第31話 聖女巡礼祭の真実
「少しは、落ち着いたかのう」
大司教の執務室の柔らかなソファーに私とルカーシュは並んで腰かけていた。
向かいのソファーには、大司教が座り、三人で大司教が入れてくれた紅茶を飲んだ。
「……ありがとうございます。おかげで落ち着きました。あの……」
私の言葉に大司教はにっこりと微笑んでくれた。
「アリスさんは……悪魔に魅了されていたとは、どういうことですか?」
「アリスは、教会の孤児院で預かっている娘でな。聖女候補に選ばれる前までは、もっと明るく優しい子だったんじゃ」
大司教は、目を細めて、何かを思い出すように言葉を紡いだ。
「気がついた時には、人が変わったようになってしまってのう。婚約者のいる王太子殿下や貴族のご子息にちょっかいを出していたのは、君も知っているじゃろう? 教会でも、他の者に『自分は選ばれた存在だ』とか言って、怒鳴ることが増えて、調査していたんだ」
「そう、だったんですね……」
元々のアリスは、あんな性格じゃなかったってことなのか……
確かに前世のゲームでもヒロインのアリスは、明るい笑顔が魅力的な優しい子として描かれていた。
「アリスの性格が変わってしまったのは、最近連れて歩くようになった生き物に原因があると考えて、調査していたところだった。そこで彼らの試験の妨害工作が発覚した。その時点でアリスが聖女に選ばれないことは決まっておったのじゃが、ソフィア嬢には、悪魔を確実に捕まえるために試験を続行してもらったんじゃ」
変な生き物が逃げ出そうとして、ステンドグラスに飛んでいった時……何かに弾かれるように床に落ちてたっけ。あれは、アリスと悪魔を調理室に入れて捕まえるために、前々から教会が準備していたということか。私もそれを知らされずに利用されてたってことね。
事情が分かると少しだけばかばかしくなって、私は紅茶に息を吐いた。だって、私があんなに準備したり、緊張したりしていたのに、結果はとうに決まってたってことなんだから。
「あぁ、勘違いしないでもらいたいのじゃが、儂が君の実力を認めたことに嘘はない」
ぱっと顔を上げるとアンセルモ大司教がにこりと微笑んだ。
「君のように誰かを思いやって料理を作れる者こそ、聖女に相応しいのじゃ。決して、アリスの代替えとして君を選んだわけではないことは、分かってほしい」
胸の中にこみ上げるものがあった。
「……ありがとうございます」
聖女に選ばれたということを自分の誇りとしていこう。
私は、自分の胸に手を当てて、喜びを噛み締めた。
「アリスさんは、どうなるんです?」
次に私の代わりに質問したのは、ルカーシュだ。確かに気になる。
「悪魔祓いの治療を受けさせる。治療には、時間がかかるやもしれんが、教会の力でなんとか元に戻せるように善処するよ」
私は紅茶のカップをテーブルに置いて、顎に手を当てた。
「あの変な生き物は、悪魔だったってことですよね? なぜ悪魔は、アリスさんにとりついたのです?」
「ここからは、他言無用で」
大司教がメガネの奥の目を鋭くしたので、私とルカーシュはごくりと唾を飲みこんだ。
「聖女巡礼祭は、聖女が国の各地を回ることで人々と交流し、料理をふるまうことが目的の行事……と表向きはなっているが、実は違うんじゃ」
「な、なんですと!?」
思わず令嬢らしからぬ声を出してしまって、私は自分の口を押えた。
「建国よりはるか昔、この国は大悪魔ヴェルゼガルが封じられている土地でもあるんじゃ。それの封印の点検のために五十年に一度、国を教会の僧侶が見回る必要がある」
「点検って……」
水道管の点検じゃあるまいし……という言葉は、飲み込んだ。
「何人もの僧侶の力を結集して封印の儀式をするため、どうしても目立ってしまう。何をしているのか、不安に思う住民を少しでも減らすために、聖女巡礼というお祭りでカモフラージュしているのだ」
自分たちの住んでる土地に、大悪魔が封印されてるだなんて知ったら大混乱になるかもしれないもんね。それを隠すために聖女が矢面に立つと。
「じゃあ、あの変な生き物の狙いは――」
「あくまでも予想ではあるが、大悪魔復活のために、聖女巡礼や僧侶たちの儀式を邪魔しようとしていたのやもしれん。そのために聖女について行きたかった、ということだと考えておる。封印の儀式の場所も教会のごく限られた人間しか知らないからのう」
復活のレシピの魔法が使えるアリスが本当だったら一番の聖女有力株だった。だから、悪魔はアリスを狙ったのかもしれない……そう考えると、なんだかアリスが気の毒になってくる。
「……よく分かりました。教えていただき、ありがとうございます」
アリスが今後無事に回復できるのかは、今のところ分からないが、私は私のできることをするしかない。聖女巡礼祭の真実を知ってしまったからには、私がやり遂げなければいけないのだ。
「では、これからのことについて、もう少し話をさせてほしい」
アンセルモ大司教は、紅茶を一口飲んでから話を続けた。
「聖女就任式は、十二月一日に行う。そこからは、ソフィア嬢には聖女として働いてもらう」
「はい」
今までは、聖女になることが目的だったが、これからは違う。選ばれた以上、立派に務めを果たせるように努力するのみだ。
「聖女就任式までに、ソフィア嬢に決めてほしいことが二つある。一つ目は、王都で最初に行われる聖女巡礼祭で民になんの料理をふるまうか。二つ目は、聖女巡礼の旅に誰を連れていくかじゃ」
「え、私が決めていいのですか?」
てっきり教会の人がどっちも決めるんだと思ってたよ。
大司教は、髭を撫でながら笑った。
「料理は、民が喜ぶ料理をじっくり考えてほしい。あと、旅の同行者は、護衛や世話係、調理のアシスタントなど、気の許せる仲間をソフィア嬢自身で選ぶのじゃ」
私の頭の中には、もうすでに数人の顔が浮かんでいた。




