第5話 飲食店は、まずは見た目
「じゃあ、さっそくだけど、この店の見た目から何とかしましょう。ナタリア」
「はい、お嬢様」
「ナタリアは、店内を綺麗にして。その至る所に置かれた怪しいろうそくは、処分して」
「ぇえ!?」
私がナタリアに指示を出すとルカーシュががたんと立ち上がった。
「何か文句でも?」
「い、いえ、我慢します……」
契約書も書いたばかりだ。
ルカーシュのこだわりの内装なのかもしれないが、これでは客は入らない。
ナタリアは容赦なく不気味なアイテムをゴミ箱に入れ始めた。
「この階段の上は、何があるの?」
キッチンの奥の階段を上ろうとすると、すかさずルカーシュが通せん坊した。
「二階は、俺の住居スペースです! さすがの料理長でも、二階はご遠慮ください」
散らかってそう……
まぁ、でもプライベートの空間は必要よね。
「分かったわ。じゃあ私とルカーシュは、外を掃除しましょう」
中はナタリアに任せて、二人で食堂の外に出た。
外観は、黒いツタを切らないとね。
「ルカーシュ、食堂の壁を覆っているツタを切りたいんだけど、園芸ハサミとか軍手はある?」
「本当に切るんですか……?」
この期に及んで、なにが不満だっていうの?
私がルカーシュを睨むとルカーシュは、がっくりと肩を落としてマントの中から短い杖を取り出した。くるくると杖を振ると、食堂の壁を覆っていた黒いツタがどんどん縮み始めた。
「え、なにその魔法!?」
植物を縮める魔法なんか初めて見た。
見る見るうちにツタが小さくなり、オレンジ色の明るい石壁と大きなガラス窓が姿を現した。食堂の中のナタリアの驚いた顔が見えた。
「さっきも言った『万能菜園』のスキルです。俺の菜園の植物なら自由自在です」
なんだと!?
「え、じゃあなんでも聞いてみるんだけど、この黒いツタの代わりにバラなんか出せたりする?」
「できますよ」
黒いツタがなくなったオレンジ色の石の壁に、ルカーシュがもう一度杖を振る。すると一瞬ピカッと地面が光ってから、今度は棘の生えた蔓が伸び、窓枠を囲むように白くて小さなバラの花をいくつも咲かせた。
「かわいい!」
私が興奮する横で、ルカーシュはため息を吐いた。
でも私はルカーシュのため息を無視した。
「じゃあ、こっちの生け垣はラベンダーとローズマリーに変えて!」
ルカーシュは、はいはいとやる気のない返事をしながらも、私の注文を忠実に再現していった。
一時間後――
「お、お嬢様、この庭は」
中の掃除が終わったナタリアが庭に出てきて、目を見開いた。
緑の芝生に石畳の細い道。
道の縁を囲むようにラベンダーとローズマリーが並び、不気味だった壁には白いバラが見事に咲いている。
ラベンダーの奥の畑には、トマトやナスなどの野菜。
オリーブの木も見えて、隠れ家レストランといった感じの見た目に大変身していた。
「ふふん。ルカーシュがやったのよ」
私は得意げにナタリアに自慢したが、当のルカーシュは地面の石ころを蹴っ飛ばしていた。
「ちょっと、ルカーシュ! 不満なことがあるなら言いなさい!」
いい加減、このやる気のなさは見ていてイライラしてきた。
小学校で教室掃除をちゃんとやらない男子を見ている気分だ。
「……好きだったんです」
「何が?」
「不気味な雰囲気が好きだったんです!」
「はぁ?」
私はルカーシュの返答に呆れた。
ルカーシュは、畑の前のベンチに座って唇を尖らせた。
拗ねてしまったルカーシュを前に私は腕を組んだ。
このまま黙って従え!って言うことはできる。そういう契約だし、ルカーシュだって文句を言いながらでも従っている。でも、私はルカーシュをこれからも嫌々働かせたくはなかった。
「ルカーシュ」
ルカーシュの隣に腰掛けたが、彼はむすっとしたまま地面を見ていた。
「ルカーシュは、この食堂をどんな食堂にしたいの?」
「それは……たくさんのお客さんに来てもらって、俺の育てた野菜を食べてほしいです」
「そうよね。私だってそうよ」
私の言葉にルカーシュは不機嫌なまま私を見た。
「ルカーシュの好みはとやかく言わないわ。でも、さっき私が食堂に来た時に、この建物を見て『呪いの館だ』って言って逃げていった親子がいたわ。そういう人たちにもルカーシュの美味しい野菜を食べてもらいたいの。あなたの野菜は本当に素晴らしいから」
「料理長……」
ルカーシュは、すんすんと鼻を鳴らした。涙目である。
やめてよ! 私が虐めてるみたいじゃない!
「そうだよね……食堂でもあるけど、ルカーシュの家でもあるもんね……そうだ!」
私は、ぱっと立ち上がって、ルカーシュの手を引っ張った。
「こっちの裏口の前は、お客さんに見えないから、ルカーシュの好きなようにしていいわ」
私がルカーシュを引っ張っていったのは、店の裏側だった。
裏側は、二階の住居部分に直接上がるための外階段と小さな井戸がある狭いスペースだ。ここなら通りに面していないし、好きにしても文句はない。
「本当ですか!」
ルカーシュが目を輝かせて喜ぶので、頷いた。
ルカーシュを忠実なしもべにするためにも、いい雇用主にならないといけないからね。
ルカーシュはさっそく杖を取り出して、一振りした。
にょきにょきと黒い木が生えてきて、すぐに私の背丈くらいになった。
葉のついていない曲がりくねった木で、節の部分やへこんだ形がもがき苦しむ顔のように見える。相変わらず趣味が悪い……
「……ルカーシュ。この木は?」
「トレントです。防犯対策にもなるし、いいかなって」
トレント……モンスター……?
冗談よね?
「トレント。俺と料理長とナタリアさん以外が裏口から侵入しようとしたら、捕まえてくれ」
秋の風がびゅうっと吹いて、黒い木の先が頷くように揺れた気がした。
「わぁ、すごい! ママ見て!」
店の表から声がして、私とルカーシュは顔を見合わせて走った。
店の前、ガーデンフェンスの外からさっき逃げていった親子が新しくなった店を指さしていた。
母親は、何が起こったのか理解できないといった風に目を見開いている。
ナタリアが門扉の外でしゃがんで女の子と目線を合わせていた。
「呪いの館、呪いがとけたの?」
子供にはそう見えるらしい。
「そうですよ。もう少ししたら、ここはレストランになるんです。良かったら来てくださいね」
女の子は目を輝かせて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「あ、魔法使いの呪いもといたのね! 王子様になってる!」
女の子が今度指を指したのは、フードを脱いだルカーシュだった。
「あのお姫様が呪いをといたの?」
次は私だ。お姫様だなんて、なんだかこっぱずかしい。
隣を見るとルカーシュも頭を掻いていた。
ナタリアは、女の子の反応ににんまりと笑った。
「そうですよ。うちのお店は、王子様が育てた野菜をお姫様がお料理するんです。また遊びに来てくださいね」
「絶対来る!!」
小さな女の子と母親は、「また来るからね!」と大きく手を振りながら帰っていった。
ルカーシュは、スキップしながら帰っていく子供の反応を見て、涙ぐんでいた。
私はルカーシュの耳に顔を近づける。
「ね、呪いの屋敷、やめて良かったでしょ?」
ルカーシュは、泣きそうな顔で笑顔をつくって、うんうんと頷いた。だけど背筋はまだ丸まったままだった。
「胸を張りなさい。ルカーシュ」
「え?」
「あなたは、おいしい野菜も作れるし、庭だって一瞬で綺麗にできる。あなたは、すごい人よ」
家賃も払えないと嘆いていたけど、この人は、もっと自分を褒めていい。
この人には、間違いなく才能がある。ただ、その生かし方を自分で分かっていないだけだ。
ルカーシュは、驚いたように目を見開いてから、自分の胸を押えた。
「料理長……一生、ついて行きます」
「えぇ、そうしてちょうだい」
元からそのつもりだ。ルカーシュには、一生私に仕えてもらうわ。
心なしか、ルカーシュの顔が赤い気がしたが、たぶん気のせいだろう。




