第4話 呪いの館をカフェレストランにします!
「あなた、どうして顔を隠してたの!?」
私はルカーシュの顔を見て、腰を抜かしかけた。
これだけきれいな顔をしていれば、どんなダークマターが出てこようと我慢して店に通う客が出てきてもおかしくない。私は、ルカーシュが自身の顔を隠す理由が思い当たらなかった。
ルカーシュは、尖った耳を下げて、しゅんと落ち込んだ顔をした。
「……ハーフなんですけど、エルフってだけで物珍しいみたいで、街を歩いていると好奇の目で見られるんです」
それは、ただイケメンだから目がいくだけでは?
でも、ルカーシュは本当に気にしているらしく、背中を猫背にして項垂れた。こう姿勢が悪いとせっかくのすらっとした体もだらしなく見えるのだから不思議だ。本当にもったいない。宝の持ち腐れとは、まさにこのことだ。
私は店を見渡した。
ツタが絡まり、日光が入らない店内は、相変わらず不気味だ。なぜこんな状態にしているのか、とにかく謎が多い。
店を再建するためには、現状を正確に把握せねば……
私が店のことを聞こうと口を開きかけたその時――
店の扉をどんどんと乱暴に叩く音がした。
ルカーシュはすぐにフードを被り、店の隅に避難してびくびくと震え出した。
「おい、ルカーシュ! いるのは分かってるんだ!さっさと出といで!」
おばあさんの声だ。
一体だれが来たのかは、検討もつかなかったが、ルカーシュが震えて動かないので、代わりに私が扉の前に立つ。ナタリアも私の少し後ろに並んだ。
ドンと勢いよく扉が開き、入ってきたのは、小柄なおばあさんだった。髪を後ろにひっつめ、お団子頭にしていて目つきが悪い。
「なんだい、あんた。あたしゃルカーシュに用があるんだよ。さっさと溜まってる店の家賃を払ってもらわないと」
この店、賃貸だったのか!?
そして、取り立てに来ているこのおばあさんは、この店の大家さんということか。
「あんた誰だい」
私の胸くらいまでしか身長のない大家さんが私のことを下から睨んだ。
「この方は、ルーヴェン公爵の一人娘のソフィア様です」
私の横でナタリアが名乗った。
「今、この店を譲ってほしいとルカーシュに相談していたところです」
私は、制服のポケットから扇を出して広げ、口元を隠した。私なりの精一杯の威嚇である。
私の言葉に大家さんは、顔を顰めた。
「この店を買う? 貴族の道楽か知らんが、おすすめはしないね。ルカーシュが店長になってから、この店に客が来てるのを見たことがない」
「私がこの店を立て直します」
大家はふんと鼻で笑い、「無理だと思うけどね」と付け足した。
「まぁいい。じゃあ、お前さんが未払いの半年分の賃料を払ってくれ」
「いくらです」
「ひと月金貨一枚。半年分で金貨六枚だよ」
私が目配せするとナタリアが金貨を出してきて、大家さんに払った。
大家さんは六枚の金貨を念入りに検分して、前掛けのポケットにしまった。
「次の支払いは、来週だ」
「来週?!」
「金貨六枚は、先月までの付けだ。今月分の徴収は、来週だよ」
大家さんは、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「逃げるなら今のうちだ、お嬢ちゃん。よく考えることだね」
大家さんは、高らかに笑い、腹のポケットに入った金貨を叩きながら店を出ていった。
「ルカーシュ……」
私は振り返って、ルカーシュを見た。
ルカーシュは、随分と大家さんが苦手なのかテーブル席の下に隠れてびくびくと震えていた。
残りの金貨は、九十四枚。
まだまだ余裕があるにしても、無限ではない。
しっかりと計画を立てて運用しなければ、店の再建など夢のまた夢だろう。
私は、ルカーシュが隠れているテーブルの前にしゃがんだ。
「まずは話を聞かせて」
「……見捨てないのですか?」
これが本当に貴族の道楽だったなら、間違いなく見捨てていただろう。
でも、これには私の命がかかっているのだ。
「見捨てないわ、ルカーシュ。私はあなたを見捨てたりしない」
ルカーシュは恐る恐る被っていたフードを下ろした。彼の顔は、捨てられた子犬のようにしょぼくれていた。
「おいで、ルカーシュ。一緒にどうしたらいいか、考えましょう」
* * *
私とルカーシュはテーブル席に向かい合うようにして座った。
ナタリアが勝手に店のポットでお茶を入れて、テーブルに並べる。湯気の立つ紅茶に視線を落として、ルカーシュはまだ落ち込んでいるようだった。
「何を落ち込んでいるの?」
「だって……自分の店なのに、自分では家賃も払えないことが悔しいんです。俺には、才能がないんだ」
ルカーシュがテーブルの下の膝の上で、ぎゅっと拳を握った。
惜しい……本当に惜しいわ、この人。
この人に足りないのは、才能なんかじゃない。自分の長所を生かすためのプロデュース力だ。
こんなに見た目がよくて、おいしい野菜も育てられるのだから、見せ方さえ整えれば家賃などすぐに稼げただろう。
「……才能の話は置いておいて、まずは、契約書から書きましょうか」
私の言葉にナタリアが紙とペンを私の前に置いた。
私は向かい合うルカーシュに優しく慰めるような笑顔を浮かべる。ここからが私の腕の見せ所だ。
ルカーシュは、藁にでもすがる思いなのか、潤んだ瞳で私を見つめたが、これは善意なんかじゃない。
私には、ルカーシュを逃げられないように契約で縛って、断罪回避を目指すという明確な目的があるのだ。
ただ、ルカーシュに恩を売っておくのは、断罪回避の面でもプラスだろう。ルカーシュには、私を裏切らない忠実なしもべとなってもらう。
「この店の賃料は、これからは私が払います。あなたのお給料もです。お給料は、月金貨二枚とします」
「そ、そんなに……」
ルカーシュは感激で目を潤ませたが、金貨二枚はあくまでも王都の最低賃金と一緒だ。この男は金銭感覚も怪しい。
「店の内装や外装。店の運営方針などは、全て私が決めます。あなたは、その権利も全て私に譲ってください」
「家賃を払っていただくのですから、当たり前です」とルカーシュも頷く。
私はルカーシュが納得したものと判断して、さらさらと契約書をしたためた。
最後に私のサインも書き足す。
「では、下にあなたのサインも書いてください」
ルカーシュは、騙されているかもとは微塵も考えていないようで、素直にサインした。
この契約書には、普通の労働契約書には絶対にあるはずの一文が完全に抜け落ちていたことに、この男は気がつかなかった。
この契約書には、ルカーシュの退職に関する文章が一切書かれていないのだ。
つまり、これにサインしたルカーシュは、自分の意思で仕事をやめることができないのである。
私は、ルカーシュから契約書を受け取り、ナタリアに契約書を渡した。
思い通りに事が運んだから、思わず口角が上がった。
これでルカーシュは、私のものだ。
絶対ヒロインになど渡したりしない。
「一緒に頑張りましょうね、ルカーシュ」
私が手を差し出すと、ルカーシュは満面の笑顔で私の手を取り、頷いた。




