第23話 なんじゃこりゃぁぁ!!
「お嬢様! 大変です!」
森の恵み亭の開店準備で、庭の手入れをしに行っていたナタリアが転びそうになりながら店に駆け込んできた。
私もルカーシュも何があったのか分からずに、顔を見合わせた。
「これ! きょう……から!」
息も絶え絶えで、何を言っているのか分からない。
肩で息をするナタリアの手には、一通の手紙が握られていた。
「落ち着いて、ナタリア。どこからの手紙なの?」
私は厨房から出てナタリアから手紙を受け取った。
そして、封筒に書かれた字を見て唖然とした。
「な、なにこれ……」
私の言葉でルカーシュも封筒を覗き込んだ。
「……聖女選定試験要項? なんです……これ?」
ルカーシュが封筒に押された赤い刻印を読み上げて、首を傾げた。
封筒には、『聖女選定試験要項在中』と押されていたのだ。
「この封筒、一体どうしたの?!」
こんな物、前世のゲームでも見たことがない。
「さっき……教会の遣いの者がお嬢様にと持ってきたのです」
やっと呼吸の整ったナタリアがなんとかそれだけ答えて、ごくんと唾を飲みこんだ。
「私宛ってこと?」
封筒をひっくり返してみると、確かに私の名前が書かれていた。
私は、稲穂の円環に八芒星のマークの赤い蝋封をそっと開いた。
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【重要】聖女選定試験 受験資格確認および本試験のご案内
ソフィア・ルーヴェン 様
初めまして。突然のご連絡、恐れ入ります。
聖女選定試験運営事務局でございます。
この度、市民からご提出いただいた聖女推薦状の内容を厳正に審査いたしました結果、貴女の受験資格が正式に認められましたことをご案内いたします。
つきましては、今後の流れと本試験について下記の通りご案内いたしますので、必ずご確認と受験をお願い申し上げます。
---記---
1. 本試験の日程・会場
• 日時: 王国暦 842年11月21日(土) 10:00〜(受付開始 09:30)
• 会場: 聖穂教会大聖堂
2. 試験内容
試験課題は、「トマトと肉を使った麵料理」です。
アシスタントを一名まで同行させることができます。
3. 受験者
アリス・メイベル
ソフィア・ルーヴェン 以上、二名
当日に向けて、体調を万全に整え励んでいただけますと幸いです。
聖女選定試験運営事務局
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「なんじゃこりゃぁぁ!!」
思わず令嬢らしからぬ声が出てしまい、私は自分の口を押えた。
市民からご提出いただいた聖女推薦状ってなに!?誰かが私が聖女に相応しいって推薦したってこと?しかも試験は、今週末じゃない!
「受験するんですか?」
「するわけないでしょ!」
首を傾げるルカーシュに、思わず強い口調で反論してしまった。
「どういうこと? 今回は、聖女候補がアリスしかいないから、アリスが聖女になるんじゃなかったの?」
確かゲームでは、攻略対象のオスカー、ユリウス、ロルフがアリスとの好感度次第で推薦状を出してくれるんだったか。それでアリスがアンセルモ大司教っていうお爺ちゃんに呼び出されるのよね。教会で豚肉とトマトのオリーブパスタを食べさせて、聖女と認められたはず……って、あれ?
試験課題は、「トマトと肉を使った麵料理」って……
もしかして、ゲームでアリスがお爺ちゃんにパスタを食べさせてたイベントが聖女選定試験だったってこと?
「私の記憶が正しければ、三代前の聖女選定も候補が二名出て、聖女選定試験でその代の聖女が決まったはずです。お嬢様も候補として名前が挙がってしまったがために、試験をやらざるを得なくなったということではないでしょうか?」
ナタリアが冷静に分析するが、実感が湧かない。
ゲームのシナリオ通りに私がしなかったから?
ストーリーが変わっちゃったってこと?
「……これって、事前にお断りとかできないの?」
必ずご確認と受験をお願い申し上げますって書いてあるけど……
「ちょっとお待ちください」
ナタリアは、いつも持ち歩いている黒革の手帳をエプロンのポケットから出して、何かを調べ始めた。その手帳、一体何なのよ……
「あぁ……過去に辞退された聖女候補の方もいらっしゃるみたいですね。相応の理由が必要みたいですが」
「相応の理由って?」
「以前、辞退された方は、結婚の日程が決まっていたようです。聖女は、未婚の女性しかなれませんから、それで辞退を申し出たみたいですね」
なぜか隣のルカーシュが手に持っていた布巾を握りしめた。
「え……それって」
つまり、聖女になってしまえば、その期間は結婚しなくてもいいってこと?
「……料理長」
考え込む私の横で、先に口を開いたのはルカーシュだった。
急に私の手を取るから、私は目を丸くした。
「料理長は、聖女になるべきです」
「え?」
急にどうしたの、ルカーシュ?
「料理長は、料理も人としても素晴らしい方です。それに、学園でアリス・メイベルのことを見ましたが、彼女が聖女になるだなんて想像もできません」
そうかな? 私は、前世のゲームのイメージが強いから、アリスの聖女姿は想像できるけど。
「彼女より料理長の方がずっと聖女っぽいです。料理長がなるべきです」
「お、おう……」
いつになく強いルカーシュの主張に気圧された。
ナタリアも同意見なのか、うんうんと頷いている。
って、いつまで手を握ってるの!?
私は、ルカーシュがいつまでも手を離してくれないことに動揺して、手を振り払ってナタリアの後ろに隠れた。
「もしね……もしもだよ、ナタリア」
「はい、なんでしょうか」
私はナタリアの背中に頭を預けながら聞いた。
「私が聖女になったら、お父様は新しい婚約者探しを延期してくれたりするかしら?」
ナタリアが唸った。
「そうですね。聖女巡礼は忙しいですから、婚約者が決まるとしたら巡礼後になるのではないでしょうか。さすがに公爵様もお嬢様との顔合わせもなしにお相手を決めることはないと思いますよ」
「……やっぱりやる」
「お嬢様?」
私はナタリアの陰から飛び出して、コックコートのポケットから扇を出した。
「あの小生意気なアリスより、私の方が聖女にふさわしいって気がつきましたの」
私は扇で口元を隠すと、ナタリアが「よ! お嬢様!」とあいの手を打ち、ルカーシュは感嘆の声を漏らしながら拍手した。
もちろん本音じゃない。
でも、降ってわいたチャンスは、利用させてもらう。
私は、お客さんに料理を振舞う仕事が好きだ。
聖女になったら形は変わるけど、それを続けることができる。
それに――
ちらりとルカーシュに視線を送るとルカーシュがにっと笑ってくれた。
その顔を見ると心臓の鼓動が一気に早くなった。
私は赤くなった顔を扇で隠した。
もうちょっと、この楽しい時間を延長したって、バチは当たらないよね。




