表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/68

過去の幻影


「親父。邪魔するぞ」


石造りの暗い建物に入ると、むわっと熱気がデュークを襲った。常に換気のために扉と窓は開け放たれているものの、四六時中ごうごうと燃え盛る炎を扱っているのだ。冬でも室温は汗ばむほど熱く、奥から現れた鍛冶屋見習いの少年も、ご多聞に漏れず額から汗を垂らしていた。


「デュークさん、こんにちは!今親方は奥なんですけど、あと少しで来るはずです。それまでご用件お聞きしますよ」


年の頃は十五、十六歳くらいの、まだあどけなさの残る青年が笑顔で対応してくれる。彼もつい先ほどまで奥で火を扱っていたのであろう。その両手には分厚く煤けたグローブをしており、顔は熱で赤みを帯びていた。


「すまない。この前こいつを新調したのだが、少々扱いづらくてな。調整を頼みたい」


そう言うとデュークは自分の背丈ほどもあるハルバードを、軽々と店のカウンターに置いた。見習いの青年は惚れ惚れとデュークを見上げる。ごとり、と重たげな音を立てて置かれたそれは、自分ではあんな軽々しく扱う事は出来ないだろう。両手で抱えてやっと。これを振り回して迷宮を探索するなど、如何にデュークが並外れて膂力があると言う事を、再度確認する思いだった。


青年の視線に気づき、デュークが苦笑する。慌てて視線をハルバードに移すと、確かにそれは以前青年が見た物とは違う物だった。


「失礼しますね」


一言断ると、青年は両手で刃先を持ち上げ重さを確認する。鍛冶屋の仕事は多岐に渡る。鉄や鉄鉱石の加工・販売から、こういった武具などの調整。良質な素材があればそれを元に依頼の武具を作ることもあれば、こうやって他店で買った商品の調整に来ることもある。青年は留め金のゆがみ、全体のバランス、グリップ、長さ等、作り手にしか分からない細かい点を確認していると、奥からのしのしと親方が現れた。


「なんでぇデューク。てめぇまた他人様のモン、持ち込みやがったのか」


地響きかと思うような低い銅鑼声を出しながら、のっそりと男が現れた。随分と恰幅の良いその男は、頭一つ分青年より背が低い。にもかかわらず、その恰幅と大きな声、そして何よりも鋭い目つきが、彼の存在感を際立たせていた。


「いつもすまない。その内良い稼ぎか良い素材が手に入ったら、必ず親父の世話になる」


済まなさそうにデュークが謝ると、いつもの事なのだろう。ふんっと鼻息荒く顔を背けると、見習いの青年を脇にどかして親方自らデュークのハルバードを検分し始めた。


「デューク。てめぇいつまでこんなもん使ってやがんだ。駆け出しの冒険者じゃねぇんだ。それなりの物を扱わねぇと、いつか命を落とすぞ」


ごとり、とデュークが持ち込んだハルバードを置くと、更に目つき悪くデュークを睨みあげた。デュークと並ぶと大人と子ども程もある身長差だが、何故か親方に凄まれるとそれが逆転したかのように見える。いつもの事とはいえ、デュークも分かっているのだろう。苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

しかしいつもと違い、親方は肩を怒らせ憤怒の形相で怒鳴りつけてきた。


「このボケがっ!!今回はたまたま運が良かったかも知れねぇが、そんなこたぁ世の中そう滅多と起こんねぇんだ!!巨人と殺り合って得物一本で済んだなんざぁ、運以外の何物でもねぇっ!!」

「…親父。知ってたのか」

「えっ!?巨人って、あの巨人ですか?!デュークさん、戦ったんですか?!」


見習いの青年は、目に見えて驚いている。むしろこういった反応の方が普通だろう。巷で流れている巨人討伐の話では、一介の冒険者の活躍など出てこない。教会騎士団も、率先して自らの武功を半減させるようなことは言わないだろう。どこから話が漏れたのか…。自ずと原因が分かるような気がして、デュークは律儀な人だ、と思わずには居られなかった。


「親父の言う通り、今回は運が良かった。――だが済まん。まだ少し、甘えさせてくれ」


言葉少なめに謝罪の言葉を口にすると、親方はまた鼻息荒く顔を背け、ハルバードを鷲掴むとのっしのっしと奥へと引っ込んでしまった。その後ろ姿を見送りながら、見習いの青年と今日何度目かになる苦笑を漏らした。


デューク本人にも親方の言っていることが、全くもって正しいことはよく分かっている。デューク達の技量であるならば、もっと迷宮の深いところまで潜っていく事も可能だ。実際、危機は幾つもあったがワイバーンとの戦いも制したし、巨人戦も全員生きて帰ってきている。そういった総合的な実力を鑑みると、確かに今自分が使っている得物は、役不足であると言う感は否めなかった。


ナルバの迷宮の魔物たちは強い。一瞬の技量や装備の差が命取りになる。


親方の荒っぽいが素直に心配してくれている心に感謝しつつも、デュークはため息が漏れるのを止められなかった。仲間たちに迷惑はかけられない。前衛である自分が居なくなれば、それだけで残された彼らにとっては選択肢の幅がぐっと狭まる。今では四人での探索も堂に入ってきており、ナルバでも中堅クラスのパーティと認知される様になった。そして更に難易度の高い深さに挑戦していくとなれば、前衛である自分が中途半端な覚悟でと言う訳にはいかない。最悪、状況が悪ければ全滅すらあり得る訳で、そんなパーティはこの二年、嫌と言うほど見送ってきた。しかし――


(――もう、十年か…)


ちらり、ちらりと、脳裏をかすめる影がある。普段は全く気にもならないのだが、ふとした瞬間にそれが見えると言う事は、やはり自分の心は囚われてしまっているのだろう。いい加減女々しいものだと思いつつも、どこか心にしこりを残している状態で、『それ』を忘れてまで先に進める程、デュークは出来た人間では無かった。


(今頃あいつは生きているのか死んでいるのか――)


それすらも不明な相手を思い、デュークは再度、大きくため息をついてしまった。


「あああああの、デュークさんっ!!べ、別に親方は悪気があって怒鳴っているわけでは無くて、その…っ!!」


デュークのため息の意味を取り違い、見習いの青年が大いに慌てだした。それを見てデュークは笑みをこぼすと、ゆっくりと首を振った。


「親父にはいつも世話になっている。お前もだ。―-これからも、よろしく頼む」


憧れの冒険者に真正面からお礼を言われ、青年は目を大きく見開いた。と、同時に驚きで耳まで真っ赤になると、青年は上ずった声で頷くのみだった。


***************************************


その後。

他愛もない話を青年としつつ時間をつぶしていると、程無くして親方がまた奥から現れた。目つきは未だ険しい。しかしごとり、と乱暴に――しかし見る者からすれば丁寧に――カウンターに置かれたハルバードを見て、デュークは思わず破顔した。


右手で掴むと、ほんの少し、重心が変わっている。グリップ素材も取り替えてくれたようだ。またハルバードの刃先部分を見れば適度に研がれており、その絶妙なさじ加減に思わず笑みがこぼれる。


「――取りあえず、外で振ってこい」


顎をしゃくり無愛想に裏手を指すと、デュークは短く礼を言い、裏庭に続く木戸を開けた。


大した広さではない為、大柄なデュークが振り回すには幾分配慮が必要なその裏庭で、デュークは再度ハルバードを握りしめた。


右手。左手。両手持ち。


基本の構えで全体の重さを確認すると、今度は流れる様に技を繰り出し始めた。


右手持ちから上段に構え、頭上からの袈裟切り。返す刃で横凪一閃。一歩踏み出し右下から切り上げ、正中に戻すと正面からの強力な突き。そして最後にくるりと180度反転すると、その力を利用しての背後に対する上段からの叩き割り。


――その間、わずか数秒。


しかし見る者からすれば惚れ惚れとする程の、全くの無駄のない、流れるような動作だった。


幾つかの型を終え、数度得物を持ち上げバランスを確認すると、にこやかにデュークは振り返った。


「親父、流石だ。まるで別物だな」

「当たりめぇだ!てめぇの癖は、織り込み済みだからな!」


親方は腕を組みふんっとまた鼻息を漏らすと、しかし誇らしげに胸を張った。

それを見てデュークも釣られて笑みをこぼす。多少の違和感であれば、デューク程の技量があればカバーする事など容易い。しかしそれらの微妙な差異を改善する事により、得物は劇的に振るいやすくなる。まさに名工の技。態度と口は悪いが腕は確か。更には何故かデュークを気に入り他店の物を持ち込むような、不義理を許してくれる。


(まったく、親父には頭が上がらない)


デュークは再度礼を言い二人と共に店内に戻ると、腰の物入れから財布を取り出し支払いを済ませようと勘定を聞いた。しかし親方は右手を突っぱね険しい顔をすると、何故か頑なにそれを拒否した。


「代金は既に頂いている。お前からも貰う訳にはいかん」

「なんだって?」


流石に驚きに目を剥くデュークの前で、しかし毅然とした態度で親方は首を横に振った。その隣で、見習いの青年も微苦笑を浮かべている。彼も知っていると言う事なのだろう。それらを見て、思わず唸る様にデュークは呻いた。


「…ランドルフ殿か…」


親方の表情は変わらないが、見習い青年の表情はとても分かりやすかった。恐らく、自分と教会ばかりが祭り上げられていることに、忸怩たる思いがあったのであろう。表だって礼を言う事が出来ないから、こうやって裏から手をまわしてくれる。


(…あの人も、不器用な人だ)


全てを了解し苦笑すると、しかし親方は更なる爆弾を落としてくれた。


「――お前の為に、良質なムラント鉱石が手に入った。後はそれを加工するだけだ。物が物だけに仕上がりまで多少時間はかかるが、今の内だ。希望を聞いておいてやる」

「………なんだって?」


たっぷり十秒は意味を咀嚼するのに、時間がかかった様に思える。流石に意味を取り違えてないかと、デュークは再度聞き返してしまった。


「何とあのランドルフ大隊長様が!!こちらにいらして良質なムラント鉱石のインゴットを置いて行って下さったんです!!何でも、デューク殿の得物を壊してしまい、大変申し訳ないことをしてしまったと言って…!親方も僕も最初は渋ったんですが大隊長様が…!」

「ロッツ!!てめぇいい加減にしやがれ!!」


尊敬する親方から特大の雷を落とされ、見習い青年は驚きに硬直すると、これでもかと言うほど首を縮めて萎縮してしまった。


その様を見て思わず笑みを漏らしてしまうデュークに対し、親方はふんっと息を吐くと、正面からデュークを見据えた。


「――つまりそういうこった。有り難く、受け取っときな」


思わず逡巡してしまったものの、これも好意と思い、デュークは素直に頷いた。それを見て親方も少し安堵の表情を浮かべると、一月後にまた来い、と告げた。


「それまでにはてめぇには持ったいねぇ程の業物、拵えてやる。首を洗って待っていろ」


満面の笑みを浮かべる鍛冶屋の師弟に見送られ、デュークは若干重たさの変わった自身の得物を携え、懇意にしている鍛冶屋を後にした。外は未だ明るい。暗い店内から一転。少々目が眩しかった。


(全く、大隊長殿も人が悪い)


目を細めてしまうのは、最早陽の光だけのせいではあるまい。

流石のデュークも、ムラント鉱石の得物が手に入るとは思っていなかった。


ムラント鉱石は、希少鉱石だ。神話の世界には更なる鉱物は数あれど、現在確認されている鉄鉱石の中では最上級の代物だ。魔力との親和性と言う意味ではエミスの奇跡のそれとは比べ物にはならないが、その強度と純度から、純粋な剣士たちからは最も好まれる鉱石の一つだ。ジークとは違い基本的には力押しタイプの非魔力系戦士の自分にとっては、これ以上ない最良の鉱石だ。


(――だがしかし、俺にそれを振るうだけの資格があるかどうか…)


ふと立ち止まり、デュークは自身の掌に視線を落とした。長年戦士として第一線を張ってきたその手は、ごつごつと節くれだっていて正に歴戦の戦士のそれだった。


気が付けば、こんなところまで来てしまった…。


無数の傷痕が見える自身の掌。沢山の命を守り、屠り、しかし未だどこか空虚さが残る自身の道行。自分の戦う理由を無意識の求めてしまうのは、自分が南方部族故だからだろうか。答えの見えない、呪縛にも似た思いを振り切る様に頭を振ると、デュークはぎゅっと拳を握りしめた。


「――っ?!」


前を向いたその一瞬、デュークの眼は見逃さなかった。その人影は午後の混雑している人ごみの中を、一瞬現れては無かったかのように、ほんの些細な残像を残して消えてしまった。


(――だがしかし、あれはっ!!)


逸る気持ちに突き動かされながらも、しかし午後の目抜き通りは人ごみで溢れている。沢山の悪態と罵声を方々から受けながら、デュークはその残像を追って人ごみをかき分けた。


(――居ないっ)


やっとの思いで辿り着いた対岸には、しかし思い描いていたその人物は居なかった。デュークはその人影が向いていた方向を見据え、更に人ごみをかき分けて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ