第6話 アリスの企み
「店の外観の次は、メニューよ!」
店内に戻った私たちは、今度はメニューを考え始めていた。
ナタリアが紙とペンを準備して、書記係だ。
「闇のカレーを――」
「却下」
ルカーシュの意見は問答無用で却下した。
「そもそもルカーシュさんは、どうしてそんなに闇のメニューにこだわるんですか?」
質問したのは、ナタリアだ。
確かにナタリアの疑問は最もである。
「実は……俺は、闇の呪いにかかっているんです」
「え?」
思っていた以上に深刻な話になりそうで、私は思わず身構えた。
「この食堂は、元々母がやっていた食堂なんです。母が病気で亡くなってからは、俺が後を継いでやっていたんです」
私とナタリアは、ごくりと唾を飲みこんだ。
「母が亡くなって、初めて自分で料理してみたのですが、何を作っても黒くなってしまって……それで気がついたんです。これは、きっと行方知らずになったエルフの父の血脈に由来する呪いに違いないって」
「ん?」
違いない……?
「闇の呪い――俺は、こんなにも料理を愛しているのに、呪いが俺の想いを邪魔して、俺の作る物を全て漆黒に染めるんです」
ルカーシュは手を天に上げ、恍惚とした表情を浮かべていた。
「それって本当の話?」
「そうだったら面白いなっていう妄想です」
うん……呪いかどうかは分からんが、ルカーシュが中二病を発症していることはよく分かった。
ルカーシュは、「母が亡くなったのと父が行方知れずの部分は、本当ですよ」と付け足した。
私は、ごほんと咳払いをする。
「自分の作りたいものを考えるのもいいけど、まずはお客様が食べたいと思うメニューを考えましょう」
考慮したいのは、この辺りの客層だ。
「ルカーシュ。この店がある学園区鐘楼通りでよく通る人はどんな人?」
「そうですね……やっぱりフェルゼン魔法学園が近いから、学生とか教職員とか? あとは近所に住んでる人ですね」
「そうね。なら営業時間は放課後に絞って、デザート類や夕食になるようなメニューに絞ってやりましょう」
フェルゼン魔法学園には、大きな学食がある。
ほとんどの生徒や教員が学食を使うかお弁当を持参するので、ランチ営業をしても客を引っ張ってくるのは難しいだろう。そもそも私も学生の身分なのだからランチ営業は、普通に考えて厳しいというのもある。
その後、私たちは各々意見を出し合って、メニューを決めた。
あまりメニューを最初から増やし過ぎても店が回るか分からないので、最初は最低限のメニューから始めることに話がまとまった。
「よし、じゃあメニューはこれで決まりね」
ナタリアのメモしてくれた紙には、最終的に決まったメニューが並んでいた。
まずは、お食事。お食事は、定食形式にして、メイン料理は毎日日替わりにすることにした。
肉に魚にって、全部やってしまうと厨房が私ひとりじゃ回んなくなっちゃうからね。
あとは、ルカーシュの野菜を使ったサラダとオニオンスープは定番商品としてセットでつけることに決まった。
他には、放課後に小腹を満たしたい学生のためにデザートを二品準備することにした。
デザートは季節のフルーツを使ったジェラートとプリンの二品。これなら作り置きもできるし、このメンバーでも無理なく提供できるだろう。
最後に飲み物は、ハーブティー。これもルカーシュがスキルでタダで作れるので、採用した。
他にも、日曜と月曜が定休日と決まり、店名も『森の恵み亭』と改めることにした。同じ店名だと、ヒロインのアリスに気がつかれるかもしれないからね。あとは開店までの準備を進めるだけだ。
「営業開始は、一週間後の火曜日からにしましょう」
* * *
「もう!どうして魔法使いが見つからないのよ!」
フェルゼン魔法学園の校門前で、ヒロインのアリスは人目も憚らず大声をあげた。
(おかしい……王太子とのピクニックイベントが発生したら、校門前に魔法使いが現れるはずなのに……)
アリスは焦っていた。
王太子と手作りの弁当を持ってデートに行く約束を取り付けたのだが、それを攻略するのに必要なグレイスソルトを販売してくれる魔法使いが見当たらないのだ。
(早くグレイスソルトをゲットしないと……デートの約束をした週末が来ちゃうじゃない!)
アリスが校門の前を歩きながら爪を噛んでいると、「早く行かないとなくなっちゃうよ!」という声が聞こえた。
校門から出た女子学生がこぞって何かを求めて走って行く。
「あれ、何をそんなに急いでるの?」
たまたま通りかかった女子学生二人組が噂をしていたので、アリスは建物の陰に隠れて聞き耳を立てた。
「え、知らないの?なんでもソフィア様がカフェレストランを始めるそうよ」
(か、カフェレストラン?! 悪役令嬢が?!)
アリスは噂の声に内心で驚いた。
アリスと同じように、質問した女子学生も目を見開いて驚いた。
「え、なんでソフィア様がカフェレストラン?!」
もう一人がポケットからハンカチを取り出して、目頭を押さえた。
「これには、涙なしでは語れないご事情があるのよ」
女子学生は、目じりの涙を拭いてから語り始めた。
「なんでも学園の近くに呪いの屋敷っていうのがあったらしくてね。ソフィア様は、そこの呪いを命がけで解いたらしいのよ。しかも、そこには隣国のエルフィリア王国の王子も呪いで閉じ込められてたっていうのよ」
「エルフィリアって、エルフが住んでるっていう?」
女子学生は頷く。
(どういうこと!? エルフの王子なんか、このゲームには出てこないはずなのに!)
アリスがわなわなと震える横で、さらに話は続いた。
「王太子のオスカー様は、最近聖女のアリスさんにべったりでしょ? 婚約破棄になるんじゃないかって噂もあって、落ち込んでいらっしゃったソフィア様にそのエルフの王子がご求婚されているらしいわ」
「まぁ、物語みたいなお話ね!」
「そうなの。それで、今は二人でエルフィリア王国に帰った時のために経営をご勉強されているのだとか」
「なるほど! それで、カフェレストランなのね!」
アリスは、前世でプレイした『祝福のレシピ』とは全く違う情報に、脳内が追い付かなかった。
「ほら見て、あそこでソフィア様とチラシを配っているのがエルフの王子様よ」
女子学生が指さす先の広場。
たくさんの女子生徒に囲まれる中心に悪役令嬢ソフィア・ルーヴェンとそのエルフの王子なる人物はいた。
すっと高い身長に甘いマスク。
銀色の髪から時折覗く耳は確かに少し尖っていて、普通より長い。
(あれがエルフの王子!? めちゃくちゃイケメンじゃない!!)
アリスは、親指を嚙み過ぎて血が出ていることに気がつかなかった。
悪役令嬢とエルフの王子は人の往来だというのに、仲良く腕まで組んでいた。
「ちょっとルカーシュ! 逃げないで、さっさとチラシを配りなさい!」
「嫌ですよ! こんな人の多い所で、素顔をさらしたままでなんか歩けません!」
アリスからは、二人が何を話しているかは聞こえなかったが、胸の中に黒い嫉妬の火がつくには、十分だった。
(このゲームのヒロインは私よ……ソフィア・ルーヴェン。ストーリーを捻じ曲げて、私より楽しい思いをするだなんて、絶対に許さないんだから)
* * *
――迎えた一週間後の開店当日。
私とナタリアは、学園から店に到着するとキッチンの奥の更衣室でささっと着替えた。
ナタリアは、ココアブラウンのワンピースに白いエプロン。頭にはモブキャップを被り、カントリー風のメイドさんみたいだ。
対して私は、白いコックコート姿だ。髪の毛はまとめて、後ろでお団子にした。
二人で更衣室を出るとルカーシュも二階の階段から降りてきたところだった。
白いシャツにモスグリーンのベスト。下はセンタープレスの入った黒いパンツがルカーシュの足の長さを際立たせている。
「ルカーシュ、曲がってるよ」
ルカーシュの首の蝶ネクタイが斜めになっていたので直してやった。
ルカーシュは、見るからに緊張しているようだ。
というのも、店の前にはすでに開店を待つ行列ができていたからだ。
なぜだか分からないが、今この辺では、ルカーシュは隣国の王子様という根も葉もない噂が流れているらしい。まぁ、客寄せになると思って、否定しなかった私も悪いんだけど。
「俺……ちゃんとできるかな、料理長?」
闇のスープを自信満々に出していた男はどこに行ったんだ?
私は、バシンとルカーシュの肩を叩いた。
「大丈夫よ、ルカーシュ。何度も練習したじゃない」
ルカーシュは、ふぅっと長く息を吐いてから背筋を伸ばした。
私も胸の奥が落ちつかない。
前世ではゲーム飯再現が趣味で料理は得意な方だったが、飲食店で働いたことはない。本当にうまくいくかなんか、まだ分からない。でも――
「皆、準備はいい?」
私の声にルカーシュは頷き、ナタリアは、「はい、お嬢様」と返事する。
この一週間、二人と一緒に何度も試作品を作ったし、給仕の練習もした。
学園が終わった後の限りある時間だけの準備。皆で夜遅くまで練習した日だってある。
完璧では、ないかもしれない。
でも、二人の顔を見ると、私も勇気が湧いてくる気がした。
「森の恵み亭、開店よ!」
――あとは、楽しむだけだ。




