第10話 俺も一緒に学園に行きます
「料理長……」
閉店後、皆で店の片付けをしているとルカーシュが私に声をかけてきた。手に持った布巾を握りしめ、表情は思い詰めたように暗い。
「どうしたの? ルカーシュ」
「……最近、男の客が増えてきました」
私は、ここ数日の客層を思い出して、頭をひねった。
「そういえば、そうね」
うちは、ルカーシュという広告塔のおかげで、開店当初は、ほとんどが女性客だったのだが、最近ではなぜか冒険者の男性客もちらほらと見るようになってきた。
うちの味が口コミで広がっているのかも。良いではないか。
「その……皆、料理長を見てます……俺は、心配です!」
なにを言ってるの? この子……
「料理長は、誰にでも優しいから勘違いした男につけ回されたりしないか不安なんです!」
「そんな事は、ないと思うけどな……」
ルカーシュは、自分の顔もじろじろ見られるのを嫌がって、フードで顔を隠していたくらいだ。もしかしたら、ルカーシュは相当臆病者なのかもしれない。
「料理長は、人が良すぎます! 少しは、人を疑うことを覚えた方がいい!」
ルカーシュの言葉に、テーブルを拭いていたナタリアもうんうんと頷く。私って、そんなに危なっかしいかな?
「学園でも、浮気者の王太子と浮気相手の女子と顔を合わせないといけないんですよね? もう、俺、お父上の話を聞いて、心配になってきちゃって……」
「あぁ……うん……」
確かに学園では、オスカーとアリス。ついでに宰相の息子のユリウスと騎士団長の息子のロルフも同じクラスではある。
しかも私は、学園生徒会の副会長でもあった。
そこでオスカー、ユリウス、ロルフとも一緒に仕事をしてきた仲である。
だけど、それも過去の話だ。
クラスこそ移動できないから一緒だが、学園生徒会には、とっくの昔に副会長を辞退する届け出を出している。
しかも他のクラスメイト達は、自分たちの婚約者を置いてアリスと交流する彼らに、皆冷ややかだ。
私の味方とまではいかないが、クラスで嫌がらせを受けたりは、ないのである。
「大丈夫だよ、ルカーシュ。ナタリアもいるし」
だけどルカーシュは、眉間に皺を寄せるだけだった。
「俺も……俺も一緒に学園に行きます」
「え……」
どうやって?
うちの学生じゃないルカーシュは、校門すらくぐれないでしょうに。
「いいよ。気にしないで」
「でも——」
「大丈夫だから!」
ルカーシュは、捨てられた子犬のように項垂れた。ちょっと可哀想だけど、連れていけないんだから仕方がないでしょう。
「じゃあ、今日は帰るね。心配しなくても大丈夫だからね」
私は項垂れるルカーシュの頭を背伸びして撫でた。銀色の柔らかい髪を撫でると前世に実家で飼っていた白い文鳥のブンちゃんを思い出した。
* * *
ナタリアと一緒に教室へ入ると、クラス中の視線が一瞬集まる。
アリスが学園に転入して以来、毎日こんな感じだ。いい加減慣れてきた。
私とナタリアの席は隣で、教室の一番後ろの窓際だ。
机の間を歩いて、後ろに向かうが教室の中央に陣取っているアリス、オスカー、ユリウスやロルフがどうしても視界に入ってくる。極力見ないようにしたが、話が聞こえてきた。
「なぁ、アリス。いつになったらピクニックに行くんだ? アリスが僕のために弁当を作ってくれるっていうから楽しみにしてるんだけど」
「い、今ちょっと、お弁当作りの練習をしてて」
「君の作るものは、なんだって美味いじゃないか? それに『祝福のレシピ』の魔法を使えば、練習も何もないだろ?」
はは~ん、なるほど。アリスは、オスカー攻略に必須のピクニックデートイベントに詰んでいる状態な訳か。
オスカーを完全攻略するためのイベント、それがピクニックデートだ。二人で公園に行って、弁当をつつくのだが、ゲームではそこにヒロインがフライドポテトを作っていくのである。普段、そんなジャンキーなものを食べないオスカーは、それを食べてヒロインに惚れ直すのだ。
そして、その聖女のフライドポテトを作るのに必要なアイテムがルカーシュの手作り調味料のグレイスソルト。
ルカーシュに会えていないアリスは、きっとこのポテトが作れなくて、困ってるんだな。
アリスは、額に汗をかきながら、オスカーにああでもない、こうでもないと言い訳をしている。
「アリスさん、困ってるみたいですね」
「だね」
席に座ると小声でナタリアが耳打ちしてきた。
そのうち婚約破棄するから、もう私には関係ない話ではあるが、困っているアリスを見るのは、気分がいいねぇ。
そうやって、私が自席に座ってニヤニヤしていると、ちらりとこちらを見たアリスとばっちり目が合ってしまった。やばい……
「ひどい! ソフィア様!」
アリスが急に涙目で立ち上がった。
教室中の視線が再び私に集まってしまった。
「どうしたんだ、アリス」
「オスカー様、ソフィア様が私のことをあざ笑っていたのです!」
はい、ごめんなさい。あざ笑っていました。
本当にそうなのだから、申し開きようがない。
オスカーとユリウスとロルフが私を睨んだ。
「それに、オスカー様。ピクニックのお弁当を作れないのは、実はソフィア様のせいなんです」
それはその通りなのだが、アリスはどこまで事態を理解しているのだろうか。
「どういうことだ、ソフィア。説明してもらおうか」
ここは、鎌をかけてみよう。
私はすっと立ち上がって、ナタリアが差し出した扇で口元を隠した。
ここは、悪役令嬢らしくさせてもらおうか。
「まぁ、なんのことをおっしゃっているのか、私にも分かりませんわ」
「とぼけないで! あなたが魔法使いを……いえ、ルカーシュ・ヘンズルを拉致監禁しているのでしょう!」
これではっきりした。
アリスも私と同じ転生者だ。
じゃないとルカーシュの名前が分かるはずないんだから。
「拉致監禁……証拠があって仰っているのですよね?」
「え、そ、それは」
途端、アリスがしどろもどろしだした。
当たり前だ。私はルカーシュを監禁していない。仲良くカフェレストランをしてるだけだ。
この感じだとアリスは、ゲームで黒いマントを着ていた魔法使いが私の店で働いているハーフエルフのルカーシュだとは、分かっていない――と言ったところか。詰めが甘い。
「証拠もないだなんて、言いがかりはよしていただきたいですわ」
アリスはよっぽど悔しかったのか、大声を出して泣き始めた。
完全勝利……だけど、泣かれると流石に気まずいな。
「あ、アリスさん、間違いは誰にでもありますわ……」
私はあたふたしながらフォローをしたが、アリスはより一層わんわんと涙を流した。
「この、よくもアリスを!」
がたんと立ち上がったのは、オスカーだった。
ずんずんと私に近づき、大きく手を振り上げた。
ナタリアが動くよりオスカーの方が早かった。
びゅんと振り下ろされる手がスローモーションに見えた。
私は、ぎゅっと目を瞑って顔を手で覆ったが、聞こえてきたのは、顔の横を通り過ぎる羽の音だけだった。
「うわ! や、やめろ!」
オスカーの悲鳴に、恐る恐る目を開ける。
そこにいた小さな白い生き物に私は目を見開いた。
床で必死に自分の頭を守るオスカー。
そのオスカーに襲い掛かっていたのは、全身を真っ白な羽に覆われた小さなフクロウだった。ナタリアの横の窓が開いているから、ここから入ってきたのか。
「な、なに、このこ……?」
オスカーが完全に戦意を喪失して、床に丸まり震えている。
慌てて走ってきたロルフがフクロウを手で追い払うとフクロウは、私の机の上に飛び乗った。
フクロウの目は、見覚えのある淡い苗色の目をしていた。




