第26話 悪役令嬢させてもらう!
天幕から出ると、ちょうど隣の天幕からも人が出てきたところだった。
出てきたのは、アリスだった。彼女は、私と違いコーラルピンクの作業着を着ていた。肩の上には、小さな黒猫にコウモリの羽が生えた変な生き物が乗っている。
先日ルドルフと一緒に店に来ていたエリオも黒い祭服を着て、そこにいた。
エリオの案内で天幕から出てきたアリスは、私に気がついて、鬼のような形相で睨んできた。
だけど、すぐ近くで撮影用の大きなカメラを担いでいるスタッフを見つけて、お面のように可愛らしい顔に表情が変わった。
そして、近づいて来たもんだから、私はぎょっと身構えた。
「ソフィア様、あなたが聖女に選ばれたと聞いて、嬉しいです。一緒に競い合って、最高の聖女選定試験にしましょうね」
すっと私の前に手を差し出すアリス。
撮影カメラが私とアリスにぐっと近づいた。
* * *
その頃、公爵邸の娯楽室では、アリスがソフィアに手を差し出したところが写り、公爵がテレビにしがみ付いていた。
「ちょっと! 旦那様! 見えないので、避けてくださいよ!」
ナタリアをはじめとした使用人一同が公爵に文句を言った。
「うるさい! 今、大事なところなんだよ!」
公爵邸の娯楽室に、テレビから大音響で流れる男性リポーターの声が響き渡った。
『おーっと! これは、なんと美しい光景でしょう! 聖女候補アリス・メイベルが同じく聖女候補のソフィア・ルーヴェンに握手を求めているぞ!』
(ソフィア……)
公爵は、娘のことを思うと悔しさで涙が出そうだった。
王太子との婚約破棄の原因を知らない市民からは、きっとこれが美しいライバル同士の光景に写っているのだろう。
公爵家一同は、ソフィアが何をするのか、固唾をのんで見守っていた。
* * *
私は、アリスの手を見て、ごくりと唾を飲みこんだ。
ここは、手を取って握手をすべき?
たぶんそれが正解なのは、分かる。前世の私だったら、人の顔色を見て、間違いなくそうしていた。
でも——
目の前にいるのは、私の婚約者を取った女だ。
もうオスカーには、愛も未練もないが、それとこれとは……話が別だっていいでしょう?
「料理長」
ルカーシュが私にいつもの扇を差し出した。
はっとしてルカーシュを見ると、彼は自然な笑顔で頷いた。
そうよね。ここは、最後まで悪役令嬢させてもらう!
私は扇を受け取って、顔の下半分を扇で隠した。
「何か勘違いしていなくて」
「……え?」
アリスと肩の黒猫は――ついでに言うなら私たちに寄っていたカメラマンや後ろのディレクターであろう男まで唖然とした顔をした。
「私はあなたと競い合う気は、ありませんし、ましてや仲良くする気も毛頭ございません」
扇を閉じて、不敵な笑みをアリスに向ける。アリスの顔色が見る見るうちに怒りで赤くなるのがよく分かった。
「私はただ自分の持てる力全てを使って、アンセルモ大司教を唸らせる料理を作るだけですわ。あなたには、私が聖女になるのを特等席から見せて差し上げます」
最後のは、蛇足だったかも……
でも、言いたいことを全部言い切ったから、私の胸の中はすっきりしていた。
大見えを切っちゃったから、本当に負けられないね。
アリスが悔しそうに唇を噛んだが、カメラが回っていることを思い出したのか、すぐに涙目になった。
アリスが何かを言う前にごほんと咳払いして、場の空気を区切ってくれたのは、助祭のルドルフだった。
「お二人とも、そろそろ聖女選定試験のルールについて、話を進めても良いでしょうか?」
「そうしてくださいませ」
アリスとは、もう話したくないからね。
私がそう言うと、アリスの頬が引きつった。
「では、試験については、儂から説明させてもらおう」
天幕からアンセルモ大司教が出てきて、皆が頭を下げた。
頭を上げるように大司教が合図するので、皆顔を上げる。撮影カメラが大司教にズームした。
「試験は、二つじゃ。一つ目は、温室の中でのトマトの収穫。二つ目が受験要項でも案内していた通り『トマトと肉を使った麺料理』を作ってもらう」
大司教は、小さな丸メガネを指でくいっと上げた。
「聖女巡礼の旅では、聖女自ら食材を集めることもあろう。だから、一つ目の試験では、食材を見極める力をチェックさせてもらう」
なるほど……この温室と作業着は、このためか。おいしいトマトを選んで収穫すればいいってことね。
「二人の準備が良ければ、さっそく始めさせてもらうが、よいかのう?」
私とアリスが頷くと、大司教も満足げに頷いた。
「制限時間は、三十分。次の二次試験では、儂一人に食べさせる料理を作ってもらうから、それに必要な分だけ収穫しなさい。くれぐれも取りすぎて、無駄にならないようにな」
そこまで言うと、ルドルフが大司教の横で角笛を構えた。
「それでは、始める。よーい、はじめ!」
大司教の声と同時に角笛の音が響き渡った。
その瞬間、聖堂前広場からなのだろうか、遠くからどっと湧く声援が聞こえて、私とアリスは、走り出した。私の後ろからルカーシュも一緒に走ってついてくる。
先に温室の中に入ったのは、アリスだった。
少しだけ遅れて、私とルカーシュも温室の中に入る。
温室の中は、まるで春のような温かさだった。
「アリス、こっち!」
アリスの肩に乗っていた変な生き物が小さな羽をぱたぱたさせて、アリスを温室の奥へと案内していた。
確かゲームでは、アリスは教会の敷地内に住んでいたはず……ってことは、ここはアリスにとって、庭みたいなもんなんじゃないの!?
じゃないとあんなに一直線に走っていくのは、おかしいもの。
私はため息を吐いた。
「仕方がないわね……私たちは、手分けして探しましょう。ルカーシュは、私と反対側を見て」
私とルカーシュは、温室の中央の道を進みながら、それぞれ右と左をチェックした。
温室の中には、水菜やホウレンソウといった葉野菜から、ピーマンやオクラといった野菜など様々な野菜が植えられていた。
そして、温室の奥にただりついたころ、アリスが真っ赤に輝くトマトを一つ持って、来た道を戻るところだった。もう収穫が終わってしまったらしい。
すれ違いざまにアリスが小声で、「魔法使いを隠された借りは、かえさせてもらうね」と言ったから、私は思わず振り返った。
だけど、アリスはふふんと得意げに笑うだけで、走っていってしまった。いったい何のことだ?
「料理長、見つけました。トマトです」
ルカーシュの声で前を見た。トマトの畑は、温室の一番奥の二列だった。アリスを追いかけて走った方が早かったみたいだ。
まぁでも、試験時間は、三十分と余裕がある。時間をかけて一番状態のいいトマトを選んだ方がいい。逆にアリスは、なんであんなに急いでいたんだ?
「ルカーシュ、どんなトマトを探せばいいかは、分かってるわよね?」
「全体が赤く熟していること。ずっしりと重さがあって、おしりにスターマークという白い線が出ているのがあれば、ベストですね」
さすがは、うちの野菜担当だ。私よりよっぽど詳しいかもしれない。
「えぇ、そういうのを探してちょうだい」
数は、大司教の分だけだから一つあれば十分だ。
私とルカーシュは、左右に分かれてトマトの茂みへ入っていった。
私は良さそうな赤くて大きな実を見つけて手に取り、息を呑んだ。
「……なに、これ?」




