第9話 カレーは、カレーでも……
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へお座りください」
店に入るとすぐに、若い女の店員が接客に出てきた。
明るい家庭的な店内。初めて来たが、良さそうな店だ。
(ここがあの伝説の魔導士、グレーテの行きつけの店なのか?)
俺の名前は、ガルド。冒険者だ。
ここへ来た理由は、最近冒険者に復帰した大魔導士グレーテの魔法をたまたまダンジョンで見かけたからだ。
魔法の発動時間、威力、全てを取っても一流。
一度は一線を退いた魔導士とは思えない実力だった。
子供のころ聖女様の冒険譚を聞き、あこがれて冒険者になった。
今代の聖女をまだ教会は正式に発表してはいないが、発表された折には、絶対に俺が聖女付きの冒険者に選ばれたい――そんな思いで大魔導士グレーテの強さの秘訣を探りに来たのである。
最近ここに通っている冒険者仲間の話では、この店に大魔導士グレーテも毎日通っているという。
この店にきっと大魔導士グレーテの強さの秘訣が隠されている……かどうかは、分からないが、なんだかご利益がありそうだから聖女ファンとしては、少しでもあやかりたいというのが本音だ。
俺の後にも、数人客が入ってきて、テーブル席へ座った。
俺は、一人だったというのもあってカウンターの前の席に座った。
店員は、若い女が一人に、若い男が一人……男は耳が尖ってるからエルフか?
二人とも他の客から注文を取ったり、水を運んだりしている。
厨房には、どこかの国の姫と言われても納得できそうなくらいの美しい人が立っていた。
しげしげと見ていたせいか、厨房の人と目が合ってしまった。
にっこりと微笑まれて、つい顔が熱くなるのを感じた。
「お客様、もしかして冒険者ですか?」
「あ、あぁそうだ」
向こうから話しかけてきた。
「この店の店長は、君か?」
「はい、そうですよ」
この若さで店長……厨房も彼女一人で回しているのか?
店長だというなら、グレーテのことも知っているかもしれんが、直接聞くのはなんだか恥ずかしい。この店長から、グレーテに俺のことが伝わったら、次にダンジョンで顔を合わせた時に気まずい……ファンは、ファンらしく隠れていなければ。
「冒険者さんなら、今日のメニューはおすすめです。なんたって今日は、カレーですから」
カレーと聞いて、俺は少し複雑な気持ちだった。
カレーなんか、いつだって食べられる。
鍋と水とカレールウさえあれば簡単に作れるから、冒険者がキャンプで作る料理の一二を争う料理だ。
嫌いではないし、俺もよくキャンプで作って食べる。
でも、だからこそ、店でわざわざ食べる気がしない。
誰が作っても同じ味、同じ効果がつくのがカレー。俺のカレーへのイメージは、それだった。
「……カレー以外はないのか?」
「ごめんなさい。うちの店、日替わりでメイン料理は一品しか作ってないんです」
店長が申し訳なさそうに眉を下げた。
まぁでも、厨房を一人で回しているとなると、それも致し方ないか……
「分かった。じゃあ、カレーを出してくれ」
「ご注文、ありがとうございます。すぐに用意しますので、しばらくお待ちください」
他の店員が他の客の注文を店長に伝えると、店長はコンロに置かれていた大きな寸胴鍋の蓋を開けた。
開けた瞬間――店内に香辛料の香りが広がった。
なんだ……この香り……?
いつもよく嗅いだことのあるカレーの香りとは、どこか違う。
この香りは……ハーブか?
清涼感のある、それでいて食欲をそそる香りに思わず口の中に唾が溜まるのを感じた。
店長は、店内にいる客、三人分の小鍋を出して、それに千切りキャベツを入れる。それに寸胴鍋から普通のカレーより、明らかに色の薄いカレーを入れて火を入れ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、店長! それがカレーか?!」
「そうですよ。ちょっと待っててくださいね」
あんな薄いもの……あれでは、まるでスープではないか。香りは、カレーのスパイスの香りがするのに、あのカレーは俺がよく知っている物とは、どうやら全然違うようだ。
俺の口から、勝手にふふ、と笑いが漏れた。
なるほど。大魔導士グレーテが通うだけはある。
この店は、俺が想像していた以上に特別らしい。
店長は、次に皮付きのジャガイモ、ブロッコリー、オクラ、骨付きの鶏もも肉を油に入れて、素揚げにした。いったい何ができるのか、俺には想像もできなかった。
店内に広がるカレーの香りに、ぐぅっと腹の虫が鳴いたころ。店長が厨房から直接、俺の前に料理の並んだお盆を差し出した。
「お待たせいたしました。本日のメニューのスープカレーです。熱いので、火傷に注意してくださいね」
俺は、受け取ったお盆の上の料理を見て、目を見開いた。
まず目に飛び込んできたのは、深さのある大皿に盛られたカレーだった。
普通のカレーとは違う金色のスープ。そこに先ほど素揚げにしていた野菜や鶏もも肉がこれでもかと漬かっている。その隣には、白い皿に乗った白米が並んでいたのだ。
店長は確か『スープカレー』と言った……
これは、普通のカレーとは、全く違う種類のカレーらしい。しかし、どうやって食べるのか……
ちらりと他の客を見ると、近くのテーブル席に座っている親子がスプーンでご飯をすくい、それをスープに浸して食べていた。
なるほど、ああやって食べるのか。
俺も見よう見まねで、スプーンでご飯をすくい、スープに浸す。
少しとろみのある金色のスープと中の具材の千切りキャベツがご飯を金色に染めた。
「いただきます……」
ごくりと唾を飲みこんでから、一口。
俺は、またもや目を見開いた。
美味い! なんだ、この香り高いスープは!
スパイスの香りとハーブの香りが鼻を抜けていくぞ!
たまらず次の一口も食べる。
次に気になったのは、千切りキャベツだ。
この千切りキャベツのざくざくした食感がスープのいいアクセントになっている。しかもこのキャベツ……食べるとなんだか体が軽くなるぞ。
俺は、スプーンの持っていない方の肩をぐるっと回した。
やっぱりだ。今日の仕事で重くなっていた体がいつもよりずっと軽くなっていた。
「あ、気がつかれましたか、お客様」
肩を回す俺に、店長はにっこりと微笑んだ。
「それ、カゼノハキャベツが入ってるんです」
「カゼノハキャベツだと!?」
カゼノハキャベツは、高難易度ダンジョンにしか自生していないとされる珍しい野菜だ。食べた者の体が軽くなる効果があることから、高級食材として取引されている食材でもある。
それが、この小さな店のカレーに!?
やはりこの店は、ただの食堂ではないということか。
俺は、次に素揚げになった鶏もも肉をナイフとフォークで切り分ける。
ナイフを入れた時に鶏皮がパリッと音を立てて、中から肉汁がカレーにあふれ出た。
口に運ぶと揚げたての熱さと溢れる肉汁で、ご馳走を食べている気分だ。
「これも美味い……俺の知ってるカレーとは、ぜんぜん違う」
店長は、ふふっと笑った。
「ルウのカレーも美味しいですけど、スープカレーも特別感があっていいですよね。私も好きなんです」
店長の「好き」という言葉に、心臓が跳ねた。
もちろん俺に言っているわけではないのは、重々承知しているが、それでも美人の口から出るその言葉には、破壊力がある。
俺は、その後スプーンを置くことなくスープカレーを平らげた。手が止まらなかったのだ。
ほっと息をついて確信した。
この店が大魔導士グレーテの強さの秘訣だと。
そして、この魔法のカレーを出す店長……この人物もただものではない。
こんな特殊効果が高い料理を出す人物など、まるで物語で読んだ聖女様のようじゃないか。
俺は、ここでハッとした。
もしかして大魔導士グレーテは、この店長に会うためにこの店に来ているのでは?
まだ今代の聖女は教会から発表されていないが、大魔導士グレーテは、この人こそ今代の聖女ではと、見抜いたのではないか?
だから発表前ではあるが、聖女様の安全を守るために、毎日この店にも通っている……そう考えれば、全ての辻褄が合う。
きっとカゼノハキャベツもグレーテが採取してきて、この店に卸しているのだろう。
俺は勢いよく立ち上がった。
そうと分かれば、ゆっくりしていられない。
この聖女様が正式に教会から聖女と発表される前にもっと強くなって、聖女付きの冒険者に任命されるくらいの実力者になってみせる。
「店長……いや、聖女様」
「え? いえ聖女では——」
「あぁ、隠していらっしゃるんですね」
聖女様はきっと教会の発表がある前でも、隠れて民のために料理をされているに違いない。
「これは、失礼いたしました。ではお名前を聞かせていただけますか?」
俺がそう言うと、エルフの男が慌てて聖女様を自分の後ろに隠した。
なるほど、この男も聖女様の護衛ということか。
聖女様は、ぴょんぴょんと跳びはねて、エルフの後ろから顔を出している。
「お代はいくらですか」
「銀貨一枚です」
エルフがぶっきらぼうに答える。
完全に警戒されてしまったらしい。
それにしても、カゼノハキャベツを使ったカレーが銀貨一枚だなんて。
冒険者にカゼノハキャベツの採取依頼を出したら、一玉金貨一枚でもおかしくない。この方は、どれだけ民のことを考えているのだろうか……
俺は、そっとカウンターに銀貨一枚を置いた。
「また来ます、店長。必ずや、あなたを護れるほど強くなってみせます」
「はい?」
こうして盛大な勘違いをした冒険者ガルドは帰っていった。
冒険者ガルドが神速の剣聖と呼ばれるようになるのは、また別のお話。




