第22話 熱々のグラタン
「いらっしゃいませ!」
ルドルフとエリオが店に入ると店の暖かな空気が二人を出迎えた。
どこにソフィアなる人物がいるのかと店を見渡したルドルフは、すぐに目を見開いた。
一番奥のカウンター席には、壁に長い魔杖を立てかけ、スープをすする大魔導士グレーテ。手前のテーブル席には、神速の剣聖ガルドとそのパーティメンバーで猫獣人のムギがいたからだ。
しかもガルドは、ルドルフの視線に気がついたのか、すぐに目が合った。
ガルドが腰の剣の柄にさりげなく手をやるのを見て、ルドルフは慌てて視線を店員に戻した。
「よろしければ、コートをお預かりさせていただきます」
ココア色のワンピースに白いエプロンの若い店員に、エリオがコートを渡す。
すぐにもう一人の男の店員も出てきたから、ルドルフはその男にコートを渡した。
コートを入口近くのハンガーラックに掛けると、ルドルフとエリオは、カウンター席へ案内された。
ここで初めて、ルドルフはカウンターの中の厨房を見た。
厨房には、コックコートを身にまとい、せっせと働く美しい店員がいた。
輝く金の髪は、この家庭的な店内では明らかに浮いていた。まるで人気の舞台女優が役のために庶民を演じているかのような華やかさだ。きっとこの人物が推薦状にあったソフィア・ルーヴェン嬢に違いない。
「お客様? どうかしましたか?」
ルドルフはソフィアに声をかけられて、はっとした。
気がつかないうちに目で彼女を追ってしまっていたからだ。
隣に座るエリオも同じなのか、罰が悪そうに頭を掻いている。
「い、いや……注文をいいだろうか」
ルドルフは、誤魔化すように返事を返した。
ちらりとカウンター奥のグレーテを視界に入れたが、グレーテはまだ大事そうにスープをすすっていた。
「はい、お食事とデザートとお飲み物のご用意がありますが、いかがいたしましょう」
「じゃあ、食事を俺とこいつに出してくれ。すっかり腹が減ってしまったんだ」
「承知いたしました。今ご用意いたしますので、しばらくお待ちください」
ソフィアがにっこりと微笑むのを見て、隣のエリオがため息を吐いた。
見た目でうがった報告をしないように、こいつには後で釘をさしておく必要があるだろう。
しかし、エリオがため息をつくのも、近所の少女にお姫様と呼ばれるのも、女子学生たちから物語の主人公のように崇め奉られるのも、本人を見るとなんとなく納得できた。これだけ綺麗な少女が厨房にいたら、その理由を勝手に想像したくなるのが人の性というものだろう。
ソフィアは、フライパンに油を入れ、そこにエビ、鶏肉、玉ねぎ、しめじ、レンコンを加えて手際よく炒めていく。食材が焼ける音と香ばしい匂いに、ルドルフとエリオの腹の虫が合唱した。
フライパンの中の食材に火が通ると、ソフィアは鍋からホワイトソースをオタマですくい、先ほどのフライパンに入れた。
「あ、さては、グラタンですね」
隣のエリオが待ちきれないのか声を出した。
厨房のソフィアは、正解ですと言ってほほ笑む。
この寒い日にグラタンが食べられるとは、運がいい。
だが気になるのは、ソフィアがマカロニを茹でたりしないことだ。
「マカロニは、入らないのか?」
思わず聞いてしまった。グラタンと言えばマカロニだと、ルドルフの頭の中にはあったからだ。
「今日のは、こっちです」
ソフィアが作業台の上の布巾をめくって出したのは、中がくりぬかれた丸パンだった。
「パングラタンってことか」
ルドルフの言葉にソフィアが頷く。
ソフィアは、フライパンの具を二つの丸パンに分けてスプーンで入れた。
上にチーズをのせて、オーブントースターへ。もう早く食べたくて仕方がなかった。
――待つこと十分ほど。この十分がルドルフの人生で一番長い十分だったかもしれない。
「熱いので気をつけてくださいね」
――来た!
ルドルフとエリオは、湯気が立ち上るパングラタンを前にすぐにスプーンを手に取った。
こんがりと焼かれたチーズを内側のソースがふくふくと持ち上げる。そこへスプーンを入れる。ルドルフの鼻孔をくすぐったのは、深みのあるどこか懐かしい香りだった。
「いただきます!」
一番にグラタンを食べたのは、エリオだ。
冷ますことなく口に入れたせいか悶えている。
ルドルフは、同じ轍を踏まないように、スプーンですくってよく冷ましてから口に入れた。
「あつ! うま!」
香ばしいチーズに、とろけるホワイトソース。
この食感がいいのは、レンコンか?
あと何かは分からないが普通のグラタンよりコクがある気がした。
熱々のグラタンが喉を通り、腹の中も温めてくれる。
ルドルフは、無心でグラタンを食べ続けた。
――いつの間にか、額にはじんわりと汗をかいていた。
パングラタンの中身が減ってきたら、器のパンにかぶりついた。
バリっとした表面に、ホワイトソースで柔らかくなった内側。二つの食感が楽しい。
結構な量があったのに、不思議と飽きることなく一気に食べきってしまった。
「美味かった……」
「ありがとうございます」
ルドルフがぽつりとつぶやいた言葉に、厨房のソフィアが微笑む。
確かに、この料理とこの笑顔を見たら、聖女に推薦したくなるのは分かるな。
「なぜか分からないが、懐かしい味がした気がするんだ。何か特別なものでも入っているのか?」
「あぁ、きっとホワイトソースに味噌を入れたからですね」
本当に味噌だけなのだろうか。
この体の芯から温まるような感覚……こんな風に感じたのは、ルドルフにとって初めてのことだった。
「良かったら、その味噌、見せてくれないか?」
ルドルフがそう言った途端、グレーテががたんと席を立った。
老婆とは思えない素早い身のこなしで、魔杖を手に取る。
聖女候補調査員であることがバレたかと身構えたルドルフだったが、ソフィアの「いいですよ」という軽い声で、グレーテが何事もなかったかのように座った。
なんだこの店! 心臓に悪いぞ!
ソフィアは、冷蔵庫から味噌が入った壺を取り出し、「せっかくだからルカーシュ、きゅうり採ってきて」と、男の店員に声をかけた。
この寒い時期に、きゅうりだと?
やはりこの少女、只者ではないらしい。
よくよく考えてみれば、店の外には季節外れのバラやラベンダーといった花まで咲き誇っていた。もしかしたら、この少女は植物を育てる異能でも持っているというのか……
ルカーシュと呼ばれた店員は、一瞬外へ出たかと思うとすぐにきゅうりを手に店へ戻ってきた。どこか市場に買いに行ったにしては、早すぎる。
ソフィアは、壺から味噌を小さな金属製のボウルに出して、そこにマヨネーズを加えて混ぜた。出来上がったタレをディップ皿に入れて、ルカーシュが採ってきたきゅうりをスティック状に切った。
「はい、味噌きゅうり。特別サービスですよ」
ルドルフとエリオは、顔を見合わせてからすぐにきゅうりにタレをつけて食べた。
そして、二人して目を見開いた。
やっぱりこの味噌だ。食べるとなぜだか、体がぽかぽかと温まる。
ルドルフは、頭の中をフル回転させて、ある結論にだどりついた。
「まさか……この味噌の原料は、ポカマメか?」
「え、よく分かりましたね!」
ソフィアは驚いて両手を打ち合わせたが、ルドルフはそれですぐに席から立ち上がった。横のグレーテと後ろのガルドが武器を手に持っているのに気がついたからだ。
「料理長、上手かった。つりはいい」
ルドルフは、カウンターの上に金貨一枚を置くとエリオを引っ張るようにして、立たせた。エリオは、この事態を飲み込めていない顔をしている。
ハンガーラックから自分たちのコートを取り、ルドルフとエリオは、逃げるように店を飛び出した。
「ちょっと、先輩! 急に店を出て、一体どうしたって言うんです?」
ルドルフは、エリオの言葉に深いため息を吐いた。
「ポカマメだよ」
「なんですか? そのマメ。聞いたこともないですが」
ルドルフは、後ろを振り返って、グレーテやガルドが追いかけてきていないことを確認してから話を続けた。
「ポカマメは、活火山に住むドラゴンの住処にしか育たないとされている伝説のマメだ。体が温まる効果があると言われているが、俺も口にしたのは初めてだ」
「へ? ど、ドラゴン?」
エリオが素っ頓狂な声を出した。
「俺だって、信じられないさ! 実際にあるかどうかすら分からないとされていた伝説のマメなんだからな!」
そんな貴重な豆で作った味噌だと?
ルドルフは、自分で言葉にしておきながら、自分がたどり着いた推論を信じることができなかった。
庭の門扉を押して、通りに出てからもう一度、森の恵み亭を見た。
夜の闇に明るく光る店の窓。
窓の周りには、季節外れの白いバラが満開で咲き誇っている。
「……俺たちは、とんでもない逸材を見つけてしまったのかもしれない」
『見たんだもん。呪いの館の呪いを解いて、ソフィアちゃんが綺麗にしたのよ! 』と言った、エイミーの言葉がルドルフの脳裏に蘇る。あれがもし、植物を操作して庭を綺麗にした――ということだったとしたら……
「『祝福のレシピ』どころじゃない……彼女の能力のことを早くアンセルモ大司教に報告しなければ」
ルドルフは、走り出していた。
* * *
「あの人たち、急に出ていっちゃったわね、ルカーシュ」
森の恵み亭の窓から、ソフィアは帰ってしまったルドルフとエリオの後ろ姿を見ていた。
ポカマメの味噌は、ゲームでルカーシュがヒロインに売る調味料でもある。ポカマメは、ルカーシュが庭の畑から採ってきて味噌にしたものだ。
普通の味噌と何か違うのかな?
「きっと料理長の料理を気に入ってくれたんですよ」
ソフィアの言葉にルカーシュは、ただ笑って肩をすくめた。




