第33話 聖女のスープ
十二月最後の日曜日、今日は私が王都で炊き出しをする最終日だ。
王都の一番大きな公園に常設されているバーベキューコーナーを使って、私は早朝から料理の準備を始めた。レンガで組まれたバーベキュー台の下に薪や炭を組み、火を起こしていく。
隣には、コックコートを着てそわそわしているルカーシュ。なぜかは分からないが、この一ヶ月くらいルカーシュはずっと落ち着きがない。
ルカーシュの隣には、同じくコックコートを着たナタリアが他のバーベキュー台の下に黙々と火を起こしていた。
他にも教会のシスターが何人も手伝いに来てくれて、皆で火を起こした。
私はというと、いつものコックコートではなく、教会から支給された聖女用の白いローブを身にまとっていた。白いローブの袖や裾には金の糸で稲穂と星の模様が刺繍されている。
料理をするのにこの服?と最初は抵抗があったが、一ヶ月もやっているので、さすがに慣れてしまった。
古新聞をねじって棒状にしたところに、火のついたマッチを入れると燃え移る。古新聞が燃え、薪に火が移り、少しずつ火が大きくなった。
冬の冷たく乾いた空気の中、ぱちぱちと音を立てる薪を見ていると、この怒涛の一ヶ月間が走馬灯のように頭に浮かんだ。
十二月一日の聖女就任式は、教会の大聖堂で行われた。
私の父や国王陛下、教会関係者が一堂に会し行われた式典で、アンセルモ大司教に私は正式に聖女に任命された。
本当は、オスカーもこの席に出席するはずだったのだが、先の聖女選定試験でのことが生放送で全国放送されてしまったがために、隠していたオスカーの愚行が全国民に露呈する事態に発展してしまったのだ。
週刊誌が連日のように、オスカーが他の令嬢と密会していたことや私との婚約破棄の経緯を報じたことから、オスカーの国民の人気は地まで落ちた。
式典には、陛下の隣に十歳になったばかりの第二王子殿下が座っていた。正式な処遇は、まだ未発表だが、オスカーが国王になることはないのだろう。まぁ私には、どうでもいいことだ。
そんなこんなで式典が終わると、今度は学園での卒業証書授与だ。
本当は、三月末に学園を卒業する予定だったのだが、聖女巡礼の旅に出るために残り数ヶ月だが学園に登校できない。
聖女に任命されたことを理由に、特別に早く卒業が認められたのだ。
一年後に年下の後輩たちと学園に通わなきゃいけないことを想定していたから、この処置はありがたかった。卒業式に出られないのは、少しだけ残念だけどね。
その後は、本格的に聖女としての公務が始まった。
森の恵み亭は、一ヶ月の臨時休業として、私はナタリアとルカーシュ、教会のシスターたちと王都の各所を巡った。
平日は、孤児院や病院、学校といった施設を訪問し、料理を振舞った。
皆、私を拝むように手を合わせてから料理を食べるから、私は恥ずかしくなって、その度に扇で顔を隠した。
薪の火が炭に移り、黒かった炭が暖かい赤に色を変えた。
あとは、適宜炭を足しながら、今日一日燃やし続けるだけだ。
他のバーベキュー台も準備ができたようで、ルカーシュとナタリアが頷く。
「よし! 最終日も頑張りましょう!」
私の声で、シスターたちが拍手した。そしてさっそく皆きびきびと動き出した。
私の見ていたバーベキュー台の上にどんと大鍋が置かれ、ルカーシュが油を注ぐ。
私は、自分の上半身と同じくらいの長さがある大きな木べらを持った。武器みたいでかっこいいと私は気に入っている。
ぐるんぐるんと木べらを無駄に回してから鍋に入れると、聖女が料理する姿を早朝から見に来た人たちから拍手が湧いた。
ナタリアがバットに乗った大量の鶏肉を鍋にざっと入れる。
後ろでは、シスターたちが次に入れる食材をせっせと切っていた。
そう、私は鍋を回すだけなのである。
前世の食品工場の調理ロボットにでもなった気分だよ。
じゅうっと肉の焼ける音と香ばしい匂いがしてくるが、ここでおさわりしてはいけない。聖女たるもの、皮目がパリッとするまでは、我慢するのだ。
皮目が焼けたら、また無駄に木べらをぐるぐる回すパフォーマンスをしてから肉をひっくり返す。
しかたないでしょ? アリスみたいな奇跡は、私には起こせないんだから、パフォーマンスでそれっぽく見せるしかない。
ナタリアとルカーシュがバットに入った野菜を鍋に入れた。
今度は、玉ねぎとマイタケだ。
ぐるっとかき混ぜたら、薄力粉を全体に入れる。ここも無駄に高い位置から薄力粉を入れて、パフォーマンスを忘れない。
炭火でやっているから、焦げないように注意しながらさっと炒める。
牛乳とコンソメを加えて、よく混ぜて煮立たせると美味しそうな香りに引かれて、公園に集まる人たちも増え始めた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 聖女巡礼祭、王都限定デザインのソフィア様人形はいらんかね!」
集まってきた人たちに、大きな籠を持った商人たちがさっそく商売を始める。
「ソフィア様人形と一緒に隣国の王子ルカーシュ様人形も一緒に買うと、ご利益倍増だよ!」
あの商売は、許されていいんだろうか?
私にもルカーシュにも許可は取っていないし、ルカーシュは隣国の王子ではない。
詐欺ではないか?
私の心配はよそに、私の人形とルカーシュの人形は、女児たちに大人気ですぐにお小遣いを手に持った子供たちが買っていってしまった。
公園の奥では、学園で何度かすれ違ったことのあるメガネの女子学生が紙芝居を披露していた。私がルカーシュに見初められ、オスカーとアリスを追い払うというストーリーの話のようで、そこにもたくさんの人たちが集まり、ハンカチで目頭を押さえている……あれも、誰かに怒られないか心配だ。
「よし、ニョッキ持ってきて」
白いスープにとろみがついてきたので、次の材料だ。
シスターたちが教会で茹でてきてくれたニョッキをルカーシュがスープに入れる。下茹でしてあるので、五分ほど煮て味が馴染めば、チキンクリームニョッキスープの完成だ。
「はーい、できましたよ! 皆さん並んでください!」
ぐるっと公園の縁を囲むように、集まった人たちが列になっていく。ここまでくればバトンタッチだ。
「はい、ルカーシュ。あとは頼んだ」
「了解です」
ルカーシュは、お玉を手に私と場所を代わった。
スープを紙コップに入れて、ルカーシュが渡すと一番に並んでいたおばちゃん集団から黄色い悲鳴が湧いた。皆、受け取る時に、さりげなくルカーシュの手とか腕を触っていく。
ホストみたいだね。前世でも行ったことはないから、あくまでイメージだけど。ルカーシュよ、生贄となれ。
「さ、次もどんどん作るよ!」
私は、隣のバーベキュー台に大鍋を置いて、第二陣に取り掛かった。
* * *
客足もなくなり、辺りはすっかり夜になっていた。
客たちは、他の屋台で買ったホットワインやバタービールを手に、夜空に浮かぶ星を眺めていた。
私たちも最後のスープを協力してくれたシスターたち全員に配って、あとは後片付けだけである。
私が大鍋を流しに持っていこうと鍋の取手を持つと、「何してるんですか!」とナタリアが大きな声を出したから、びっくりしてしまった。
「何って、片付けを――」
「そんなことは、私とシスターたちでやっておきます! さっさとルカーシュさんと王都のイルミネーションでも見てきてください!」
「え?」
急に何を言い出すんだ?――と思ったのだが、ルカーシュも恰幅の良いシスターとベテランのおばちゃんシスターにバシンバシンと肩を叩かれている。何をしてるんだ?
ルカーシュがエプロンの端を握りながら、こちらに近づいて来た。
「……料理長、話したいことがあるので一緒に来てください」
「え……」
ルカーシュの言葉に、後ろのナタリアやシスター一同は皆泣いている。どういうことだよ!
私がぽかんとしているとルカーシュは、ばっと私の手を取って走り出した。
「る、ルカーシュ?!」
ルカーシュに引っ張られながら、公園を飛び出した。
街は、色とりどりの星の飾りが光り、幻想的だ。
混雑した街の大通りを抜け、ルカーシュが私を連れてきたのは、王都を流れる川にかかった大きな橋の上だった。アーチ状にかかった橋の頂上は、高さがあり周りの建物の屋根より目線が上になった。
「わぁ! 綺麗だね、ルカーシュ!」
川の縁に植えられた街路樹には、星の形をした明かりがずらっと吊るされ、いつもとは違う。
返事がないから不思議になってルカーシュを見ると、ルカーシュは、今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。
「ど、ど、ど、どうしたの? ルカーシュ?」
もしかして、さっきの炊きだしで、おばちゃんたちにべたべた触られたのが嫌だったんだろうか……
「ごめんね、ルカーシュ。私が無理にアシスタントを頼んじゃったから……人前に出るのが苦手なのに」
「違う、そうじゃない」
ルカーシュは、顔を下げて、ぎゅっとエプロンの端を握りしめた。
「え……でも、人の視線が怖いって、前に言ってたじゃない」
「……怖いですよ。でも、そんなこと言ってたら、料理長は置いて行ってしまうでしょう」
ルカーシュの声は、かすかに震えていた。
「俺は……料理長と一緒にいたいんです」
「一緒にいるじゃない」
ルカーシュは、ぶんぶんと首を横に振った。
「……好きです。ソフィア」
時が止まったみたいだった。
周りの喧騒が遠ざかって、私の心臓の音だけがどくどくと耳の近くで脈打った。
「俺と恋人になってください。聖女巡礼にも連れていってください」
ルカーシュが私の手を取った。
「……店は……森の恵み亭は、どうするの?」
本当は、今そんなことを聞くべきじゃないことは、分かっていた。だけど、自分の返事を出す前の猶予が欲しかった。じゃないと、心臓がおかしくて、本心じゃない言葉が出ちゃいそうだったから。
「あなたのためなら、店なんか惜しくない。どうか……」
ルカーシュは、今にも泣いてしまいそうだった。
「私も……」
ふぅっと長く息を吐きだす。どくどくと血が全身を駆け巡り、ここ数か月のルカーシュとの思い出が脳内を駆け巡った。
「すき」
そう口にするとルカーシュが私の手を引っ張って抱きしめた。ここまで来たら完全にキャパオーバーだった。
「は、放して!」
「絶対嫌です」
ルカーシュが私を捕まえたまま私の髪を梳いた。
紙の間に冬の夜の空気が抜ける。ルカーシュの熱を持った眼差しを直視できなかった。
もう頭から煙が出るんじゃないかってくらい顔が熱くなって、私は扇で顔を隠した。
ルカーシュは、はぁとため息を吐いてから、私の頭にキスを落とした。
びっくりして飛びのくと、ルカーシュはいたずらっぽく笑った。
「巡礼の間に、慣れてもらわないといけませんね」




