると、魔石はただの石となってしまう。そして一度石と化してしまった魔石は、どれだけ高濃度の魔素に晒そうとも復活しないと言うのが一般常識だ。


それはアーシェにも分かっている。その為今回の『奇跡』には、アーシェ本人も大いに驚いているのだ。


「恐らく…と言うかこれは本当に俺の仮定なんだけど、多分この魔石、住み心地が良かったんじゃ無いかな?」

「住み心地…?」


こくり、とアーシェは頷くと、シリウスに微笑んだ。


「シリウス、すっごく大事にこの魔石使って来ただろ?そんな丁寧に使われてきた魔石だったから、もう一度加工しなおしたら、精霊が棲みついてくれたんだと思う。後はまぁ、ここが街中で精霊も弱ってたみたいだから、この子達も色々選べる立場には居なかった事はあるとは思うんだけど…」


魔石は変わらず、ゆらゆらと明滅を繰り返すばかり。見つめていると思わず和みそうになるが、そこにジークが声を上げた。


「ちょっと待てアーシェ。そんな魔石なんてごまんとあるだろう。どうしてこの魔石にだけ、そんな事が起こったんだ?」


ジークの疑問は最もだった。単に大事に扱われてきた魔石と言うだけであれば、そんなものは枚挙に暇ない。もしそんな事であれば、石になった魔石は復活しない等、そんな定説はそもそも語られる事は無いはずだ。


「うん、まぁそうなんだけど…。恐らくこれは厳密に言えば魔石では無くて『魔道具』に近いんだ。精霊っていうのはある意味で魔素と魔力の固まりみたいなもんだ。だから石になったとはいえ最高級クラスのバンガレ産の魔石なら、精霊としても親和性が高い。その上丁寧に今まで使われ続けた形跡もある。石ってものは記憶するものだから、その辺もくみ取ってこの子たちはここを選んでくれたんだと思う」


つまりこれは、端的に言えば偶然である、と言う事か。偶々最高品質の元魔石に、偶々弱った精霊が通りがかり、偶々石から見て取れるシリウスの人となりに好感を持ってくれ、新たなる住処として選んでくれた。


――そんな奇跡、そうそうあってたまるか。


シリウスのみならずジークも頭を抱えしまう。そもそも精霊等、一般の魔術師にとってもそうお目にかかれるものではない。そんな存在が街中を漂っているなど、信じろと言う方がどだい無理だった。


「普通精霊は自分の生まれた住処を動かないものなんだけど、風とかに飛ばされて故郷を動くものもいる。そうなると新しい住処を見つけるか、依り代を見つけるかしないとまた魔素に戻ってしまうんだけど、この子たちはそういう意味では運が良い」


始終にこやかに語るアーシェは、相当にご満悦だ。比べて未だ整理のつかない頭を抱えているジークとシリウスは、眉間に皺を寄せている。どうにもアーシェと話していると、自分の常識が崩れていってしまうようだ。気を取り直して深くため息を零すと、別の声が耳朶を打った。


「アーシェ、謙遜するな。後はお前の加工技術が優れていたことも、精霊がこの魔石を住処として選んだ理由の一つだ」

「師匠!」


いつの間にやら二階から降りてきたのか、アンネリーが緩く腕を組んで三人を見やった。


「アーシェの加工はこの石の特徴を最大限生かしている。これだけ魔素の通りが良ければ、精霊としても住み心地は抜群だろう。それこそ、自然界に居るのと同じくらいにな。お前も魔術師なら後で魔素を抜き取ってみれば分かるさ。――ま、精霊と契約を結べたら、の話だがな」


アンネリーはそういうと、くいっと顎で魔石を指した。その言葉に、シリウスは思わず居住まいを正す。アーシェも思わず目じりを下げ、困ったような表情になった。


「契約ってのはどういう事だ?この精霊はシリウスの魔石が気に入って、ここを選んだんじゃないのか?」


ジークの当然の疑問に、しかしシリウスが首を横に振った。


「つまりはこういう事でしょう。精霊は私の魔石が気に入りはしましたが、私自身に使役される事を良しとした訳では無い、と。もし私がこの魔石と精霊を使いたいと思うなら、この精霊と契約を結ばなくてはいけません。それによって初めて、この精霊の力を引き出すことが出来る――」

「…そうなんだ。まぁシリウスの魔石を気に入ったわけだから、シリウス本人を嫌がる可能性はそうそう無いとは思うんだけど…。まぁ精霊って人間からすれば、予想外な行動をよく取るからなぁ…」


困った様にアーシェは頬をかいた。こればかりはアーシェにもどうにもならない。シリウスと精霊との相性を、祈るばかりだ。


「それで契約っていうのはどうやってやるんだ?」


興味津々といった風に聞いてくるジークに、しかしシリウスはやんわりと手で制した。


「待ってくださいジーク。そもそもこの魔石は私がアーシェに差し上げた物。――つまりこれはれっきとしたアーシェの物なんです。このまま彼女からもらう訳には行きません」

「………そういえばそうだったな」


今まさに気が付いたとばかりに一瞬呆けた顔をした後、しまったと言う顔をジークがした。契約が出来るかどうかは別にしろ、魔導に携わるものであれば精霊入りの魔石など、喉から手が出る程の価値がある。最悪、力ずくで契約を結ぶことすら可能ではある為、むしろ相性自体は些末な事と捉える事すら可能だ。魔素の固まりである精霊は、魔力を自在に操る事が出来る。事実過去の歴史を紐解けば、人間に協力した精霊の数は少なくない。しかしそうそう姿を見せることの無い習性の為、精霊とは希少価値の高い、珍しい存在として認識されていた。


それが偶然とはいえ手に入ったのだ。アーシェとしては願っても無いチャンスだ。


「その事なんだけど…。流石に俺も、魔道具屋の端くれ。依頼があったわけでもないのに、タダで渡すわけにはいかないんだ」


申し訳なさそうにアーシェがジークとシリウスを見上げた。しかしアーシェの言い分は最もだ。ジークとシリウスは神妙な面持ちで頷いた。


「だからこの魔石をシリウスにタダで渡すわけにはいかない。でもこの魔石自体はシリウスの物であった事は事実。だから一回だけ、チャンスを上げたいと思うんだ」

「チャンス…ですか?」


訝しげに聞き返すシリウスに対し、アーシェは真剣な面持ちで頷いた。


「この石に宿った精霊達との契約のチャンス――。もしそれで精霊達がシリウスと契約できたら、石の加工料だけで良い。石は譲るよ」

「何だって?!」


思わずすっとんきょうな声を上げたのはジークだった。シリウスも驚きに目を見開いている。精霊が住んでいる魔石など、どれだけお金を積んででも欲しがる人間は沢山いるのに、アーシェはほぼ二束三文で譲ると言っているのだ。じっと見つめ返しても、その視線に揺らぎは無い。シリウスはすっと目を細めると、疑り深くアーシェに聞いた。


「…アーシェ。それは金銭以外の何かを求めている…と言う事でしょうか?生憎と私はしがない冒険者です。お渡し出来るものはそんなに多くはありませんよ?」


ひやり、とした声音でシリウスは聞いてきた。しかしアーシェはふるふると首を横に振ると、悲しそうな目をして魔石を見やった。。


「――この子たちが最初石に宿ったときは、本当に弱っていたんだ。今にも消滅する一歩手前っていう…。その位酷い状態だったんだ」


魔素が視える――。それは即ち魔素の固まりでもある精霊をも視えると言う事なのであろう。今まさに目の前で消えかけている、意思ある存在を助ける事すら出来ない…。それはアーシェに無力感を、常に苛ませた。


「その時この子たちが俺が磨いた石を気に入ってくれて…。それは本当に、魔道具師を目指すものとしては、すごく嬉しい事なんだ。でもこの子たちがこの石を選んだのは、俺だけのせいじゃない。だからこそ、シリウスには試してもらいたいんだ。でもチャンスは一度だけ。それでダメなら、この子たちは俺が責任もって里親を探す」


アーシェはそう言い切ると、真っ直ぐにシリウスを見上げた。アーシェにとって、精霊とは夢物語の存在では無い。ふっと目を凝らしてみれば、実は至る所に隠れている、可愛らしい隣人だ。だがそう言う存在は得てして儚い。気が付けば魔素に還ってしまい消えてしまった精霊を、アーシェは今までにも沢山見てきた。


しかし今回は違う。


今精霊たちはアーシェの加工した石を気に入り、ゆうるりと体力の回復に努めている。二つの意思ある存在が、その命を繋ぎとめたのだ。アーシェとしては折角助かった命。精霊たちの思う様にさせてあげたいと思った。


「…わかりましたアーシェ。もしもこの子たちが私を認めてくれたなら、この子たちの面倒は、私が責任をもって果たしましょう」


一言一言噛みしめるように、シリウスはアーシェに告げた。アーシェは顔を綻ばすと、目に見えて安堵の表情を浮かべた。


「――ありがとう」


今にも泣きそうな笑みを浮かべると、アーシェは心からの感謝を伝えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ