第3話 オニオンスープとチキンステーキ
両端を切り落とした玉ねぎの皮を包丁の刃と親指でつまんで、玉ねぎの皮をむく。
とんとんとリズミカルにみじん切りにすると、ナタリアが飛び上がって驚いた。
昨日まで包丁も握れなかったのだから、驚くのも無理はない。
「オリーブオイルはどこ」
私がルカーシュを睨むと、やつはおどおどしながら近くの引き出しからオイルの入った瓶を取り出した。
瓶を受け取り、光に照らす。
色は透き通る金色。完熟オリーブオイルか?
蓋を開けてみて驚いた。
「香りが強い」
鼻を抜けるもぎたての果実のような芳醇な香り。
「……作りたてなので」
「作りたて!?」
私の声にルカーシュは、カウンターの柱の陰に隠れた。
「怒ってないから詳しく教えて」
ルカーシュは、恐る恐る頭だけ柱から出した。
「俺のスキルは、『万能菜園』。なんでも好きな植物が育てられるんです。そのオリーブもそこの庭で育てて収穫しました」
ルカーシュが指さす先。窓の外には、確かに立派なオリーブの木が揺れていた。さっき来た時は気がつかなかった。
「じゃあ、このトンガリオニオンも?」
「はい。野菜は自分で育てられるので、買ったことはないです」
「なんと……」
さっき玉ねぎを切っていた時も感じたが、市場に並んでいる物より大きくて艶がある。
この男は、料理に関してはポンコツだが、もしかしたら野菜栽培では天才なのかもしれない。
私は、鍋を火にかけオリーブオイルを鍋に垂らした。
じゅうっとオイルが音を立てて、完熟したオリーブから作ったオイル特有の甘くてフルーティーな香りが辺りに広がった。
みじん切りにした玉ねぎを入れてしばらく炒めると水分が出始め、色があめ色に変わった。ここで水を入れて蓋をする。
「スープだけだと少し寂しいわね」
勝手に冷蔵庫を漁ると鶏の胸肉が出てきた。皮つきだからチキンステーキにでもしてしまおう。
「ルカーシュ、にんにく」
「はい!」
ルカーシュは、大慌てで食堂を飛び出す。
窓の外で何かがピカッと光って、ルカーシュがニンニクを持って帰ってきた。
「なかったので作ってきました!」
ルカーシュが持ってきたのは、土がついた長ネギに似た植物だった。
受け取って、ながしで洗うと根元の部分に市場でもよく見る白くて丸いニンニクがついていた。これも取れたてだ。
「上出来。これなら、素揚げのニンニクにした方が美味しそう」
私がそういうとルカーシュは、私の隣に立ってフライパンをコンロに置き、オリーブオイルを一センチほどの深さまで入れた。
「あ、準備だけです。調理は、料理長がどうぞ」
「うむ」
この魔法使い、顔は見えないけど、声がいい。
料理長……悪くないわね。
「ルカーシュ、油を温めといて」
私の指示にルカーシュは、文句の一つも言わずに従った。
ホウロウのバットに乗った鶏むね肉に下味をつけようと思うと、今度は指示を出す前にルカーシュが私の前にハーブの入った塩を置く。
なんだ……料理の素人かと思ったのに、そうでもないのね。
少しだけルカーシュのことを見直したが、さっきの闇のオニオンスープのこともあるから油断はしないことにしよう。
塩の入った瓶もしげしげと観察した。
このハーブの混ざった塩。これは見覚えがあった。
「これ……グレイスソルト?」
「え、どうして知ってるんですか? 我が家の秘伝の塩なのに」
「なぜって……その……気にしないで」
知っている理由は、もちろん前世のゲームで見たからだ。
この塩は、王太子攻略に絶対必要なキーアイテムで、ルカーシュからしか買えないアイテムだった。
鶏肉に下味をつけて、にんにくの皮も剥いた。
油も温まったようなので、ルカーシュと場所を交代してニンニクを油へ入れた。
ピチピチと軽快な音がして、香ばしいニンニクの匂いが立ち込めた。
鶏むね肉も皮目を下にして、一緒にフライパンへ。
ニンニクを転がすのと一緒に皮目が焼けたら裏返す。パリッとした黄金色の皮を見て、ナタリアはじゅるりと涎をすすった。
「もうちょっと待っててね」
そわそわと立ち上がって見ていたナタリアは、恥ずかしそうに頬を染めて席に座った。
* * *
「はい、完成。召し上がれ」
味付けと盛り付けが終わったオニオンスープとチキンステーキがカウンターに並んだ。チキンステーキの横には素揚げのニンニクとサラダ。サラダは、フリルレタスとミニトマト、彩りも我ながら完璧だ。
ナタリアはチキンステーキをナイフで切り分け、口に運び、お尻ではねた。
ルカーシュは、飴色のオニオンスープを飲んで震えた。
「お嬢様! パリッパリで、最高です!」
「美味しい……しかも、魔力強化の効果も高い」
二人の反応に、私は自分の腕に鳥肌が立つのを感じた。
前世では、自分で作ったご飯は、写真をSNSに投稿して、結局は一人で食べるだけだった。
誰かに食べてもらって、喜んでくれると、こんなに胸があたたかくなるのね……
私もルカーシュの隣に座って、自分の分の料理に向き直った。
まずはアツアツのニンニクから。
「あつ! はふ!」
揚げたてのニンニクを口に入れると、火傷しそうな熱さに口から息を出す。
少し熱さが落ち着いたら噛み締めると、ほくほくとした食感とニンニクの香りが最高だ。ビールがほしい! と叫びたいところだが、今生は令嬢だし、まだ学生だから我慢我慢。
私は、隣で料理を堪能しているルカーシュを見た。
もくもくと食べている姿を見ると、それだけで胸が躍る。
この店、やっぱり潰れるのは、もったいないわ。
私はルカーシュに椅子を近づけた。
「ねぇ、ルカーシュ。物は相談なんだけど」
「なんでしょう、料理長」
私がナタリアに目配せすると、ナタリアは自分のカバンからどさっと金貨の入った袋をカウンターへ置いた。
「この店を買いたい。あと、あなたも食材調達係として雇いたい」
ルカーシュは、少し考えるように唸ってから、マントのフードをとった。
きらきらと光る銀髪。
苗色の瞳に少しだけ尖った耳。
すっと通った鼻筋に整った顔立ちは、まるで彫刻のように美しい。
出てきたルカーシュの顔を見て、私とナタリアは顔を見合わせた。
「このまま俺だけでやっていても店がつぶれるだけです。料理長、よろしくお願いします」
ぽかんと口を開ける私の手を、ルカーシュは勝手に取って握手する。
「あなた、エルフ!?」
「ハーフエルフです」
フードから出てきたのは、攻略対象たちにも負けないくらいのとんでもない美形だった。




