第28話 ヒロインと料理対決
「ルカーシュ、ありがとう!」
私は、自分の天幕に戻るなり、ルカーシュとハイタッチした。
ルカーシュは、ぎゅっと目を瞑って、何かを堪えるようにしてから、「お役に立てて良かったです」と答えた。
「しかし、アリスの妨害には驚きましたね」
「そうね。でもあとは料理だけだし、妨害のしようがないんじゃないかしら? 全力で料理するだけよ!」
私は気合いも新たに、ぐっと両手に拳を握る。
アリスが『祝福のレシピ』の魔法を使うとしたら、私とアリスの料理の腕に差が出ることは、ほとんどない可能性もある。
結果は、どうなるか分からない。結局前世のゲームの内容と同じように、アリスが作ったパスタを大司教が気に入って、アリスが聖女になるのかもしれない。だけど――
私の頭の中には、森の恵み亭に来てくれて、私を励ます声をかけてくれたたくさんのお客さんの顔が浮かんでいた。
皆、私を応援してくれてる。
私も、その期待に応えられるような料理がしたい。
「さぁ、着替えて準備しましょう」
私は持ってきたカバンを持って、衝立の奥に入った。
カバンを持つ手が、緊張と興奮でじっとりと汗ばんでいた。
* * *
「ソフィア様、お時間です」
天幕の外から助祭のルドルフの声がして、コックコートに着替え終わっていた私とルカーシュは、外へ出た。私の手には、先ほど収穫したトマトもある。
「二次試験の会場は、教会の中の調理室です。ついて来てください」
ふと隣のアリスの天幕を見ると、もうアリスは先に行ったのか、幕が開いた状態になっていた。
陛下やオスカー、大司教がいた天幕も空になっている。私はいよいよ緊張してきて、手の平に「人」の字を書いて、何度も飲み込んだ。
温室のあった庭を抜け、大聖堂のある建物へと入る。庭に面して、柱だけが何本も並ぶ廊下が続いている。私たちはその廊下を進んだ。
「ここです」
ルドルフが案内したのは、廊下の突き当りの部屋だった。
彫刻が施されたその扉の先に入ってみて、私は目を見開いた。
「す、すごい」
入ってすぐに目に入ってきたのは、壁面を飾る大きなステンドグラスだった。
聖女をかたどったのであろう、ベールをかぶった女性が稲穂を持って微笑む姿がそこには、描かれていた。
ステンドグラスの下の大きな台には、肉や野菜、乾燥パスタなどの食材が大きな氷と一緒に並んでいる。
その前に調理台が二つ。
すでに一つの調理台の前には、猫っぽい生き物を肩に乗せたアリスが学園の制服姿で立っていた。すました顔で隣の撮影カメラに手を振っている。
私とルカーシュもルドルフに促されるままに、ステンドグラスを背にしてあいている方の調理台の前に立つ。
私たちの調理台の横にもカメラが一台。ディレクターと思われる男が私に「笑顔で手を振ってください」というカンペを出していた。
極度に緊張していた私は、コックコートのポケットから扇を出して、自分の顔を隠した。
私たちと向かい合うようにして、ダイニングテーブルが並び、国王陛下、オスカー、アンセルモ大司教が並んで座っていた。
「それでは、改めて聖女選定二次試験についてルールを説明させていただきます」
ルドルフが一歩前に出た。
「課題は、『トマトと肉を使った麺料理』です。トマトは、先ほど収穫したトマトを使ってもらいますが、それ以外の食材は、後ろに並んでいる食材を自由に使っていただいて構いません」
カメラが後ろの食材にズームした。
「出来上がった料理を食べるのは、アンセルモ大司教です。制限時間は、一時間とします。先に出来上がった方の料理から、大司教には審査していただきます」
大丈夫。何度も練習してきたじゃない。
練習通りにやればいいだけよ。
そう自分に言い聞かせて、私は深呼吸してから扇をポケットにしまった。
「それでは、始めます。よーい――」
ルドルフが角笛を高らかに吹いたのと同時に皆動き出した。
アリスとルカーシュは、バットを持って食材置き場へ急いだ。
私は、さっき収穫したトマトをまな板の上に乗せて、ナイフスタンドからナイフをとった。
まずは、トマトの黒いところを切り落としてしまおう。
私は、トマトにナイフを立てた次の瞬間――
起こった出来事が信じられなくて、目を見開いた。
「うそ……」
「どうしたんですか、料理長」
バットに必要な食材を乗せて戻ってきたルカーシュも、私が切ったトマトを見て、言葉を失う。
トマトの皮がナイフに引っかかって引きつったようになり、トマトの先端がぐしゃっと潰れてしまった。
ナイフが切れなかったのだ。
まさかと思い、アリスを見ると黒猫と一緒に私を見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。これもアリスがしたってことなの?
「……ナイフが使えないだなんて」
私は、頭の中が真っ白になった。
ナイフの切れ味は、見た目だけでなく、料理の味さえも大きく変える。
切れないナイフでトマトを切れば、断面がぼろぼろになってしまう。そうすれば、余計な雑味が出てしまうこともあるのだ。
「……どうしましょう、料理長」
さすがのルカーシュもこれには対策が思いつかないのか、隣でエプロンの端を握っていた。その時――
「おぉ! これは神々しい!」
陛下の感嘆の声が上がった。
隣の調理台を前にアリスが両手を組み合わせて祈っていた。
皿の上に乗った食材が眩い光に包まれ、姿を変えていく。食材から風が巻き起こり、アリスのチョコレート色の髪が美しくたなびいた。
「あれが……祝福のレシピ?」
前世のゲームでは見ていたが、本物を見たのはこれが初めてだった。
食材から放たれた光が収束すると、白い皿の上には、湯気が立つパスタが姿を現した。美しく巻かれて盛り付けられたパスタには、香ばしく焼かれた角切りの豚肉とカットされたトマト、オリーブの実が乗っていた。
鼻の奥が痛くなった。
あんなの……勝てるはずないじゃない……




