第32話 旅のお供を誰にするか
「うぅ、悩むぅ」
本日は、日曜日。休業日ではあるが、森の恵み亭に集まって、アンセルモ大司教に出された宿題を考えていた。
私とナタリアは、隣り合ってテーブル席に座り、過去の聖女巡礼祭のメニューやお供の候補者として教会からもらった履歴書の山と向き合っていた。
「何をそんなに悩んでるんです?」
ルカーシュは、カウンター席の椅子をこちら側に向けて座り、不思議そうに首を傾げた。
「だって、王都に住む全員に食べてもらうメニューだよ? 好みも皆違うのに、何を作ればいいかなんて分からないじゃない」
そう言ったらルカーシュは、何が面白かったのか吹き出すようにして笑った。
「なんだか料理長らしい悩みですね」
「こっちは真剣に悩んでるの。馬鹿にしないでよ」
馬鹿にしたつもりはないのですが、とルカーシュは頭を掻いた。
「お嬢様、こういう時は、思いつくことをどんどん紙に書きだしてみると考えがまとまりますよ」
ナタリアが紙とペンを出してくれて、にっこりと微笑んだ。
さすがナタリアだ。私はナタリアがいないと生きていけないかもしれない。
「全員のことを考えようとするからいけないのです。まずはもっと遠い所から考えてみましょう」
「遠いところ?」
私が首を傾げるとナタリアは頷いた。
「王都の聖女巡礼祭は、十二月いっぱい開催されるお祭りですね」
「そんなこと知ってるわ」
「じゃあ、気温はどうです? 食べる場所は?」
この言葉で私は、はっとした。
「……確かに。皆に少しずつ配ったりするから、少量でも満足感のあるメニューがいいかもね」
私は、ナタリアに紙とペンを受け取り、他に思いつくことをどんどんと紙に書きだした。
数分後には、私の中で何を作るべきかがすっきりと思い描けるようになっていた。
「ありがとう、ナタリア! このメニューにする!」
私が紙に書いたメニュー名をナタリアとルカーシュが覗き込んだ。
これならきっと集まってくれる人たちも喜んでくれるはずだ。
「じゃあ次は、聖女巡礼に誰を連れていくかですね」
ルカーシュは、テーブルに乗った履歴書の山から数枚とって見比べた。
「あ、それはもう決まってるの」
私は、山になっていた履歴書から、もうすでに選び出した履歴書をカバンから出してテーブルに並べた。
「護衛は、この三人にするよ」
うちのいつもの常連さん。グレーテさんとガルドさんとムギさんの履歴書が並んだ。
グレーテさんが冒険者もしていたなんて知らなかったから、履歴書を見た時は、飲んでいたお茶を吹き出しそうになったよ。グレーテさんの履歴書には、先代聖女の護衛をしていたことも書かれていたから驚いた。人は見かけによらないね。
「ほ、他にも連れていくんですよね? ほら、大司教が身の回りの世話係とかアシスタントも連れて行っていいって言ってましたし」
なぜか分からないが、ルカーシュが目を逸らしてそわそわしていた。
「もちろん連れていくわ。お世話係は、いつも通りナタリアにお願いするわね」
「お嬢様……」
私の言葉に、ナタリアは感極まったのか、目を潤ませた。
正直、今生の私は、ナタリアがいないと生きていけないからさ。
「え……アシスタントは?」
ルカーシュの声が蚊の鳴く音のように小さくなった。
「考えてないわ」
本当は、ルカーシュが来てくれたら嬉しいけど、ルカーシュには森の恵み亭があるから頼めないもの。
だけどルカーシュは、私の言葉に、ヒュッと息を呑んで顔面蒼白になった。なんで?
「もしかして、店のことを心配してるの?」
「あ、いや、その……」
「大丈夫。私がいなくても続けられるように、代わりの調理師を募集してるの。そうすれば、ルカーシュも森の恵み亭を続けられるでしょ?」
従業員の今後の生活も考えるのが、雇用主としての責務だ。
私がいなくてもルカーシュが困らないように、父に頼んで後任の調理師を募集してもらっていたのだ。
「よし! じゃあ、さっそく決まったメニューを教会に伝えに行かなくちゃ。ナタリア、行くわよ」
「……はい、お嬢様」
テーブルの上に広がった資料や履歴書をさっさとカバンに詰めて立ち上がる。
ナタリアは、私とルカーシュを交互に見て、困ったように口をへの字にした。
「じゃあね、ルカーシュ。一月から新しい人に来てもらえるように大急ぎで探すからね」
森の恵み亭を出る前に、私は振り返ってルカーシュを見た。
ルカーシュは、まるで捨てられた子犬のような顔をしている。よっぽど心配なのね……早く次の人を探して安心させてあげないと。
私は、早く教会の用事を済ませるために、駆け足で森の恵み亭を飛び出した。
* * *
「ルカーシュサマ、キョウ、ゲンキナイ」
いつもの夜の見回り。だけど、今日は植物たちの声がどこか遠くて、耳に入ってこなかった。かわいいトレントの顔も、今日はまっすぐに見られない。
頭の中には、今日の昼間の料理長の言葉が蘇る。
『私がいなくても続けられるように、代わりの調理師を募集してるの』
胸が痛くなって、思わずその場にうずくまってしまった。
「ルカーシュサマ、ソフィアサマニ、フラレタ?」
「違う! たぶん……違う」
たぶんだけど、料理長は百パーセントの善意でああ言ったに違いない。
料理長がいるからと免除してもらっていた家賃。きっと大家さんのことだから、料理長が店からいなくなった途端、「じゃあ、前までと同じ金貨一枚。毎月振り込んでもらおうか」とか、怖い顔をしながら言ってくるに決まっている。
でも、俺は、この店を手放す覚悟だってしてたのに。
ぐすぐすと鼻をすすっていたら、トレントが枝先で背中を撫でてくれた。やっぱりトレントは、いいやつだ。
「ルカーシュサマ、ハズカシガリ、ヨクナイ。ソフィアサマ、ドンカン」
「うぅ……分かってくれるか、トレント」
トレントは大きく幹を揺らして頷いた。
「ドンカン、ハッキリイワナイト、ツタワラナイ」
トレントの言いたいことは、分かる。俺の想いをはっきりと料理長に伝えろってことだろ?
だけど、料理長が俺のことをなんとも思っていないという可能性も完全には捨てきれない。俺の前で見せていた、あの恥ずかしがった顔は、料理長が誰にでもする顔なのかもしれない。
俺にははっきりと判断できなかった。だって、出会って数カ月しか一緒にいないのだ。俺は、料理長のことを知らなすぎる。
もし、料理長に拒絶されるようなことがあったら……俺は、立ち直れるんだろうか。
「ルカーシュサマ」
トレントの声に、俺は顔を上げた。
「ココデ、イワナカッタラ、キットコウカイスル」
そうか……そうだよな。
もし俺が何もしなかったら、きっと料理長は、俺の気持ちも知らずに旅立っていくのだろう。そして、帰ってきた時には、次の婚約者だって決まってしまうかもしれない。そうなってしまえば、後の祭りだ。
「モシ、フラレテモ、ナグサメル」
「うぅ……うん」
俺は目から溢れる涙をごしごしと手で拭った。




