第24話 試験に向けて準備だ!
「えー、本日は、我が主ソフィア様のためにお集まりいただき、大変ありがとうございます」
森の恵み亭の扉の表に『臨時休業』の札がかかっている。
今日は、営業日なのだが、来たる聖女選定試験に向けて、臨時で試食会をすることになったのだ。司会進行は、ナタリアだ。
店の中には、大家のグレーテさん、冒険者のガルドさんとその仲間のムギさん、裏の文房具屋の奥さんとその娘のエイミーが試食会に協力してくれるために集まってくれた。
ついでに、ちゃっかり父もグレーテさんと談笑している。
事前に父に、今回の聖女選定試験の話をすると、父は大いに喜んでくれた。
次の婚約が遅れることを反対されると予想していたが杞憂だったらしい。聖女って、やっぱりすごい!
「今日は、本番の試験の練習と本番でどの料理を作るのが良いか、皆さんから意見をいただければ幸いです。では、料理ができるまで、しばしご歓談ください」
お客さんの前で司会進行するナタリアの後ろ。キッチンには、私とルカーシュが並んでいる。
当日は、アシスタントを一名連れて行っても良いということだったので、誰を連れて行くかと三人で相談した。するとルカーシュが自分から手を上げてくれたのだ。
出会ったばかりの頃は、人前に出ることをあんなに嫌がっていたルカーシュが自ら手を上げてくれたことに、私は感動した。
前世で文鳥のブンちゃんの名前を呼んで、初めて肩に乗ってくれた日と同じくらい感動し、涙が出そうになったくらいだ。
ちらりとルカーシュを見ると、シャツの袖を腕まくりして、気合い充分といった様子だ。ルカーシュは、自分で料理するとなぜかダークマターを生み出すのだが、調理の補助なら問題なくできることは、確認済みだ。
「よし、じゃあ作ろうか」
私の声にルカーシュが頷いた。
今日は、試食会なので三品作る予定だ。
アリスがゲームで作っていた豚肉とトマトのオリーブパスタを作ることも考えたが、もしアリスがそれを作ったとしたら出来上がる料理が被ってしまうことになる。それを避けるために、私はあえて違う料理を出そうと決めていた。
一つ目が、トマトと豚肉の和風パスタ。
二つ目が、トマトラーメン
三つ目が、トマトと鶏肉の素麺である。
当日は、仕込みなしで一から調理しないといけないから、今日も仕込みなしだ。
まずは、一番時間のかかるチャーシューからだ。
豚肩ロースのブロック肉を温めて置いた圧力鍋に入れた。
じゅうという肉の焼ける音とぱちぱちと油が弾ける音がする。
私が肉を焼いている間、ルカーシュは材料のトマトのカットだ。切るだけなら、ルカーシュでもできるのは、大きな発見だ。ルカーシュは、他にも必要な材料をせっせと包丁で切ってくれた。
豚肩ロースのブロック肉が焼き終わったので、調味料を入れて蓋をする。
圧力鍋なので、煮る時間は二十分ほどだ。
少し待つと圧力鍋の蓋のおもりがシュンシュンと蒸気を出しながら、回り始める。甘辛い匂い。ここまで来たら、火を弱火にして煮込むだけだ。
「よし、次だ」
その後も私とルカーシュは、作業を分担しながら調理を進め、全員分の器に料理を全て盛り付けた。
「お待たせしました!」
私とルカーシュとナタリアは、出来上がった三品の麺料理をお客様の前に並べた。
皆、待ちきれなかったという風に、すぐに食べ始めた。
「美味い!」
一番に声を上げたのは、ガルドさんだった。
「トマトのラーメンなんか初めて食べたが、この酸味と辛味が癖になるな!」
スープカレー好きのガルドさんなら、トマトラーメンも気に入ってくれると思ってたよ。
私は、思惑通りの反応がでたことに、うんうんと頷いた。
トマトラーメンは、ペースト状にしたトマトに豆板醤などの調味料を加えて、ピリ辛にしてみた。ラーメンの上には、肉厚のチャーシューにニラものせてみた。
ガルドさんは、ずずっと音を立てながらラーメンをすすった。
ガルドさんの隣のムギさんは、猫舌だからかラーメンからではなく、トマトと鶏肉の素麺から箸をつけた。
ちゅるちゅると素麵をすすり、一緒に鶏肉も口に入れ、ぴんと猫耳を立てた。こちらも気に入ってくれたようだ。
「ソフィアちゃん、私は、これが好き!」
エイミーがもきゅもきゅと口を動かしながら指さしたのは、トマトと豚肉の和風パスタだった。
具材は、カットしたトマト、大葉、スライスオニオン、豚肉。醤油と酒と黒コショウで味付けしたシンプルな和風パスタだ。
エイミーの言葉に、グレーテさんも頷く。
「私もこれが一番好きだね。大葉がさっぱりしていて香りがいい。アンセルモ大司教もご高齢だから、こういう味の方が好きかもしれないね」
「なるほど」
私は、皆から出た意見をノートに書き写した。
最終的に皆食べ終わってから多数決を取ってみると、ガルドさんがトマトラーメン。ムギさんがトマトと鶏肉の素麺。残りの四人がトマトと豚肉の和風パスタという結果だった。
「ふむ、和風パスタは年齢を選ばずに好評だったな。聖女は、皆に愛される料理を提供しなければならない。これで決まりでいいのではないか?」
父が急に場を仕切り出した。
私も同じことを思ってたから、いいんだけどさ……
私がルカーシュとナタリアに目配せすると、二人も頷いてくれた。二人も同じ意見なら間違いない。
「よし、決めた! 本番は、トマトと豚肉の和風パスタを作ります!」
集まってくれたお客様の拍手と和やかな雰囲気で、試食会は幕を閉じたのであった。
* * *
「ちょっと……何よこれ」
アリスは、届いた聖女選定試験要項を見て震えた。
「なんで、悪役令嬢が聖女候補に選ばれてるのよ……」
アリスの中で、もはや驚きや怒りを通り越し、その胸の内は不安や恐怖でいっぱいだった。
「うーん、やっぱり攻略対象から推薦状をもらえなかったのがいけないんじゃない?」
宙をぷかぷかと浮かぶネロが不機嫌そうに耳を下げながら言った。
「それも全部、あの悪役令嬢が悪いのよ!」
ネロが使った魅了のダンスの効果が次第に薄れたせいか、ユリウスとロルフは、アリスの元を離れていってしまった。
唯一の頼みの綱であった王太子のオスカーともピクニックデートまでは漕ぎ着けたのだが、グレイスソルトがなかったせいで、ポテトを作ってもオスカーは喜ばなかったのである。
それもこれも、全部、ソフィアがルカーシュを隠していたせいだとアリスは思っていた。
ピクニックデートの時のオスカーのつまらなそうな顔を思い出して、アリスは自分の頭を掻きむしった。
「この世界なら、私が特別なはずなのに! 誰からも愛される聖女のはずなのに!」
アリスの部屋の絨毯に抜けたチョコレート色の毛が落ちた。
「あぁ、落ち着いて、アリス。綺麗な髪が台無しだよ?」
ネロが部屋の鏡台から櫛をとってきて、アリスの髪を梳かした。
「大丈夫さ、アリス。要は、勝てばいいんだ」
「でも、もうすでにシナリオからずれちゃってる。悪役令嬢が何をするか分からないから、こわいよ」
アリスは、震えていた。
聖女となる未来しか知らないアリスにとって、聖女に選ばれない未来は未知の世界だ。
また前世のように、誰の目にも止まらない存在になって、誰からも忘れ去られることが怖くて仕方がなかった。
「大丈夫、上手くいく。僕たちも悪役令嬢と同じことをやってやろうよ」
不安で震えるアリスに、ネロが目を三日月のように細めて不気味に笑った。
「料理できないようにしちゃうんだ。簡単なことだ。全部僕がうまくやるよ」
ネロは黒くて短い前足で、愛おしそうにアリスの頭を撫でた。




