第11話 まぁいっか、ふわふわでかわいいし
このフクロウ……
この目の色……
「もしかして、ルカーシュ?」
私がフクロウに小声で聞くと、フクロウは目を細めて、「ホウ」と鳴いた。
ルカーシュ、変身魔法が使えたの!?
驚いていると教室の扉がガラッと音を立てて開いた。
「何をしているのです! 早く座りなさい!」
入ってきたのは、担任の先生のクルーガー先生だ。何年もフェルゼン魔法学園で教鞭をとっている先生で、オスカーたちを相手にしても厳しい態度を崩さない厳格な先生だ。私がクラスで嫌がらせを受けていないのも、この先生のおかげかもしれない。
ルカーシュの攻撃から立ち上がったオスカーが再び私に手を振り上げたが、すぐにクルーガー先生が「おやめなさい! 殿下!」と雷を落とした。
「女子に手を上げるとは、何事ですか! このことは、陛下にもご報告させていただきますからね!」
先生の言葉に、オスカーは舌打ちをしてから手を下ろした。
ロルフがこれ以上揉めてもいいことはないと察したようで、オスカーを連れて自分たちの席へと戻っていった。
「ルーヴェン嬢、そのフクロウはどうしたのです?」
先生の厳しい目は、次はルカーシュを睨んでいた。
「あ、これは、その……」
ルカーシュは、まん丸の潤んだ瞳で私を見つめた。
やめてよ、その目!
「その……実は、父が私の防犯のためにと魔法動物を買ってくれまして……」
全くの嘘だが、ルカーシュが鳥かごに閉じ込められる姿が脳裏に浮かんで、勝手に口から言葉が出ていた。
私は、ヒロインのアリスにも負けないか弱い女子生徒を演じることにした。
ハンカチで目元を押さえるとナタリアが心配そうに私に寄り添った。
ナタリアも私の演技に付き合ってくれるらしい。
「……最近、身の危険を感じることがあるんです」
ちらりとオスカーたちに視線を送る。
さっき私を殴ろうと手を上げていたのは事実なだけに、やつらは悔しそうに視線を下げた。
「……ご事情は分かりました、ルーヴェン嬢。そのフクロウの学校への同伴を許可いたします」
「せ、先生! ソフィア様だけ、特別扱いですか!」
先生の決定に文句を言ったのは、アリスだ。
先生がすぐにアリスを睨んだので、アリスはびくんと震えた。
「誰のせいでルーヴェン嬢が身の危険を感じているか、あなたは一度考えた方がいいですわ、メイベル嬢。聖女候補に選ばれていると聞きましたが、そのように身勝手なふるまいをするご令嬢は、決して聖女になど選ばれないことをご自覚なさいませ」
これには、アリスもぐうの音も出なかった。
アリスもしぶしぶ席に座り、先生はため息を吐いた。
「皆さん、座ってください。授業を始めますよ」
先生はそう言うと出席を取り始めた。
私とナタリアも席に座ると机の上のルカーシュがぴょんと私の肩に乗った。このまま居座るつもりか?
ちらりと横目でルカーシュを見ると、ルカーシュはふわふわの頭を私の首に擦りつけた。まぁいっか、ふわふわでかわいいし。
「それでは、今日はこの国の聖女について話をしましょうか」
クルーガー先生は、カツカツとチョークで黒板を叩きながら、「聖女」と黒板に書いた。
「我が国では、およそ五十年に一度、教会が聖女となる乙女を選んでいます。聖女に選ばれた乙女は、護衛の者たちと一緒に国中を回るのです。なぜだか分かりますか……メイベル嬢」
先生が突然アリスを指名したから、アリスは震えた。
まぁ、アリスも転生者みたいだから、このくらいは簡単か。
アリスは、恐る恐る立ち上がった。
「あの……分かりません」
分かんないんかい!
思わず心の中でつっこみを入れてしまった。
「ではルーヴェン嬢。代わりに答えてください」
先生のご指名に、私はごほんと咳ばらいをして立ち上がった。
「全ての国民に聖女の作った料理を食べさせるためです。聖女の作る料理を食べた者は、健康で長生きできると言い伝えられているからです」
「さすがは、ルーヴェン嬢ですね。ありがとうございます」
私の回答に先生は、にっこりと微笑んだ。
そう、聖女の仕事とは、どちらかというと儀式的行事だ。
日本でいうところのお神輿に近いものがある。
聖女が国の各地を回ることで人々と交流し、料理をふるまうことでその恩恵を授けたりする――言ってしまえば、イベント行事なのである。
聖女の作った料理は、特別だから特殊効果が高い――と、この世界の人は信じているみたいだが、ゲームで料理の情報を見た私はそうじゃないことを知っている。
いわゆるプラシーボ効果ってやつだ。
聖女様が作ったありがたいご飯だから、効果が高いに違いないって考えが実際に体にもでるのである。
だからルカーシュが作った闇のオニオンスープも私が作ったオニオンスープも、ついでにアリスが作ったオニオンスープも、効果自体に差はないのだ。
先生の話は続いた。
「過去に聖女に選出された乙女は、ほとんどが『祝福のレシピ』という特別な魔法を習得していました。この魔法は、食材を前にして祈ると一瞬で料理が出来上がるので、沢山の民に食事を配るのに、大変適した魔法なのです」
『祝福のレシピ』――前世では、この世界のゲームタイトルにまでなっていた魔法だったが、私はこの魔法だけは気に食わなかった。
料理は、作る過程も楽しいのに、どうしてそれを省いちゃうんだろう。まぁでも、前世のOL時代だったら、喉から手が出るほど欲しい魔法だったかもね。今は、時間に余裕もあるし、私は自分で作りたいかな。
「このフェルゼン魔法学園は、この国の貴族のご子息やご令嬢に魔法の正しい知識や技術を指導するために作られた学園です。皆さんは、ここを卒業した暁には、国の要職につき、学んだことを大いに生かして国を支えてください」
先生は、全員に言い聞かせるように、順番に皆の顔を見た。
「そして今は、教会から聖女候補として名前が挙がっているのは、『祝福のレシピ』を習得しているメイベル嬢だけですが、これだけで聖女が決定するわけではありません。このフェルゼン魔法学園に通う全ての女子が聖女として最終的に選ばれる可能性があるのです。皆さんは、そのことを心に刻んで、国民の手本となるように過ごしてください」
最後の言葉だけは、先生はアリスの顔をじっと見つめて話していた。
だけどアリスは、自分の髪先を指でくるくると遊ばせるだけだ。
おいおい、先生のありがたい話を聞きなさいよ、と私は内心で呆れてしまった。




